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砂の大地に吹く風は  作者: 乃東生
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《番外編》 ー愛する人へー 前編

ベルタは父のことが昔からあまり好きではなかった

別に自分に対して酷い仕打ちをする訳でもなかったが、実の娘に向けるその瞳は、とても父親らしいと言えるものではなく。強いて言うならば、観察対象とでもいうのだろうか?


父は研究者であった、それも根っからの。

その過程において、エテジアの元首という立場に就いて尚、やはり研究者としての自分を捨てる去ることなかった


ベルタ。と話しかけて来たのは顔見知りの男。父の研究所で時折話をする男だ

研究部屋にこもってほぼ外に出てくることがないのに珍しいと、ベルタは研究員にさせて置くには勿体ないほど整った容姿の男の見る

「数値に異常が出たみたいで博士が呼んでたよ」

そのせいで皆忙しくて無理やり駆り出された。と、黒い瞳をしかめていう男に、分かった。と告げて、ベルタは白衣を翻す

結局のとこ父と同じ研究者という同じ道を選んだベルタ。それはひとりの男の為


「博士、呼ばれましたか?」

声を掛け部屋と入ると、如何にも博士という風貌のきつい眼鏡をかけた男が

「ああ、ベルタ。──いや、まぁ、どうなんだ?」

束ねた資料を見ながらボソボソと呟く


ベルタは近づき博士が持っていた資料を横から眺める。それは何本ものミミズが這ったような線が並んだだけの紙、知らない人が見たらそう思うかも知れない

「──誰の脳波検査ですか?」

その並んだ線を目にしてベルタが言う、気になる波形がみられる


ガチャッと。着替え終わったのか、検査室より出てきたのは赤い髪の背の高い男

「ディーテ?」

出てきた男の姿を見てベルタが言う。ディーテと呼ばれた男は一度こちらに目を向けたものの、直ぐに視線を反らす


「ディーテってば! ・・・また頭痛が酷いの?」

そんな男の態度にめげることなく詰め寄るベルタに、小さくため息をつくと

「いつものだ、大したことない」

気にするな。という風にこちらに手を振る


ディーテは強化兵という、エテジアの地中深くに眠る旧世界のテクノロジーによって産み出された生体兵器だ。いや、実際には、そこから発見されたオリジナルを元に、父の手によって産み出されたプロトタイプの一人

オリジナルとは違い、その脳だけは生身のままで、強化され作られた体と生身の脳の間で時折、軋轢が生じるようだ、頭痛として。


そのまま扉から出ていこうとするディーテを見て、ベルタは博士に断りを入れて男を追った

「──ディーテ!」

名を呼べは一応立ち止まりこちらを向く、均整の取れた引き締まった体の青年。整った男らしい顔、少し目付きのキツいダークグレーの瞳でベルタを見ている

昔から変わらないその姿、ディーテはベルタの初恋の相手だ。10年前初めて会った時から



父によって産み出された強化兵士達は別に容姿などは重要とはされず、肉体的に健康、強靭な比較的若い青年達が選ばれていた

その中において、ディーテは顔立ちも良かった。要するにベルタはのぼせてしまったのだディーテに。

だが、男は非常に素っ気なかった。10年掛けてもまだベルタに微笑みかけることもない


(普通に会話してくれるようになっただけマシよね)

染々と思う。10年の成果のおかげだと。

ベルタが研究者の道を選んだのも、彼が時折、酷い頭痛に襲われるのを何とかしたいが為だ


「一度ちゃんと調べてみようか?」

心配でそう問えば、

「いや、今はいい。・・・大丈夫だ」

素っ気ないが、心配顔のベルタに気を使ったのか、最後に安心さす為にそう言うとディーテは立ち去っていった


立ち去るディーテを見送っているベルタに声が掛けられた。声の主は金髪の青い瞳の男

「トレヴァス? どうしたの?」

彼はベルタの又従兄弟であり、研究に没頭したい父が、元首という立場をさっさと放り出したいが為に無理やり後継者と決めたベルタの婚約者だ


ベルタはディーテを好きであるが、自分の立場も理解している。このオアシス都市エテジアの元首の娘である自分の立場では、強化兵との道のならぬ恋など選べるはずもなく

しかも、その当の本人であるディーテにはそんな甘い要素など欠片もないのだから


だけど、トレヴァスに関係ないことで、それでいいのか?と聞いたことがある

彼は笑って、「僕はずっと前から緑の瞳の少女に恋をしてたんだよ」とよくわからない、冗談とも取れる答えをベルタに返した

だが、今こちらを見つめるトレヴァスの瞳は優しい

「近くを通ったら君が見えたから」と


そんな彼にベルタも微笑みかけると

「トレヴァス、ランチは済んだ? まだだったら美味しいとこがあるの」

そう訪ねたベルタは、まだだ。と頷くトレヴァスの腕を取った





北の、帝国の動きに釣られてか、ここ最近のエテジアの中央機関に嫌な動きが見られる

既に代表は父から夫となったトレヴァスへと変わっていたが、未だに父の影響力は強い。嫌な思いに捕らわれながらも決定的な何が起こることもなく、相変わらず研究に勤しんでいるベルタ

