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砂の大地に吹く風は  作者: 乃東生
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ー永遠の夢の果てー 2

さくらはいつものように施設内にある裏山を散歩していた

有里の姿は朝から見かけていない。最近は頻繁に実験施設に通うことが多いようだ。それも、自らが何かをする為に


(何をしてるんだろう?)

さくらは手元にある石の欠片をぽいっと放り捨てながら思う

このところ二人で一緒に過ごす時間が減っている。それに伴って有里があの暗い凪いだ瞳を浮かべていることが多くなった気がする


それがさくらには気にかかる

「有里・・・」

名を呼んでもそれに答える声は今はない

さくらは小さくため息をつくと、自分が暮らしている建物へと足を向けた


「──?」

さくらが足を向けたその先から、こちらに向かって歩いてくる人影がある

それはこの島国の住人でないとすぐにわかる絵にかいたような金髪碧眼の男。この研究施設では国外の研究員も居るため、それは別段に不思議ではない

だが研究員達は、有里になら分かるがさくらに用事がある者などいない

(・・・誰だろう?)

その男は明らかにさくらに目を止め、こちらに向かって来ていた


近づいてきた男は、さくらに、ここより更に西の国の研究員をしている某だと名乗ってきた

だが、有里以外の人に興味のないさくらには男の名前などどうでも良く。何か用か?と問えば、男は手のひらにのせた石をこちらに見せる

それは先程、見た目が綺麗では無かったのでさくらが捨てた石

怪訝な顔で男を見上げれば

「この石が何か知っているかい?」と


しらない。と答えれば、そうか。と頷き

「これは何処から?」

そう聞くので、この男はさくらの能力のことも知っているのだろうと

「そんなもの、そこら辺に幾らでもあるわ」

無ければ()()()いい。と

男はさくらの返答にひどく満足げに頷いた



「さくらっ!」

目の前に立つ男の背後から、こちらに駆けてくる有里の姿が見えた

有里はさくらを背に庇うように男とさくらの間に割り込んでくると、男の顔を見て

「──! あんたは・・・・、」と言葉を切った


男は有里と顔見知りなのか、「やぁ、有里君」とにこやかに笑った。そして、有里の肩にポンと手を置くと

「ちゃんと確認させて貰ったよ。その件は前向き検討しよう」

それだけ告げると、さくらにもう一度目を向けた後、何も言わずに立ち去っていった



「・・・さくら、何か言われた?」

静かに尋ねる有里に、ううん、とさくらは首を振る

そんなさくらを有里はいつものように優しく腕の中に抱き寄せると

「もうすぐ・・・、もうすぐだから」

待ってて、さくら。と願うように言った




そのもうすぐと言った有里の願いが何なのかわからないまま、幾つかの歳月が流れた


さくらは自分の顔を照す朝日に眉をしかめ、体に絡まっている腕を外すと、その身を起こす

腕の主である有里は影にいるのか、その眩しさの影響を受けないまま、まだ眠りの中にいる


もう、少年少女と呼ばれる歳ではない二人がひとつのベッドで仲良く寝ている。それは男女の関係か?と問われれば、そんなものは一切なく。どんなに互いが愛おしい存在であっても生物学上では二人は兄妹なのだ


