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砂の大地に吹く風は  作者: 乃東生
21/52

ー赤と白と黒とー 5

「おい、糸引いてんぞ?」

「・・・んあ?」

「あっ! 何やってんのよ、春人! 糸切られたじゃん」

「ん──・・・」


呆けたようにしか返事を返さない春人を見て

さくらと奏は首を傾げる

午前中に仕事を済ませると、連れだって海岸に釣りに来たのだ


「・・・何なのコイツ、とうとうボケた?」

「いや、奏。春人は元からこうよ」


中々にひどいことを言っている二人、寝不足の春人は言い返すこともせず

ボーっと呆けた頭で昨日のことを思い返す




リズが連れていかれた後、とぼとぼと家に戻った春人は

まだ雨宮と飲んでいた有島に、先程あった出来事を説明した


「・・・そうか、見つかったのか」


「・・・・・」


「・・・何か言いたげだな?」

黙り込んだ少年に少し笑みを浮かべた有島が聞く


「───っ・・・」

大きく口を開け何か言おうとした春人は、躊躇った後小さく尋ねる

「・・・どうにかすることは出来ない?」


「──出来んな」

そう答えたのは雨宮


反射的に咎める目を向ける春人、雨宮はその目を受け止め、続ける

「その子は自らあちらに行ったのだろう。ならば、現状ではこちらが動くことは出来ない」


「でもっ!」


「その子が虐待を受けている等の物的証拠でもあったか?

そういう事であれば直ぐにでも動くことは出来るが、今の状況ではこちらが不利になるだけだ」


「・・・・・」

雨宮の言うことは最もだ

リズは怯えてはいたが、痩せ細っているわけでもなく健康そうではあった


それでも──と、やりきれない思いをどうすることも出来ず

春人はその代わりに雨宮を睨む


それを静かに受け止める雨宮



「───はいはい、 二人とも!」

パンっと手を叩き有島が言う


「ここで俺達が争っても仕方がないでしょ?

