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砂の大地に吹く風は  作者: 乃東生
3/52

ー砂漠都市エテジアー 3

「お嬢さん。ちょうどパンが焼きあがったけど、どうだい?」


恰幅のいいパン屋のおじさんに話しかけられ、「今は遠慮するわ」とエルディアは笑顔で返す


その横を学校帰りの子供達が駆けぬけると、最後の子が目の前で転けてしまった

急いで助けお越し、大丈夫?と頭を撫でる

グッと涙をこらえ、また走り出した少年を見つめながら思う 



ここエテジアは平和な街だ

豊富な水とそれによってもたらされる自然

外側の擁癖内では水路を引き小麦や野菜なども栽培している

キャラバンの中継地点にもなる為、物流も潤っている

そしてそれを支えているのが地下に眠る遺跡の恩恵であることは確かだ

だが反面、それを欲する人々がいることも

平和や豊かさの代償に常に敵の脅威に備えなければならない

仕方ないと割りきることが出来ないのは私がまだ子供だからだろうか──


「おばちゃん、今日も別嬪だねー」


「もう、ディーテったら・・・。ほらっ、男前にはサービスよ!」

後ろから聞こえて来た声に脱力しながら振り向くと


果物屋の女将さんから両手で抱えるほどのオレンジを受け取り、ほくほく顔の赤毛の男

(・・・なるほど、さっき持ってた林檎もそーゆー感じなのね)



ディーテは確かに女性に持てそうだ

20歳を過ぎたくらいの、引き締まった体を持つ目鼻の整った青年

だが実際は何歳かはわからない

強化兵士は歳を取らないので、父さんやオルトマンス大佐より歳上なのかもしれない

今度は散歩中の犬に夢中になっているディーテを見ていると、普通の青年にしか見えない

実際、強化兵士の強さは3人程で一個小隊とやりあえる程らしい

(とても、そんな風には見えないけど)


ぼーっと犬と戯れている赤毛の男を見ていると

向こうから歩いてくる背の高い黒髪の青年が見えた

黒い瞳がこっちを捕らえようとした時、


「うわぁーーー、やべぇ!」

と、焦ったディーテの声


戻した視線の先では湖に向かって転がってゆくオレンジ

とっさに追いかけたのはいいが

「・・・・あっ!、ええぇぇーーー!!」


「うわっ、お嬢ーー!!」


・・・・・オレンジと共に湖にダイブした






「咲良、ここにシャツ置いときますので。ちゃんと暖まってから出るように」

カーテンで仕切られた向こうからユーリの声がする

何となく恥ずかしくなってバスタブに潜りながら返事を返す

(どーしてこうなった!)

お湯の熱だけではない顔の火照りを手のひらで扇ぎながら回想する



バランスを崩し湖に転落した私を助けだしたのは

向こうから歩いてきていた黒髪の青年、ユーリだった

「ごめん、間に合わなかった」と同じく水浸しになりながら


戻るより速いと、ユーリが借りている家に向かい

エルディアはすぐに浴室に追いたてられたのだ




エルディアにタオルとシャツを届け、居間に戻ってきた男に、壁に持たれ目線を送る赤毛の青年

「あなたもタオルが必要ですか?」

との、ユーリの問いに「いらね」と短く答える


湖に転がり落ちたエルディアを、自分が助けようとするより速く

この男が湖に入ったのでディーテは濡れていない


憮然とした表情で黒髪の男を見る

整った容姿、感情を決して窺わせない黒い瞳 

隙のない身のこなしは、戦いを知らないただの市民でないことは明らかだ

記憶がないと言うのも明らかに嘘だろう

それはこの男に好意を抱いているお嬢と、お人好しの考古学者以外は百も承知だ

実害がないので現状は監視という形で放置されているだけ

だがディーテは何か腑に落ちないもをこの男に感じる、それが何かわからないのだが

男に向かって口を開こうとした時、浴室のカーテンが引かれた


浴室から出てきた男物のシャツを着たエルディア

湯上がりだからだろう、のぼせた様に頬をピンクに染め濡れた髪をタオルで覆っている


14歳だったら、もうちょっと自覚をもとうよ、お嬢・・・


「彼シャツとか・・・。どんなシチュエーションよ、マジ」

脱力しながら、はぁ、とため息をつく


「ん?」と顔を傾けるエルディアの濡れた髪を摘まんで

一応、黒髪の男に

「髪、乾かすもんとか・・・ないわな」


確認するまでもないな、男の顔をみて判断する

仕方ない、エルディアに顔を向けると


「お嬢、ちょっと詰所まで行って車借りてくるわ。

時間的にも厳しくなってきてるし」


「え・・・、え!? で、でも」

何かに焦ったようなエルディア


うん、そーゆー自覚はあるんだなと思いながらも、多分お嬢の焦りは全く心配でないとも

エルディアを見つめる男の黒い瞳に浮かぶのは、お嬢のそれとはかけ離れているから


微かに滲むのは・・・・─喪失、失望か?

