ー赤と白と黒とー 14
「──ふぅ」と、さくらは息を吐く
別に体が疲れるような事は全くしてないのだが、やはり敵地にいるのだ精神的にはくるものがあり、湯船の中で体をほぐすように手足を伸ばす
子供達の夕食まで付き添い、各自の部屋まで送り届けた後は、
夜の警護の男達と交代し、簡単な食事を済ませて割り当てられた部屋へと向かった
部屋は個室で、なんとバスルームまで備え付けられていた
(いやー、本当に至れり尽くせりだなぁ!)
こちらに来てからはシャワーばかりだったので、久しぶりの湯船での入浴にテンションがあがる
鼻歌でもってのんびりとしたいとこだが、それよりも外との連絡をどう取るかを考えなければならない
この四階は全ての窓がはめ殺しになっているようで、他の階に向かう階段にも警備の者が常時見張っている。交代時間などあるとは思うが、初日ではまだその流れは把握出来そうにない
お風呂から上がって用意された寝間着に着替えた後も、どうすれば出来るだけ速く情報を伝えれるだろうかとベッドの上でも考えを巡らす
いつかは外出の機会もあるかもしれないが、いつか?では間に合わないかもしれない
「うーん・・・」
枕を抱え込んだまま唸るさくら
知り合いもいないこの状況は圧倒的に不利だ
「知り合い・・・顔見知り、ねぇ・・・」
一人だけ居るとすれば、ここに連れてきた施設長の男だ。あの男は「今日は君も不安だろうから、ここに自分も泊まるので何かあったら訪ねて来なさい」と言ってた
心の中で、誰が行くか!と思いながら笑顔で「はい。」と返事を返したが、正直あの男には下心しか見えない
頼み事などしようものならどんな要求をされるのか、それが大事な頼み事であればあるほど、「絶対頼みたくない!」と
「・・・・・でもなぁ」
やはり術が思いつかずゴロリとベッドに転がる
───コンコン、
ふいになったノックの音に、さくらはベッドから起き上がる
(──誰だろ? こんな時間に・・・)
「・・・どちら様ですか?」
「ああ、キルシュ、起きてたかい。すなまいけど、ちょっとこのドアを開けてくれないだろうか?」
声で先程から危惧していた施設長の男だとわかる
(げっ、何でこんなに時間に・・・)
「・・・ご用は何でしょう?」
「うん、ちょっと契約の書類を渡し忘れてね。今日中にサインを貰わないといけなかったんだよ
これがないと明日から此処に居てもらう事が出来なくなるから、少しでいいんだ、開けてくれるかい?」
「・・・・・」
何だろう、この断られない為に仕向けた布石だらけのお願いは?
だからといってそのまま放置するわけにもいかず
「・・・・・わかりました」
さくらはため息をと共にそう告げると、ドアチェーンを掛け鍵を開けた
一応、身構えてはいたが、ドアの向こうに見えたのは本当に書類らしき物を手にしたニコニコ顔を張り付けた思った通りの男だった
「すまないねー、休もうとしてたのかい?
手間は取らせないよ、この書類にサインを貰えばすぐ終わるからね」
そう言うと男は隙間から書類を差し出す
さくらはそれを受けとると、サインをする為に「少しお待ちください」と一度扉を閉めた───、
はずのドアが、勢いよく押し戻される
ガッ!という衝撃と共に、さくらの視界が一瞬真っ白になった
(───何!?)
顔の中心がすごく熱い、ポタポタと床に落ちたシミは自分の鼻から滴り落ちた血だと、ふらふらした頭で理解した時には既に、男はチェーンを外し部屋に入った後だった
男は後ろ手で鍵を掛けると、まだふらふらしているさくらに近づき、用意していた拘束具で素早く両手を塞いだ
手慣れている上に用意周到な男の動きに、まだ立ち直りなおれないでいるさくらは、あっという間もなくベッドに組み敷かれた
さくらは上にのし掛かり自由を拘束する男を睨み付けると、これ以上出ないくらい低い声で言う
「大声を、出してもいいんですか?」
男はそんなさくらを嬉しそうに眺める
「どうぞ。君は気づいてないかもしれなが、この部屋の並びには誰もいないよ?
そうだなぁ、君の叫び声くらいでは誰にも聞こえないだろうね」
「・・・・・っ」
気づかなかった自分の迂闊さに唇を噛む
「こんなことをしてっ、後でどうなるかっ!」
「うーん、どうにもならない、かな?
僕はこれでも教王様の信頼が厚いんだ、一介の信者でしかない君には何も出来ないよ」と楽しげに笑う
教王というのが誰かは知らないが、男がそう言うにはきっと上の立場の人物で、
男の手慣れた様子を見るにこんなことを何度も繰り返してきたのだろう
「あんたなんか最低っ!」
睨み付けるしか術がないさくらに
「君は血も似合うねぇ、とっても綺麗だ」と
さくらの鼻からこぼれ落ち、口元に流れた血へと伸ばそうとした手に、
噛みついてやろうと口を開けたさくらは、男が素早く掴んだ布団カバーによって塞がれた
男は「怖い怖い」と笑うと
「君の甘い声が聴けないことは残念だが・・・、仕方ないね」
そう言うと一気にさくらの服を引き裂いた
「───っ!!」
抵抗するさくらを巧みに押さえ付けると男が覆い被さってくる
首筋に埋められた男の息づかいと体臭に嫌悪感で固く目を瞑る。そして自分の胸をまさぐる男のゴツゴツした手に恐怖と共に込み上げてくるもの───、
胸の奥底から浮かびあがるように
(──何!?)
