情念と呪い
今の私達を動かしているものは、情念なのかもしれない。イタルを見ればよくわかる。口では嫌がってても、自分のお葬式に私を連れてってくれたり、ちゃんと自分の首を据わらせたり。そして、新しく生まれた情念も感じ取れる。イタルが男になっちゃうな。ちょっと怖いや。
私は今、情念であの男を捜している。イタルのことを怖がっておきながら、あの日のことを、痛みや寒さ、寂しさを思い出している私は、殺された時の姿になっちゃった。
「スミレ、どうしたんだよ」
「あんた誰よ?今はあいつのことで頭がいっぱいなのよ」
余計なことを考えたら、情念が途切れてあいつに会いに行けない。復讐は二の次。会って確かめたい。私が報われるには、あいつを避けることはできないから。
「見つけたよ。これであなたに会える…」
あいつから、あなたになった。あなたは仕事中もずっとビクビクしていて、マンションで一人になると、座るか歩くかのどちらかになった。
私があなたに抱く情念で最も強いのは、憎しみでも寂しさでもなく、疑問。あなたは警察にバレる恐怖でこうなっているのだろうけど、微かでもいいから、私に謝る気持ちがあってほしい。
「こうなるってことを考えてほしかった」
あなたが驚く。気付いてもらえたと思ったけど、あなたのスマホが鳴っただけだった。あなたは留守電に切り替わるのを待ってから着信に応じた。
「モグか、メグミかと思ったよ」
「ママはあっちで動画見てる。パパ遊んでよ…」
親って子供に変なあだ名つけるよね。私はプーちゃん。おならみたいだって怒って、カーテンレール破壊してやめさせたのを覚えてる。でも、そう呼ばれるのも愛されていたからなのよね。
「ねぇ、私はあなたが優しい人だって理解してるんだよ。私はそれでも殺さなきゃいけない存在だったってこと?少しでもいいから、私のことも考えてよ。私だってあなたを殺したい気持ちもあるよ?でも、何倍も苦しめなんて言わない。同じ苦しみでいいから。そしたら、今度こそ私に優しくして…」
「お前何勝手に電話してんだよ!」
その尋常じゃない剣幕で、私の情念は電話の先に行ってしまった。モグの母親がスマホを取り上げる。
「あのクズかよ。ちゃんとお前からも金払えって言ってやったか?」
モグをお前呼ばわり。私は女がモグを蹴ったりしないように庇う。でもどうせすり抜けるから、ただ女がモグに何もしないように願うだけ。
「知らないお姉ちゃんがパパに謝ってって言ってた」
「サイテーだな。もう女連れ込んでんのかよ。お前も愛情失ってんな」
モグに気付いてもらえたことがうれしかった。そして、モグの情念が私にも伝わった。こんな小さい子なのに、孤独で、絶望してるなんて。一緒にいてあげたい…
私がモグを抱きしめようとすると、モグと私の間にエネルギーが割って入った。それは上階を突き抜けながら私を屋上へ連れていった。
「何すんのよあんた!」
状況を理解できない中、イタルが何かを探していた。
「スミレ、包丁をどこに隠した?」
「何?知らない…何のこと?」
「本当にわかってないのか?お前、あの男じゃなくて、子供の首を切ろうとしてただろ!」
言葉を失う私に、イタルは続けて言った。
「スミレを殺した男の面、拝んでやったぜ。警察が動くのも時間の問題だし、あいつは既に地獄の苦しみを味わっている。放っておこう」
「逮捕まで、裁判まで、あいつが死ぬ時まで待っていなきゃいけないの?そしたら、私はずっと苦しむんだよ!」
「また呪ってもいい。でも今度は子供が見てないところでやれ。あと一人でやるな。危なっかしい」
そう言うと懐から鋏とチューブ、空気が入った注射器を捨てた。それは地面に落ちる前に消えた。
イタルは私の情念を捜すために、見ず知らずの男を殺そうとしていた。今度は首じゃなくて目が据わってるし、やっぱり怖い。
「ああ、思い出してきた。お前絶対胸触っただろこの色情霊が!」
「やめろよおいまだ包丁見つかってないんだからよ」
小さいくせに、怖いのに、私はやっぱりこいつに頼ってる。