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砂の大地に吹く風は  作者: 乃東生
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《番外編》 ー何時かの約束ー

「おい! ズーハオ、シンイェン様なら凄い顔で向こうに歩いて行ったぞ?」

顔見知りの隊員が通りを急ぐ男を見て言う


その言葉に足を止めると、ズーハオは顔をしかめる

「・・・何で俺に言うんだ?」

ズーハオが向かっているのは男が言う方向とは反対側。今は長老のじいさん共に押し付けられた用事を片付ける為に駆け回っているところだ


「ん? 違うのか? お前が急いでるからシンイェン様かと」


ズーハオは一度ため息をつくと

「今は、老リュウに頼まれた件で動いてるんだよ。


───で、シンイェン様に何かあったのか?」


「うーん、また頭領とやり合ったみたいだぜ?」

いつものことだという態度の男に、分かった。とズーハオは頷くと、向かっていた方向とは逆に向きを変える

(仕方ない、老リュウには後で詫びを入れておこう)

また、入手困難な植物の苗を要求されるかもしれないが。

ズーハオは迷いなくシンイェンがいる場所へと向かう



ズーハオは今から五年前にこのクローンに来た、来たと言うより仲間に捨てられたが正しいか

フォンフェオンに敵対する部隊にいたズーハオは、クーロンへの破壊工作の為に仲間と共に潜入していた

だが、一人がへまをやらかした。それがズーハオの兄貴分に当たる男で、男は致命的な傷を負ってしまっていた。仲間は、足手まといの男と、それを見棄てることの出来ないズーハオごとクーロンに捨て去る決断を下した



潮の香りがする。その香りに導かれ路地を抜けると暗い海が見えた

背に抱えてる男はもう意識もなく浅い呼吸を繰り返すのみ。もう仲間の元へ戻れることはないだろう

ズーハオは男を背中から下ろすと浜辺へと寝かせる

小さくなってゆく呼吸、男は一度大きく息をすった後、その呼吸は止まった

それを最後まで見届けると、ズーハオはやっと辺りを見渡す

当たり前だが海しか見えない行き止まりだ。海なら船を出せば逃げれるかもしれないが、この世界に於いてそれは不可能だ

(さて、どうしようか?)


腕を組み悩んだ姿の男に声が掛けられた

「その人、死んだの?」


それは少女の声、驚いて声の方へと目を向ければ

浜辺を仕切っている堤防の上に立つ小柄な影、声の主だとすれは少女だろうか?

「・・・ああ、亡くなったよ」

兄貴分の癖に色々と迷惑をかけられた相手だが、それでもその死は胸にくるものがある


影の人物は──そう。と呟くと、堤防から降り、浜辺に寝かされた男の亡骸の側に立つ

その影はズーハオが思った通り少女の姿をしており、亡骸を見つめるその瞳はひどく悲しそうだ

この男の知り合いでもないだろうに何故こんなに悲しい瞳を向けるのか?

不審な目を向けたズーハオに、少女はこちらを見ることなく、悲しいか?と問う

答える義理などないのに何故か素直に答えてしまう

「そうだね、俺には家族がいないから。この人が身内みたいなもんだったから助けれるなら助けたかったよ・・・。


──うん、でも仕方ない。それに今はそんなこと言ってる場合でもないし」

そうなのだ、この得たいの知れない少女と男の死を悼んでる場合ではないのだ。ズーハオは今追われる身なのだから

少女は男の焦りなど気にしていないのか、やはり寂しげに、そう。と呟いた


そうこうしているうちに、路地の向こうから男達の声が聞こえる。マズイ!と。ただ逃げる場所もなく、少女の後ろに回り込みしゃがみ込んだズーハオを、胡散臭げに見下ろす少女。そこへ男達がやって来る


