ー砂漠都市エテジアー 4
7時からの晩餐は一応何事もなく和やかに過ぎた
叔父さんが酔っ払ってくだを巻いたり、父さんのユーリへの扱いが微妙に怖かったりしたけど
仕事の続きがある父と別れ、酔っ払い(叔父さん)を部屋まで運んでくれたユーリに
また研究所に遊びに行ってもいいか?と、少し躊躇いながら尋ねるエルディア
「ええ、どうぞ」と黒い目を私に向け、穏やかに微笑むユーリ
忙しくなければと付け加えられたが
パスの関係で、ユーリをゲートまで送るようにディーテに言い付け、「えー、何で俺がー」とブツクサ言う赤毛の男を無視し
ユーリにおやすみの挨拶をした私は自室に戻った
今日は一日中外出していた為、たまっていた用事を片付け終わった頃には、細い月が空の中天までさしかかっていた
アズラク湖を見渡せるように作られた窓からバルコニーに出てみると
昼間あんなに暑かったのが嘘のように、吹く風は冷たい
ぶるっと震え自らの肩を抱くと街を見下ろす
ポツン、ポツンと見える明かりに、父さんもまだ仕事してるのだろうかと同じく明かりの灯ったままの、このエテジアの一番高い建物を振り仰ぐ
月を背後に従えた黒い建物の頂上に、人影をみた気がした──、
─── ユーリ・・・・?
肉眼で捕らえれる距離ではない
だだ、何故か黒髪の男の姿が脳裏に浮かんだ
(うん、今日はいろいろあったから、疲れてるな・・・)
こんな時にまでユーリの姿を思い浮かべちゃうなんて・・と、冷えてきた体を擦りながら部屋に戻った
砂漠から吹く風に髪を遊ばせながら
この街すべてを見渡せる場所に立つ黒髪の青年は
少しきつくなってきた冷たい風に黒い目を細め、弓の様な姿の月を見る
今日は新月、これから夜中にかけてさらに風は強くなり、やがて砂嵐カラブランとなってこの街を覆うだろう
だがこのエテジアには旧世界からもたらされた、それを塞ぎうる力がある
街を囲う擁壁の上にそびえ立つ幾つかの武骨な鉄塔
そこから発生する磁場により、目には見えないが、例えるなら細い網のようなものが街全体を覆っているのだ
月を眺めていた視線を街に向けると
少女と、目があったような気がした
砂色の髪、グレーの、光の加減よっては緑が強くなる瞳の少女
「ユーリ!」と嬉しそうにこちらの名を呼ぶ少女──、
「さくら・・・・・」
言葉を口にのせる、懐かしい響き
遥かな過去・・もう思い出すこともさえも難しくなった遠い日に
同じように、嬉しそうに自分を呼んでくれた存在
纏う色も違う、面差しも違うのに
あの優しい思い出を呼び起こす少女
でも、違う─、彼女ではない
彼女であるはずがない
少女の存在により何度も味あわされる喪失
繰り返えされる失望
「・・・・もう、いらないな」
そう呟くと、ユーリは鉄塔に向かって手をかざした──
寝入り端に金属が響く嫌な音を聞いた気がした
起きあがったエルディアは、今度ははっきりとドンッと鳴り響く爆発音と振動を耳に捉えた
(・・・何!?)
直ぐ様、バルコニーに飛び出だし、音がしただろう方向に目を向けると
東側のゲート辺りに黒煙と赤い火が見える
(敵の侵入!?)
でも障壁がーと、障壁シールドを発生させている擁壁上の鉄塔を見渡す
鉄塔の1基がへし折れ無惨な姿を晒していた
「そんな・・・」
愕然とした私の背後で慌ただしく叩かれるドア
「エルディア!!」
めったに聴かない叔父の焦った声に、急いでドアを開けると、
飛び込んできた叔父にしがみついた
「叔父さん! 街が・・・!」
叔父に状況を見せようと振り向いた窓の外を、轟音と共に黒い機体が飛ぶのをみた
「そんなっ・・・!!」
私を引き剥がすと窓に走り寄るヒュース
「・・まさか、条約までも破るのか・・そこまでして・・・」そう呟く叔父に、エルディアも何も言えないまま街を蹂躙し始めた機体を見つめた
条約ー、それは多国間で取り決めた恒久的防衛条約
この大陸の上空は常に太陽フレアによる電磁波の影響を受けている
地表より300mも越えると計器や機械等は全機能を停止する
低空での機体による戦いは、地表付近に巻き起こる砂嵐の危険性、低空飛行による操縦の不安定さ、それに伴う墜落、関係のない者達まで巻き込む事故など故、
30年程前にエテジアや帝国、その時の有力勢力によって取り決められた、空における戦争の禁止を定めた条約
小競り合いは地上だけでやれとー、
黒い機体が高い建物に近づくのを見て、はっと我に返った私は
「父さんっ!」と叫ぶと、エルディア!と呼び止める叔父の声を振り切り駆け出した
少し時を遡って─、
執務室で先刻の会議の事案に頭を悩ますトレヴァスは
直ぐ近くで響く不快な金属音を耳にした
席を立ち音を確認する為、窓に近よると倒れてゆく鉄塔が見えた
「馬鹿な・・・!!」
そして崩れ落ちた鉄塔の側に、ふわっと舞い降りる人影を──
ユーリ・アリアス・・・
非現実的な場面に、言葉なく目を見開いたトレヴァスを
黒い瞳の青年は何の感情もなく見つめていた
「いったい、お前は・・・、」
聞こえるはずもないが、そう口を紡いだトレヴァスの耳に更にに響く不快な音
(どこかのゲートが落とされたか・・・!)
