ー砂漠都市エテジアー 5
───涙も渇れはてた頃
エルディアは冷たくなってゆくトレヴァスの側で座り込んでいた
その彼女に、待っていてくれたとでも言うのだろうか
「─エルディア様。
そちらから来ていただきありがとうござます、手間が省けました」
そう言うとこちらに歩み寄る黒い兵服の男─
兵服の男、オルトマンス大佐が、その後に従えているのは本来なら父を護るはずの強化兵士達
その中に見覚えのある赤い髪の青年を見つけた
いつも屈託のない笑顔で、無邪気と時折見せる真摯さを瞳に浮かべてた青年は
今は何の感情もない、ガラスのようなダークグレーの瞳でこちらを見ていた・・・他の彼らも同様に
「ディーテ──・・・」そう呟くエルディア
彼らの手には、まだ硝煙の匂い漂う銃が握られていた
「・・・何をしたの?、大佐」
「私は何も─」血溜まりに沈んだ父に目を向けたまま
「貴方がたが間違えていただけで、本来の強化兵士とはこの様なものです」と皮肉げに呟く
「─違う!」
叫んだ私に、大佐は酷薄な笑みを口許にのせると
「この兵士達を本来の姿に導いたのは、貴女が慕うユーリ・アリアスですよ」と───
・・・何だか酷く嫌な言葉を聞いた気がした
(──なんて言ったの、大佐は・・・)
(ユーリ・・が、・・・・・?)
呆然としている私を見下ろし
「─さあ、あまり長居する訳にはいかないのですよ。
本隊がたどり着く前に全て終わらせなければ」
そう告げると、後ろの兵士達に聞いたことのない言葉を紡いだ
感情もなく、こちらに近づいてくる兵士達
為すすべもなく
赤い髪の兵士を、私はただ見つめた──
遠くで泣いてる少女の声が聞こえる
視界は薄くぼんやりとしていて
頭の中を占めるのは、自分の7D-1672という識別番号と『対象を破壊せよ』と指示する誰かの声
その中に割り込むように聞こえる少女の声
だが、その少女は破壊の対象のようだ
脳内の指示に導かれるように少女に歩を進めると
少女はこちらをみて「ディーテ・・・」と呟いた
ディーテ・・・?
なんだろう・・・
僅かな既視感を覚える
何故だかひどく─、とても悲しそうにこちらを見つめる少女に
『そんな番号でなくて、ちゃんとした名前は?』
と、こちらを覗きこんだ緑の瞳の少女
『お願いディーテ、エルディアを護ってね・・』
と、痩せ細った手を差し出し約束を結んだ、少女から大人にかわった緑の瞳の女性
『破壊せよ』
『護れ』
相反する命令に激しい痛みを受け、頭を抱えうずくまった男に
「ディーテ!」
と再び叫ぶ少女の声が聞こえた
・・・──お嬢・・、エルディア!!
目の前で急にうずくまった赤い髪の兵士に、エルディアは思わず
「ディーテ!」と声をかけると、男の肩がびくっと反応する
顔を上げ、こちらを見た男の目にはいつもの光が浮かんでいるようにみえた
「ディーテ・・・?」
「───エルディア!!」
赤毛の兵士─ディーテは、名を呼ぶと同時に、私を掴もうとしていた兵士を蹴り飛ばすと
私の腰を掴み、発砲しながらドアまで一気に後退した
そして「パパっ!」と父の亡骸に戻ろうとした私をだき寄せ、
「ごめん・・・お嬢。」そう呟くと
廊下の窓を破り私を抱えたまま飛び降りた──、
屋敷の人々を避難させた後、駆けていって少女を追ったヒュースは
窓の外を落ちてゆく人影をみた
──エルディア?