明日、俺からもそれとなく探りは入れてみるよ」


それでは遅すぎる、あの男は明朝早くに出て行くと言っていた


「もう、いいよ・・・」

春人はそう呟くと自室に引き上げる

ベッドに身を投げだし目を瞑るが、寝れるはずもなく

春人は夜が開けるまでそのまま待つことにした


まだ日が昇る前の、うっすらと青い世界に包まれる時間帯に

春人はこっそり家を出ると信者達がいる建物に向かった


だが、件の男とリズはもう居らず───


警備の隊員に確認すると、その夜のうちに出発したと




「────はい」


ぴとっと頬に当てられた冷たい感覚に

「うひょっ」と驚きの声を発する春人


見れば、両手にコップを持ったさくら

「春人ってば本当に大丈夫? 寝てないの?」


渡されたコップには冷たい飲み物が入っている

「ありがと」とコップを受けとった春人は、

それを飲むこともなく見つめたままで、

そんな春人を「やっぱり変よ?」とさくらが言う


「うん・・・・・、昨日の迷子の子なんだけど・・・」


「あぁ、見つかったんだってな。 良かったじゃん」

仕掛けを結び直しながら奏が言う


「・・・うん」


新な仕掛けを付けられた糸は、奏の釣竿から放たれると綺麗な放物線を描きながら波間に消えた

それをボーっと視線で追っていた春人は、昨日の夜の出来事をポツポツと二人話し始めた




「何よ、それ!」

憤った声で言うさくらに

昨日の自分を見てる様で春人は少し苦笑する

「でも、確かにその状況では手は出せないわよね・・・」と爪を噛む


そんなさくらを眺め春人は言う

「それより、最後に信者の男が言った事の方が気になるんだ」


信者達の最終目的地はエルデ・ナジオン、それ以外にはあり得ない

それは三週間後に開かれるエルデ教の大祭の為の巡礼


ならばエルデ・ナジオンに行けばリズに会えるはずだ

あんなに目立つ容姿なのだから、人に尋ね歩けば、いずれ彼女にたどり着けるだろう


幸い今、部隊は待機中だ、頃合いをみて有島に許可を貰い

彼女に会いに行こうとあの時決めたのだ


そして、それが叶ってリズに会え、その時彼女が望むのなら連れて帰ればいいと

ルズガルに匿うのが無理なら、暫くイリアに頼んで身を潜めれば良いと

イリアが断ることはきっとないだろう


だが、()()()()()()()と、そう断言した男


その言い方はまるで──、




「───血と灰の浄化」


春人の話しに一言も口を挟むことなく、黙っていた奏でから漏れた言葉に

「・・・奏?」

何の事だと首を傾げるさくら


先程から俯いたままの奏は

「・・・その子は、エルデ教大祭の為の、 贄だよ」と



「はっ!? ・・・贄? 贄ってなんだよ・・・!」


奏が発した言葉に聞き捨てならないものを感じ、語気を強めた春人

奏は視線を上げ、春人を静かに見つめて言う


「そのままの意味だよ、その子はエルデ教の生け贄として殺される」

「───っ!!」


「ダメ! 春人!」


奏の胸ぐらを掴み殴りかかろうとした春人をさくらが止める


「────・・・くそっ!」


春人は奏を突き放すと背を向け、二人から少し離れた岩場へ移動する

さくらはそんな春人に目を向け、小さくため息を吐くと

突き飛ばされ座り込んだ奏に近寄る

「奏・・・、どういう事なの?」


俯き座り込んだままの奏は

「・・・前に、俺の両親はエルデ教の信者だったって言ったよね──」



奏の両親は盲信的なエルデ教の信者だった


その名の通り、エルデ教の教えが絶対だと

一般人から見たらひどく非人道的な事であっても



エルデ教の教典に世界の終わりと始まりがある


『奢った人々は白い悪魔をこの世に呼び寄せてしまった。


それは一年中、白い灰を降らせ、太陽は真っ赤に染まった。

美しかった大地に住む生物は死に絶え、世界は終わりを迎えた。


幾年かの時の流れの中、新たに誕生した人々は

白い悪魔がもたらした灰の中より生まれいでた、白い髪、赤い瞳の人々を見た。


彼らは告げた「我が血と灰がすべてのものを甦させるだろう」と』



「そんなもの、何とでも解釈できるし、後からいくらでも書き換えることだって出来るよね。自分達の都合良く。

その頃の俺はそんなことも思わないほど子供だったけど」


「・・・・・」

場を離れた春人もいつの間にか戻ってきて、さくらと共に奏の話しを聞く



「叔母がいたんだ、母さんとは歳の離れた。

俺の方が歳が近かったから姉のような存在で」


その叔母は教典に登場する白い髪、赤い瞳を持って産まれた


既に熱心な信者であった両親と姉は贄になれる存在として産まれた妹を手放しで喜んだ


「だけど、母さんも、その両親も勘違いしてたんだ。

贄・・・に、なれるのは大祭の時点で10才以下の子供でなければいけないことを」


大祭は叔母が産まれる前の年に、既に終わっていた

次の大祭は25年後、叔母がその役を受けることは叶わない


エルデ教にとって贄とならない白い髪、赤い瞳の人間は

白い悪魔の眷属であると、

それはエルデ教の教えにおける大悪でしかなかった


