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第9話 セルティンおばさん

 人、人、人!!


 何万人の観衆の前で俺様はポージングを決めていた。

 大勢の人が俺様の筋肉を見るために集まっているのだ。

 俺様は円筒のお立ち台の上に立ち、スポットライトは全部俺様に集まっている。


「デカイ!!」

「バリバリ!!」

「キレテルね!!」


 みんなが俺様を褒める。筋肉は褒めると嬉しくなって成長するのだ。もちろん俺様だって嬉しい。

 デカイは筋肉の量で、バリバリは薄い皮の事だ。キレテルは血管が浮き出ている意味がある。

 筋肉は素晴らしい。鍛えれば鍛えるほど肉体は答えてくれる。もちろん、きちんと運動と食事は管理しないといけない。


 今すべての視線は俺様に集中しているのだ。熱い視線で俺様の身体はロウソクのように溶けてしまいそうである。

 脳内麻薬が分泌してハッピーな気分になっているね。口から涎が垂れて、股間が熱くなってきているよ。

 すべてはこの舞台に立つことが夢だった。俺様の願いが叶ったのだ!!


 ぷく。


 なんか腹が痛くなってきたぞ。おかしいな、便所に行かないように丸一日絶食して、下剤も飲んだから中身はからっぽのはずだ。

 視線を落としてみると、俺様の腹が膨らんでいた。まるで妊婦のようである。

 いったいどうなっているんだと混乱するが、さらに異常事態が起きた。


 俺様の身体が宙に浮いているのだ。別にワイヤーで吊り上げられているわけじゃない。

 すーっと地面から足が離れていくのだ。なにがどうなっているんだ!!

 俺様は叫ぶが誰も助けてくれない。みんな困惑した表情を浮かべており、行動に移せないようだ。


 ぷくぷくぷく!!


 さらに腹が膨らんだ。まるでアドバルーンである。そもそも人間の身体がこんなに膨らむのか!?

 俺様はマウンテンゴリラの亜人だけど、腹がカエルみたいに膨らむなんてありえないぞ。

 ああ、身体が回る。頭が地面を向いている。地面がどんどん俺様から離れていくのだ。助けてくれ!!


 ばちん!!


 俺様は飛んだ。屋根まで飛んだ。屋根まで飛んで、弾けて消えた。


 ☆


 俺様は衝撃を受けて目を覚ました。目から星が出てきそうな気分だ。何が起きたと思ったら、目の下には絨毯が広がっている。

 どうやら俺様はベッドから落ちたようだ。ふかふかの羊毛ベッドが目と鼻の先にあった。

 普段の俺様は寝ぼけて転げ落ちるわけじゃない。今日は悪夢のせいだな、まったくいやな夢だった。


「おっはよ~」


 女性の声がした。どこか軽そうな感じの声だ。使用人は俺様を起こしに来ない。コンシエルヘ叔父さんが起こしに来る。

 どこから声がしたのだろうか。俺様はきょろきょろと辺りを見回してみた。

 するとベッドに羊の頭がひょこっと出ていた。一見はく製に見えたが、温かみがあり息をする音が聴こえる。


「ひさしぶりだね、アミスター」


 それはセルティン叔母さんだった。叔母はアラゴネセといい、スペイン最古の羊の亜人である。

 年齢は36歳で結婚して家を出ていた。たまにこちらに遊びに来ることが多い。

 でもなんで俺様の部屋のベッドから首を出していることが理解できないぞ。


「あっはっは、昨日用事が終わったんだけどね。もう食事は終わっていたからベッドになっていたんだよ」


 叔母さんはなんでもないみたいなことを言っているが、俺様は理解できていなかった。

 どういう理由で俺様の部屋に忍び込み、ベッドに変身して寝ていたのかさっぱりだ。

 この人は昔から知っているけど、未だに性格がよくわからない。


 叔母さんはむくりと起き上がると、ベッドが見る見るうちに小さくなった。この人は体毛スキルといい、自分の体毛を自在に操れるのだ。

 ベッドに化けるなどお茶の子さいさいである。そもそもベッドになる意味があるのかと問いたい。

 こう見えてもフエゴ教団では一週間の騎士という、特別な役職についているから、有能なのは間違いないだろう。


 セルティン叔母さんはすっかりスリムになった。首の周りと胸の辺りだけに白い羊毛が巻かれている。

 36歳だが子供をひとり産んでおり、経産婦とは思えなかった。アモル兄貴は全体がふっくらしているから、個人差があるだろうな。

 