さくらは有里の顔にかかる黒い髪をそっと払う、今は瞑ったままの瞳

これはチャンスだと、有里の整った顔をもっと間近で眺めようと、体を屈ませる──と、


「───!!」

ガバッと急に伸びた両腕にさくらは絡みとらる


胸の中に囲い込まれ、驚き逃れようとジタバタするさくらの頭上から、押し殺したような笑い声が聞こえる

「有里! 寝たふりしてたわね!」

無理やり顔を上げれば、いつものように黒い目を細めこちらを見つめる有里


西から来た男が去った後、有里はまた、さくらが好きなこの瞳を向けることが増えた。一緒に過ごす頻度も前と同じに戻った気がする


さくらはびくともしない腕に抵抗をあきらめて、その身を有里の胸に押し当てた。目を瞑ると聴こえてくるのは規則正しい鼓動

急に静かになったことで「さくら? 寝たの?」と有里が声を掛ける

「ううん、有里の心臓の音を聞いてるの。私と同じ」

別々なのに同じリズムを刻んでいる。と呟いたさくらに、ちょっと違うよ。と


「経緯やその大元はどうであれ、僕らは同一のものから生まれたんだ。二人の心臓は同じ、ひとつなんだよ」


夢見るように呟く有里


「だから、もし──、


・・・もし、さくらが死んでしまったら、


僕の心臓は、もう音を刻むことはないよ」


でも、さくらを喪うなんてこと絶対させないけどね。と最後は強い口調で言う


二人が一番恐れているのは、互いの死。でもそれは何れ訪れるもの。人である限りは逃れられない現実

延命の研究の為に生み出された二人だが、今のところそれに於いては何の兆候も見られることはなく、二人は二十歳を越えた



もともと、より優秀にと操作され作られたのだ、有里に限らず、さくらの見た目も他者より秀でている。そして、少女から大人へとその体型も変貌を遂げた


珍しく名を呼ばれた、振り返って目にした男は、形の上での母である女とよく一緒にいる研究員だ

研究員達とは、ほぼ話すこともないさくらは怪訝な顔で男を見るが、男は、有里が呼んでいる。と笑みを浮かべながらさくらに告げた

その笑みに嫌な感じを受けながらも、有里が呼んでいるという部屋へと向かったが、そこに彼の姿はなく。背後から襲いかかってくる男


有里のように他者に影響を与えれる能力のないさくらには、普通の女性の力しかない。自分を組み伏せる男の力には勝てるはずもなく、助けを求め、ただ有里の名を叫ぶだけ


さくらが何度も繰り返し呼ぶ有里の名前に男は

「何度呼ぼうがヤツはこないよ、今日は検体採取の日だから」

お前達の母親とよろしくやってるだろう。と


男は一体、何を言っているのか?

さくらにはわからない。いや、分かりたくない


赤い唇で有里に笑みを向けるあの女は、昔からさくらには見向きもしなかったが、有里には異常なまでの執着を見せていた


「・・・・・有里・・・」

ポツンと口からこぼれた名

さくらはそれ以上、有里の名前を叫ぶことを止めた



それから後のことはよく覚えていない

いつの間にか自分の部屋のベッドで横になっていて、傍らにはひざまづき俯いた有里の姿

その姿にそっと手を伸ばせば、強く握りしめられ

「ごめん、さくら、ごめん・・・っ!」

俯いたままそう繰り返す有里

彼の黒い瞳が見たくて「・・・何で謝るの? 有里は悪くないじゃない」と言っても、有里はこちらを見ることなく同じ言葉を繰り返えすのみで、その瞳をさくらに向けることはない


・・・そうか、

自分はもう彼から愛される資格を失ったのだ。と


男に襲われている時でさえ、溢れることの無かった涙が頬をつたう

全身を襲う痛みと胸を引き裂く悲しみにさくらはそのまま意識を手放した



それから先のさくらの記憶は曖昧で、有里に寄ってだろう、施設は半壊滅的な姿を晒していた

さくらは有里の腕の中にいる。さくらを抱えたまま有里が見下ろしているのはさくらを襲った男と赤い唇の女。その女にはいつもの余裕のある笑みはない


「な、何故!? あなたは私に敵意など向けれないはずよ!?」

女は有里が自分に向ける顔を見つめ言う。それに対して有里は静かに

「枷は外した、時間はたっぷりあったからな」と、

そして、声を低くすると小さく呟いた

「ただ、遅すぎたが・・・」


一歩踏み出した有里に、後退り逃げようとする男女

「もう縛られるものは、ない」

有里は嬉しそうにそう告げると、さくら。と声を掛け、視界を手で覆い隠した


「すぐ終わるから、さくらは目を瞑っていて」

暗くなった視界に耳元で有里の声が響く

さくらは無言で頷くと、自らの耳も塞ぐ。視覚も聴覚も閉ざして有里に身を預けた



どれくらい経っただろうか?

「──さくら」と有里の呼び声に目を開けると、知らない風景が広がる

二人の側にいたのは、西から来たと言っていた男


その男の姿を不思議そうに眺めるさくらに、「もう大丈夫だから」とこちらを見て微笑む有里。久しぶりに見た気がするその瞳は、


深淵のように暗く、凪いだ海の色をしていた



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