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砂の大地に吹く風は  作者: 乃東生
20/52

ー赤と白と黒とー 4

春人の両親は、少年が物心が付いた頃には既にいなかった

なので春人は祖父である雨宮に育てられた


とはいっても、部隊の隊長をしていた雨宮は忙しく村に居ることも少なかったので、

結果的に近所のおばちゃん達に寄って育てられたという方が正しい

「春坊、久しぶりだねぇ。少し背が伸びたかい?」

そう話すのは、春人を育てくれた内の一人、隣の家に住むおばちゃん

男二人所帯に夕飯を届けてくれたのだ


「今日はせっかく二人揃ったのだし、あまりお邪魔してもあれね」と、要らぬ気を使ってくれる

そんなおばちゃんに、「ありがとう」と笑顔でお礼を言うと、食事を受け取り扉を閉めた


受け取った食事をテーブルの上に並べながら、ダイニングに入ってきた雨宮に言う

「おばちゃんが飯作ってくれた」


「そうか・・・、今度お礼しときゃなきゃならんな」


雨宮も独り暮らしが長いので料理はそれなりに出来るのだが、彼の食事は質素で

育ち盛りの少年には合わないだろうと、おばちゃんが気を利かせて料理を作ってくれたのだ


「いただきます」

手を合わせると、並んだ肉料理を口に放り込んでいく

おばちゃんの懐かしい味に春人の箸は止まらない


そんな春人に雨宮にが尋ねる

「部隊の方はどうなんだ?」


「んー・・・、別に。」

忙しく箸を動かしながら春人は答える


「──そうか」


「・・・・・」


会話もなく、無言で食事を続ける二人


(うーん、気まずい・・・)


