ー遥か彼方の風ー 7
クーロンでの戦闘は途中からイリアが参戦したことで、呆気なくかたはついた。
残党処理の終わった神崎は、薄暗い砂浜で海へと顔を向けている人影へと近づくと声を掛けた
「イリア、どうだった上手くいったか?」
振り返ったイリアは小さく頷く
そのまま神崎を通り越し背後へと向けたイリアの視線の先、エンジン音と共に駆け付けてくる少年、
春人は少し薄汚れているが無傷のようで、大きく手を振りながら
「──イリア!」と声を上げるとこちらへと走り寄ったきた
呼び声で振り返った神崎を見て、「あれ? 隊長いたの?」と言った後、イリアに向き直ると
「ディーテのヤツは!?」
上手くいったのかと、神崎と同じことを尋ねる
「いけたみたいたぞ」
神崎はイリアに代わってそう言うと、もう一人の少年の安否を確認する。砂浜の手前に止められたバギーを指差す春人。二人がこちらを向いて居ることに気がついたのか、エンジン音が止まると運転席の奏もこちらへとやって来た
何とはなしに並んだ四人はイリアが先程眺めていた海の先へと目を向ける
目視で捉えることは出来ないが、その先にあるだろう島へと
「帰ってくるかな・・・?」
ぽつんと呟いた奏の言葉に、大人二人は何も言わなかったが、春人は
「何言ってんだよ! 奏!
その、何とかってヤツがどうだか知らないけど、さくらに関しては、ディーテのしぶとさも相当だぞ、しつこいし、執念深いし!」
「それって・・・、誉めてんだよな?」
論点がずれてるような春人の回答に奏が尋ねる
「だから、帰ってくるに決まってるだろ。さくらを連れて」
少年の中ではちゃんと繋がっているのか、奏の最初の問に答える春人
フッと、めったに笑うことのないイリアから漏れた声に、驚いて男を見た三人の視線を受けイリアは、そうだな。と呟くと
「俺は二人の帰還の為に、暫くここに残るつもりだ」と
「え! じゃあ、俺もここに残る!」
そう言った春人の意見は、神崎に寄って却下される
「俺達は一度帰るぞ。ここに居てもしょうがないだろ」
神崎の言葉に不満ありありの春人の顔に呆れた様に笑うと
「信じてるんだろ? 待つことは何処でも出来る」
ルズガルで待とう。と告げる
春人はまた、夜に包まれた暗い海へと顔を向けたが、暫くするとこちらを振り返り、わかった。と
「ルズガルで二人の帰りを待つよ」
少し寂しげではあったが、いつもと変わらぬ笑顔で言った
ディーテは力の本流の中にいる
男がさくらを巻き込むことはないとわかってはいたが、咄嗟に突き放したさくらは、視界の端で「ディーテ!!」と自分の名を呼び続けている
攻撃を受けることはないがその動きは制限されてるようだ
力の源にいる男は薄く笑みを称えたまま、静かに告げる
「・・・邪魔なヤツらは死ねばいい」
その言葉でさえ、ディーテへと向かう刃となる
「・・・・・くっ!」
力は圧倒的だ。今は自分の身を庇うことしか出来ない
男はさくらに攻撃することが出来ないのだから、さくらを盾にと、戦う作戦を取れば勝機はあるだろう。だけど、そんなことはしたくない
だが、勝機を伺うディーテには、こちらへ殺意を向ける男の力が前とは違うと感じる。力は確かに圧倒的だ、だけども耐えることが出来ている
あのエテジアやエルデ・ナジオンでみせた男の力はもっと・・・、こんな風に思考を巡らせることなど出来なかったはずだ
ディーテは少しずつ、後ずさる。それは逃げる為でなく、勝つ為の布石
ディーテとて何も考えずに乗り込んで来たわけではない。なるべくさくらとの距離を取る為に後ずさると、さくらと男が先程会話を繰り広げていた時に、近づきながらも仕掛けていた爆弾の起爆スイッチを押す
途端に男とディーテの周辺に起こる爆発。さくらの叫ぶ声が聞こえるが、それは時間差で続く爆発の音によってかき消される
「こんなもの効くはずないだろう。ただの自爆行為か?」
男は嘲笑を浮かべると爆発の火炎と煙、そして巻き上がった砂に遮られた視界をその力で払う