直ぐ様、踵を返すと
落下地点であろう場所へ向かう
向かった先にはエルディアを抱えたディーテの姿が見えた
落下地点は衝撃でだろうか、抉られたような窪みが出来ていたが
ディーテは何事もなくこちらに駆け寄ると
「ここは危ない! 速く避難を!」
そう言い残し駆け出す
私も遅れない様同じく駆け出すと、抱えられたままのエルディアの側に寄った
真っ青な顔で目を瞑ったままの少女の顔を見つめる私に
「・・・ちょっと、いきなり色々な衝撃をうけてしまったんだと思う」
口ごもるように言うと、どこか安全な場所へ移動すべく促した
街では至るところから火の手があがっていた
逃げ惑う人々の怒号と悲鳴、そして響く銃声
上空を飛ぶ機体が擁癖の壁を壊してゆく
降り注ぐ瓦礫を避けながらジープは疾走する
エテジアはもはや壊滅寸前だった
「・・・そうか、兄さんは・・」
ディーテの報告を聞き、私は後部座席で目を瞑ったままの姪の頬を撫でた
彼女は全身に赤い染みを滲ませている
彼女自信に怪我はなさそうなので、これは兄の血なのだろう
ヒュースはジープを運転するディーテに顔を向けて言う
「ゲートを出て西側から回り込み研究所施設へ向かってくれ」
カラブランの影響で擁癖の外は視界が大分悪くなっているが、町の中を進むより寧ろ安全だろう
ジープは落ちてきた瓦礫を避ける為、大きくハンドルをきった
その衝撃で私の膝の上に頭をもたれさせていた少女の目が開く
虚ろな瞳のままの少女に「エルディ?」と呼びかけると
僅かに眉をひそめると、焦点をあわせこちらを見た
「─叔父さん・・・」
枯れた声で呟いた少女に
「・・・・エルディア、お前が無事で良かった」と優しく呼び掛ける
私の言葉に何かを思い出してしまったのか
エルディアは、再び硬く目を瞑り静かに涙を流し続けた
研究施設は砂嵐の影響で半分埋もれたようになっていた
カラブランの後には毎回この砂に埋もれた施設の発掘が一番最初という、笑えない状況なのだが
逆にそれが今は役に立ったようだ
だが、施設に設置されてる外界への連絡は砂嵐のせいで全く使えなかった
(・・・・くそっ!)
このままここにいても、どーすることも出来ない
気づかうように、だが一言も発せずエルディアの横に立つディーテに
「ディーテ、エルディアを遺跡の入り口まで連れていってくれ」
そう告げると私は、エルディアの前に屈みこんだ
「エルディ、よく聞いて。
私はここ全て資料を破棄しなくてはいけないんだ、
帝国の手に渡さないためにも」
「だからお前はディーテと先に行きなさい」
私が一緒に行かないことにフルフルと頭をふる少女
「私は大丈夫、こう見えても強いんだぞ。」
いつも、お前の父さんと渡りあって予算勝ちとって来たんだ、と
訳のわからない理屈を述べ、少女の頭にポンと手を置く
「後から必ず追いかけるから」
真っ赤な目をした少女に安心させるように微笑んだ
叔父さんがディーテに話しかけている
遺跡入口の南塀裏に砂上高速船が隠してあること、そして
「1時間たっても私が来ないなら、南下し、──に助けを求めろ。」と
誰に助けを求めるというのだろ
・・・・助けなんて来ない
街も全部破壊された、逃げるとこなんてない
だって、みんな死んでしまったもの・・・・
みんな─、みんな・・・・パパだって!
いくつもの銃弾を受け、血溜まりに沈んだ父の姿が浮かぶ
「お嬢・・・・・」
躊躇いながら私を呼ぶディーテ
私が今、瞳に浮かべている感情が彼を傷つけているのだろう
ディーテは私から目をそらすように「・・・行こう」と促した
ジープより砂上バイクの方が速いと
強くなってきた砂嵐に砂塵防護の外套を被ると
遺跡に向かって走り出した
途中、完全に砂に埋もれてしまった第三バラックが見えた
私を砂上バイクに乗せ、優しく名を呼んでくれたのは
バラックで同じ名の響きだと、小さな破片を見せてくれたのは
そんなに前のことではないのに
何だか随分と時が経ってしまったように感じる
砂嵐に何年も何百年も・・・それより更に長い間
晒されさながらも、それでも完全に崩れ落ちることなく
その遺跡は建っていた
象徴的なコンクリートの固まり
または赤茶けた鉄の塔を砂の中に生やしながら
風を避けるため、遺跡の裏側に回り込むと
黒々とした底の見えない大きな穴が見えた
横には大型のクレーンが設置され、穴の中に向かっていくつものワイヤーが伸びていた
ここが多分、地下にある遺跡の入り口なのだろう
ディーテは周りの安全を確かめると
ここを動かないよう、私に告げ砂上高速船を探す為、離れていった
どういう立地条件なのか、ここではカラブランが巻き起こす風は
ただそよそよと吹くだけだった
黒い穴の縁に近づいてみる、底は見えない
第三バラックの発掘の深さを考えるに、50mは達しているのだろう
更に近づこうとした私に、
頭上から声が落ちてきた──
「──危ないですよ、咲良」と
心臓を捕まれたような、痛みが走った
間違えるはずのない声
振り仰ぐと共に私はその名を口にした
「──・・・ユーリ」
崩れかけたコンクリートの固まりの上に黒髪の青年はいた
私と目が会うと、ふわりっと音もなく地面に降り立ち
いつもと変わらない笑顔で笑いかけた「無事だったんですね。」と
それは、安否を気づかう訳でなく
ただ、確認の為だけの
「──・・・っ!」
「──何故! どうしてユーリ!!」
問う私に、笑みを消し、考え混む様に一瞬黙ると
「・・・あなたの存在は邪魔なんです」と続けた
「・・・・・なんで、」
私は何か彼を傷つけたのだろうか?
