ー砂漠のキツネたちー 9
「こっち、こっち! はぐれたら帰れないからね」
そう言いながらクローンを案内してくれているのは、シャオメイという同じ年頃の少女
有島の危惧はその通りで、三人とお目付け役の男は案の定クローンに来ている
ズーハオが連れてきてくれた少女、シャオメイが街を案内してくれると言うので、連れだって街を散策中なのだ
急に狭くなった道に、縦一列に並んだ一番先頭のシャオメイは振り返り
すぐ後ろを歩いている春人に話しかける
「ねえねぇ、さっきの赤毛のイケメン!
すらっとして、でも筋肉質でいてワイルドな感じの男前の、 あの人何て名前なの?」
両手を組み頬に添えた仕草をするシャオメイ
彼女が言っているのは、その場で留守番を希望したお目付け役の男、ディーテだろう
思わず、「はぁ!?」とすごい声を出してしまう
春人のすんごく不機嫌な顔と声に、シャオメイはちょっと目を丸くすると
少年の肩越しに、後ろを歩く砂色の髪の少女に目を向けた
その視線を受けたさくらは、少し苦笑いを含んだ声で
「ディーテって言うのよ、シャオメイ」
自己紹介は既に済んでいる少女の名を呼ぶ
再び広くなった道に、シャオメイはさくらの横に並ぶと
不機嫌なまま、先頭をスタスタと歩く春人を見ながら
「何、あれ?」と
一番後ろを歩いていた奏は二人の横に来ると
「男心は複雑なんだよ。・・・思春期だしね」
同じく先頭の少年を見ながら、よくわからないことを言う
「ふーん」
それに対して、少女はわかったのか、わかってないのかどっちとも取れる返事を返した
色々とクローンの街を案内してくれたシャオメイが、最後に連れてきてくれたのは、
街を通り抜けた先、ハイジャン湾にぽつんと作られた浜辺だった
砂浜を見ると、何故かはしゃいで走り出した少年二人
それを、何やってんだか。と眺めたさくらは、波打ち際で遊ぶ小さな子供達を目に止めた
「──!!」
瞬時に走り出そうとしたさくらの背中に、シャオメイがのんびりと声をかける
「大丈夫だよ、さくら」
その声に焦ったように振り向くと
「ここの砂浜は安全だから」とシャオメイは笑顔で言った
「・・・・・?」
戸惑った顔を向けるさくらにシャオメイは近づくと、浜辺の先の海を指差す
「んーっとね、見えるかな?
あのちょっと先の、海の色が変わってるとこ、わかる?」
シャオメイが指す方向を見ると、確かに海の色が変わっている
浜辺の部分は綺麗なブルーの色をしているが、少し先は真っ黒な、この大陸では一般的な汚染された海の色をしている
「どうやってるのかは、私にはわかんないんだけどね
この浜辺付近の海水は安全なの」
なるほど。と海を眺めたまま頷くさくらに
「あんまり驚かないね?」とシャオメイが言う
さくらは、シャオメイに向き直ると
「私たちの本拠地の村も直ぐ後ろは海なの。
崖になっていて、降りられるんだけど。
海に流れ込む大きな滝があるの、その影響かその辺りは汚染されてなくて、魚も取れるのよ」
話してる内に脳裏に浮かんだ村の情景に、自然と笑みがこぼれる
「・・・なーんだ」と、残念そうに言うシャオメイに、慌てて
「でも砂浜はないのよ、岩場だらけだから。
だから──、テンション高いでしょ? あの二人」
砂漠の砂は見慣れてるはずなんだけどねぇ。と、
子供達に聞いたのか、恐る恐る波打ち際に近づいて行く春人と奏を眺める
さくらの横で同じ様に二人をながめていたシャオメイが口を開く
「春人ってさくらのこと好きだよね」
疑問でなく肯定に何も言えず黙るさくら
そんなさくらに目を向けると
「さくらもわかってる、よね」
ってか、隠してないし全員知ってるよねー。と続けると
「さくらは好きな人いないの?」
急に飛んだ話に戸惑った顔でシャオメイを見る
「好きな人いないなら、春人でいいじゃん?」
「それは──っ!、
・・・・それは春人に対して失礼だよ」
「そう? でも自分を思ってくれてる人なんて最高じゃない?」と、シャオメイ
「さくらっ!」と自分の名前を笑顔で呼んでくれる少年
その黒い瞳に浮かぶ感情は確かに、さくらへの思いで満ちている
────でも、
同じように笑顔で
同じような黒い瞳で
「──さくら」と呼んだのは、
彼が私に向けた感情は、少年とは真逆で
・・・・・・彼?
彼とは誰だろう・・・?
「───さくら!」
そう呼びかけたのはシャオメイ
「さくら、ごめん!
意地悪なこと言って、春人が必死なのに、さくらあんまり関心なさそうだったから・・・」
嫌なこと言ってごめん!と、急に黙りこんだ自分に気分を害したと思ったのか謝る少女
「──あ、うん、いえ・・・、こっちもごめんね」
まだ思考の中から戻りきれていない、さくらはよくわからないまま謝る
「怒ってない・・・?」
「怒ってないよ」と笑顔を作る
少女が安心したところに、「おーい!」と声が掛かった
掛け声をかけながらこっちに走ってくる少年
その少年の黒い瞳に
誰かの影か重なりそうになり、頭を振る
「何やってんの? さくら」
頭をプルプル降ってるさくらに春人が聞く
さくらは顔をあげ、「何でもない」と答える
春人は顔を上げたさくらを見て眉をひそめると、隣に立つ少女に目を向ける
「シャオメイ、さくらに何か言った?」
春人の言葉にビクッとなる少女をかばう様に身を出すと
「何でもないよ。──それより何持ってるの?」と、春人が手にもっているものに話を向けた
「これ? うん、なんだろね?
