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砂の大地に吹く風は  作者: 乃東生
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《番外編》 ー愛する人へー 後編

「愛してあげて」と、彼女自身ではなく、彼女がその身に宿した命を、護って。愛して。と

痩せ細った手を差し伸べてベルタは言った


・・・きっと、もう生きている彼女を見ることはないのだろう


安心さす為に頷きはしたが、叶えれるかどうかはわからない

自分はこれから戦場に出る身だ、自分自身さえ生きて帰れるのかもわからない


それでも、出来るならば叶えてあげたいと

ベルタは自覚していただろうか?

彼女の存在がどれ程ディーテの心を安らげてくれたのかを


ここに連れて来られるまでの記憶はほぼ無い。元の記憶は要らないと消されたのだろうか?

だが、同じく連れて来られた者の中には幾つかの記憶を持ったままの者もいる。しかし、自分はいつ生まれたのかも、生まれた場所もわからない

微かに覚えているのは誰が呼んだ「ディーテ」と言う名前だけ

それさえも、自分が勝手に名前だと思っているだけで、実際には違うかも知れない、ただの願望なのかもしれない。

名を呼んでくれる人が居たのだと思いたいだけの


そもそもここでは名前などいらない、ただ番号だけでよい7Dー1672と


「1672と呼べばいい」

緑色の瞳をキラキラさせて名前を聞いてきた少女に自分はどうでもいい感じで答えた。それに対してだろうか?

ひどく癇癪を起こし、しつこく名前を聞くので面倒くさくなり「ディーテ」と唯一覚えている単語を出した

少女は小さく口の中で自分が教えた言葉を数回繰り返すと、顔を上げこちらを見て笑顔で言った

「ディーテ!」と


あの時から、自分の気持ちの中で「ディーテ」という言葉が、

自分自身の名前として定着出来たのだ





「1672、戦況は?」


「芳しくない。やはり量産型は耐久性に落ちるようだ」

仲間の問いかけに答えるディーテ

ここは戦場で。今、彼を「ディーテ」と呼ぶものなどいない


「帝国も分かっているのだろ、東側の3部隊が攻められている」

ディーテはそう言うと基地の詰所のベッドへと身を投げる。出なくていいのか?と問う仲間に、

「今は、1700番号の奴らが出てるから直ぐに落ち着くだろ。少し休む」

そう言い、目を瞑る。強化兵士と言えど休息は必要だ


直ぐに終るだろうと思っていた戦争は長引き、あれから2年も過ぎた。

あの唯一自分の名を呼んでくれていたベルタどうしているだろうか?

やはりもう亡くなってしまったのだろうか・・・?


戦場の悲惨な光景に脳裏に浮かぶ面影も薄れてきた。それでもまだ、目を瞑れば「ディーテ」と呼ぶ女性の姿が浮かぶ。ただその声は遠い



幼き頃からずっと、結婚しても尚、ディーテに好意以上のものをその目に込めて向けてきたベルタ

それは自分の自惚れではないと確信している。彼女がそれ以上のものを望んでいないことも

ただ、自分の思いをディーテに伝えたいだけなのだと


もし、自分がその思いに応えて入れば?

同じように好意を持っていること伝えていれば?


何かが変わっただろうか・・・?


(いや、変わらないな)

ディーテは苦笑する


ベルタは緑の瞳に決意を決めていた、トレヴァスとの結婚をディーテに報告しに来た時に


「祝福してくれる?」そう言って笑った後、

「父さんが嫌な動きをしているみたい。戦争になるかもしれない」

ベルタは声を落としディーテに言った

「トレヴァスと一緒に阻止しようとは思っているけど・・・、最悪の場合はディーテ達が戦いの場に引き摺り出されるわ、」


言葉を切り、爪を噛んだベルタに

「元々その為に存在(いる)のだから、気にすることはない」

ディーテは淡々と答える


そんなディーテを真っ直ぐに見つめて言う

「・・・私が、嫌なの」

だから、出来る限り足掻くと、そしてもしダメなら、

「最後は自分のエゴだけでも押し通すわ」と笑った


彼女がディーテが戦場にでる前に施した、その処置こそが自分のエゴだ。と、最後に会いに行った時にベルタは言っていた


決して死なないで、生きて帰ってと



───そう、自分は死ぬわけにはいかない



いつの間にか仲間の兵達が帰ってきた様で、詰所の中が騒がしい

「巧くいったか?」と確認すれば

「・・・何とかな。後少し遅ければ2部隊は全滅させられてたかもな」


思ったよりも疲れているような仲間の声に、

「そんなに苦戦する相手だっのか?」


「途中から向こうの陣頭指揮が変わったんだよ、えらく若い綺麗な若造に。

見た目は綺麗だったが、やることがえげつない」

危ないとこだったよ。と


その若造についてか?

