ー砂漠都市エテジアー 2
中央機関の長い廊下を歩く体格の良い男─、トレヴァスは
後ろに付き従う部下に指示を出しながら、執務室に向かう途中、「パパ!」と呼ぶ声に足を止める
部下に先に行けと促すと、苦笑しながら振り返る
トレヴァスをパパと呼べる者はひとりしかいない
「─エルディ」
嬉しそうに駆け寄ってきた娘に柔らかく呼びかける
知らない人が聞いたら、さぞ驚くだろう優しい声で
「エルディア、この建物の中では出来るだけパパは控えてくれると嬉しいんだが」
あっ・・・と口を押さえた娘が小さく「ごめんなさい」と言うのを聞くと
「いや、出来るだけでいいんだぞ」
などと直ぐに譲歩してしまう自分に、我ながら娘に甘いと苦笑いが浮かぶ
薄茶色の髪、灰色にグリーンがまざった瞳
色合いは異なるが亡き妻によく似た面差し、愛しい娘
優しくその頭を撫でると嬉しそうに笑う
ヒュースは?と聞くと
「叔父さんはお風呂に追い立ててきた!」と、
臭いを連発したら肩を落としトボトボ歩いていったらしい
ヒュースに同情しつつ、私も気をつけようと心に誓った
「じゃあ、今日の夜はみんなで食事をしよう」
そう提案する私に何か言いたげにモジモジする娘
「あの・・・ね。えっと、ユーリも呼んでいい?」
「ユーリ?」
4年前にヒュースが拾った青年
ヒュースもエルディアも彼を気に入っているようだが
私には本質を決して窺わせない彼の姿が気になる
考え込むように黙ってしまった私に、覗きこむ様に「ダメ?」と聞く娘が可愛くて
「いや、構わないよ」と即答してしまう自分
うむ、いかんなこれは
愛しい娘と7時に約束し、「じゃあ、後でねパパ!」と私の返答にご機嫌になった娘が去ってゆくの見届けると
娘の後ろに付き従っていた黒い兵服の男に目を向ける
こちらに黙礼をし、近づいてきた男に
「・・・何かわかったか?」
「ユーリ・アリアスに関してはそれ以上は何も」
「そうか・・・、監視の方はそのまま続行しろ」
頷いた男に更に短く問いかける
「やつらは?」
視線を向けると、相変わらず感情の窺えない顔の男が珍しく言いよどむ
「・・・・・どうした?」
「まだ憶測の域を脱せないのですが、東側と手を組んだと言う情報が。」
「馬鹿な!」
思わず大きくなってしまった声に、暫し沈黙を落とす
「・・・・・フォンフェオンのやつらか」
東のハルーバイナ砂漠を根城にする無法者の集団、奴等は執念深く狙った獲物は執拗に追いかける
舌打ちしそうになるのを押さえ込み、男の返事を待たずに告げる
「東側出てくると厄介だな。対策を練る!招集をかけろ!」
「ですが・・・」
これまた珍しく口を挟んだ男に「何だ!」と目を向けると
「エルディア様が・・・」
「・・・・・」
招集を午後9時にした、やはり甘いな
「お嬢、どこいくんすかー?」
のほほーんと呼びかける声に振り向くと
黒い兵服をどうやったらそーなるのか?と聞きたくなるくらいだらしなく着こなした赤毛の男が、2階の渡り廊下からこちらを肘をついて見下ろしていた
(なんか腹立つ)
「・・・ふんっ!」とそっぽ向いて歩きだすと
「あ、お嬢てばっ・・・」
掛け声と共に近くなる足音・・・足音?
振り返ればすぐ後に赤毛の男
「はっ!? 飛び降りたの!」
「いや、あれくらいの高さなら別に・・・。なんならお嬢抱えても飛び降りれるよ」
ニカッと笑う赤毛の男、ディーテに「降りなくていい。」と言い放つと、再び歩き出す
ディーテは父さんが付けた私の護衛
年が近い方がいいだろうと(良くない!)若い彼を付けたのだけど
「お嬢、お嬢」とひたすらうるさい!