「──そんなことはわかっている」
告げた声は直ぐ真後ろ。そして、俺は死ぬつもりなんてない、生きてさくらと共に戻るのだと。
ディーテは男の至近距離で爆弾を爆発させた
その衝撃でディーテの体も飛ばされた
まともに爆発を食らった右手は今もう使い物にならなそうだ
ディーテは右手の痛みをこらえ起き上がると、男へと目を向けた
男は俯いてはいたが、ちゃんと両足で立っていた。そして、ゆらっと体を揺らすとこちらへと近づいてくる
これでさえ、無理なのか。と焦りと共に次の手を考えるディーテに、男の力の影響が消えたのかさくらが駆け寄ってきた
「ディーテ、腕が!」と、自分の傍らに膝まずいたさくらに、安心さす為に笑みを浮かべ告げる
「さくら、離れていて」
そして、ディーテは近づいてくる男へと再び顔を向けた
俯いた男の、その表情は確認できない。険しい顔のまま男を見つめるディーテの前に、立ち塞がるようにさくらが男の前へと出た
その行為に、「──さくら!!」と少女の背へと声を上げるが、こちらに向かっていた男の歩みが止まる
「・・・有里、もう止めて・・・。 それ以上は・・・、」
あなたの体が持たない。と、背後からは表情を伺うことは出来ないが、静かに告げた少女
──ガクッと、さくらの言葉がきっかけかのように、崩れるように膝をついた男にさくらが近づく
有里・・・。と声を掛けて、さくらが男の側にしゃがむ
男はやっと顔をあげると傍らの少女へと視線を送った──、
そんな男の瞳を、ディーテは初めて見た
「・・・さくら」と、少女に微笑んだ男
視線を合わせた二人の間には今は誰も入り込む隙間はない
そのことが身を引き裂きそうになるが、ディーテは口を挟むこともなく二人を見つめた
赤い髪の男へと力を放った時から、この体の何処かから軋む音が聞こえていた。それでも、自分とさくらの間を邪魔するものは排除しなくてはいけない思いに駆られその力を奮った
終わりは突然にくるものだということは、あの愛しい少女を喪った時に実感している。そしてそれが今、この身に起きているのだということも
霞んでいた視界が明瞭になる。傍らには泣きそうな表情の愛しい人の、その魂を抱えた少女
彼女ではない、けれどやはり愛しい魂の色
いつか・・・もし、同じように生まれ変わり、再び生を受けることが叶うのなら
そしてこの魂と出会い、愛しあい共に生きて死ぬという普通の命の営みを送れるのなら・・・、
有里は微笑むと少女の名を呼ぶ
「・・・さくら」と
「泣かないで、また君は泣く」
ぼろぼろと涙を溢れさせる少女に、全身の感覚が無くなってゆくことに抵抗するように、まだ感覚があるうちにと、少女へその手を伸ばす
「あの時と同じだね。置いていかれたのは僕なのにやっぱり君が泣いていた。・・・泣かないで、さくら」
少女の頬へと手が触れる寸前で、指先が崩れ落ちた。少女の瞳が大きく見開かれた後、激しく歪む
まだ形を残している腕を、少女は急いで掴もうとするが、掴んだら傍ら崩れてゆく
さくらを喪ってから、ただこの身が滅ぶことだけを願い生きてきた。少女の魂を見つけてからは逆に生きること・・・、共に生きることを望んだ
その時間は長く無駄に過ごした時間よりは遥かに短かったけど
終わりの時間が来たのだと、この永遠にも近かった牢獄から解放される時がやっと来たのだと
だが、今はそれがひどく残念だ
少女はあい変わらず大きな瞳から大粒の涙を溢す。もう、少女の涙を拭うことも、泣かないでと声を掛けることも、
一度も言えなかった・・・愛していると言う言葉も、もう告げることは出来ない
でも、大丈夫だろう、もうそれは自分の役目ではないと。
少女の側へと近づいてきた赤い髪の男が視界の隅に見える
有里は力を入れて口元に笑みを浮かべる
出来たのはそれだけで、明瞭だった視界はさくらの姿を最後に暗闇へと落ちていった
次でラストです。