嫌な思いをさせてしまったのだろうか?
自分の思考にがんじがらめになり、動けなくなってしまった私に近づくユーリ
「エルディア!!」
名を呼ぶ声と共に、銃声が鳴り、近づくユーリの足が止まる
駆け寄ると私を背後に隠し、ユーリと向き合ったディーテの背中が
何故か愕然としたように固まった
「お前──・・・」
驚いた様な声を発するディーテの背中越しにユーリを見ると
ディーテが放った弾丸は、正確に彼の眉間と心臓を捉えていた
─が、しかし
その弾丸は彼を傷つける手前で何かに阻まれたように停まり、ポトンと砂の上に落ちた
ひしゃげた玉を拾いあげた彼は
「・・・・・こんな物では俺を殺すことはできないよ」
今度は少し悲しげな笑顔を浮かべ、聞いたことのない音を紡いだ
<──散れ>
途端に片膝をつくディーテ
ぐっ・・・!っと苦しそうに呻くディーテに
オルトマンス大佐が同じ様な音を紡いでいたのを思い出す
だが、覗きこんだディーテの瞳からは光は失われておらず
抗うようにユーリを睨んだ
「・・・・・?」
不審な顔を一瞬浮かべた黒い髪の青年は
ディーテを見下ろすと、膝をついた彼に寄り添う私の顔を見た
「あぁ、そうか、・・・・ベルタか」
──ベルタ・・・、ママ・・・?
「なるほど」と何かに納得した彼は、
仕方ないと呟くと、こちらに歩を進めた
私は動けないディーテを庇うように立ちふさがると彼を見る
「・・・・・ユーリ」
無力な私にはただ名を呼ぶしかできない
そのことで彼が正気に戻るかもと
「──・・・ユーリ」
彼は、ひどく正気だとわかっていても
黒髪の青年はこちらに右手を伸ばすと
何もない空間に向かって手を払った
────ズズッ、
彼と私たちの間の地面が割れた
そのままゆっくりと、後ろに黒く広がる穴に崩れゆく地面
足場と共に沈んでゆく私たちに、ただ無表情に黒い瞳を向ける青年
その黒い瞳を見つめながら私は
ありったけの声で名を呼んだ───
『───有里!!』
黒い闇の中へ落ちてゆく私が
最後に目にしたのは
何故か驚いた様に目を見開いた青年の姿だった
荒れ狂っていた砂嵐は、朝日が昇る頃には
穏やかな風となり砂に波を刻んでゆく
地平より登った太陽の眩しさに赤い瞳を細めた皇帝─、ルードリィフは
遺跡の入り口に佇む影を見つけた
装甲車に停止するよう手をあげると、付き従がう部下を制止し
ひとり歩を進める
大きく地表に開けた穴の前に佇む影に近づくと
「何かの匂いでも嗅ぎ取ったか?」
黒い穴の底を見つめたままの黒髪の男に向けてそう言い放つ
ゆっくりとこちらを振り返った男は、黒い瞳でこちらを見ると
「──いいえ」とだけ答えた
その目からは何も読み取ることが出来そうもない
「──お前は、お前の望みを叶えれるのは。
私しかいないということを理解しているのか、我が犬よ」
風で乱された白い髪を疎ましくかきあげると、男を見下す言葉を吐く
「ええ、理解しております──我が皇帝」
男はさして気にすることもなく言葉を返すと、膝をおった
その姿を見下ろすと
ふんっ、と面白くなさそうにはルードリィフは鼻を鳴らした
「──まぁいい、こんな不便な端の入口なぞ。
また新たに穴を穿てはよい、街の中心に」
どうせ、エテジアは堕としたのだから──と
豊かさを誇った砂漠都市エテジアは
この日より歴史からその名を消した
これで序章の終わりです。
最後までありがとうございました、引き続き頑張ります。