Violet Girl/赤に憧れた青
「ほら私って中学でバスケやってたじゃん。170もあると年相応のコーデはサイズ限られてきてさぁ…」
「いいじゃん!スミレはOLとか海外モデルが着てるのもいけるしメンズも様になってるし!私もカッコいいの着たいから身長分けてよ~」
「おいミチャしれっとババアの上に男って言ってね!?」
「違うよスミレが好きだから~!」
「でもさ、見てみ?女子高生にこれ買えるか…?」
親はスミレと名付けた。プーちゃんよりマシだけど、私には地味な色に思えて仕方なかった。花言葉も、何か違う。
小学校ではピアノと書道、そろばん。中学からは運動に熱中して、バスケのポイントゲッターになったし、ダンスではソロパートを任せられるようになった。自慢じゃないけど友達は多かったし、男子は敬遠してくるから私から絡んでやった。
私は親が願ったスミレ色の人生から一歩進んでいる。それを自負してた。
「お金ほしいな~…」
私にも表と裏がある。裏は親にも勝った気でいる生意気な一面と、絶対にいる私の敵から目を逸らしているところ。その夜は、見ないできた学校裏にアクセスしていた。
「女子限定高額バイト?月35って、怪し…」
そう思いながら、つい見てしまった。在宅でできるマッチングアプリのサクラだった。別の女でもいいから裸の画像を使っておじさんをプレミアムコースに誘い込み、何度も焦らして高額課金させればいいようだ。高校生でもギフトカードを作ってそれに入金させれば親にバレずに稼げるようで、条件は指定のアカウントの紹介で入会するだけだった。
海外モデルが着てた最新作も手が届く。出費がかさんでたファンデにも困らなくなる。中学から乗ってた自転車を新しくしよう。3万もするオーディオも買って、ピアノは嫌だったけどキーボードやってバンド組むのもありかな。それから遊園地の年間フリーパスも…警戒がなくなって、もう楽しくなってきた。
指定されたアカウントにアクセスして、登録を済ませた。日付が変わって占いが最下位になったけど、弾む気持ちで眠りに就いた。
翌朝、登校して席に着いた途端にユリが駆け寄った。
「もしかして、これってスミレのこと?」
金欠Sおばさん…肉便器ルート確定…女子の言葉も男子の言葉も、私という餌で魚のように跳ねていた。
「ユリ、なんでSおばさんがすぐ私になるんだよ…」
「ココロだって、私の友達だから…」
ユリはすぐに主犯を教えてくれた。ユリを睨むのは違う。いつもなら男子もビビらせられる目でココロを追ったが、すぐに学校裏にいるであろう男子達の視線が刺さった。脇と脚が閉じる。それからは休み時間になると鏡を見るふりをして涙目になっていないか確認していた。
夜になると、気持ち悪いメールが届いていた。頭に来る。絶対に会ってやらない。ただ、騙されて悔しがる顔を想像すると悔しさが晴れた。ついでに稼いで、いいものを買って、ココロの企みを無駄にして後悔させてやろう。
私は欲深なメールに返信してやった。浮かれさせてから落とすのが楽しくなってきた。稼ぐには私からも誘わなければならない。どうせこんなアプリをやっている男だからと、罪悪感もなかった。
翌月には、ギフトカードに12万円分のポイントが入った。私は目を丸くしたけど、同時に思ったのが、これだけやっても最高額の3分の1しかくれないという不信感だった。男に合わせて、深夜や早朝にも相手してやったのに、割に合わない。さらに、ただでさえOL扱いされる顔が、化粧を落とすと嫌になるくらいに老けてきた。最初から負け試合だったんだな。きっとココロに笑われてる。
「ココロ、お前30万くらい出せるだろ?」
「スミレちゃん、どうしたの?怖いよ…」
男への返信が適当になり、報酬は翌月には3万円に、その次の月には2千円に減っていった。そして、さらに次の月に、プレミアム会員のクソジジイにサクラだと摘発されて、善良なアプリの信頼を損なった罰金という名目で24万円も請求された。
「私だって裏は取れるんだよ」
ココロは怖がる演技の裏で絶対に笑ってる。それは自分が一番理解してる。裏が取れず、ただ一人旨い話に騙された未熟なガキだからこうなったってことを。
「スミレちゃん肩肘張りすぎなんだよ。スミレちゃんらしくいればいいんだよ」