ディーテの頭痛の頻度が上がっているからだ

「・・・大丈夫なのか?」

ベルタに、心配そうに尋ねるのはディーテ


彼を心配する方の立場であるはずのベルタは少し笑うと

「もう安定期に入ったから大丈夫よ」と、ベルタは少し膨らんできたお腹を擦る

それでも不安げにベルタを眺めるディーテ、自分も酷い頭痛に襲われているはずなのにそんなことを尾首にも出さずに、身重のベルタを心配する

・・・いや、もしかしたら彼が一番心配しているのは、まだ産まれてもいないこの命かも知れない。

彼の眼差しは、父親でもないのに、父であるトレヴァスよりこの命が生まれてくることに期待しているように見える


微笑ましくもあるが複雑な思いもある

(うーん、まだ産まれてもない子供に負けるのか・・・)

しかも、まだ性別もわからない。

──ただ、女の子だったらいいな。と、女の子だったらこの孤独な青年を愛してあげて欲しいと、私が出来ないかった分を含めて


酷い親だな。と思う、自分の叶わなかった思いを勝手に押し付けようとするなんて

(まぁ、女の子だったらトレヴァスが黙って無さそうだけど)

まだ見ぬ未来に思いを馳せるベルタだったが、その未来より先に自分が懸念していた決定的な事柄が起きた



「ベルタ、すまない。止めることが出来なかった・・・、数日後には帝国と開戦する」

トレヴィスが肩を落とした様子でベルタに告げた。父を止めようとトレヴィスは頑張ってくれたが、それはやはり叶わなかったようだ

「──そう、街が戦場になるの?」


「いや、それは大丈夫だと思う。防護障壁が稼働可能になった」

それはエテジアを護る為に作られた最強の防壁。ただ、出兵は避けられないと

顔を覆い俯いたトレヴァスの肩をベルタは抱く

「あなたは頑張ったわ、トレヴァス。悪いのは全て父よ、自分を責めないで」

父は強化兵士達を出すつもりだろう、プロトタイプを経て量産型の兵士達が増員されているのを聞いた。その前にベルタにはしなくてはいけないことがある



既に予定日を数週間後に控えていたベルタは重いお腹を抱え久しぶりに研究部屋へと入る

事前に話していた通りに博士は事を進めていてくれたようで、ベッドの上には赤い髪の青年、ディーテが意識もなく横たわっていた

運ぶのを手伝ってくれたのか、ベッドの上のディーテを見下ろしている黒い瞳の青年にお礼を言うと、博士と二人で作業へと入る、ディーテの頭痛の元凶を取り除く為に


それは父が強化兵士達に施した枷、逆らうことのないようにと

自分の意思とは違う命令に反発し頭痛を起こすのだ、特にディーテはその徴候が激しいようで。父の命令に逆らうこととなる施術に博士は渋ったのだが、ディーテだけだと頼みこんだ

これは自分のエゴだ。せめて彼だけでも父の手から逃れられればと




その罰とでもいうのだろうか?


ディーテへの施しが終わった直後、ベルタは意識を失った。そして、


目覚めた後、自分に告げられたのは、現状では治る見込みのない病の名前



自覚したからではないが、急速に病は進行し、

トレヴァスはベルタが少しでも助かればと、出産すると言った自分に、子供はいらない!とまで言い張った


そんな言葉を告げるトレヴァスにベルタは悲しみを込め言う

「お願い、トレヴァス。私は何をしても、もう助からない。

だから、せめて。この子は私の代わりにあなたの傍に置いて行きたい」と

トレヴァスは瞳を揺らしベルタを見つめたが、結局、何も言わずに部屋を出ていった


そしてもう一人──、


同じく何も言わずにベルタを静かに見下ろしているのは

「──ディーテ」

ベルタは名を呼び、彼へと手を差し出す

その手をディーテが握ぎる、そっと、壊れ物を扱うように。

そして、ベルタは今やっと気づいた。彼の瞳に浮かぶその思いの意味を

───ああ、そうか。彼は・・・、



彼に施術したことで、ディーテの出兵は延期されていたが、それも終わり、彼は戦地へと向かう

その前に彼と約束を結ぼう

「ディーテ、私の最後のお願い聞いてくれる?」


最後だと言い切った私に彼は何も言わない。気休めも労いも

それでいい、彼はそれで。

「・・・お願い、この子を護ってね」



父が彼に貸した枷を外した私が、再び彼に枷を貸す

この生まれてくる我が子を


私は多分長くはこの子を愛せないだろう

だから代わりに、愛してあげて。と


決して死なないで、生きて帰って、そして───、


そんな私に彼は何も言わずに、ただ小さく頷いた



部屋を出てゆくディーテの背中を、その後ろ姿が扉の向こうに消えるまでベルタは見つめ続ける

これがきっと私が見ることの出来る彼の最後の姿だと


───さよなら。 さよなら、私の初恋


私では無理だったけれど、・・・誰か、

この生まれて来る子でなくてもいい


いつか彼に誰かの愛が降ればいいと


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