ー赤と白と黒とー 7
砂上高速船に臨時便が出てたことで、分かってはいたが、想像以上にエルデ・ナジオンの人混みは凄かった
「ちょっ、えっ! ま、待ってっ!」
「うわっ! あっ、さくら大丈夫!? 奏、さくらが消えた!」
「春人、さくらの手繋いでて!」
あまり人混みというものを経験したことのない三人は、三十分ほど人波に揉まれただけでヘトヘトになってしまった
「ちょっと休憩でもしよう」と道沿いに設けられたオープン的なカフェに避難する
冷たい物を注文する為に定員を呼ぶが、信者からはお金は貰えないと、お店は無償で飲み物を提供してくれた
「至れり尽くせりじゃん」
喉が渇いてたのか、春人は出てきた飲み物を一気に飲み干す
今、三人は信者の白いフードを纏っている
モントア共和国入るためには、検問があるのだが信者はフリーパスなのだ
その為、隣の村の教会に寄ると小芝居を打ち、何とか信者用の衣装を手に入れた
まぁ、祭りのせいでその検問も緩いものとなってはいるが、三人がエルデ・ナジオンでやろうとしていることを思えば、パスできるのならそれにこしたことはない
「さて、これからどうしよっか? 」と言う、さくらの言葉を受け奏が答える
「うーん、時間もかかるだろうから、まず泊まるとこ確保しないとね」
「うへぇ、またあの人混みの中探し回るのかよ・・・」
春人はさくらから譲って貰った飲み物を、ストローでちびちびと飲みながらぼやく
そんな春人を呆れた顔で眺め、
「まぁ、何とかしようと思えば出来るだろうけど・・・」
奏は全く気が進まない感じでそう答える
「それって・・・・・、
───オレ嫌!!」
さくらも察したのか「あたしも絶対イヤ!」と激しく拒否する二人
奏が言っているのは彼が捨てた生家のことだろう
熱心的な信者である奏の家族は妹である叔母が産まれた時に、このエルデ・ナジオンに引っ越してきたのだ
まぁ、ただ叔母は贄となれる存在でないと知ったのもその時なのだが
そんな会話をたまたま隣の席で聞いていた、気の良さそうなおじさんが教えてくれた
「三人共、今回が初巡礼なのかい? 今から宿を探そうったってもう遅いと思うぞ?
何たって大祭の年だからね、どこも一杯だ」
「ですよねー・・・」
おじさんの言葉に全員で肩を落とす
そんな三人を眺めながら
「そんなに落ち込まなくても、君たち信者には無償で宿泊させてくれる施設が、街の中にいくつか用意されているから行ってみてはどうだ?」
「えっ!マジ!?、ナイスおっちゃん!」
春人は、ガバッとおじさんの手を握るとブンブン振る
そして親切なおじさんに三人で頭を下げると早速その施設とやらに行って見ることにした
施設は確かに空いているようだ。しかし、当たり前だが男女は別で
「どーするー?」
施設から少し離れた生け垣の隅で三人膝を付き合わす
「私は別にそれで構わないけど?」
別々の方が情報も多く手にはいるし。と、さくら
「でもなー、さくらに何かあったら確実に殺されるよなー」
「だよなー、もう既にヤバイのに」
男二人は、さくらの怖い保護者の話しをしているようだ
そんな二人にさくらは
「つべこべ言わない! そんな状況じゃないでしょ!
大祭の儀式までそんなに時間ないんだから!」と
「だだ、完全に別々になっちゃうと困るし、状況を照らし合わないといけないから、落ち合う場所と時間は決めとかなきゃね」
そう言うと場所を探すように辺りを見回すさくらに、春人が手を挙げる
「──はい! さっき施設に入るのに名前記入あったじゃん?」
「?」
場所の話しとは違うことを言い出した春人に、さくらと奏が怪訝な目を向ける
「あれ普通に名前書いちゃヤバイじゃん。だから、俺みんなの偽名考えた!」
「──は!?」
「えっとね、さくらが『キルシュ』で、俺は『プラントン』。んで、奏が『ソナレ』ね!」
「────は!?
