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砂の大地に吹く風は  作者: 乃東生
31/52

ー赤と白と黒とー 15

ディーテは車を停めると、あのまま眠りについたさくらを再び抱きかかえ、エルデ・ナジオン(ここ)での仮の住まいへと戻った


玄関に隣接した居間では、出ていった二人を今かと待ち構えていた少年二人が、腕に抱かれた少女の姿を目にし駆け寄ってきたが、

ディーテはそれを無言で遮ると、そのまま奥の部屋へ向かう


「───さくら・・・、」と背後で少年の内の一人が呟く声が聞こえたが、それを無視し部屋の扉を閉めた


室内に入りベッドの上にさくらをそっと寝かせると、一旦部屋を出、バスルームから必要な物だけを取り直ぐに部屋へと戻る

その間にも少年達は何か言いたげな目でこちらを見ていたが、知ったことではない

ディーテにとっては少年達も先程の男同様、さくらを酷い目に合わせた加害者であって許せるはずもなく。それがさくら自身が加担したことであっても


(何で俺に言わなかった・・・)

あの夜、何も言わずに自分の元から去ったさくらにディーテは怒りを覚えた

そして、次に会ったさくらの姿に怒りの矛先は少女の上にいた男へと向かったが、同時に自分自身へとも跳ね返ってきた

あの流れでいけば、さくらが取る行動なんて推測できたはずだ。そして怒りに支配されていなければ、こんなことになる前にさくらを見つけることが出来たかもしれない


「本当に・・・、何で俺に言わなかった、お嬢」

自分に言えば止められると思ったのだろう、だけど・・・


ディーテは眠ったままのさくらから目を反らすと、バスルームから持ってきたタオルを濡らす

そして、少女の顔にこびりついた血を拭うと、その身をくるんでいたシーツと手首の拘束を解き両腕を解放した


後はさくらを着替えさせてやりたいのだが、生憎、側に同性がいない。ディーテは躊躇った後、あきらめて少女の身を少し引き起こすと裂かれた服を脱がす

露になった少女の首元に男の残した痕跡を見つけ、また襲ってくる激しい怒りに眉間にシワを寄せた


動揺で後は神崎に任せてしまったが、やはりあの男はあの場でくびり殺しておくべきだった、と

怒りを押さえる為に一度深く息を吐くと、ディーテはまた新しいタオルでさくらの体を拭き清め、服を着替えさせた


その一連の作業が終わると、さくらの顔へと視線を落とす。鼻と額が赤い、そっと手で触れると少し熱をもってるようだ

額にかかる少女の髪をかき上げるとそのまま髪を撫でる

「──お嬢・・・、」

ため息と共に名を呼ぶ


ひとつ気がかりなことがある

寝入り端にさくらが呟いた言葉──、「ゆうり」と


その言葉で似た名の男を連想させたが、直ぐにかぶりを振る

あの男はモントア共和国やエルデ教とは何ら関わりはないはずだ

エテジアで起きたことと今回のことで少し神経質になっているだけだと、

何故か自分に言い聞かせようとするディーテだった







夜も白みかけた頃、大聖堂を取り囲む柵の外側の公園では、そろそろ人の往来が見られだした

その中をひとり背の高い黒髪の男が大聖堂の関係者達が使う柵の通用口へと向かう

通用口には門番の男が二人いたが、黒髪の男は当たり前のように扉を開けると柵を通過した

門を警備する二人は、あり得ないことだが不審者である男の姿に気付いていないのか、前を向いたままだ


男は必要以上に飾り立てられた大聖堂に目を向けると嘲笑を浮かべた

「ただの張りぼてだな」

外側をどれ程飾ろうが中身が伴わなければ意味がないだろうに


エルデ教などというものは自分が知っている時代には無かったものだ

いつの間にか当たり前の様に広がっており、有りもしない神を崇め、ルードリィフの言う「醜悪な儀式」とやらで人々の信仰をいびつな形に歪めていった

この大聖堂もその一役を買っているのだろう


まぁ、そんなものを信じる人々もどうかと黒髪の男、ユーリは思う