「お嬢てっば、置いて行くなよー、
オレ、元首に怒られちゃうじゃないすかー」
「怒られれば」
えー、ひでーと後ろでぶつくさ言ってるやつを無視してゲートまで来れば
父さんと別れた時、その場に残った兵服をちゃんと着こなした(誰かと違い!)男がこちらに近づいてくるのが見えた
「オルトマンス大佐、どうかしたんですか?」
尋ねた私の後ろで「げっ・・、」と言う声がしたが無視しよう、うん
「エルディア様。 元首より、外出は控えるようにと」
「え?、さっきは父さん何も・・・」
先程の父さんとの会話を思い出す
「状況が変わりましたので。
ユーリ・アリアスのとこに向かうのでしたら、後でこちらから連絡をいれておきましょう」
「え、でも・・・・」
言いよどむ私を、さぁ、と促す大佐に
「えー、いいじゃないすかー大佐、オレ付き合うんで」
と、やっぱりのほほーんと答えるディーテ
「黙れ」一蹴
「大佐、私からもお願い! ディーテを連れてゆくからってパパに」
「しかし・・・!」
「大佐、その案件はまだ未確定なんでしょー、
必要以上に過保護になるには早計かと?」
「!? お前・・・・どこまで知ってる?」
ジロっと睨む大佐に、ニッっと笑みを見せると
「さぁ?」とはぐらかす
何の事かは分からないが、オルトマンス大佐の睨みを笑顔で受け流すとは・・・ディーテって心臓に毛が生えてんじゃない?
まぁ、ここが押しどころだと理解した私も『お願い!』と更に懇願する
「・・・・分かりました、元首には私から伝えましょう」
しぶしぶとした顔(いや、表情は変わらないからオーラかな?)で大佐は私にそう答えると、ディーテに目を向け
「エルディア様をしっかり護衛しろ─、
7D-1672」と
立ち去る大佐の顔には珍しく表情が窺えた
それは、嘲り、私の後に立つディーテへの
アズラク湖畔の道沿いには商店が建ち並び賑わっている
湖に向かって緩く傾斜した芝生の上では、街の人々が思い思いの休息を楽しんでいるのが見渡せる
エテジアでは気温の上がる午後から夕方までは湖周辺に生えるアカシアやヤシの木陰で涼を取る人が多いのだ
「んで、マジ行くんすかー?」
並んで歩くディーテは、どこの商店で奪ったのか?青い林檎を放り投げながら、変わらぬのほほーんとした声で尋ねる
(・・・ったく)
先程の大佐の言葉も表情も気にしている素振りもない
(何で私が気にしなきゃならないの!)
「ついて来なくていわよ!」
「いや、流石にそれはダメっしょ」
うん、そりゃそうだ、ただディーテにさえ窘められるとは!
「オレ、あいつ苦手なんすよねー」
大佐の事か?と思ったら、どうやらユーリのことらしい
「オレよりイケメンとかないっすね。マジで」
「・・・・・」
無言になった私に「聞いてますー」と覗き込む彼の微かに光るダークグレーの瞳
太陽を反射したわけではなく、内から発した光
大佐が最後にはなった言葉は識別番号・・・ディーテに付けられた
エテジアの地下に眠る遥か昔の、旧世界の遺跡は
多大なる恩恵を与えた
その恩恵のひとつがヒューマノイド
40年前に発掘され、エテジアの科学者逹によって研究、製造されたのがエテジアの強化兵士達
ただし、その思考だけはどうしても作りあげる事が出来なかった為、彼等の脳だけは生身のままなのだ
簡単に言うと何処かから連れさらって来た人間を脳だけそのままに勝手に体を改造して兵士とした
いや、実際には脳ですらいじっている、反逆を起こさない為
(誰の為の恩恵なのか・・・)
全ての総指揮は父さんでなく、私の祖父が行ったことだが
(そう簡単に割りきれるもんでもないよね・・・)
父さんが叔父の発掘調査を止めないのも、まだ見ぬ恩恵の為でもある
叔父さんの場合は純粋に考古学なんだけどね
思考の渦に落ちていた私の眉間につんと当たるものが
我にかえると私の眉間に人差し指を押し付けたディーテがニカッと笑顔で
「お嬢、めっちゃブサイクな顔になってるー」
・・・コイツの心臓は毛が生えてるでなくて
鋼鉄で強化されてるんだな、と
不謹慎にも思ってしまった