第7話 アナーキーインザカンネ
「いらっしゃいませ! エル商会へようこそ!!」
入店後、声をかけたのはライオンの亜人の女性だ。銅鑼を鳴らしたような遠くへ響く声であった。
ライオンとはネコ科の哺乳類である。基本的に体長約2.5メートル、尾長1メートルあるそうだ。ふつう全体に黄褐色で、尾の先に暗褐色の房毛をもち、雄にはたてがみがある。 彼女は雌だがたてがみがあった。
ナトゥラレサ大陸がかつてアフリカと呼ばれていた時代、サバンナに十数頭の群れですみ、共同でシマウマ・レイヨウなどを狩っていたそうだ。
ガルーダ神国の前身であるインド西部のカチャワル半島の森林の一部にも分布していたそうだ。百獣の王とよばれ、力の象徴とされている。
そんな彼女は白いカチューシャを頭に付け、エプロンを着ていた。強者の威圧感がすごく、メイドの格好が不釣り合いに見える。
「やあ、カンネ先輩。お仕事ですか」
俺様はライオンに挨拶をした。彼女はカンネといい、ナトゥラレサ大陸の豪商ハンニバルの娘だ。18歳で俺様たちより2歳年上である。ハンニバルという人は良く知らないが、闘神王国では一二を争う勢いがあるという。
ちなみに店内は客が多い。白くて四角いテーブルに椅子は4脚。それが窓際に7卓ほど並んでおり、十代の男女が種族問わずに座っている。みんなハンバーガーやジュースを手に、会話を盛り上げていた。
「オーッホッホッホ! 当然ですわ!! だってわたくしはエルさまの許嫁ですもの!! 夫の仕事を手伝うのは至極当然でございますわ!! オーッホッホッホ!!」
なぜかカンネ先輩は高笑いをする。どこか芝居臭く、付き合っていて疲れる女性だ。
彼女も普段は司祭学校に通っている。理由は簡単だ。司祭の杖の才能があるからだ。彼女としてはここの商会の会頭、ラタジュニアさんの許嫁として格を上げたいと思っているという。
ああ、説明が遅れたが、このエル商会はラタジュニアという人が経営している。エルはあだ名だ。ラタとはネズミを意味する言葉で、年寄りに多い名前だという。跡継ぎ以外は見た目そのままに付けたり、番号や生まれた場所の名前を付けたりしたそうだ。
なんでも先輩の父親が、ラタジュニアさんの親父さんに命を救われたそうだ。その恩返しに娘を嫁にやりたいと願っているようである。当時の先輩は押し付けの婚約に反発していたが、実際に会って考えを変えたそうだ。恋する女性は変わり身も早い。
ちなみにエスタトゥアの職場もここである。彼女は同僚を冷たい目で見ていた。
アマは「ブレへんなぁ」と感心しており、フェリシダーは先輩に対してうっとりした目付きである。俺様の好みと離れるけどな。
「カンネ先輩。そこに立っていたらお客様の邪魔です。ほら、後ろのお客様も困っていますよ」
エスタトゥアが呆れ顔で補佐した。それに気づいたのか、カンネもコホンと咳払いする。
「オホホ。エスタトゥアさんに叱られましたわ。改めてお客様方、本日は何名でいらっしゃいますか?」
「えっと、3名か。エスタトゥアはこの後仕事だしな」
「3名ですか。それなら相席をお願いできないでしょうか?」
カンネ先輩が訊ねた。席がないのなら仕方がない。素直に従うことにした。
エスタトゥアは着替えるため、更衣室へ向かう。俺様たちはまず注文することにした。
「ご注文は何にいたしますか?」
受付にはシマリスの女の子がいた。愛くるしい姿に心が癒される。6年前はすでに働いていたが、容姿は幼少時から変わっていない。ただしゃべり方は大人になっている。
天井には商品の写真が吊るされていた。様々なハンバーガーとサンドイッチ、ジュースやフライドポテトなどがあり、値段も描かれている。
「俺様はそうだな、納豆を使ったライスバーガーをもらおうか。もちろんジュースもほしいが何がいいかな?」
「それなら豆乳が一番です。納豆バーガーを注文する人は筋肉の維持を気にする人が多いのです」
「ならそれがいいな」
そう言って俺様は注文した。アマは格安で量が多いセットを頼み、フェリシダーはがっつり肉を食べられるものを注文していた。
シマリスが厨房で注文を叫ぶと、カンネ先輩が席に案内してくれた。
この店は注文した後、店員が持ってきてくれるのだ。というかカンネ先輩の唯一の仕事である。一見楽そうに見えるが、接客とは大変なのだ。文句を言う客のあしらいも必要なのである。普通の亜人はライオンに逆らう気はないからだ。俺様の場合は、先輩だから従うけどね。
その点先輩に文句を言うやつはいない。まさに百獣の王、いや女王か。ちなみにたてがみはカツラだそうだ。
「ではお客様、相席で申し訳ありませんが、ごゆっくりどうぞ」
俺様たちは一番端の席に案内された。そこのは先客がおり、ひとりで黙々と食べている。
