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砂の大地に吹く風は  作者: 乃東生
17/52

ー赤と白と黒とー 1

急ピッチで進められているエテジアでの発掘だが、

比較的、夜間はひっそりとしている

現場の動きが止まってる訳ではないが、一応騒音を考慮し

縦穴の底部分での作業が進められている


外の暗い夜の風景の中に奥底で灯りを放つ丸い穴


夜間は使われることのないクレーンの先端に、一人佇む男は

「──さぁ、もうすぐだ」

歌うように告げる


その黒い凪いだ瞳に映す丸い灯り

そこには、ごく僅かな、ほんの僅かな狂気が見える


「待っていて───さくら」







皇帝ルードリィフは、ここ1ヶ月ほどエテジアにいる

そして、ここ最近毎日届けられる陳述書にいい加減うんざりしていた


「毎日、毎日・・・、奴等の愚痴を聞く為にここにいる訳ではないのだがな」

部屋で控えているユーリに対して言ったわけでなく

誰に聞かせるでもないルードリィフの独り言だ


だがユーリは、皇帝に目を向けると口を開く

「ブラウに戻られてはいかがですか?」


その問いに、書類の積み上げられた机の上に足を放り投げると

「そうしたいのは山々だが、片付けなければならんことと、

うるさいヤツがいるのでな」と答える

前者の問題は発掘の状況についてだろう・・・ならば後者は、


「シンイェン様ですか・・・、


──情でも移りましたか?」


声に含まれる皮肉に、ピクッと眉を上げ

黒い瞳の男を睨むが

ユーリは相変わらず凪いだ目をこちらに向けるだけだ


ルードリィフは目をそらしフッと息をはくと

「情か・・・、確かにあの体を抱けなくなるのは惜しいな。

それを情というのなら、情が移ったのだろう。


だが、それが枷となるなら、」

──必要はないな。


そう言い切るとルードリィフは立ち上がり窓際に寄る


発掘現場を見下ろしながら

「それよりだ─、 クーロンにいるフォンフェオンが独立を主張したようだな。

私の情婦が憤慨していたぞ」

シンイェンを情婦と言い、楽しげに笑う


クーロンから届いた独立に対しての公文書には、シンイェンを皇帝の情婦としたためられていたのだ

実際、シンイェンはルードリィフに心酔しているし、

本拠地を2年以上も開けていては部隊をまとめることなぞ無理だろう

独立話しが起こるのは必然だ


この毎日届く陳述書はほぼその事に対してだ

ただシンイェンに連れて来られた部隊の者らにとっては、まさに寝耳に水だろう


「それこそすべて放り出せばいいではないですか?」

それが最適な解答だと言わんばかりのユーリの声に、

ルードリィフは不審の目を向ける


先程の物言いといい、ここ最近のユーリの口調には険が滲む

それはフォンフェオンの、いや、主にシンイェンに対してだろう

(・・・面白いな、あの女何かしたのか?)


そのこと以外にはユーリに何の変化を見当たらない

あえて言うなら、少し、ほんの少し感情というものを示すようになったか?

(まぁ、シンイェンに対してはほんの少しではないようだがな)


「とりあえずは置いておく。新しい頭となったのはズーハオだと聞く、アイツならシンイェンを、他の仲間達を取り戻そうと考えるだろう。

そうなれば、それはいい交渉材料となる」


こちらが有利に進めるための。


「しかし、そこまで持ちこたえる事が出来るのでしょうか?」

ユーリが言っているのは、現状に不満を持ち始めたフォンフェオンの者達のことだろう


「救いが早いか、破滅が早いか・・・」

ルードリィフは赤い目を細める


「結果的にはどちらも救いにならんかも知れんが。

──まぁ、そうなったらなっただな」

口を歪めて言うルードリィフに、ユーリは目を伏せる


「仰せのままに、──我が皇帝」






シンイェンは焦っていた

本拠地(クーロン)は勝手にズーハオを頭と決めたようだ

「何てことなのっ!」そう言うと爪を噛む


帰る場所はもうない、これでシンイェンはエテジアに閉じ込められたことになる

それはそれで別に良い

ここには愛しい男がいる、それで自分は満足だ


しかし他の隊員達は違う

家族をクーロンに置いたままの者もいる

その者達の不満が日増しに強くなっているのを感じる

このままではいずれ良くない事が起こるだろう

(その前に何とか打開策をねらなければっ!)


不満を持つ者達を解放するか、更なる力で押し通すか

どちらにしても皇帝の、ルードリィフの協力が不可欠だ


ならばと、部屋に控える帝国の服を着た男を、シンイェンは見る

「オルトマンス! ルードリィフを呼んでちょうだい、早く!」


オルトマンスと、名を呼ばれた男はシンイェンを冷たく見下ろしたまま言う

「それは承知できかねます、我が皇帝は現在多忙の故」


「──はっ!? 私が言っているのよ、この私が!