春人はせっかくのおばちゃんの料理の味を堪能せず、急いで食べ終えると

「ご馳走さま!」と立ち上がる


「もう食べないのか?」

立ち上がった春人にそう問う雨宮


「じーさんの方が全然食べてないじゃん」

雨宮の皿の上の料理の減り方の少なさに怪訝な目を向ける


「・・・・・どっか体悪いのか?」と硬い声で尋ねる春人に


「もう年だからなぁ、そんなに量は食べんさ」

心配してくれるのか?と笑う


雨宮の言葉に春人は瞬間的に真っ赤になると

慌てて弁明しようと口を開く

「なっ・・・! そ、そんなんじゃねーよ!」 


「何だ、違うのか?」


「いや、それはっ! その・・・、」




────コンコン。


部屋に響くノックの音


「──!?」

これ幸いとばかりに春人は急いで扉に向かう


開けた扉の向こうにいたのは


「よう、春人。雨宮さんいる?」

お酒を抱えた満面の笑みの有島だった




「──ええ、まだ見つからないままです。

もう暗くなってしまったので捜索の続きは明日に持ち越しました」

今度、と言ってたはずのお酒を持って

余った料理をツマミに雨宮と向かい合って座る有島


そんな二人を居間のソファに座って眺めてた春人は、おもむろに立ち上がると入口の扉に向かう


「春人──?」

そう呼びかけた雨宮に


「ちょっと出かけてくる」

大丈夫、ちゃんと帰ってくるから。と、何か言いたげにこちらを見つめる雨宮に告げると

写真が並べられた棚から小さな袋を掴むと外に出た



出ていく孫の背中を見送ると

雨宮は「ふぅ。」とため息をつく


「相変わらず・・・ですね」

そんな雨宮の態度に苦笑いをする有島



雨宮は春人の両親の結婚には反対だった


春人の母親は帝国の人間だ

帝国の人間すべてが悪という認識は間違ってはいるが

それでも、それに対抗する組織の一番上に立つ者としては

諸手を上げて、二人を祝福することは出来なかった


一緒に成るのは諦めろと、二人に思い留まるよう説得する雨宮を振り払うと、そのまま二人して姿を消してしまった


そして四年後、イリアと名乗る男が

雨宮の息子に託されたと、小さな男の子を連れて村にやって来た


小さな頃の息子とよく似た面差し、首から下げられた袋には、

息子の生まれた記念にと自らが作った誕生リングが納められていた


イリアの話によれば、旅の途中、遠くに聞こえた銃撃の音に向かってみると

砂漠の中の大破した車の中で泣き叫ぶ子供の声を聞いたのだと


子供は泣き声をあげ無事であることは確認できたが、その子を守るように腕に抱き締めていた女性は既に息はなかった

車から少し離れた場所で倒れていた男は、誰かと戦ったのだろう、何発もの銃弾を浴びながらも必死に、妻と子がいる車へと戻ろうとしていた


男に子供の生存と女性の死を告げると、自らも助からないことを理解しているのか、男は子供の身の振り方をイリアに託した

自分の父親に頼んでくれと



「忙しさにかまけて、孫を放置したのは確かだからな。

わしより、親らしい人が周りにいっぱいいるさ」

今更だな。と


雨宮はそう言うと、ぐいっと酒を飲んだ


春人と家族らしい会話も出来ない自分を卑下するように言う男に有島は

二人して素直じゃないんだから、「何だかなぁ・・・」と呟くと、話を切り替える


「そう言えば、奏から聞いた話なんですが」





外に出た春人は別に行くあてもないので、村の中をプラプラする


手に持っているのは小さな袋、中にはこれまた小さなリングが入っている、父の形見だという


中から出して眺める、春人の小指にさえも入らないサイズだ

少しいびつな円をした細い銀のリング

雨宮が父の誕生祝いに作ったと聞いた


「・・・・・はぁ」

ため息を吐くと、リングを袋に納めポケットにしまった


春人は両親の顔を覚えていない

袋が置いてあった棚には父親の写真はあっても、母親の写真はない


母親は帝国の人間だと聞いた

心ない噂というものは例え隠そうとしても、どこかから必ずもれるものだ

雨宮は結婚には反対だったとも聞いた


しかも、そのせいで彼の息子は死んでしまった


結婚と死は関係ないかもしれない

けど、直接の原因でなくとも、その一端であることは確かだと春人は思う


母と結婚していなければ──、


それが春人にとって、雨宮に対しての負い目となる


雨宮が立場上、忙しい人だったのは子供心にも理解していた

だから祖父とは中々会えないのだと、

分かってはいたが、それを清算出来る程大人でもなかった


今では村に帰っても、なるべく顔を会わせぬよう過ごすのが習慣となってしまった


「どーしよっかなぁ」

何に対してでなく漏れる呟き




気が付くと昼間いた畑の下まで来ていた


春人は石積の階段をあがると、さくらによって綺麗に整えられた畑を見渡す

ここら辺は、人が夜やって来る場所ではないので少し暗い

上の道の街灯の明かりで、壊れかけの小屋が不気味に見える


その小屋の中からカタッと小さな音が聞こえた



「───!?」


(えっ! まさかお化け!?)

と、春人はいかにも少年らしい発想をすると


好奇心にかまけて、そっと小屋に近づく


そしてガタンッと、勢いよく扉を開いた──、


「きゃっ!」



聞こえたのは小さな可愛らしい声


覗き込むと小屋の隅でプルプルと震える小さな女の子

その子が着ているのは特徴的な白いフード

(ああ、迷子の子って女の子だったのか!)


怯えたようにこっちを見つめる幼女に、さて、どうしよう?と


「あー、ええっと、俺はいい人なので安心して?」


幼女はもう壁だというのに更に隅っこ寄ろうとする


(うーん、しまった。こんな時さくらが入れば・・・)

女同士の方が話が巧くいくはずだと、とんちんかんなことを考えた訳だが、

それが今、叶うかはずもなく


「えっと・・・、お兄さんはこの村に住んでいる春人と言う者ですが、お嬢さんは?」

精一杯、紳士っぽく尋ねる


「・・・・・・」


ダメかー。と諦めた春人の耳に小さい声が届く

「・・・・・リズ」


「──!!、 ・・・リズ、ちゃん?」

こくんと頷く


「そっか、リズちゃんか!

ええっと、みんな心配して捜してたよ、リズちゃんも不安だったでしょ? みんなのとこ行こうか?」

そう尋ねた春人にリズと名乗った幼女はブンブンと首を降る


「いや! あの人達のとこには行きたくない!」


「・・・何で? みんな心配してたよ?」


「・・・・・・」


俯きまた黙り込んでしまったリズに、困った顔を向けた春人は「そうだ!」と、迷子の騒動は昼頃から起こっていたはずだ。ならば

「リズちゃん、お腹減らない?」


急に違う話を振られたことに「──?」と顔を上げたリズ

こっちこっちと手招きする春人に、ためらいながらもおずおずと小屋から顔を出す


そんなリズの姿を確認すると、春人は畑の一画の赤い実がたわわに実った茂みから、赤い実を一つもぎ取ると幼女に渡す


「うちんとこのトマトは、お姉さんが丹精込めて育ててるから美味しいよ」

さくらが手をかけて育てたトマトは、甘みが強くフルーツの様で、小さな子にも人気なのだ


リズはトマトを受け取り、一瞬迷った様にこちらをちらっと見ると、顔を覆っているフードをそっと外した


フードの下のその髪は、白に近いプラチナブロンド

春人を見るその目は、実と同じく赤い


「!!」


噂に聞く、帝国の皇帝ルードリィフと同じ色彩のリズ


(まさか、身内か?)

