ー砂漠のキツネたちー 8
欠伸をしながら天幕から外にでた有島は
消えた焚き火の前で、大の字で寝ている二人を見て苦笑する
地平線が赤く染まっている、もうすぐ太陽が登るのだろう
だが、辺りはまだ薄暗い
盛大なイビキの音が聞こえる天幕の向こう、もうひとつの天幕から赤い髪の男がでてくる
こちらの気配を感じたのだろう
「良い朝だな」
有島はディーテに朝の挨拶をすると地平線を見る
こちらに近づいて来た男は有島の横に並ぶと
「どうするんだ?」そう聞く
何がだ?という様に首をかしげた有島に
「この会談にあんたらのメリットはない、
やつらはエテジアにいる仲間を取り戻したい。
その為、エテジア周辺でのこちらの介入を阻止したい。
そういうことだろ?」
「そうだねぇ・・・」
有島はその先を促すようにそれだけ言うと黙る
「逆にそっちの方が都合いいじゃないのか、仲間内で揉めてる間にフォンフェオンの本拠地を攻めれば。
休戦と同盟などこちらにとってはただの枷だろ」
「うーん、やだなぁ、そんな極悪非道みたいに」
「──戦争だろ」
「戦争だな。
──戦争だから、うちの部隊にそんなことしては欲しくない」
登ってきた太陽の眩しさに目を細めながら有島は言う
そしてディーテを見ると
「綺麗事だというかもしれないが、自分達の居場所を奪う行為、ましてや相手のも。それはしたくないんだ」
拠り所を失うのはツライだろ?と
それはディーテの大切にする少女に対しても
「それに──、シンイェンではないが、彼女の父親にはちょっと恨みがあるのさ。
なので、私怨でもあるんだよ」
本人は亡くなっちゃってるんだけどね、そう言うと大の字の少年達に向け
「朝だぞー、起きろ、小僧ども!」と声を掛けた
有島と会談を行う為にズーハオが提示した場所は
クローンに近い砂漠のど真ん中
日差しを遮る為に大きな、優に30mは越えそうな薄い布のシェードが張られている
横は何も遮るものがなく、四方を砂漠が見渡せる
誰も居ないよ的なアピールだろうが
「・・・これ、普通に狙撃出来るよなぁ」
と、隅っこに設けられた席で呟く春人
「まぁ、ディーテとイリアがいるから大丈夫じゃね?」
春人の横の席に座る奏が言うと、言われた当の本人のディーテは憮然とした表情で同じく席に腰をかけていた、ひどく不遜な態度で
シェードを支える柱がある真ん中辺りでは、会談の席が設けられ
有島とイリア、その後ろに控えた神崎
向かいには、細い目の飄々とした男、あれがズーハオだろう
そして、その後ろに並ぶのは枯れ木のような老人達と
その老人達に捕まってあたふたしてるさくら
「あのくそじじい共・・・」
物騒な言葉を口にするディーテに、珍しく同じ思いを感じた春人だった
「嬢ちゃん、名前は何というんじゃ?」
「さ、さくらです・・・」
「さくらというとアレじゃの、あの薄ピンクの花じゃな」
「うんうん、嬢ちゃんの頬っぺたの様な色の」
「えぇっーと・・・、」
「そうだ!、菓子でも食わんか?」
顔面をひきつらせているズーハオの、背後で繰り広げられている会話に、流石の有島も唖然とする
「話を始めないのか?」
そう言ったのは、そんな事は気にもとめないイリア
「う、うん、そうだね」
なるべくそちらに意識を向けないように有島は努めて言う
ズーハオも気を取り直したのか、話し始める
「まずは、ご足労ありがとうございます。砂キツネの総隊長殿」
「堅苦しいのは苦手なんで、有島と呼んで貰えれば」
「では、私もズーハオと」
そう言ったズーハオは続けて
「率直にいいます。我らフォンフェオンは現在、頭領であるシンイェンを廃す為、エテジアに兵を送ろうと思っています」
頷いた有島は続きを促す
「そこであなた方にはそれを見逃していただきたい」
今朝、ディーテが言った通りのことで、有島の意見は決まっている
「──了解した、私達が介入することはない」
何の条件の提示もなく承諾を受け入れられたことに驚くズーハオ
「むしろ必要なら物資の用意もしよう」
さらにそう付け加えた有島に今度は不審の目を向ける
「──何故?」
ズーハオの態度に、そりゃ不思議がられても仕方ないよなと、
口の端をすこし歪めると言う
「──私怨かな、ヒショウという男への」
「──ヒショウとな?」
