ー赤と白と黒とー 2
不安訴える女を宥め、慰める為に体を合わす
安心したかのように絡み付き眠った女の腕をほどくと、ルードリィフはベッドから降りローブを纏った
そして振り返り女の顔を見下ろすが
女─シンイェンは身じろぎもしない、よく眠っているようだ
いつもは気が張っているのだろう、寝ている顔は少しあどけない
その寝顔にふっと息をもらすと、また直ぐに目をそらしバルコニーに出る為の窓へ向かった
この大陸には四季がない
朝晩は気温が下がるが、日中は常に30度前後まで気温が上がる
今は夜なので少し寒いはずだが、空調が管理された部屋の中は快適な温度を保っている
ルードリィフは窓を開けようと伸ばした手を止めた
外の空は珍しく、荒れた様を現しているようだ
黒い空にはプラズマの光が地上に幾つも降り注いでいる
エルデ教によると、それは神の怒りだと言う
ルードリィフは昼に断りもなく勝手にやって来た男を思い出す
モントアの代表だという男は「エルデ教は全面的に陛下の見方になりましょう──」そう言った
「貴方の持つ色彩は、我らエルデ教にとっても救いの象徴!
その貴いお方の役に立つことは我らにとっても大変喜ばしきことです!」
モントア共和国はエルデ教の聖地である都市エルデ・ナジオンを有している
そのモントア共和国では、この男も含め国民の大部分がエルデ教の信徒だ
その上、エルデ教は大陸全土に広まっている為、聖地巡礼と称し多くの人々がエルデ・ナジオンにやって来る
だからだろうか、エルデ教が支持することがどんなに素晴らしい事かという態度を示す男
その姿にルードリィフは口元を歪める
「──ほう、エルデ教からは白い悪魔と呼ばれいる私が?」
「──!!
め、滅相もございません!そ、そのようなことを口にする者は、エルデ教の信者ではあるはずがありません!
きっと、どこかの者がエルデの民を貶める為に語っているのでしょう!」
取り繕うかのように慌てて言う男に、ルードリィフはフッと笑う
その皇帝の姿に安堵したのか、「つきましては──」と続けようとした男に、低く告げる
「いい加減、汚い口を閉じてはどうだ?」
「───は?」
「聞こえなかったのか?
その口を閉じろ。と言ったのだ」
赤い瞳にこれ以上ない嫌悪を込めて──、
その迫力に「ひっ!」と怯んだ男に、ルードリィフは更に告げる
「私がエルデ教に信を得るつもりはない。
むしろ、その名を聞くだけで虫酸が走る」
不愉快だ。と
皇帝の言葉に不満を覚えたのか男は口を開こうとするが、
ルードリィフは、それを遮る
「それで──、お前はいつまでそこに座っているつもりだ?」
そう静かに告げた皇帝は、
赤い目を細め、男を眺めたまま腰に携帯していたサーベルを握る
そしてそれを、優雅に引き抜くと男の眼前に突きつけた
「───出ていけ」
怒気を含んだ声に、男は慌てると転がるように部屋から出ていった──
思い出したことで、また不愉快な気持ちになったルードリィフは眉間にシワを寄せる
空ではまだ妖しい光を放つ、幾つもの光の柱が踊っている
それを眺めたまま呟く
「───血と灰の浄化、」
その声に滲むのは、激しい嫌悪
脳裏には床に倒れるまだ幼き子供達の姿
白く小さな体の周りを赤い鮮血が縁取るように広がっていく
苦悶によってか、見開かれた赤い瞳には涙の跡がみえた
ルードリィフは今よりもまだ随分と小さい手で、
子供の白い髪を撫でるとその目を閉じさせた
現在の、大きくなった自らの手を眺め、握りしめる
「そんなものでしか救うことが出来ない世界なぞ──、」
エルデ教などと言う馬鹿げた信仰で人々を救済しようとする神なぞ
───すべて壊してしまえばいい
ルードリィフは握りしめた拳を静かに下ろすと
荒れた空を見上げ小さく笑った
クーロン訪問から3ヶ月、砂キツネの部隊は中継基地を引き揚げ
本拠地の村─、ルズガルに戻っていた
ルズガルは断崖を海にむかって傾斜するように集落が広がる
傾斜は南側に面している為、どこも明るく日当たりが良い
その一画の開けた土地で、鍬を土に突き立てた少年が喚く
「野良仕事飽きたー、俺は鍬じゃなく銃を持ちたい!」
「うるさい、春人」
同じく横で土を耕していた奏が言う
「うへぇー」と嘆く春人を、麦わら帽子を被り手袋をはめた姿のさくらは、腰に手を当て睨む
「春人が食べてるご飯だって、誰かがこうやって育ててくれてるんだからね!
