第4話 ホシコちゃん
「初めまして、ホシコと申します」
それは人間の少女に見えた。顔の形は人形のような愛らしさがあり、すらっとした体つきである。紺色の服を着ており、スカートは短く、パンストをふともものあたりまで履いていた。
しかし彼女は異形だった。白い髪は前を切りそろえており、腰まで伸びていた。頭部にはヤギの角が生えており、背中には蝙蝠の羽根がぱたぱたと動いている。スカートからは黒くて細いしっぽが忙しなく動いていた。
コミエンソはおろか、オルデン大陸でも見た事がない種族である。だがアモル兄貴が友達から無理やり渡された本で見たことがあった。
彼女と同じ容姿をしていたのが、確か―――。
「ボクはアマテラス皇国から来たサキュバスです。よろしくね」
とろりと砂糖菓子のような甘い声に、さすがの俺様も理性が揺らいだな。おかしい、俺様は筋肉にしか興味がないのだが。
「……アマテラス皇国なら、あんたみたいな人は珍しくないね」
声を発したのはゴールデンハムスターの女だ。名前はエスタトゥアといい、エル商会で商業奴隷として働いている。奴隷と言っても酷使されているわけではない。親の虐待から守るためだ。自称親戚がやってきて給金をすべてよこせと主張するクズが来ても、騎士団を読んで追い払うこともあるという。
「なんだエスタトゥア。なんでお前が偉そうなことを言うんだよ」
「なんやアミスター。えーちゃんがどれだけの偉業を達したか、しらんわけないやろ?」
アマが突っ込む。えーちゃんはエスタトゥアの愛称だが、使っているのはアマだけだ。使われている本人は本気で嫌そうな顔をしているが、無視されている。
「まあ、エスタトゥアさんですか。あなたの噂は聴いておりますよ。あのキャプテンプラタと一緒に七つの海を旅したとか。その冒険譚はコミエンソの子供たちを熱狂させているという噂ですよ」
ホシコはエスタトゥアの側に来て、両手を握る。有名人と出会えて歓喜しているようだ。エスタトゥアは苦い顔になっている。
ちなみにキャプテンプラタは海賊だ。コミエンソより遥か西にヒコ王国があり、そこを拠点にしている海賊だ。ちなみに船にはイデアル先生の叔母が乗っているそうである。アマの双子の姉も一緒だそうな。世間は広いようで狭いね。
「……旅をしたんじゃない。拉致されたんだ。俺は帰りたいと言ったのに、あのでべその脳筋は無視したんだ。ヒスイさんにイエロさん、ベルフェゴール先生とアトムハート先生がいたからがんばれたんだ……」
エスタトゥアは怒りに震えている。なんでも12歳の時に三角湖のジライア村で拉致されて以来、2年間プラタの乗る船で過ごしたという。
おみやげには世界各国の民芸品に宝石や衣服、様々な調味料に酒がたっぷりと渡されたそうだ。確かアモル兄貴にはバリエンテの座る椅子を渡していたっけ。エスタトゥア本人ではなく主人の方がね。
「はいはい、おしゃべりはそこまでよ。みんな席に戻って」
イデアル先生が手を叩き、興奮で酔っている生徒たちを落ち着かせた。まあ俺様は興味ないけどな。俺様はマウンテンゴリラだけど、人の種族に対して口を出す気はない。
「さてホシコさんはアマテラス皇国から来ました。ただし鳳凰大国経由から旅してきたそうです。北方にあるフィガロからコミエンソまで来たそうです」
さらっと説明したが、フィガロは重要な名前だ。エビルヘッド教団の本拠地のことである。エビルヘッドは人間を憎み切り、人類に対して不幸を願うビッグヘッドだ。そもそもビッグヘッドは200年以上前に人間の手で作られたという。勝手に生み出された怒りがエビルヘッドの源泉だそうな。そのエビルヘッドを崇拝し、他国の人間を攻撃しているのがエビルヘッド教団の信者だ。家や畑を焼き、女子供をいたぶって殺し、法を壊すことに喜びを感じるという。
実を言うとこれは奴らの流言飛語だ。実際はエビルヘッドを目立たせるために、色々工作をしているらしい。オルデン大陸に潜入した信者は自分がエビルヘッド教団と告白した後、村人に殴り殺されることが多いという。これはわざとで神応石を強化するためだという。
神のために命を捨てるなんてありえないと思うが、別の宗教だと処刑された教祖のために殉教する人間がいたそうだ。俺様には理解できないね。