「シンイェン!?」

男達はシンイェンと呼んだ少女がここにいることに驚くと、その少女の後ろにしゃがみ込み隠れようとしている男の姿に更に目を見開く

「──あ!? お前!!」


ヤバい!と逃げ出そうとしたズーハオに男達が迫る。そこに、

「ハオラン! 止めなさい!」

先程の寂しげな声とは違い、他者を従えさすような強い声で少女が告げた


その少女の声にズーハオを捕まえようとしていた男が止まる、そして止められたことを不服そうに

「しかし、シンイェン! この男はクーロンに進入した賊でっ!」


「──いいえ、この男は私が()()()()()で貰った男よ」

少女はそう静かに言うと、男はぐっと言葉を詰まらした


「・・・物好きなっ!」と、吐き捨てるように言い男は背を向けるが、その背を少女は再び呼び止める。

そして、眉間にシワを寄せ振り向いた男に、

「ハオラン、()()()()()()()()()()丁重に埋葬してあげて」

あのまま放置されていた遺体に目を向けて言う


男は眉間にシワを寄せたまま、分かった。と呟き、周りの男達に指示を出すとそのまま立ち去っていった


何だか分からないが、自分の身が助かったことにほっと安堵していたズーハオには、その時の少女の言葉の意味を理解することは出来なかった


そしてシンイェンと呼ばれた少女がフォンフェオンの頭である男の実の娘であると知ったのは翌日で

彼女の母親が亡くなっていたと知ったのもその時だった


彼女は謂わば妾腹の娘で、本妻であるはずの女は子に恵まれることはなかった。他にも愛人は沢山いただろうが、結局のところ為した子供はシンイェンだけだった

そしてシンイェンの実母は子を取り上げられ、頻繁に会うことも出来ず、気づいた時には一人寂しく死んでいたのだという

その母の死をシンイェンは、昨日聞かされた。それは母が亡くなってから一週間もたったのちに

その事実に激昂したシンイェンに父であるフォンフェオンの頭の男は、寂しいならお前の気に入った人間を側に置けばよいと、別にあの女でもなくてよいだろうと言い募った


「だから、別にお前で無くても良かったんだけどね、何となく?」

と何時か尋ねた時にそう笑って言った




「シンイェン様!」

やっぱりここか。と、砂浜に降りる

ズーハオの見上げた先、堤防の上にはあの時と同じようにシンイェンがいる

だが、五年前と違い少女でなく大人の女性へと変貌を遂げたシンイェンに、ズーハオは眩しげに目を細める

「また、やり合ったそうですねー、懲りずに」


「うるさいぞ、ズーハオ」

やっぱりお前なんか拾わなければ良かった。といつもの文句を繋げる。そのやり取りにズーハオは苦笑する 


シンイェンは何かあると必ずここに来ている。ここでただ気の済むまで海を眺めているのだ。既に太陽は西に傾き、辺りは夜の帳が下り始めている


「シンイェン様、もう戻りましょう。あまり頻繁に姿を眩ますと皆心配しますよ」

まだ堤防に留まっている影に向けて声を掛ける


「・・・・・心配する者などいないだろう」


そう呟くようにいうシンイェンの表情は、ここからでは良くわからない。でも──、

「じゃあ、俺が心配するということで」

わざとおどけたように言う

「・・・・・」

無言になってしまった影に、やべ、やっちまったか・・・。と思ったが、その影は堤防から降りるとこちらに近づいてきた


薄闇でもはっきりと姿が確認できる距離まで来ると

「お前は心配などいらないだろ? 私が何処にいようと、どうせ直ぐに見つけてしまうのだから」

シンイェンはいつもの少し人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言う


「・・・そうですね」と、ズーハオは小さく笑う

「でも、出来れば長老達から用事を押し付けられてない時にしてください」

おかげで今回も面倒くさいことになりそうだ。と嘆く男に、また押し付けられてるのか。と呆れた声で笑う


泣いているのかと思ったがシンイェンは泣かない、あの出会った時からずっと

この一週間ほど後に、敵の襲撃に会い実の父である男と本妻と愛人達全てが死んでしまった時も、

それが彼女が裏で手を引いたのではないかと疑われた時も、

同じように海を見ていただけで、シンイェンは泣くことはなかった


ただ、いつものようにシンイェンを見つけ出した男に

「──ズーハオ、もし私が死んだ時は少しは悲しんでね」

お前だけは。と、こちらを見ることもなくポツンと呟いただけで、やはり父親の死に涙を流すことはなかった




少し眠ってしまっていたようだ。このところずっと気が張っていたのでしょうがない

懐かしい、もう10年も前の夢を見ていたようだ


「ズーハオ、そろそろ行くぞ」

男が目を覚ましたのに気付いたのか、ラオハンが言う。

気を使って待っていてくれたのだろうか? ズーハオは目をこすりながら謝る

「すいません、大哥。色々とご迷惑をかけてしまい・・・」


「はっ! 迷惑をかけているのはシンイェンだろうが」

まったく!と顔をしかめる

相変わらずの男の態度。それでも、既に頭を下ろされたシンイェンを救う為、駆けつけようとするズーハオに手を貸してくれる男


ズーハオは苦笑すると言う

「そうですね、そろそろ行きましょう。シンイェン様に怒られる前に」


見上げた空には円からは少し欠けた月がみえる。その光に照らされた砂漠は、まるで海のようにみえて

いつもと同じようにこの光景を眺めているのだろうか。と、

ズーハオは悲しくても泣くことのでない彼女を思った




「・・・泣いてるのか?」

そう問いかけたシンイェン


もう既に視界は霞んでいて男の表情さえ見えていないのだろう

「貴女は、馬鹿だ・・・」

それしか言えないズーハオ


最後に、すまない。と自分に謝ったシンイェンの口元は、やはり微かな笑みを刻んでいたが、閉じた目からこぼれ落ちた雫


出会ってから初めて見たシンイェンの涙


ズーハオは力なく落ちた手を握りしめると、その体を抱きしめる

「────っ!!」


辺りが白い閃光に包まれて尚、ズーハオがその体を離すことは無かった───。




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