早く取り継がないと困るのはあなたよ!」


男はフッと鼻で笑うと

()()()取り次ぐなと言われております」

それはお前も含まれると、暗に告げられたことにシンイェンは激昂すると

「もういいわ!」そう言い、自ら扉へと向かった


その腕を男が掴む──、


「───!!、

・・・・・離しなさい。」


「お戻りください」


睨みながら言ったシンイェンに冷たく答える男

シンイェンとて戦いに身を置き、部隊の頭を務めてきたのだ

力に対抗する術は知っている


だが、この男は──・・・この男の瞳に宿るのは


シンイェンへの憎悪───・・・



「───つ!!」


瞬間の恐怖に、腕を振りほどいたシンイェンは

部屋に戻りカウチに座り込むと自らを抱く



そんなシンイェンを眺め、男は軽く息をつくと

「取り継ぎの件は、私からルードリィフ様にお伝えていたしましょう」

そう言うと部屋を出ていった



「・・・・・何なの、一体・・・」


独立の話しがでる数ヶ月前より、部隊の者の不満の渦は広がっていっていた

それは徐々にだったが、その境は突然で

まるで誰かが水面に石を投げたかのように


それにあの男も──、苦々しげな態度ではあったが

先程のような、あからさまな敵意を向けることはなかったはずだ


「ほんと、何なのよ・・・!」

そう言うとシンイェンは形良く整えられた爪を噛んだ






皇帝の元に向かう為、廊下を歩いていたオルトマンスは

ルードリィフの執務室より出てくるユーリを見つけた


こちらに気づいた男が言う

「今、皇帝は来客中です。まぁ、少し待たれればよろしいかと」


「来客中?」

そんな予定は聞いていなかったオルトマンスは首を傾げる


「ええ、モントア共和国の代表──・・・です」


興味がないのか名前も覚えてないようだ

かく言うオルトマンスも、卑屈な笑みを浮かべる小太りの男の顔は浮かぶが名前は覚えていない

「ルードリィフ様はヤツを疎んじてたと思うのだが?」


「ええ、そうですね。

今回は、皇帝の為になる何か大事な話があるとか何だかで

無理やり押し掛けてきたのですよ」


そしてユーリは困ったような顔で

「何かを笠に、忙しい皇帝に無理を押し付ける存在など──、


()()()()()()とわからないのですかね」


そう言い黒い目を細め、こちら眺めたまま少し笑った





「──ああ、もう終わったみたいですよ」


その言葉に扉の方を向くと、中から低い声が響き

同時に部屋から小太りな男が転がるように飛び出してきた


「──くそっ、白い悪魔め!贄の存在のくせにっ!」


出てきた男は小声で悪態をつく

その言葉に聞き捨てならないものを感じ一歩踏み出したオルトマンスをユーリが止める

「───?」


男はこちらに気づいたのか、一瞬ぎょっとした顔をすると、逃げるように走り去った




「なぜ、止めた?」


自分を止めた男に尋ねると

「男の言葉はただの宗教上の戯れ言です。

価値のない小者ことなどほっておけばいいでしょう」と

宗教?と聞く自分に、続けて


「エルデ教の思想ですよ、

この世界は白い悪魔のせいでこうなったと

その血と灰は新たな世界の贄になる、だそうですよ」


その言葉のイメージに皇帝の姿が重なる

「・・・・・何だ、それは」


「──さぁ?、私にもわかりません。

どっちにしても、あの男が来ることはもうありませんよ。

皇帝はエルデ教を何よりも嫌っていますから」

「先程の言葉を吐いたと言うことは、エルデ教に関する何らかだったのでしょう」


話し終えると、ユーリは用は済んだとばかりに立ち去っていった




「──入れ」


中から聞こえた許可を許す低い声に、室内に入ると

声の主、美しき皇帝は窓際に立ち、こちらに背を向けたままだった

ルビーの様な赤い瞳は窓の外を向いている


オルトマンスはその事を残念に思いながら報告をする


「シンイェン様が呼んでおられましたが、どういたしますか?」


皇帝は外に目を向けたまま何か考えるように暫く黙ると、

振り返り、オルトマンスに視線を向け「後で向かう」と告げた




──こちらを見た、美しき皇帝


戦いの場で一度、目にした時から脳裏に焼き付いたまま忘れることの出来ないその姿

白い髪に赤い瞳という珍しい色彩を纏った美しき姿



崇拝──というのだろう


エルデ教ではないが、これはもはや信仰だと


この皇帝の為ならエテジアを裏切ることなど

何の抵抗もなかった

自らの手を血で汚ごそうとも



だから彼の行く手を阻むもの、足を引っ張る存在など

()()()()()()()



「わかりました、お伝えいたします」


オルトマンスは視線を伏せ、一礼すると部屋を出た


今はまだ早い、だがその時は──、


オルトマンスにとっては既に、必要でないモノに決定付けられている存在の元へ


皇帝の言葉を伝える為に向かうのだった





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