しかし、俺様がそれを見て驚いた。そいつが食しているのはサンドイッチだ。パゲットと呼ばれる酵母と塩だけで練られた硬めのパンだ。それにレタスを挟んでいるのだが、中身はなんと虫だった。
それもカメムシだ。さすがに生きたままはありえない。佃煮にされたものだ。そいつを黙々とかみ砕いているのである。
「あら、アミスター君たちじゃないの」
相手はホシコだった。サキュバスがひとりでカメムシ入りのサンドイッチを食べていたのだ。
さすがのフェリシダーはドン引きである。逆にアマは面白そうに見ていた。
「なんや、ホシコはんやないの。ひとりで虫入りのサンドイッチを食べとるなんて意外やわぁ」
「ここには友達がいないからね。それに興味本位で入ってみたけど、まさか虫入りサンドが置かれているなんてビックリだよ。思わず注文しちゃったね」
ホシコはむしゃむしゃとカメムシをかみ砕いていた。さすがの俺様も虫を食べるのは無理だ。抵抗する。
本人はまったく気にしないで食べていた。
「やっぱし、生まれ故郷の味が大事なんやね。うちも三角湖で獲れた魚のフライが好きやわ。この店ではそれを挟んだもんも売っとるんよ」
「そうなんだ。やっぱり慣れ親しんだ食事は大事だよね。コミエンソじゃ昆虫食を扱う店が少ないから、どうしようかと悩んでいたんだ。これで安心だね」
こいつは虫が好きなようだ。よく見ると周囲の客も引いている。なぜこの店では虫を入れたものを売っているかというと、遥か北に位置する蟲人王国出身者のためだそうな。
向こうでは大地が汚れ、水も濁っており、まともな畑が耕せず、家畜も死産が多いという。
その代わりに虫を捕獲し、飼育して食すそうだ。ゴキブリを一週間絶食させた後、素揚げにするとエビのような味になるそうだが、試したいと思わないね。
「うーん、俺の婆さんも虫をよく食べていたというが、若い子も普通に食べるんだね。俺軽く衝撃を受けたよ」
フェリシダーは気持ちを落ち着かせると、ホシコに話しかけた。
ホシコは我関せずといった感じで、虫入りサンドを食べている。そこにアマが口を挟んだ。
「おや、うちの村でもほんのちょっぴりやけど、虫を喰うで? イナゴの佃煮とか、蜂の子なんかも口にするわ。結構美味やで。村では月に一度、食卓に出すんや。200年前はろくな食いもんはなかったさかい、感謝の意味を込めてな」
アマが説明した。だからこそホシコを見てもなんとも思わなかったのか。
「そうそう。虫は貴重なたんぱく質だよ。子供の時から口にしておけば抵抗はないね。みんなは虫を毛嫌いしすぎるな」
ホシコは不満そうである。これが他国との食文化の違いだろうか。俺様には理解できない世界である。
「そうですわね。食べれるときは何でも食べる。わたくしの故郷である闘神王国では当然のことですわね」
そこにカンネ先輩が割って入った。仕事はいいのかと指摘したくなるが、客の数が少ないし、いたとしてもすぐに対処するだろう。この人はラタジュニアさんが絡まなければ比較的まともなのだ。
「この世界は弱肉強食ですわ。弱い者は強者に喰われるのが習わしですの。でもその強者も弱者がいなければ生きることはできません。だからこそ強者はいたずらに殺生をせず、時期を決めながら獲物を狩るのですわ。間違っても遊びで狩りをすることは許されません」
先輩の表情は真剣そのものである。
「だからこそ早くエルさまにはわたくしを食べていただきたいですわ! この身はすでにあの方の物ですのに!!」
ずっこけた。一瞬でもかっこいいと思った俺様が馬鹿だった。
アマは素直に拍手をしているし、フェリシダーはかっこいいと絶賛していた。
結局はぐだぐだ話をして過ごした。カンネ先輩はエスタトゥアに絡み、彼女に対して文句を言う客をにらみつけて追い返したりした。
俺様は噂に聞く納豆バーガーを食べることができて、大満足である。ただ臭いがきついのが難点だな。醤油で味付けされ、ネギも混じっているからましだけど。
ホシコは俺様に対して筋肉が好きなんだねと訊ねた。俺様も大好きと答えたが、「それは愛しのフエルテのためなの?」と訊かれた。
いや、確かにフエルテの兄貴は好きだが、愛しているわけじゃない。尊敬しているんだ。だがホシコは俺様と兄貴が肉体関係を結んでいるのかと疑っているようである。
まったく失礼な奴だ。俺様は純粋に兄貴を慕っているんだぞ。俺様の気持ちを踏みにじられた気分だ。
フェリシダーはアモル兄貴の身体は素晴らしいと賞賛しているが、なぜかホシコは無関心だった。男が女に興味を持つのは当然でしょと、切って捨てた。フェリシダーは落ち込み、アマはげらげら笑い転げた。
俺様はホシコに疑問を持ちつつも、この日は別れた。
題名は位置原光Z先生の漫画アナーキーインザJKからです。