銃を振り回してるだけが仕事じゃない!」
さくらに怒られたことでションボリとした春人は野良仕事を再開する
中継基地より引き揚げても、元々仲の良い三人は一緒に居ることが多い
本当はさくらと二人っきりになりたい春人だが、
ディーテの視線が恐い為、奏を巻き添えにするのが常だ
いつか絶対ディーテに勝つ!と息巻いてはいるが
それは当分無理だろう・・・いや、その見込みさえもないかもしれない
村に帰ってからも戦闘訓練はある
その場に置いて一度も、赤い髪の男に勝てた試しがない
自分の攻撃がかすりもしないことに春人は意気消沈した
(イリアのおっちゃん早く帰ってこないかなぁ、そしたら稽古付けてもらえるのに・・・)
当のイリアはそのままクーロンに残った為、今はここにはいない
勝てない相手である、ディーテは本拠地に戻ったことで少し安心したのか、さくらへの過保護な干渉は少なくなった
今日は断崖の一番上、村の入口の詰所の方で、付近の監視の任務に付いているとさくらが言っていた
「──おーい、」
そう呼ぶ声がしたのは三人がいる畑の一つ下を走る道
傾斜した土地の為、道は交差せず迂回するよう蛇行し村の中を通っている
土留めの石垣の塀から下を覗けば、ヒュースが大きなカゴを持ちこちらに手を振っていた
「丁度良い時間だから、休憩でもどうだい?」
上下の道をショートカットする為に造られた階段を上がってきたヒュースが言う
「ラッキー! 仕事したからお腹減ってたんだ!」
「お前・・・何かしたっけ?」
「失敬な! 奏が見てないとこでしてた!」
「見えてないなら、何とでも言えるじゃん・・・」
繰り広げられる少年二人の会話にヒュースは苦笑すると
隅っこで一心不乱に草むしりをしている少女に声を掛ける
「エル──・・・、さくら、お昼にしよう!」
畑の隅に造られた粗末な木造の小屋から机と椅子を引っ張りだすと
同じく木で組まれた簡単な日除けの下に並べる
「これ・・・崩れない?」
柱を恐る恐るつつきながら聞くさくらに
「たぶん?」
春人は疑問符で返すとヒュースが広げた昼食に真っ先に食いつく
広げられたのは魚貝を使ったパスタ、パン、それに畑で採った野菜をヒュースが手際よくサラダにすると一緒に並べた
「ヒュースはんて、りょほりうまいすへ」
口の中をいっぱいにしながら話す春人に
「口の中のもの食べ終わってからしゃべれ」
しかめっ面の奏に言われ、ゴクンと飲み込む
「これ全部ヒュースさんが作ったんですよね?」
すごいなぁー、美味いし!と感心すると
「まぁ、昔から料理作るの好きだったからね、好き嫌いの多い子が近くにいたし」
そう言うと、さくらのお皿にパスタを選り分け盛っていく
「・・・さくら、貝嫌いなの?」
「んー?」
どうなんだろ?という顔をしたさくらにヒュースが言う
「さくらは貝類はあまり食べない方がいい、少しアレルギーを持ってるから」
今回のは後で盛っただけだから避ければ大丈夫。と、
貝を避けたパスタを完成させるとさくらの目の前に置いた
置かれたお皿をモグモグと食べ出すさくらを眺め
本人よりさくらのことを知ってるヒュースに疑問を持ちながらも
空腹には勝てず、食事に専念することに決めた
昼食を食べ終えると先に引き揚げたヒュース
残った三人は後片付けを済ませ、また席に戻った
昼からのこの時間帯は日の照り返しが一番厳しい為、しばらくはのんびり過ごすのだ
畑が設けられている区画は、用水の関係で入口に近い高台にある
眼下には斜面にうねるように走る道と、その道に沿うように立つ住宅、そして一面に広がる大きな空
クーロンで見たくすんだグレーの空と違い、ルズガルの空は青い
目に入る海は黒く汚染された海だとわかるが
その海は、流れの速い海流のせいか上空になんの影響も与えていない
その代わりルズガルでは渦を巻く風を伴った嵐が、一年の内の一ヶ月の間だけ幾度か襲ってくる
(うーん、今度の嵐では持たないかなぁ?)