えっ、え・・・、ナニ、ソレ?」
相変わらずの春人の謎発言に動揺してしまったさくら
「今、俺がインスピレーションで決めた! めっちゃ良くね?」
得意気な顔で言う春人
「・・・・・・・」
「・・・・・うん。 諦めよ、さくら」
場所は施設に一番近い公園、時間は毎回夜9時と
春人を抜いた二人で決めた
「・・・・・どういうことだっ」
ディーテは声を押し殺すように言う
さくらに宣言した通り、エテジアより朝一に戻ってきた男は、村に設けられた部隊の詰所に報告に行くと、さくら達三人が村から居なくなった事を有島より告げられた
「昨日の早朝に警備の者が春人と奏でを見ている、多分さくらも一緒だろう。
それと、隣の村からジープが一台放置されてるとの連絡が来ていた。
・・・あの村からはエルデ・ナジオンへの直行便が出ているからな」
「───ちっ!」
出かける夜のさくらの微妙な態度はそういうことかと
「ディーテ・・・」心配であまり寝れなかったのだろう、目の下に薄く隈を作ったヒュースが男の名を呼ぶ
ディーテはそんな彼に視線を送くり小さく頷く
「俺が連れ帰るから、あんたは家で待ってろ」
今にも着いて行くと言い出しそうなヒュースにそう告げると、
そのまま踵を返し出て行こうとしたディーテに、有島が声を掛ける
「神崎も連れていけ。事情は話してある、もう用意も済んでるはずだ」
「──?」
「神崎はあいつらの班の隊長だからな」
まぁ、いわゆる保険だ。と
その意図を理解したのか、ディーテは有島に頷くと今度こそ部屋を出ていった
「有島さん、あの子達は・・・、」
眉を寄せ不安げに有島を見るヒュース
昨日の昼頃に慌てたように「さくらが!」と有島の元に駆け込んできたヒュースは、自分でも方々を探したのだろう、汗だくで息を切らしながら、さくらが不在であることを告げた
人を送り少し調べると、いつもの二人も不在であると
雨宮に確認しても春人は朝から姿を見ていないこと。この前の夜の件と、隣の村のジープの件とを照らし合わせて、三人がエルデ・ナジオンに行っただろうことは、直ぐに推測出来たが、
班の隊長である神崎にも、有島にも外出の旨の連絡はきていない
隊員による村以外での無連絡の行動は、休暇中で有ろうが規律に反する行為だ。それは厳罰の対象となる──それをヒュースは心配しているのだ
だから有島は事を大袈裟にせず、ディーテの帰還を待ち神崎をつけた
「うん、後は任せて置けば大丈夫。
隊長と共に任務が終われば戻ってくるさ」
ヒュースは有島の言葉の意味を理解したのか、ようやくホッとした表情を見せた
あの三人の行動が成功しようがしまいが、ディーテと神崎が居れば最悪の事態は避けられるだろう
だけど、それによってもたらされるかもしれない結果に、有島は今から想像し既にげんなりする
(まっ、どう転ぶかなんてのは、まだ分からないしな)
有島は想像を消すように少し頭を振ると、昨日から大変なヒュースに早めのランチにでもどうか?と、口を開こうとした──
「有島隊長!!」
そう言いながら飛び込んで来たのは、通信の任務に着いていた隊員
えらく焦ったような隊員の姿に、有島は「何だ?」という顔を向ける
「た、大変です! エテジアがっ!」
言葉に詰まる隊員、エテジアという地名に先程のディーテからの報告が重なり、まさか!という思いが走る有島
その思いを覆すことなく隊員の男は告げる
「──暴動が起きた模様です・・・!」
やはり。という思いと、早すぎる。という思いが交錯し、一瞬押し黙った後
「───神崎を除く隊長全員を直ぐに集めろ!」
有島は隊員の男に告げた
ディーテは一旦家に戻り装備を整えると直ぐに、車が待機している場所へと向かう
「──ん?」
先程までの、のんびりとした隊員達の雰囲気と違い、何故か慌ただしい
ジープの横で既に準備を終え待機している神崎にディーテは近づく。こちらに気づき、顔をあげた男も何故だか厳しい顔をしている
「・・・何かあったのか?」
しかめっ面のまま、神崎が答える
「エテジアで暴動が起きた」
「──!!
・・・・・、 早いな・・・?」
早すぎる。
そう呟いたディーテに不審な目を向ける神崎
「どうかしたか?」
ディーテは首を振ると「──いや、何でもない」そう答えたが、
昨日の街の様子では直ぐに事が起きる気配はなかった
・・・・・あの男か
遺跡であった黒い瞳の男、ユーリの姿が浮かぶ
予定を早めたのか?
あの時のあの男は少しおかしかった
常に柔らかな笑顔で感情というものをほぼ見せることの無かった男がさくらに向けた執着
(・・・俺と会ったせいか・・・?)
ディーテは思考を中断する。栓無き事を考えても今更だ、起こってしまったものはもう無かったことには出来ない
幸いあの男は現在エテジアだ。さくらがエルデ・ナジオンにいるのであれば、ここよりは離れている
ディーテは自分が車に乗り込むのを、運転席で待っている神崎に目を向ける
「残らなくていいのか?」
「俺が居ても状況は変わらんさ。
それより隊長としては、あのガキ共の方をなんとかせんとな」
神崎はそう言うとエンジンを掛ける
「・・・そうだな」
ディーテが車に乗り込むと、ジープは一路西へ向かった