爆発音にちっと舌打ちすると、状況を確認する為に行動をした
直ぐ隣の部屋に控えていた秘書達に確認するも、混乱した彼らは余り役にたたなかった
だだ、東側のゲートが壊され襲撃を受けてると
本来ならシールドによってそう簡単には襲撃されることなぞないのだが、先程の光景が目蓋に浮かんだ
(今はそれどころではない!東側が突破されたと言うことはフォンフェオンの件も確定だな、・・・帝国め!)
更に詳しい情報を必要だと、軍部に回線を繋げようと鳴らすブザーを、かき消す轟音──
(戦闘機だと・・・!?、馬鹿な!)
まさか、ここまで帝国が準備してたとは
愕然としたトレヴァスに背後にから
「元首・・・!!」と焦ったような秘書の声がする
振り返ったトレヴァスの目に写ったのは
秘書を羽交い締めにし銃口を突きつける強化兵士と、それを従えた黒い兵服をまとった表情のない男、オルトマンスだった
他の秘書達は既に床に倒れ伏していた、強化兵士には銃など必要ない
現に銃口突きつけられていた秘書は、兵士が銃を持った手を軽く捻るだけでその場に崩れ落ちた
トレヴァスはその状況に眉を一瞬しかめるとオルトマンスをみた
「その必要はないだろう」
秘書を殺したことに対してだろう、オルトマンスは口許に笑みを浮かべる
「私は投降する、無闇な殺戮は不快だ!」
そう言い放つトレヴァスに、男は声をたてて笑った
この表情の乏しい男が珍しく笑ったことに驚いたようにこちらを凝視する、この街の元首──だった男に告げる
「─元首」あえて元首と皮肉げに
「この街はいらないのですよ。人も富も必要はない。
要るのはこの地下に眠るものだけ」
だから上に有るものは全部不必要だと
もちろん貴方もです、元首─と笑みを浮かべたままオルトマンスが言うと、後にいた強化兵士達が動く
その一人は赤毛の男、私が娘に付けた強化兵士だった
そもそも強化兵士が私に敵意を抱くことが会ってはならないことだった
兵士達には脳に刻まれたチップがある、逆らうことが出来ないように
亡き妻の父、前元首が作りあげた唾棄すべき所業だが、それは全幅の信頼でもあつた
(何故だ・・・?)
私の疑問に気づいたのかオルトマンスは薄く笑う
「貴方も、ましてや、それを作りあげた前元首でも知らなかったことがまだあるのですよ」
旧世界の脅威には──そう告げるとこちらに銃口を向けた
『有り余る力はやがてその身を滅ぼすわ』
自分の父親の所業に心を痛めていた
優しく、愛しい妻ベルタの言葉を思い出す
君はそう言っていたのに、私はやはり間違えてしまったのだろうか
君の言う通り私の身は今滅びようとしている
このまま君の元にいくと怒られるかもしれないな
自嘲気味に笑うとゴボッと口からあふれでる血
体から急激に熱が奪われていくのがわかる
手足の感覚はもうない
視界も幕が降りるように狭くなってきた
そんな霞む視界にバンッと開かれる扉が見えた
「パパっ!!」
叫ぶ声と共に飛び込んでくる姿──、
何者にも変え難い存在、愛しい娘─
エルディア!
───あぁ、何故ここに!?
来るなと叫ぼうにも、もう口は動かない
速く逃げろ!
──ここは危ない!
言葉の変わりに口からこぼるのは赤い体液
愛しい娘を助けることも出来ない自分に激しく後悔する
あぁ・・・─誰か、
────誰か、お願いだ
暗くなる意識の中で必死に願う
──誰でもいい!誰か娘を!
エルディアを!!
(・・・・愛しい娘の泣く声が聴こえる)
それなのに──何故だろう?
ひどく穏やかだ
ベルタ・・・・、
もし君が神の御元にいるのなら
神様にお願いしてくれ
私たちの愛しい娘を救ってくれ、と
一筋の涙をこぼし、トレヴァスの目は閉ざされた
嫌な予感に急き立てられるように急ぐエルディア
外の喧騒を余所に建物内はひどく静かだった
その静けさを割くように響く銃声──、
「──・・・っ!!」
締め付けられるような痛みに胸を貫かれ
それでも立ち止まることは許さず
走り続けたエルディアは、やっと目的の扉を見つけた
「パパっ!!」
叫びながら開く扉
その向こう、
血溜まりの中に倒れる男の姿──
「いやーーーーーーー!!!」
エルディアの叫ぶ声だけが静寂の中に響いた