第21話 オリヘンティーチャー
「では今日は歴史の勉強をします」
教室でチンパンジーの亜人が言った。胸が膨らんでいるので女性だ。オリヘンといい、古くから務めているベテランの先生である。
教室には机が10脚ほど並んでいる。縦に2脚、横に5脚だ。
前は女子で、後ろは女子が座っている。ちなみにホシコは前の席だ。
「まずナトゥラレサ大陸の成り立ちから始めましょう。200年前はアフリカ大陸と呼ばれており、珍しい動物が棲んでおりました。ですが人間同士の醜い争いが絶えない国だったそうです」
オリヘン先生は正面にある黒板にきぃきぃと音を鳴らしながら文字を書く。あの人もナトゥラレサ大陸の出身だそうだ。アモルの兄貴が入学した当時からの付き合いだという。
俺様はノートに鉛筆で書きこむ。面倒だが仕方がない。テストに出るからな。
「ナトゥラレサ大陸の名前はスペイン語で自然という意味です。50年前にフエゴ教団が上陸し、命名しました。そこに住んでいた人々はあまり名前に固執していなかったそうです。なのでナトゥラレサ大陸と命名されても無関心だったと聞きます」
オルデン大陸もスペイン語で秩序を意味するらしい。当時は無法地帯だったそうでキノコ戦争前の秩序を取り戻す意味でつけたそうだ。名前には力がある。そのおかげかはわからないが、秩序を取り戻しつつあるらしい。
まあ、教団の自己申請だからな。どこまで本当かはわかったもんじゃないし。
「ちなみに闘神王国は、元はアルジェリアという国でした。亜人たちの集落が多く、毎日血生臭い争いを続けていたそうです。そこを50年前に闘神王こと、ギルガメッシュ様が拳ひとつでまとめました」
現在ギルガメッシュは66歳だ。16歳で逆らう者を殴り殺し、族長の娘を娶って子供を産ませたという。難しいことは考えない、力がすべてだと言わんばかりだな。
ハーレムを築いているが、夫は妻と子を平等に扱わないといけないという。200人近い家族を養うために毎日巨大アライグマや巨大ヌートリアを素手で100匹ほど狩ったそうだ。
俺様は遠慮願うが。というかハーレムに興味ない。
「オリヘン先生、ナトゥラレサ大陸には他にどないな国があるんでっか?」
ヤドクガエルの娘、アマが手を上げて質問した。好奇心満々だ。
彼女は中途で編入したからあまり歴史の事を知らないのだ。自分の住む村がすべてだったのである。
オリヘン先生はわかったと頷いて図を描いた。線で大陸を書くと、西側にカカオ共和国と書いた。
「まともに機能している国はカカオ共和国だけです。それもホッドミミル王国からの入植者が作りました。王国の家臣、ホーキンス家によって建国されたそうです。そこで育てられたカカオはチョコレートの原料となり、人気が高いですね」
後は集落同士で小競り合いをしているそうだ。ひとつにまとまる気配がないという。キノコ戦争前だと他者に支配された国が多く、その憎しみが子孫に受け継がれたために、自由を愛し、自由を汚されることが許せないそうである。
というか自由の意味をはき違えているな。そりゃあ俺様だってうるさく言われるのは嫌いだよ。でも思い通りにいかないことも知っている。
フエルテの兄貴は筋肉の量が多い。かのエビルヘッドを筋肉の振動で起こした嵐で倒したほどだ。それでも兄貴はフエゴ教団に従事している。
「ああ、チョコレートか。よくプラタはんが売りに来とったわ」
「うちも会頭が買い付けに行っていたっけ。もっとも会計が自分で行くなと文句言っていたけどな」
「あはは、旦那はんは胡坐をかくより、歩くのがこのみやからね」
アマはそれを聞いて、うんうんと頷いた。あいつの実家は水運業を営んでいる。だから商売には目ざといのだ。
海賊プラタはよくアマの実家と取引しているそうだが、その度に父親がプラタに殴りかかるという。双子の娘を連れ去られ疵物にされたのだ。父親なら怒髪天をつくところである。
それにゴールデンハムスターのエスタトゥアも同意する。あいつが勤めるエル商会でもチョコを使ったメニューが出ていたな。あれは甘くて苦いがうまかった。
「では話に戻ります。現在ナトゥラレサ大陸にいるフエゴ教団は、アグア教団と名前を変えてます。闘神王国では広大な被爆湖があるのです。被爆湖とはキノコ戦争で生まれた湖で、キノコの胞子がたっぷりしみこんでいました。それを飲むと生き物はすべて死に絶えたのです。これはアマさんの故郷である三角湖も同じでした」
被爆湖。言葉の意味はよくわからないが、あまりいい響きではない。本来は不吉な名前なのだが、あえてそのまま使っているという。