「はい。イデアル先生の言う通りです。教団が運営するビッグヘッドトレインで長い旅をしてきました。ボクのお父さんはインキュバスで、アマテラス皇国を追い出されたためです。フィガロはフィガロで住みやすいですが、お父さんが教団の司教に嫁入りを強要したので逃げてきたのですね。ですから現在フエゴ教団の方々にお世話になっているのです」
ぺこりとホシコは頭を下げた。さらっと流したがこいつはつらい思いをしてきたのだろう。俺様には無関係でも涙がこみあげてきた。うん、俺様は浪花節にも弱いんだよ。
「……あんたの母親はどういう人だ?」
「夜鷹の亜人ですよ。おじいさんはガルーダ神国から移住してきたのですが、向こうでは何世代経ってもよそ者扱いされていました。それにお父さんが皇国のお偉いさんに反骨心を抱いたために、あの国にいられなくなったのです」
エスタトゥアの質問に教室は暗くなった。ホシコは唇を噛んでいる。あまり話題にしたくないのだろう。エスタトゥアは6年もエル商会で働いているのに、気配りが下手だな。
「それにボク自身サキュバスということで嫌われているんですよ。学校でのいじめがひどくて自殺も考えました。お父さんもボクを気遣ってくれたんですが、そのお父さんも自分の身を守るためにボクを……」
また空気が重くなった。もうこの話題はやめよう。イデアル先生も空気を換えるために手を叩いて、話題を変えようとした。
ぺろっ♪
なぜかホシコが小さく舌を出して笑っていた。しっぽが犬のように動いているがなぜかな。
「新しい仲間が増えても、私たちのやることはひとつです。司祭を目指す者に、司祭の杖を望むものです。司祭は知識を蓄え、経験を積めばその道に進むことはできるでしょう。ですが司祭の杖は努力しても報われるわけではありません。むしろ思いもよらぬ方向へ飛んでいき不幸になるかもしれません。ですが、フエゴ教団の司祭学校に通う以上、どちらかを選ばなければならないのです。できれば司祭と司祭の杖がお互いを支えあうのが理想的ですが、こればかりは皆さんの心がけ次第ですね」
イデアル先生の言葉に俺様たちは頷いた。司祭学校は6歳から入学できるが15歳で才能がなければ放逐されるのだ。アモル兄貴の友人の姉も事務処理能力は高いが、どちらにもなれず学校をやめさせられたという。家族から嫌われるようになったが、これは幼女趣味のためだそうな。特にエスタトゥアのように小柄なのが好きらしい。というかエル商会で何度も見た。
ホシコは席に座った。俺様の右側である。
「うふふ。これから君と一緒に過ごせるなんて、わくわくするよ。よろしくね」
「ああ、よろしく」
俺様は素っ気なく答えた。別に強がってないよ。先ほどは甘い匂いにくらくらしたが、もう気持ちは切り替えている。俺様は筋肉が大好きなのだ。特にヘンティル姐さんの筋肉は素晴らしい。白い肌なので筋肉の形はわかりにくいが、努力の結果が光っている。
こいつは可愛いかもしれないが、好みの範囲外だ。それに胸はぺったんこだしな。もう少し大胸筋を鍛えるべきである。
「……うふふ。ボクの胸をじっと見ているね。欲情したのかな?」
ぶほっ! こいつは何を言っているんだ!!
「うーん、ボクは胸が小さいんだよね。でも男じゃないよ。だってオチンチンはついてないもんね」
そう言ってホシコは椅子をこちらに向けて、スカートをまくった。白い下着が丸見えで、男が持つ者は所持していないのがわかる。
「というか女が男に股間を見せるんじゃない」
「えー、いーじゃない。というかアミスターって淡泊すぎ! もっとボクに興奮してくれなくちゃね」
ホシコは俺様に抱きついてきた。もう授業は始まっているんだぞ!!
「……アミスターに、ホシコさん。今日の給食は抜きね」
ほら、怒られた。飯抜きというが、俺様が配膳をし、みんなが食事を終えたら、片づけた後に摂ることができる。
「しょうがないねー。じゃあ、今日はアミスターのミルクでがまんしようっと!!」
そう言ってホシコは俺様の股間を握る。さすがのイデアル先生も怒髪天をついた。
こうして小悪魔が俺様たちのクラスに転入してきたのだった。
題名は星新一先生の小説、ボッコちゃんです。




