表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6049日  作者: サグマイア
9/10

ふれ合うためにすべきこと

「怖~い!葬儀場に響く少女の叫びだって~」

「結局ネットの主役になってんじゃねぇか」


お葬式の翌日、イタルが出直してきた。ワンコをおんぶしたままでかなりシュール。ダサくないイタルはイタルじゃないから、ダサくしてくれるワンコにも感謝してる。

「金髪!?」

「抗癌剤やめたからな。せっかく生えてきたし、お前を後ろに乗せるならこんくらいは要求されると思ってよ」

「金髪はやり過ぎ…にしても身長伸びたね」

「夢叶うといろいろできるんだよ」

脳腫瘍を克服した生後7500日のイタルは、当然パジャマじゃない。ライダースーツでヘルメットも持ってた。別に警察につかまらないのに。

私は私で家に寄って、服を全部持ってきてお気に入りのコーデをイタルに見せることができた。でも、親が弁護士事務所に通いつめてる隙にしか帰れないし、私の姿は生後6000日のまま。老けるよりマシだけど、どうも落ち着かない…

「あんたタバコまで吸うの!?」

「そりゃな。でも、悩みがあってよ。いくら吸っても線香の味なんだよ。流石にタバコは仏壇に供えてもらえないからな」

「それでいいってか線香吸えばいいじゃん!」

「線香にフィルターはないだろ!まぁいいか。タバコと違ってスミレの匂いを邪魔しないからな」

「うえぇ~変態発言!仏の境地はまだ先みたいね!」

「うるせーよスミレの花だよ。供えてもらってんだろ」

お互い供養してもらってる。私の家族と友達も、イタルの家族みたいに前に進もうとしている。たけど、それが引っかかる。

「そいや、スミレの夢って知らなかったな」

「ん~、まずはあの野郎に死刑判決を下して、体育大学出て女流雀士になって、体でも頭でも今度こそココロに勝つ」

「後半滅茶苦茶だけど憎しみだけは一直線だな」

「あんたなんか余計グレてんじゃん」

「お前も回りくどいんだよ彼氏がほしかったんだろ」

「情念読むな!旅行したい!今からバイクで富士山頂行け!」

イタルのバイクは無茶をやってのけて、線路から水面まで走り抜けた。それでも私の忠告はちゃんと守って、女子のプライベートゾーンだけは避けてくれた。




だからってわけじゃないけど、イタルが成仏に近付いてるような素振りを見せるようになった。

「あのばあちゃん、挨拶してきたな」

「え?どこにいた?」

イタルだけに、亡くなった人が見えてきた。私はどんどん置いていかれる。

「私だって大人の姿に、晴れ着とか、ドレスとか…着てみたいのに。

私が悪い人間だから?サクラやってオヤジを騙してたこと、イタルだったら許さない?」

「そりゃやられたら怒る。そんで謝ってきたら許す。

なあ、俺だけいい奴のふりして、黙って信じさせたまま死んでよ。俺のほうがスミレに許してもらえるか不安なんだよ」

「だってイタルはいい子じゃん。実際に本人に言って、読めるところに書いて、包丁で刺してくる奴がいるんだよ?」

「何がいい子だよ!思うだけでもどれだけ怖いことになるかわかんなかったのかよ!俺はあの狭い世界で、家族と病院に見離されるが怖くて黙ってたんだよ!病気じゃなくても同じだったはずだ」

子供にだって悪がある。それは大人の想像以上に残酷なもの。イタルが言うように、懺悔する相手を選ばないとあっという間に孤立する。私はそれに加えて、知らない相手に懺悔しようとして、最悪な人間を選んでしまった。

私達は、お互いの悪を見せ合ってから、励まし合って、助け合った。

そして今も一緒にいる。でも、なんとなく来た海で、友達に恵まれた私のほうが、寂しく生きたイタルと二人きりだと思ってる。イタルはちらちらと、見えない誰かを目で追ってた。

「ねえ何が見えるの?見えるんなら、私のことはちゃんと見えてる!?」

イタルの前から消えてしまいそうで、つい声を荒らげてしまった。イタルも前のように誰がいたのかは答えなくなって、ただ私を抱き寄せる素振りだけをした。消えたくなくて、一緒に泣いてた。