家族は産まれたきた子を疎んじる様になった



「何それ・・・」

さくらが非難めいた口調で呟く

ただ産まれてきた子を、ましてや自分の子を姉妹を勝手に悪と決めつける人々に


それが正しい感情だろう

だが、盲信的な信者達にとってはそれが全てで


「・・・叔母さんは?」

叔母をリズという小さな子供と重ねたのだろうか、気遣うように春人は尋ねる


「・・・・・死んだよ」


「───!」



婿として来た父も同じくエルデ教の信者で、奏は家族全員がエルデ教という中で育った

家族は叔母を悪魔と呼び、虐待し蔑んだが、

奏にはどうしても弱く儚げな美しい叔母が悪とは思えなかった

むしろ、その叔母を虐める家族の顔こそ悪魔のようで


実の家族にひどい仕打ちをうけながらも

それでも叔母は15才まで生きた──



「俺が8歳の時に、亡くなったよ。一人ぼっちで」


病にふせった叔母を家族は放置し、奏が近づくことも禁止した

それでも家族の目を盗んでは会いにいったが、8歳の少年ではどうすることも出来ず

ただ小さく細くなってゆく叔母を見守ることしか出来なかった


叔母は回復することもなく、息を引き取った誰も居ない部屋で

家族が周りの目を気にして雇った掃除婦が冷たくなった亡骸を見つけ知らせに来たが

父も母も、祖父母も悲しむことはなく、掃除婦に金を渡すとさっさと遺体を処理しろと


「・・・何だろね? 実の家族にそこまで非情になれる人達って。

俺にもその血が流れていることに絶望したよ」

奏は乾いた笑いを漏らす


「奏は奏だろ? 家族は関係ないよ・・・」


「それはお前にも言えるよね?」

春人の事情を知っている奏は、慰めてくれている少年に同じように返す

春人の母親が帝国の人間だろうが、春人は春人だ

それに自分の家族よりは余程まともな人間だと


「何にせよ、俺は家族を捨てた。

そして野垂れ死にしそうになってたとこを雨宮隊長に拾われた訳だけど。

あの家族はまだのうのうと生きてるだろうね」


「・・・・・」

「・・・・・」


重い話しに沈黙を落とした二人に奏は明るく言う


「ということで、隊長に抗議でも入れてリズちゃん奪還計画たてるか!」


「・・・そう、だな。

このままそんなクソな宗教の犠牲者を出すなんて、ダメだよな!

リズを、多分まだ他にいる子供達も助けないとな!」




隊長に話す前に打ち合わせをしようと、三人で膝を付き合わせる


「──まずはエルデ・ナジオンまでだけど、隣の村から砂上高速船(サンドシップ)が出てるはずなんだ、朝と昼の2便。それが一番最短だな」

すでに調べていたのか春人が提案する


「お隣までならジープで移動するばいけるな」

春人の提案に補足するように告げた奏に、さくらが質問する


「でも部隊が動くなら砂上高速船(サンドシップ)は使えないわよ? 時間もかかるから速めに行動起こさないと」


「・・・・・だよね!

ここで三人で話してても埒があかないから、やっぱり明日、有島隊長のとこで直接話そう!」

春人は話しを切り上げるように言うと奏を見る


「奏、じーさんがちょっと顔出せって言ってたから、今日家来いよ!」


「ん? ・・・・・──あっ!

──ああ、分かった行く行く!」


奏は一瞬考える顔をしたが、何かを理解したのか頷く

「という訳だから、俺たちもう行くわ!」

また明日な、さくら。と春人は奏を連れ急ぎ足で家路に向かう


「という訳って、どういう訳よ!」と怒るさくらの声を聞きながら




夜が明けて直ぐ、村の入口でこそこそする二人の少年

警備に立つ隊員は顔見知りの二人に目を止めるが、またいつもの事かと直ぐ目をそらす


「おい、春人。お前キーは?」

「いや、持ってたはずなんだけど・・・あれ?」


ポケットの中を探し、最後にはバックパックの中身まで引きずりだすが車のキーは見つからない


そんなゴソゴソしている二人に声がかかる


「───さて、お探しモノは何でしょう?」


「──!!」

二人同時に振り向くと、そこにはキーをくるくる回すさくら


「ふん! 甘いわね、二人が考える事なんてとっくにバレてんだから!」

さくらは腰に手を当てるとこちらを睨みつける


「いや、だって、さくらが動くと・・・。ほら、怖いお兄さんがね?」

奏が言ってるのはディーテのことだろう


「ディーテは昨日の夜から急用で出てるわ、明日にならないと帰って来ないから」


「いや、でも、ほらね」まだ渋る二人に


「後日ディーテに怒られるのと、

今すぐ、私に怒られるの・・・、どっちを選ぶ?」

二人を見つめ、うっすらと笑うさくら

ただし、目は笑ってないが


いや、結局どっち選んでも怒られるんじゃん。と春人は思ったが

さくらの整った顔でこちらを見下ろす笑みには、逆らうことが出来るはずもなく


「分かった」と降参した少年に満足げに頷くと


「──さぁ、行きましょう!」

そう言うと、真っ先に車に乗り込んだ



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