アマは知っているそうだ。なんでもあいつの先祖はニホンジンというらしく、今はアマテラス皇国と呼ばれている。バス3台分のニホンジンの観光客がキノコ戦争に巻き込まれ、カエルと蛇、なめくじの亜人に変化したという。
なぜかというと三すくみといい、カエルは蛇に喰われ、ヘビはナメクジに溶かされ、ナメクジはカエルに喰われるからだという。俺様にはよくわからない。
「アグア教団は水力発電所に力を入れています。被爆湖は生命豊かになっているのです。これはビッグヘッドたちが汚染された土壌を喰らい、水を浄化しました。さらによそからブラックバスやブルーギル、アメリカザリガニや様々な生物を持ち込み、生き延びた人々の腹を満たしたのです。被爆湖ではブラックバスで作る魚醬が有名で、鍋の調味料にするのが主流ですね」
その鍋は給食で食べたことがある。ブラックバスに豆腐やネギを入れたものだ。臭いがきついので好みが分かれるな。俺様はちょっと苦手だが、アマは普通に食べていたっけ。エスタトゥアは腹が膨れればなんでも食べる性質だ。
「この中ではアミスターに縁がありますね。なぜなら彼はギルガメッシュ様の孫なのですから」
オリヘン先生はオルデン大陸に移り住んでもギルガメッシュに敬意を表している。もっともその肉親には興味はないようだ。大事なのは闘神王だけである。かといって馬鹿にするわけでもない。あくまで普通に接するだけだ。
「俺様には関係ないよ。だって会ったことがないんだからな。おふくろもあまり口にしなかったし、ピンと来ないんだよ」
「それはそうでしょう。ギルガメッシュ様は多くの子供を儲けましたが、跡継ぎとして育てたわけではありません。子供たちはすべて独り立ちできるように躾けました。アミスターのお母さんが祖父の話をしないのはそのためです。ギルガメッシュ様の名前を盾にした子供は父親の手で葬られたのですから」
「怖いな」
自分の子供でも生意気なら容赦なく屠るのか。獅子は我が子を千尋の谷に突き落として、這いあがった子だけを育てるという。相手はゴリラだけどね。正直外祖父に会いたいとは思わないな。
「ギルガメッシュ様は66歳ですがいまだに元気です。48ある殺人技のキレも衰えていないとのことですね。私も幼い頃にあの方の雄姿を見ましたが、蹴り一撃で海を割れたのは感動しました」
蹴りで海を割ったのかよ。まるでモーゼのようだな。人でないことは確かだ。
「現在は子供たちに殺人技をひとつずつ伝授しています。アミスターのお母さんはメガトンパンチを継承し、娘のアモルさんに受け継がれました。彼女はすごいですよ、突き一撃で大岩を内側から破壊するのですから」
俺様も昔見たことがある。山にある大岩に対してアモル兄貴が突きを放ったのだ。その岩は空気の抜けた皮袋のようにひしゃげていったっけ。何でも拳とひじの回転を別々に回すことが重要だという。俺様には理解できない世界だ。
「そういえばハンニバル商会はどうなんだろ。カンネの実家としか聞いたことがないけど」
エスタトゥアはつぶやいた。カンネ先輩は闘神王国出身だ。ハンニバル商会は彼女の実家だがあまり知られていないのである。
質問したわけではないが、オリヘン先生は丁寧に教えてくれた。
「ハンニバル商会はアグア教団の窓口として作られた商会です。ライオンの亜人であるハンニバル氏は妻たちに働かせて自分は金勘定と新規開拓に余念がありません。人の配置がうまいのですよ。10数年前にオルデン大陸に来た際に亜人を憎む人間たちに襲撃されましたが、ラタ商会のラタ氏によって救われました。なので娘であるカンネとラタ氏の息子に嫁がせようとしているのです」
「そうやって遠い国と結ばせるためか。抜け目がないね」
「そうですね。商売人としては正解ですよ。あまりきれいな関係は却って危ないですからね」
オリヘン先生の言葉にエスタトゥアは納得した。あいつは割と世間の荒波を乗り越えている。美談は苦手なのだ。むしろ腹の中をすっかり見せてくれる方が好きだという。
その時、チャイムの音が鳴った。授業の終わりを告げる音色だ。
「さて授業はこれで終わりです。歴史とは人間を知ると同じです。歴史を知ることで人間として深みを持たせるのが大事なのですよ。人に無関心な人に対して、他人が手を貸したりすることはありません。情けは人の為ならず、善意に対して悪意が返ってくることがありますが、悪意には悪意しか返ってきませんからね」
こうして授業は終わった。
なかなか面白いものだったな。
で、本日の給食は魚醬鍋で仲良く箸を突いた。
題名はテレビアニメ「おねがいティーチャー」がモデルです。
井上喜久子さんが先生役で出ています。当時は喜久子さんが主役のアニメに批判的な意見が多かった。
ちなみにオリヘンはブラッドメイデンから出ています。