砂浜の子供達からもらった」
春人が持っているのは、だだのゴツゴツした石の様だが所々に蛍光塗料のような粒が混じっている
シャオメイはそれを見ると
「──!! 、ダメ!」と春人の手から石を叩き落とした
シャオメイの行動に、同じく石を持っていた奏も「──え!?」と石を捨てる
三人の視線を受け「それウラン鉱石だわ」と呟くシャオメイ
「・・・・あっ、あの子達!」そう慌てたように言う奏に、
「ちょっと注意してくる」
シャオメイは言うと、波打ち際で遊ぶ子供達の元へ駆けて行った
「何でこんなものが?」
「流れ着いたのかなぁ?」
足元に転がった石を見ながら春人と奏は呟く
ウラン鉱石から精製されるウラン、それは核燃料の元となり
その核の為に今のこの大陸の現状がある──と云われている
今はその技術も設備もなく、ウラン鉱石がそのまま脅威として結びつく訳ではないが
人体には悪影響を及ぼすことは周知だ
「流れ着くったって、この先・・・ああ。 何か島があるって言ってたな」
「馬っ鹿、春人。この先の島々が俺らルーツだろ!」
「え!? そうなの!」
「うちのとこの隊員ほぼそうだぞ?」
「マジか・・・」
石を眺めたまま二人の会話を聞いていると、シャオメイが戻ってきた
子供達には言い聞かせ終わったのか、砂浜には誰もいない
「さぁ、帰ろ!
ズーハオにも報告しなきゃ行けないし、当面ここは立ち入り禁止にしなきゃ」
そう言うと、ズンズン早足で歩きだす
帰り道のわからない三人は、遅れないようにシャオメイの後に着いて行くのだった
ディーテと別れた広場に戻ると
何だか凄い人垣が出来ている
シャオメイはそこに目当てのズーハオを見つけると、三人から離れて行った
先程の件の報告をするのだろう
しかし、ディーテはどこにいるのか?
さくらは人垣を見渡したが見つからない
彼は身長があるので赤い頭はひょこっと飛び出し、いい目印になるのだが、
「なぁ、あの人垣の中気にならね?」
と、人垣を見ながら言うのは春人
「もしかしたらあの中にディーテいるかもよ。」
同じく向こうが気になるか、奏もそわそわしながら言う
男子ってこういうの好きだよね。そう思いながら
「わかった」と言うと、既に人垣に頭を突っ込んでいる二人に続く
人垣は喧騒にまみれている
突っ込んだのはいいが、揉みくちゃにされ、何が何だかわからない
どこかで春人の「──げっ!」と言う嫌そうな声が聞こえたが
そちらとは別の方向に流される
ぱっと、急に開けた視界から顔を覗かせれば、そこには─
地面に転がり呻く男達と
その前に立つ赤い髪の男
「ディーテ!?」
驚いて声を出すと、こちらを向く見知った顔
ディーテはこちらに近づいて来ると、人垣に挟まったままのさくらを救出する、
・・・まぁ、周りの人を凪ぎ払ったのだが
「──お嬢、大丈夫?」
そう聞くディーテに
「何やってんのよ!」
声を荒げてさくらが言うと
地面で呻いていた男の一人が声を発した
「──嬢ちゃん、怒ってやるなよ・・・」
いてててっ、と言いながら立ち上がる男
でかい・・・、イリアと同じくらいかもしれない
こちらに向けられた鋭い目にちょっと後ずさると、
男の視線からさくらを隠すように移動したディーテ
そんなディーテを男は眺める
「えらいさっきと態度が違うじゃねぇか、何もしねえよ。
勝負に勝ったのはお前だからな」
いやー、負けた。負けた。と豪快に笑った
負けたのに嬉しそうな男をディーテの後ろから眺め、
「勝負って・・・何したの?」
ディーテに尋ねる
「いや、来た時から嫌な視線を感じたから残ったんだけど・・・」
ディーテが残ったのはそういう事だったのかと、さくらは納得する
「案の定、絡まれたから対応しただけで・・・勝負ってなんだ?」
最後は目の前でニカニカ笑う男に対してだ
「男同士は拳で語る!其れが習わし!
俺はお前に負けた、だから砂キツネの同盟について何も言えない!
──なぁ、ズーハオ」
いつの間にかズーハオが横にいる
「ありがとうございます。 ──大哥、ハオラン」
問うようなさくらの視線に気づいたのか
「彼はフォンフェオンの一番の古参幹部なんですよ」と告げる
そんなズーハオの言葉に
「お前、俺を使ったな」
ひどく不機嫌な声でディーテが呟く
未だに理解が追い付いていないさくらは、不機嫌な声のディーテを、どうしたの?という顔で見上げる
ディーテは、そんなさくらに困った顔を向け「何でもないよ、お嬢」と言い、
ズーハオに「ひとつ貸しだからな」と低く告げた