さくらにあれやこれやとお菓子を進めてた老人の内の一人が言う
「老リュウ?」
後ろから告げられた言葉にズーハオが振り向く
「ズーハオ、お前は・・・・。 ヒショウはシンイェンの父親であろうが!」
「──ああ!」
そんな10年も前に亡くなってる人なんか覚えてるかよ・・・と小声で言うズーハオ
「何か言ったかの?」
「いいえ」
老リュウと呼ばれた老人は、有島に視線を向ける
遠くを見るように
「──お前は、
ショウカンが拾ってきた坊主か・・・?」
懐かしい名前に有島は目を細めた
25年程前、戦争孤児となり砂漠で死にかけてた少年はショウカンという男に拾われた
彼は少年にショキと名付け、実の子のように迎え入れた
そんなショウカンの実弟がヒショウである
ヒショウは次の頭領として決まっていたショウカンを嫉妬の為に殺害し、ショキをも殺そうとした
だがショキはなんとか逃げのび、砂キツネの部隊に救われ、カレッジに住む有島夫妻の元にたどり着いた
それが今の有島である
「──ショキ、と言ったかの?」
老人の記憶力に驚いたが
「私は有島 二郎と言う、砂キツネの者ですよ」
そう言い切る有島に
「・・・そうか」と老人はそれ以上何も言わなかった
そのヒショウは病気で亡くなった、10年前に部隊を継いだ有島には間に合わなかったのだ
それならばシンイェンに一矢でも報いれればと、
「坊主憎けりゃってやつだね」
イリアは表情も変えず相変わらず無言のまま
後ろで会話も聞えていたであろう神崎はきっと何も言わない、そういう男だ
言葉の端々に何かを感じ取ったさくらは戸惑ったような顔をこちらに向けていた
そのさくらに優しく笑うと
「ご老人方、そろそろさくらを解放してやってくれないだろうか?」
老人達は渋々といった感じでさくらを解放する
もちろん、後で招待する約束を取り付けてから
一度こちらを見たさくらは、そのまま三人の方へかけていった
「嬢ちゃんが、居なくなってしもたのなら用はないのー」
「そうだなぁ、引き上げるか」
「そうするか」
そう老人達は口々に言うと、端に控えていた男に戻る旨を伝える
そして、ズーハオを見、
「わしらは戻るぞ。
後は全部お前に任せた」
そう言うと、男が用意したジープに乗り込み
日差しを遮る為だろうか、ファンキーなサングラスをかけると
ジープを運転し颯爽と去っていった
「色々と、本当に色々とありがとうございます」
それは提示した話のことだけではないのだろう
有島は少し笑うと
「なかなかてごわい老人達だね」
「手強いどころか・・・」
色々と苦労しているのか、そんなに歳も変わらないはずのズーハオの黒い頭髪には白いものが目立つ
そして白いで思い出す
「ズーハオは、皇帝に会ったことがあるのだろ?」
白い髪、赤い瞳を持つという皇帝
「ええ。 それはもう・・・男でも驚くくらいの美形ですよ。
うちの頭がメロメロになるのもしょうがない」
ズーハオが頭─と呼ぶ声には、全く嫌なものは感じられない
その響きが気になり
「ズーハオはシンイェンを引き下ろすのには反対なのか?」と聞くと
「もう、15年近くもずっと側で仕えてた訳ですからね」
情も湧きますよ、そう言うと少し寂しそうに笑った
有島は話を戻すと
「しかし、どちらにしてもシンイェンはエテジアの、帝国の庇護下に居るわけだが、
そこに兵を送るとなると帝国にケンカを売ることにならないか?」
「そうなんですよ」
ズーハオは腕を組むと、困った顔になる。
「穏便に帝国が頭領を引き渡してくれればそれで済むんですが。」
怖い人ですからねー、あの皇帝。とズーハオは言う
「まぁ、そこはおいおい考え方ますよ。
とりあえずは、あなた方との交渉が成立出来たことだけでも良しとします」そう言いい、
差し出された手を、有島も握り返した
「そうそう、良ければクローンに来ますか?
街自体が迷路みたいになっているので、若い人達にはきっと楽しいと思いますよ?」
「──!!」
それは禁句だ!と思った時には遅すぎた
「マジ!! 行く行く!、超行きたい!」
・・・・そう、遅かった
離れているのに、何故そういう事だけは聞きつけるのか?
同じ様な手を少年に使たことのある有島は
こうなると、止めるのめんどくさいんだよなぁ
というか、止められないよなぁ
さあ、どうしよう。
と頭を抱えた