ババアが女子高生らしくするな。同じテリトリーで人気を集めるな。そういう意味だろ?本当はババアどころかガキなのに。私は怒りが通じない時の次の手段を知らないわけではない。でも、それをこの女に使ったら完全に負ける。いや、親に反発して大人ぶってたら、学校でも頼られるようになって、16の女にして、その手段を完全に失ってしまったんだった。
請求は期限が過ぎたからと29万に増えた。勝手に別のアプリに登録されて、また知らない男から誘いのメールが来る。そいつらは知ってるかのように、30万で私を買いたがる。
もし、家に誰か来たらどうなるの?怖い。気持ち悪い。それなのに、金の味がまだ恋しい。いや、本当は金じゃなかった。
「話を聞いてほしい」プレミアムじゃない男性から届いた弱々しいメールが響いた。
子供をあやすのが上手な雰囲気。元妻のDVに遭った上に子供を連れていかれて孤独だという話。男も色々抱えてるって話は、本当に初めてだった。
正直者っているんだな…自然と涙が出てきた。そう、本当にしたかったのはこの出会い。今度こそ私を裏切らない人を見つけた。
「養育費の支払いで大変な中だけど、30万円借りられたから君に会いたい」
無理をさせちゃったことが申し訳なくて、連絡先を教えてからテレビ電話をかけた。169cmだと彼は言ったけど、私が甘えるには十分な大人だった。
彼に会う約束をした数日前から、メイクは疲れが見えない程度にして、毛染めスプレーをやめて、キャラ作りに用意したけど使っていなかったスミレ色の眼鏡をかけて登校した。メイクで隠しても、疲れたOLっぽさが漂う。でも、負けたわけじゃないことはすぐに理解した。
ユリもミチャもツバサも、他の男子も教員さえも注目してくる。
「眠くてメイクサボッただけ」
そう答えるだけでも皆が心を動かしていることがわかる。ココロとは違う世界、不潔で嘘しかないあいつのテリトリーから望み通りに抜けてやった。脅しも暴力も涙も使わずに、悔しがるお前が見れる。これはもう快楽の世界だった。
「今日は朝余裕があったから」
彼に会う日は、髪はダークブラウンにして、メイクも少し気合いを入れた。勉強道具よりも衣類が多く、皺にならないようにするのも苦労したから、余裕と言った割に登校はギリギリでユリとツバサが笑ってた。
男に会ってたと学校裏の連中に笑われないように、下校時に体調不良を装った。病院に行くと行って電車に乗って、私を笑う目を撒き切った。
待ち合わせた駅のトイレで着替えて、制服をコインロッカーに隠す。これでもう大人。
あなたが車のドアを開ける。後部座席の荷物が多かったのは意外だったけど、消臭できているあたりが大人だと感じる。
「シートベルト締めてね。警察に見つかるから」
警察と言われて自分の立場を思い出す。そう、まだ女子高生。夜景を一緒に見たら、あなたの胸で泣きたくて仕方がなかった。
「どこの夜景を見るんでしたっけ…」
スマホで位置を検索しようとすると、あなたは私からスマホを取り上げて運転席のシートボックスに投げた。楽しみにしてほしいのかな?それにしても、乱暴…
「どこに男が隠れてるんだよ」
「何の話ですか?」
「金用意した途端にこれだ。お前も美人局なんだろ!」
夜景のために溜めていた涙が止まらなくなった。どうして優しいあなたが一度美人局に騙されてるの?きっと元妻にいじめられて辛かったんだね。でも、悪いのは元妻とその女であって、私じゃない。
「騙されたのは私です!お願いだから、みんなこれ以上裏切らないでよ…」
でも、私が一方的な被害者だったわけじゃない。私は親に黙ってサクラで稼いで、汚い金で高い物を買っていた。だからって、これほどの仕打ちが必要なの?
「ねぇ…あなたのこと内緒にするから、家に帰してよ…」
「それはお前みたいな悪い女を生かしておく理由にはならないな」
体格は同じなのに、スポーツもやってたのに、映画の女優みたいに戦えない。それが一度でも信じた相手だと、余計にそうなる。車が山中で停まるまで、ただ咽び泣くことしかできなかった。
あなたが車を降りても、逃げなかった。確かに腰は抜けてたけど、サクラをやってた悪い女だから死んでいいって思ったわけじゃない。あなたは優しくて、心変わりしてくれるはずだから。
そう思った時には、助手席の後方からロープを巻かれて、私の首は絞まっていった。
時計がぼやけてきた。耳鳴りがする。涎も出して…下品だけど、あなたを誘ってるみたい。だから最期に、化粧直しだけさせて…
首をほどいてもらって、助手席のシートが横になった。ほら、やっぱり心変わりしてくれた…うれしいな…
ねえ、なんで包丁なんか持ってるの…?