第3話 もうれつイデアル先生
「はーい、みなさん。元気にしていましたか~?」
リビアヤマネコの亜人の女性が柔らかな口調で俺様たちに訊ねる。まるで母親が赤ん坊に語りかけるみたいに。
彼女はイデアル、司祭学校の教師のひとりだ。リビアヤマネコというのは南方のナトゥラレサ大陸に住んでいた山猫だという。過去形なので今はどうなっているか不明だ。イエネコの起源と言われている。俺様の知るイエネコは体長がトラ並みに大きいがね。
イデアル先生は愛玩動物のような愛らしさを持っており、猫耳としっぽが可愛いと評判である。身に付けているのは革製のビキニだ。なんでも周囲から痴女と軽蔑され、侮蔑の目を向けられたいためだそうな。常人なら理解不能な変人だがきちんとした理由がある。
さて司祭学校は50年以上の歴史がある。2階建ての石造りの建物だ。開校の時は一クラスに10名という寂しく、墓所のように空っ風が吹き、うすら寒かったと言われていた。今では教室に生徒はびっしりと蚕のように詰まっており、教師たちも多く勤めている。
司祭学校は特別なところで、フエゴ教団の司教と、それを支える司祭の杖を育成しているのだ。
司祭と言っても本当の司祭ではない。様々な科学知識を持ち、専門家として活躍している。
俺様の家は火薬を扱っている。他にも農薬や電池を作るための硫酸を担当しているのだ。
司祭候補は各種の専門家と個別授業を行っている。司祭の杖も似たようなものだ。
司祭の杖は特殊な能力を持つ人間だ。フエルテ兄貴がそれである。杖という呼称は生活を支える意味があるという。剣や盾だと戦い以外に使わない印象が強いそうだ。杖なら日常生活に使えるし、いざというときは杖で相手を叩くこともできる。
このクラスには9名の生徒がいる。
俺様の他に黄色と黒で彩られた蜂男に、毒々しい色のヤドクガエルの女。さらにこじんまりした愛玩動物ようなゴールデンハムスターの女がいる。それと俺様を含めた亜人系は4名だ。
他は人間の男女だが、全員ハーフで片親は亜人である。
同年代のクラスはもうひとクラスが隣にあるのだ。そこはオルデン大陸のレスレクシオン共和国にある村から連れてこられた人間で編成されていた。
毎年、人間と亜人の6歳児を10名ずつ連れてくるのだ。彼らは子沢山の家から、出されている。子供が多いのは好きだからではない。娯楽がないので子作りしか趣味がないというのだ。
それに労働力として育てているという。家はどの村も長男が継ぐため、次男や長女以下は使用人のような扱いを受けているそうだ。フエゴ教団の教えが広がっても村の因習を完全破壊することは不可能らしい。
代わりと言っては何だが教団によって結婚を強要される。教団が来る前だと結婚は長男だけだったが、他所の村から嫁を連れて無理やり結婚させるのだ。娘の場合はその逆である。
これらは学校で習ったことだが、つくづくコミエンソで生まれてよかったと思った。家畜と糞の臭いが充満した、原始人以下の生活など今の俺様には耐えられない。何より筋肉を育てる環境が整っていないなど許せるものか。
もちろん心の声は口に出さない。
「ふふふ、皆さんの考えていることはわかりますよ~。この私が教師としてふさわしくないみだらな恰好をしているから、軽蔑をしているのでしょう? ぐふふ」
いや、よだれをたらすなよ。というかぐふふと笑うなよ。結構かわいい顔なのにみんなドン引きしているじゃないか。イデアル先生が担任になったのは4年前だ。正式に司祭になり、教師になったのである。
普通は18歳で教師にはなれないが、彼女の場合、神応石の研究を担当としているため、実家は母親に任せて、本人は俺様たちを相手に研究を続けているという。
「このやり取り、なんぼやったかわからんわ。そもそもせんせのかっこは、神応石の実験やろ? まわりの目がどんだけ力を引き出すかをためしとるんや」
ヤドクガエルの女が呆れ気味に言った。こいつの名前はアマといい、三角湖にあるジライア村の出身だ。親は村長でアマは跡継ぎだという。やたらとなまったしゃべり方をするが賢い女だ。
着ているのは革のビキニに、白いパンツだ。亜人系はあまり体を覆う服は好まない。
「その通りですよ。私は他の人から、そんな恰好で子供たちに教育ができるかと陰口を叩かれています。おっと、同僚たちは違いますよ。あの人たちは理解してくれるから力が発揮できません。主に何も知らない西区や南区に赴き、見せびらかしています。そしたらエロ猫だの、恥じらいのない発情アニマルと白い目で見られ、馬鹿にされています。もう先生も恥ずかしさと屈辱で頭の中が沸騰した鍋のようにぐつぐつと熱くなってますね。その翌日だと先生の教育にも力が入るというものです」