瞬時に緊張が体を走しったが、まさか。と首を降る


皇帝はまだ結婚してないと聞く、まぁ、結婚していなくとも子は出来るだろうが

その子供が聖地巡礼の信者に同行してるはずもなく

この色彩の人々は稀に生まれると聞く


(でも、綺麗だなぁ)


やはりお腹がすいていたのだろう、必死にトマトにかぶり付くリズの姿を眺めて思う


皇帝と同じ色彩という認識を外せば、リズの白い髪も赤い瞳も、春人にはとても綺麗だと感じる


「リズ、まだ食べる?」

すごい勢いでトマトを食べるリズに春人が聞くと


「うん!」

そう笑顔で返したリズ


その笑みが一瞬で固まる──、


春人の背後を見て



リズの急激な表情の変化に後ろを振り返ると

白いフードの信者達がこちらに駆けつけて来るのが見えた


「──やっと見つけた!」


信者の男を見て、なぜか逃げようとするリズに男が手を伸ばす


「──いや!!」


そのリズの声に、咄嗟に幼女を背後に匿う春人


「──!?


・・・・・・村の方ですよね? その子が私達が捜していた子供なのです。

こちらに渡してもらえませんか?」


春人の行動に怪訝な顔をする信者の男


確かに迷子なら身内の者へ幼女を引き渡すのが当たり前なのだが

背後で震えているリズを男達に預けてはいけないと春人の中の何が告げている

「・・・・・」


リズを庇ったまま無言でこちらを見る少年に、

男は何かを思案したのか、今度は少年の背後のリズに優しげに話しかける


「リズ、早くこちらに来なさい。

いい加減にしないと、お前の我が儘な行動が要らぬ誤解を招くぞ?」


男の声に、リズが背中にぎゅっとしがみつく


春人にしがみついたリズに目を向け、男は更に言葉を続ける


「・・・・いいのか?


その少年がお前を連れ去った犯人だと訴えても?」


「!!」


(くそっ!そうくるのか!)

男の陰湿なやり口に言い返そうとした春人



だが、春人にしがみついていた小さな手が離される


「───!!


・・・・・リズ!?」


リズは春人の背後から出てくると、うつむいたまま小さく

「ごめんなさい・・・」と呟やき、少年の横をすり抜けていく


「・・・・・リズ・・?」

少年のその呼び掛けに、リズが反応することはもうなく

背を向けたまま信者の男の元へと向かう


その姿に男は満足げに頷き、「さぁ、行こうか」と




とことこと歩いていく小さな姿に、春人は大きく呼び掛ける


「──リズ!!」


その声に小さな背中が止まる、駆け寄る春人


咎める様にこちらを見た男を無視すると

「リズ、これ持ってて!」

振り返った幼女にポケットから出した袋を渡す


「・・・?」


「これ俺の大切な物だから、無くさないでね」


「何で・・・?」

大切な物なのに何故渡すのか?と問う幼女に


「預かってて次会うときまで。

俺、必ず、貰いにいくから、それまでリズが持ってて」


「・・・・・・」


俯き頷くリズの、小さい肩が揺れている



今はこんなことしか言えない


春人が動くことで部隊にも、きっとリズにも何らかの被害が及ぶのだろう

自分が大人ならばもっと巧く事態を好転させることが出来たかもしれない




幼女を他の信者に預けると、男はこちらを睨む春人に言う

「大切な物など渡してよかったのか?

君があの子と会えることなど、()()()()()()()()()()


「・・・・・どういう意味だよ」


「──さぁ、」

男はうっすらと笑う、嫌な笑みだ


「まぁ、どちらにせよ、私たちは明朝早くにはここを出ていくので、もう君と顔を合わせることもないだろう」

では、失礼─。とそう告げると去っていった



「・・・・・、くそっ! 」


春人は短く呟くと唇を噛みしめた



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