先程さくらが懸念してた日除けと小屋を眺めた春人は
その小屋の上を通る道に、白いフードを被った人々が列をなし歩いているのを見た
「ああ、もうそんな時期なんだ」
この白いフードの人々の訪れと共に嵐の時期はやって来る
早急に小屋を修理せねばと考えた春人に、同じく人の列に気づいた奏も
「聖地巡礼の信者かー、毎年ご苦労様だね」
ちょっぴり皮肉げに呟く
そんな二人の言葉に、さくらは二人が見上げる方向に顔を向けるが、
変わった服装の人々の列に「何これ?」という顔で再びこちらを見た
さくらの記憶の中には、聖地巡礼をするエルデ教の信者のことは残ってないのだろうか?
まぁ、さくらはエテジア出身らしいので、エルデ教とは関わりがあまり無かったのかもしれない
あの町はエルデ教を一切排除してたはずなので
「あの人達はエルデ教の信者だよ。毎年この時期になると、西のモントア共和国にあるエルデ・ナジオンに集まってくるんだ。
いつもはこの時期、基地にいるからさくらは初めてかもしれないね」
奏がさくらの疑問に答える
そう──、本来なら村に戻る時期ではないのだ
クーロンの身内争いがいつ、どのタイミングで起こるかわからない為、
砂キツネが要らぬ刺激にならないよう今回は早めに引き揚げたのだ
そもそも、こちらの部隊がちょこちょこと交戦を仕掛けていたのはシンイェンが率いるフォンフェオンであって
ズーハオと手を結んだ今、部隊としてはその必要も無くなった訳だ
「へぇ、そうなんだ」
再び信者の行進に目を向けるさくら
「ルズガルではその信者の人達の為に休憩できる建物を解放してるんだ」
ほら、あそこ。と春人はディーテ達がいる詰所の近くの大きな建物を指差す
「この村には教会もないし、聖地巡礼をする程の熱心な信者もいないけど、そこはやっぱり助け合いとゆーか?」
「俺は──、
あまり関わり合いになりたくないけどな」
そう渋る声で答えた奏に、春人もさくらも目を丸くする
「珍しくない? 奏が春人のこと以外でそんな声だすの?」
「え! そこなの!?」と突っ込む春人を無視し、会話は続く
「うん、・・・・俺の両親って、エルデ教の信者だったんだよね」
そりゃーもう、盲信的な。
ぽつりと呟く奏
長く奏と一緒にいるが、その生い立ちなどは聞いたことはない
この砂キツネにいる部隊の者達は、
春人の様に村で生まれ部隊に入った者もいるが、
何らかの理由で流れついた者や部隊に拾われた者などが多数だ
「まぁ、いろいろあったんだけど、雨宮隊長に助けてもらったんだよ」
それ以上は話す気がないのだろう、切り上げるように会話を終えると奏は春人を見る
「じーさん?」
奏の口から出た人物に春人は反応する
奏が口にした人物は砂キツネの現総隊長である有島の、その前に部隊を率いていた人物、春人の実の祖父だ
「──じーさんて? ・・・春人のお祖父さん?」
そう尋ねるさくらに奏が言う
「そう。 春人と違って凄く頼りになるし、強いし、人格者!」
「うへぇー」と呟いた春人に付け加えるように
「そして孫に厳しい!」と
「お前、そういえばちゃんと顔出したか?」
「・・・・・」
無言になり、そっと目を反らす春人
「マジかよ、戻ってきてもう三週間以上経つぞ!」
「どこで寝泊まりしてんだよ」と聞く奏に、
「いろんな隊員の家か野宿」と答える春人
そんな二人の会話を聞いていたさくらは、村の入口の方が騒がしいことに気が付いた