「白い髪に赤い瞳、あれはまるで・・・」

ポソっと呟いたのは指令部から派遣されてきた男で

「・・・オルトマンス少佐?」

仲間が不思議そうに問えば、先程までの夢見るような表情を消すと

「──何でもない。次の報告があるまで各自待機しておけ」

無表情になり、それだけ言うと立ち去っていった


結局のとこ、それで戦況が変わる訳でもなく

長引いた戦争が終結を迎えたのは、こちらの総司令、ベルタの父が急死したためで

疲弊した両者にはもう戦いを続ける意思はなく。エテジアの代表トレヴァスと、帝国皇帝によって戦いは終結することとなった


そして、ディーテがエテジアに戻ってこれたのは、約5年の歳月が過ぎた後だった



アズラク湖を見下ろす芝生が広がる丘の一画に墓地がある

墓地で連想されるような暗く薄暗い雰囲気は一切ない、明るく心地よい風の渡る場所

トレヴァスが選んだのだろうか、ベルタの為に

白い石に刻まれた文字は一言、『愛するベルタへ』

日付は一年前、もう少しこの戦いが早く終わっていれば、もう一度彼女に会うことが出来たのだ


「・・・帰ってきたよ、ベルタ」

約束通り・・・君には、間に合わなかったけれど。

ディーテはベルタが眠る墓石の前にひざまづくと静かに目を瞑った



そして、花なども何も持たずに来た自分に気づき苦笑する

仕方ない・・・。戻って直ぐに博士に告げられ、用意する暇さえなくここに来たのだ。また出直そうと立ち上がったディーテに、掛ける声がある


「だあれ?」

振り向くと、砂色の髪をした小さな少女が灰緑色の瞳でこちらを見あげている

「ママのとこよ?」と首をかしげながら


ベルタの面影を残した小さな少女、

あの時ベルタがディーテに託した小さな命、この子がそうなのだろうか?

「ベルタの・・・?」


「ママ! しってるの?」

ベルタの名前に嬉しそうに反応した後、やはり不思議そうに首をかしげる


ディーテは少女の前にしゃがむ。そして、視線を合わせると自然に、本当に自然に微笑んだ

「そうだ。ベルタの知り合い、ディーテと言う」


少女は、あの時の緑色の瞳の少女と同じように口の中でボソボソ呟いた後、はにかんだように「ディーテ」と笑った


少女の、その姿に俯いた自分に、再び「・・・ディーテ?」と呼び掛ける少女

目頭が熱い、強化兵士として新たな生を受けた自分に泣くという機能が残っているのかは分からない

でも、この感情をなんと表せばいいのか



「──エルディア!」

そう呼ぶ声が聞こえた。その声に反応する少女

「ヒュースおじちゃん!」


エルディアと呼ばれた、その少女にくすんだ金髪の青年が駆け寄ってくる

少女の目の前にしゃがむ自分に一度キツい視線を向けると、少女の身を抱きあげた。その顔は誰かに似ていて、トレヴァスの?と問えば、弟だと答えた


「そうですか、今日戻って・・・。


義姉(ねえさん)がよくあの子に話してました。あの子、エルディアには護ってくれる強い、赤い髪の兵士がいるのだと」

あなたですよね?と


自分の知らないとこで勝手に母子で話をつけていたようだ。

「──そうだな、ベルタとの約束だから」

ディーテは苦笑する


そんなにディーテに、ヒュースが

「出来ればもう少し優しい雰囲気を身につけていただければ・・・」と、すまなそうに言う

戦場に身をおいていたせいかディーテは非常に殺伐としているらしい


わかった。と答えたディーテに、青年はほっとした表情をする

そんなに自分は酷い雰囲気なのだろうか? 先程の少女はそんな素振りひとつも見せなかったが

ディーテはベルタの墓を花で飾る少女を見つめる。少女はその視線に気づいたのかこちらを向くと手を振り笑う


ベルタが残したこの小さな少女。護って、愛してと託した

ディーテから見れば、直ぐに消し飛びそうにしか見えない小さな存在(いのち)


直ぐには無理だろう、まだ残処理でディーテ達、強化兵は各地へ派遣される。でもそれは、少女を護ることにもなるはずだ

今までとは違う価値をその行動に見いだせる


そして、再び戻ってきたらベルタとの約束を果たそう

この命か、少女の命が尽きるまで


(それでいいだろう、ベルタ?)


ディーテは花に縁取られたベルタが眠る白い墓石を見つめると、静かに微笑んだ



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