笑顔で感情を隠すのが上手いこの男がお嬢を見るときだけ一瞬みせる陰り

・・・・何を喪ったのか


まぁ、どちらにせよ、どーともならないだろうこのお嬢では

まだ恋だ、愛だのを正確には理解してない少女をみて思う

姿は見えないがオレの仲間が監視してる気配もするし

(この男も気づいてるだろうれど)

相変わらず背景の見えない笑顔でこちらを見る男に

「・・・手、出すなよ」と一応、念を押すと


「はっ!? ちょっ、何言っての!!」

更に顔をピンクに染めたお嬢にバシバシ背中を叩かれた




(ほんとに、何いってんのよアイツは!!)

余計な一言を残したまま出で行った男に憤りを覚えながらも


「──咲良」

私を呼ぶユーリの声を聞くと途端に気弱になる


振り向くと「こっちに」と手招きされ、ユーリが座るカウチの側に腰かける

ユーリは髪を覆っていた湿ったタオルを外し、新しく乾いたタオルを私の頭に被せると、優しく私の髪を拭き始めた


「・・・・・」


タオルで隠れユーリの顔は見えない

ゲートで私に告げたユーリの挨拶は、叔父さんのとは違い明らかに拒絶の意を含んでた

なのに私は父さんをもダシに会う約束を取り付けようとし

更には彼を巻き込みこんな迷惑までかけている

(何やってるんだろ、私・・・)


だんだんとうつ向いてゆく私に

「・・・咲良?」と呼び掛けるユーリの声はどこまでも優しかった








時を同じくして─、

エテジアより北東にカスティア平原を越え、車でなら1日程だろうか、切り立った山並みが見えてくる

その裾のに広がる要塞の様な都市、オストログ帝国

皇帝が統治する独裁国家

だが、この半年程前にクーデターが起こり皇帝は弑られたという


そのクーデターのせいだろうか?

元はきらびやかであっただろう廻廊の、壊れた残骸を避けながら東から来た使者は軍服の男の後に続く


奥まった一室の前でノックをすると

「──入れ」と中から低い声が聞こえた

案内人の軍服の男に促され部屋に入ると、窓の前に立つ一人の男


逆光で影になる顔に光る赤い瞳──


一瞬怯んだ使者にふんと鼻を鳴らすと

人影は窓から離れ使者に近づく

光の中から出てきた男は思ったより若い、まだ青年と呼んでも差し支えない年齢だろう

額にかかる白に近いプラチナの髪の向こうにある赤い瞳を細め

「ようこそ、フォンフェオンの使者殿」と 


そして、私が現在、事実上この国の皇帝となる──、


ルードリィフ・フォン・ルキヤドヴナである。と



「──で、そちらはどう動く?」


質素な机と椅子だけがある部屋の会談の席についた皇帝は

駆け引きなぞ時間の無駄とばかりに、そう口火を着る

流石に早急ではとフォンフェオンの使者ズーハオは瞠目したが

皇帝の顔に浮かぶ剣呑な笑みをみて、直ぐ様その考えは放棄した

フォンフェオンの頭シンイェンが浮かべる笑みと同じだったので、

(触らぬなんたらだな・・・)と本題にはいる


「エテジアの犬どもの件を何とかしていただけるなら」と


「ふっ、犬か・・・酷い例えだな」

面白そうに笑う皇帝に、そっちはもっと酷いことをしようとしてるではないかと思ったが、それも思うだけに留めた


「エテジア強化兵に関しては問題ない」


そう言い切った皇帝に、ズーハオが更に問いただそうと口を開く前に

「私にも犬がいるのでね」と赤い瞳にひどく愉しげな色を浮かべた


「それと障壁シールドに関してもこちらで手を打とう」

ここまでお膳立てしてもらってはこちらも言うことはない


「頭─、シンイェンには直ぐに連絡を取りましょう」

窓の外に目を向け低空を飛行する鳥の姿を確認する


「──鳥使いか」同じく窓の外に顔を向けた皇帝に

「ご所望なら献上いたしますが?」と聞くと

立ち上がり窓まで移動する皇帝


「いらん。もう少し大きな鳥を飼っている」

窓の元、再び影の住人と化した皇帝は、赤い瞳をこちらに向け言う

その背後を隊列をともなって飛び去る影


「今宵は新月だそうだ」


その意味を理解しズーハオは直ちに行動を起こした




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