 ばたんとドアが開いた。コンシエルヘ叔父さんだ。怒気を含んでいる。

 俺様にではなく、セルティン叔母さんを睨みつけていた。

 そう言えば叔父さんたちはいつも言い争っていたっけ。主に叔母さんは怒られていたけど。


「……セルティン。なぜアミスターの部屋にお前がいるのだ」

「おはようコンシエルヘ兄さん。なぁに、甥とのふれあいだよ。だって見なよアミスターの身体を。フエルサ義姉さんに似て筋肉がもりもりじゃない。その筋肉をあたしの体毛の上に寝かせるなんて、興奮してきちゃったよ、えへへへへ……」

「気持ち悪いな、叔母さん!!」


 俺様は普段は温厚だけど、さすがに叔母さんの言葉はないわ。いや、温厚なのは本当だよ。バリエンテにおやつを横取りされても怒らないし。別に嫌いなお菓子だからあげたわけじゃないよ。ちなみにフエルサは俺様の母親の名前だ。

 セルティン叔母さんはへらへら笑っているけど、叔父さんは笑っていない。もうゴミを見るような目だ。

 叔父さんの右手が叔母さんの首を容赦なく掴んだよ。


「ぐえええええ!! 兄さん離して!!」

「離さない。このままアモルの前に引き渡す。精々説教されることだな」

「ひぃぃぃぃ!! やめて! あの子は子供を産んでからすんごく厳しくなったのよ!! 兄さん助けて!!」


 セルティン叔母さんは泣きながら訴えるけど、叔父さんはスルーした。

 叔母さんを容赦なく首を掴み持ち上げていく。叔父さんは羊の亜人だけど結構腕力があるのだ。

 アモル兄貴の説教は俺様でもきつい。でも同情はしないけどな。


 ☆


「……というわけで最近能力者が増えたわけよ」


 食堂で食後のコーヒーを飲みながらセルティン叔母さんは説明する。

 ああ、きっちりアモル兄貴に叱られたよ。正座させてね。その一時間後に開放されたのさ。

 あとで叔母さんの子供が迎えに来るから、早めに切り上げたのである。兄貴も結構甘いんだよね。俺様なら丸一日説教タイムに突入していたから。


「能力者……。先天性のスキル持ちが増えているのですね。それを悪用する子供がいると」

「そうなのよ。それもサウスコミエンソの人間がほとんどね。あいつらの中には純潔の人間至上主義が多いわけよ。だから亜人種は皆殺しにしたいと願っているわけね」

「もう純血など無意味なのに……。こだわりで自分たちの首を絞めるなんてありえないわ」


 アモル兄貴はセルティン叔母さんの話を聞いている。これは昨日フエルテの兄貴も呼ばれた会議での内容だ。

 コミエンソはフエゴ教団の本拠地である。東側は海に面しており、本部は中央にあった。

 中央は箱舟の住人と呼ばれており、200年前から純血を保ってきたという。


 そして北、西、南と居住区が分かれている。

 北は俺様が住む人間と亜人のハーフが住んでいる。

 西は亜人同士で、南は人間同士だ。初めはオルデン大陸にある各村の子供たちを集め、教育し、結婚させて子供を作らせていた。

 今でも毎年10人の子供を引き取っている。区別するのは実験のためだ。


 100年前だと異なる村同士の婚姻はこのオルデン大陸、レスレクシオン共和国では禁忌扱いだった。よその村の人間の血が混じるのを異常なまでに忌み嫌っていたのだ。

 亜人は村長の子供をよその村へ嫁がせたりしており、それほど嫌っていない。なんでも偉大なるミカエルヘッドというビッグヘッドの指示で動いていたそうだ。

 オルデン大陸に住むアライグマやヌートリア、インドクジャクにイノブタ、ヤギなどは外来生物と呼ばれ、この国にはいなかった。