ルードリィフも、この大聖堂、エルデ・ナジオンを全て破壊する前に一度訪れると言っていた

破壊される様を近くで観賞することが出来ないのは残念だが、その前に再び目に焼き付けておこう。と、

赤い瞳に激しい怒りを込めて、そういい捨てた


あの赤い瞳の皇帝の全ては、この25年ぶりの大祭の為だけにある

それは復讐、エルデ教への


詳しくはユーリでも知らない。いや、知ることは簡単だ、彼の記憶を()()()いいだけだ

だけど、ユーリにとっては然程興味がない事柄で

25年ぶりというが、男にとっては何度も繰り返されてきた、ただの風景に過ぎない

そんな目の前を過ぎてゆく風景にいちいち干渉はしない 

何かを思う感情など当に擦りきれて無くなり、心は凪いだままで

男はただ、この身がいつか朽ちることだけを願い、その方法を探し求めて生きてきた・・・生きるしかなかった


だがしかし、今は違う

凪いだ水面に石を落とした波紋の様に徐々に感情が甦ってくる

ただそれは、ひとりの者に関するものでしかなく

時折その感情に呑み込まれそうになるが、それはそれで心地よく


愛しい少女の姿を思い浮かべ、ユーリは笑みを作る



そんなユーリの思考を邪魔するかの様に声がきこえた

それは建物裏手側、先程の自分が通り抜けた扉の方


「あのゲス野郎はどうした?」

「ああ、しっかり話はつけておいたから大丈夫だろう」

門番の男に問われ、大聖堂から出てきた男は満足げな顔で答える


ユーリはその男を眺める


男達は直ぐ側にいるユーリに気づく事もなく、そもそもユーリの存在など彼が望まない限り誰も目には止めることはなく

「そろそろ俺も引き揚げるわ、後はよろしく頼む」

「そうだな、連絡はいつものように」

「わかった。じゃあ、また」

男は門番達と軽く挨拶を交わした後、路地に待機していた車に乗り込むとそのまま走り去った



「────そうか・・・、」

ルードリィフがあれだけ嫌悪する大聖堂というものを、ただ見に来ただけだったが

去っていった男に愛しい少女の姿を()()

「さくらもここにいるんだね」と呟く


しかし、このエルデ・ナジオンは滅ぶことが決まった街だ、さくらを巻き添えにするわけにはいかない


先程より更に、深く甘い笑みを刻みユーリは愉しげに呟いた

「そうだね、そろそろ君を迎えに行こうか」と








事情を聞こうにも、ディーテはさくらと共に部屋に閉じ籠ってしまい、状況を把握出来ないまま春人と奏は朝を迎えた


朝になり、やっと帰ってきた神崎に説明を求めようとしたが

神崎は「うん、まぁ、」と言葉をにごし、さくらのことはディーテに任せておけ。と、

「どうせお前らも寝てないんだろ? 俺も少し寝るからお前らも寝ろ。話はまた後だ」

神崎はそう二人に言うと同じく部屋へと入ってしまった


仕方ないというように立ち上がった奏に春人は

「・・・なぁ、奏。さくら大丈夫、かな・・・?」


ディーテの腕に抱かれていたさくらの顔には血の痕が見えた。春人は自分の組んでいる手が微かに震えているのを見て、それを押さえ込むと

「・・・どうしよう──、さくらに何かあったら・・・」

うつ向いたまま呟く


奏は憔悴した姿の春人を見て再び腰を下ろすと、

「大丈夫だろ?、神崎隊長だって落ち着いてたじゃん。もし、大変だったら寝ろなんて言わないって」

慰めるように春人の肩に手を回わし


「明日になったら、また元気になってるって」

だからお前もちょっと眠った方がいい。と奏は言った


春人は居間の奥に置かれたカウチに移動すると、そこに横になる

奏は続きの部屋に設置された簡易ベッドへ行ったようだ

眠れないと思っていたが体は正直で、ゆっくりと襲ってくる睡魔に勝つことは出来ず、

さくらのことを気にかけつつも、春人はそのまま眠りについた





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