自分の身が大変な状況だというのに、心が違う何かを引きずりだそうとする
いや、心ではない・・・記憶か?
同じような状況を前にも体験したような・・・
『───いや、止めて』
「・・・・・っ」
現実では助けを呼ぶ声は、口に詰め込まれた布で塞がれあげることも出来ない
『・・・止めて、助けて・・・お願い』
「・・・・・んっ、──!?」
胸をまさぐっていた男の手がさくらの下半身へと伸びる
「んんっ!!」
体をよじり逃れようとするが、男の重さを押し返す程の力はなく
(そんな・・・! いや・・・止めて、)
(・・・お願い、誰か・・・、誰か助けて、いやっ!!)
『───助けて!! ---!』
鈍い音と呻き声にふっと急に軽くなった身体、さくらは固く瞑ったままだった瞳をゆっくりあけると
そこには、見慣れた背中とさっきまで自分にのし掛かっていた男の倒れた姿
その見慣れた背中に視線を止め、さくらは呟く
「ディーテ・・・」と
廊下へ足を踏み入れた時からディーテの様子は急激に変わった
迷いなくひとつの扉に近づくと、鍵など関係無いかのごとく扉をこじ開け、神崎が制する間もなく部屋に飛び込んだ
ドアを無理やり開けた音に神崎は一瞬辺りを警戒をしたが、部屋から聞こえた少女のくぐもった声と、何かが壁にぶつかる音を聞くと自分も急いで部屋へと踏み込んだ
部屋の中には立ち尽くすディーテと床に伸びた男、そしてベッドの上のさくらの姿を見て、瞬時に全て理解した神崎は少女に近づくと自らの上着を脱いで被せる
さくらは動揺しているのかこちらを見ても誰かを理解してないようだ
そしてまた直ぐにディーテへと視線を戻した
神崎はふう。と、ひとつ息を吐くと立ち尽くす男へと近き、倒れた男の姿を見下ろしたままのディーテの顔を覗き見て、ため息をつく
「──まったく・・・。 ディーテ、さくらをほったままだぞ?」
のろのろとこちらに顔を向けた男に、さくらの方へと顎をしゃくると
ディーテは迷った様に瞳を揺らすとゆっくり自分をみつめる少女へと向き直った
「・・・さくら、」と、ディーテがゆっくり伸ばした手に少女はびくっと体を強ばらせる
そんな少女の姿に男は伸ばしかけた自らの手を引き戻すと、途方にくれたように少女に視線を落としたまま動かない
二人の姿に神崎は三度目のため息をつくと
「ディーテ、後は俺が処理しとくからお前、さくらを連れて先に戻れ」そう告げる
相変わらず揺れたままの瞳をこちらに向けた男は「──わかった」と、呟くと
シーツを引き抜き、ごめん。と小さくさくらに言うと、少女の体にシーツを巻き付けそのまま腕の中に抱えあげた
神崎は壊れた部屋の扉を開き、外で待機していた男に「先に二人を戻す」と伝えると
男は了解したのか一度頷き、さくらを抱えたディーテと共にその場を後にした
「──さて、と。」神崎は壊れたドアを見る
(どうすっかなぁ、これ・・・)
何か良い言い訳考えなければと頭を悩ませたところに、廊下から人の声が聞こえた。神崎はそっと扉を閉めると息を殺す
「おい! 何かあったのか?」
「──いや、別に何もないが?」
仲間の男が対応している声がする
「あの部屋だろ? 確認しなくていいのか?」
「馬っ鹿! あそこは今、施設長がお楽しみの最中なんだって」
「・・・マジか。またかよ、あのおっさん。じゃあ、さっきの音って?」
「そーゆーこと。この廊下には近寄んなって言われてんの、さっさと行こうぜ」
「教王様の甥だか何だか知らねぇが、酷いもんだぜ、まったく・・・」
話す声はそのまま遠ざかってゆくようだ
神崎はホッと息を吐くと
ディーテに投げ飛ばされ伸びたままの男の顔を眺める
さっきの話から推測するに、こんなことを頻繁に繰り返してきた常習犯のようだ
しかも、教王の甥だと?これは使えるんじゃないか?
だがしかし、取りあえずは、
「うちんとこの隊員にしたことの始末をちゃんと取ってもらわねぇとなぁ?」
さぁって、どうしちゃおっかなぁ?と不穏な空気を含んだ笑みを作るのだった
気が抜けたのか、少し意識を失っていたようで、気づいた時にはディーテに抱えあげられ車に乗せられるとこだった
さくらが起きたことに気付いたディーテは顔を伏せ呟く
「ごめん・・・、お嬢」
前にも、こんな風にこんな声で呟くディーテを見た気がする
それがいつだったのか・・・?
「ディーテ・・・?」と掛けた言葉に「・・・うん」と男は頷ずくと、さくらをそっと後部座席に横たわらせ、その頬に手を添える
「もう少し眠っていて、今は体を休ませた方がいい」
男の手の温もりを感じながら目を瞑る、今はディーテが言うように少し眠った方が良いみたいだ
身体全体から襲ってくる疲労感に沈んで行きそうな意識の中、
・・・・・あの時、私が助けを呼んだのは、
叫んだ名前は、
・・・・・ゆうり?
そんな名前だった気がする
けれどそれは、
一体、誰の名前なのだろう・・・?