 だがキノコ戦争のせいで在来生物は死に絶えた。その代用品として前記の動物を持ち込み、貴重なたんぱく源に変えたのである。司祭学校で習ったことだ。


「サウスコミエンソの連中はそんなに俺様たちを嫌っているかねぇ。前に遊びに行ったときはそれほどでもなかったけどな」

「もちろん昔と違って今は亜人に対する嫌悪感は薄れているよ。でも問題を起こすのは自身が差別された経験がないのに、相手に対して攻撃的になる10代後半の若者なのさ。家庭や学校でうまくいかない子が現実逃避で、過去の話を蒸し返しているわけね」

「なんだそりゃあ。親の教育が悪いんじゃないのか? 俺様はうろ覚えだけど、親父とお袋には人を差別するな、親切にしろと教わった記憶があるぞ」


 これは人間の善意を信じているというより、自己防衛のためだという。

 いつも意地悪でいじめが大好きな相手よりも、普段から親切で優しい人が危機に陥れば助けるのは後者の方だ。

 もちろん相手が恩知らずな行為に出るかもしれない。それだと忘恩の輩は周りから冷たい目で見られる。自業自得なのだ。


「アミスターの言う通りね。これは親の教育が悪いわね。子供は親の鏡というし。それにコミエンソだと村同士の争いもないし、基本的にのんびりとして暮らせるわ。刺激がほしいから過激な思想にはまったかもしれないわね」

「相手の家庭環境は置いときましょう。ここ最近能力者としか思えない犯行が増えているわけね。もっともフエルテみたいに筋肉の振動で風を巻き起こすのは皆無だけど。爪を伸ばしたり、脚力が異常とかそれくらいね。騎士団が見回りをしているけど、難しいのよ」

「……きちんと司祭学校で教育したわけではないから、スキルの加減も理解できないわけね。とても厄介だわ」


 アモル兄貴とセルティン叔母さんは真剣な表情で話をしていた。

 叔母さんは仕事に関しては真面目なのである。私情だとだらしなく、常軌を逸脱した行動をとるが、仕事が絡めばスーパーウーマンに変身するのだ。

 コンシエルヘ叔父さんはそっと叔母さんの元におやつを差し出す。叔父さんも実力を認めているのである。


「特にこちらでは司祭関係が狙われているわね。こちらが生まれたときから一切の苦労がなく、遊んで暮らしていると勘違いしている傾向があるわ」

「いや、実際は複雑な薬品の調合とか、機械の部品を作ったりとか忙しいんだけどな。フエルテの兄貴だって普段はアモル兄貴の仕事の手伝いをしているし」

「一般家庭だとあまり知られていないのよ。だから妄想が膨らみ、憎しみも増しているわけね。本当に厄介だわ」


 俺様は筋肉を鍛えるのが好きだが、勉強をおろそかにはしていない。アモル兄貴の鉄拳を喰らったからだ。

 司祭は普通の宗教とは違い、各種の薬品精製に従事することである。うちの場合だと火薬精製が主な仕事だ。

 火薬は数が多い。黒色火薬やダイナマイトといろいろだ。それに爆発させるだけではない。火工品かこうひんといい、ある使用目的に適するように火薬や爆薬を加工・成形したものを扱っている。例えば信管・雷管・実包・空包・花火などがあるのだ。


 俺様もある程度の知識はある。まあ司祭学校では様々な常識を学び、実家の仕事は親が教えるのが普通である。それなりに危険を伴う仕事だ。うちでもたまに仕事に失敗して大やけどを負う人もいる。

 他人の家の芝生が青く見えるのと一緒だ。そういう妬みを持つ相手は一番厄介である。

1983年くらいに放送されたアニメ、スプーンおばさんのノリで付けました。

 原作はノルウェーのアルフ・プリョイセンの童話だそうです。

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