その日は、死んでから42日目だった。




死んで、イタルと出会ってから49日目。私は高速の路肩で、バイクに乗って一緒に行こうとするイタルを見送ることにした。

「イタル、夢叶って、おめでとう。だから先に行って。私が遺した悲しみは、49日じゃ終わらない。それに、イタルがいたから、今日までずっと悲しみから逃げてきてた。

私がイタルみたいに最期の姿から次の姿になるには、どれだけかかってでも、一人ももれなく傷が癒えるまで、みんなの悲しみに寄り添わなきゃ…」

「一人で考えるなよ。苦しいなら、俺が閻魔の舌を抜いてでもスミレを救うって言っただろ」

「だからダメなんだよ!それじゃイタルが地獄に堕ちるってことじゃん!せっかく叶った夢を、イタルが生まれた意味を台無しにしたくない!イタルのために、強い心を持って向き合うって言ってんだよ…」

イタルがバイクを降りた。もう私の肩に手を置いて抱きしめるふりしかできない。

「泣きながらそういうこと言うなよ!なんなんだよ、今になって。俺に未練残せって言いたいのかよ!

スミレに会えて、夢をいくつも見られるようになったってのに、一つ叶ったら終わりなのかよ!」

「だから死んじゃいけなかったんだよ!イタルには、仕方ないなんて言わないで、どんな病気でも治してほしかった!私だって、見栄っ張りのくせに、情念とかなくても仕草で何でもバレバレなイタルに会っていれば、死ぬことなんかなかった!

イタルの新しい夢って何?私を抱きしめたい?キスしたい?…私のウェディングドレス見たい?今のままじゃ、その夢絶対に叶わないよ。

そもそも、私とイタルは出会ってもいないんだから。勘違いすんなよ最初からいい話なんかじゃないんだよ!」

これで私の強がりは尽きた。星座も、干支も、あるんだったら命日占いまで同じ二人。今度はイタルの強がりを聞きたい。でも、イタルは何も言えないで泣くばかりになった…

「シンジに謝るんだから邪魔なんだよ。あっち行けよ…」

イタルには私しかいないようなもので、私のために人を殺そうともした。そんな奴を突き放した。今の私は

、悲しくて泣いて震えてるんじゃない。49日前と同じ恐怖で震えてる。

少しも顔を上げられない。首が据わってなくて、目の据わったイタルが、酸素吸入チューブで首を絞めて、メスで刺してきそうだから。一度逆恨みで殺されて、今度はストーカーに、同じ痛みと苦しみを加えられるかな?私がそれを望んでると思ってるなら、お前は最低最悪な男だよ。

お葬式の時の言葉、本気にすんなよ。私はウジ虫野郎が今でもずっと大嫌い。そして、夢を叶えたイタルのことが大好き!

怖くて俯いてるだけだけど、伝わって!情念なんて堅苦しいものじゃなくて、もっと単純な気持ちなんだからさ。お願いイタル!前を向いて、生きて!…あれ?私は今なんて念じたの…?

顔を上げると、イタルは目を赤くして怒ってた。子供みたいに、そっぽ向いて、頬を膨らませて。

「じゃあ、トンネルでかわいい娘が一人でいたら、バイクの後ろに乗せていいんだな!?」

「負け惜しみか!にしてもさあ、言うようになったなあ。49日目で一番ムカついた!そんなことしたら包丁持って追いかけてやる!」

私と目を合わせないイタルが前を向いてることがうれしくて、言葉とは真逆の笑みがこぼれる。そう、負け惜しみを言ってるのは私のほう。やっぱり後悔してる。イタルがたどり着く先に私も早く行きたい。

「いつでも来いよ」

イタルはワンコの首輪からぬいぐるみを取って私のバッグに押し込んだ。

イタルのためにも、遺した悲しみに向き合うつもり。でも、私が思ってるほど強くなかったら、また誰かを呪って傷付けるなら、イタルが作ってくれた逃げ道に頼っちゃおう。もし、逃げたことで次の私に重い宿命がふりかかるとしても、私は逃げない。今の私と違って、みんなと立ち向かえる気がするから。

「先に生まれたら許さないよ。また同じ日に生まれてきて、今度こそ、抱きしめてやる…」

「もちろん命日は別でな。でも刺されるのは嫌だな…あ!世界的レースに出場してド派手にクラッシュするところを見届けてもらえばいいのか!」

「またそういう減らず口を言う!プライド捨てろ~!」

最後の最後で調子に乗りやがって。これでお別れなんて絶対に許さない。

イタルはバイクを発進させたけど、肉眼で見える距離でバイクを停めて、ワンコの首輪につけたもう一つのぬいぐるみが風で飛ばないようにポシェットに入れた。やっぱりダサいところが見れて、スカッとした。

今度こそ先に行くイタルの姿が見えなくなるまで、そのカッコ悪さに目が離せなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