先生は自慢げに語るが、事実、そうであった。神応石というのは人間の脳にある砂粒ほどの物質だ。遥か東にある島国ではヒヒイロカネとも呼ばれていたらしい。
人間の感情を読み取り、その人に力を与えるものだという。そんな便利な力を持つなら世界中の人はすごい人ばかりだと思うだろうね。でも、実際は皆無だったそうだ。
俺様が尊敬するフエルテの兄貴は筋肉を振動させることで風を巻き起こす能力を持っている。だがキノコ戦争が起きる前にそんな人間はいなかった。
答えは簡単だ。筋肉をピクピク動かしたくらいでは風など起きないことを理解しているのである。当時の世界は科学に支配されており、自分たちが信仰する以外の神を否定してきたという。
神はひとりだけで、他の宗教を憎み、潰してきたそうだ。仲良くするよりも相手を屈服させることに力を注いだそうで、恐ろしくもおぞましい世界である。
そんな中で多神教の国があった。日本とインドである。特に日本人は刀剣や軍艦を美少年や美少女に代用して愛でていたそうだ。物を女性として扱うのは、軍艦にもあるという。
アメリカでもヒーローを扱った漫画はあったそうだが、日本ほどではないそうだ。
日本は現在アマテラス皇国と呼ばれており、下半身が蛇のラミアや、両腕に翼が生えたハーピーの国民がいる。これはこの国以外ありえないそうだ。
インドはガルーダ神国と名を変えている。こちらは鳥系の亜人がいた。これもガルーダ神国以外いないという。想像力が豊かで、他所の神を受け入れられる土台がある国ならではだ。
「それはいえとるわな。うちのあんちゃんも、まわりのアホどものせいで暗い穴が好きなもぐらみたいに、引っ込み思案にされてもうた。ヒスイねえやコハクねえがごっつすぎたせいで、必要以上に叩かれとったわ。ああ、もうむかつくわ。あんちゃんのことを思うと、シロアゴどもをどつきまわしたいわ」
アマは思い出しながら憤慨していた。よほど兄が大好きなんだろうな。今では装飾職人として名が売れているそうだ。結婚して子供もおり、幸せな家庭環境だという。それでも兄を陥れた連中を許しておらず、時々怒っているのだ。そいつらは村長によって厳しい罰を受けており、村では何の権限もなく、奴隷以下の扱いをされているそうだが。
「そう、神応石はとてつもない力を持っています。扱い方を間違えればとんでもないことが起きますよ」
そう言ってイデアル先生は顔を引き締め、真顔になった。先生は神応石に対して厳しい態度を取っている。神応石はスキルなどを与えてくれるが、同時に人を精神的に追い詰める危険性があるのだ。
「アミスター君はフエルテさんに憧れ、筋肉を鍛えています。ですが他の人には馬鹿にされていますね。英雄を超えるなどありえないと。それに反発しアミスター君は一時期、むちゃなトレーニングを繰り返していました。断食も並行し、餓死状態に陥ったのです。アモルさんが止めなければ彼は死んでいたでしょうね」
いきなり俺様に振りやがったが、本当のことである。俺様はフエルテ兄貴のような鋼の身体を得たいと思った。それで何百キロもマラソンを繰り返した結果、足の筋がブチ切れたのだ。その上、食事もオイルのみにして、余計なカロリーの摂取を嫌った。アモル兄貴が止めに入り、俺様は退けようとしたが、パンチ一発で倒されてしまったのだ。
それ以降、俺様は自分の望むトレーニングができなくなり、食事制限もされていた。断ろうとすれば容赦なく顔面を片手で掴まれ、顔中に激痛が走るからである。
「ふん、俺様はフエルテ兄貴の背中を追っているんだ。あんまり人のことをとやかく言うのはやめてもらいたいね」
「背中だけでは広背筋しか見せられませんよ。筋肉はどれかひとつを鍛えればいいわけではありません。全体をバランスよく鍛えるのが大切なのです。フエルテさんにアモルさんもどちらか偏った鍛え方はしてませんよね? まあアモルさんは出産後に乳房がメロンのように膨らみ、お尻もミツバチのように膨らみましたけどね」
うう、正論なので言い返せない。確かに筋肉は背中だけでは意味がない。均整の取れた形が重要なのだ。
くそぅ、イデアル先生に一本取られたぞ。
「さて筋肉の話はいいでしょう。今日は転入生を紹介します。どうぞ入ってください」
そう言ってドアが開いた。
アマはトゥースペドラーに出ていたキャラです。
題名は寺田ヒロオ先生の漫画、もうれつ先生がモデルです。柔道漫画です。
モーレツ先生だと少年チャンピオンに連載された牧村和美先生の名が出てきます。難しいですね。