第2話 学校へい、けないよ!
「ふん、ふん、ふんんんんんんん!!」
俺様は鏡の前でポーズを取りまくる。基本的にフロントダブルバイセップスから始まり、フロント・ラットスプレット、サイドチェスト、バックダブルバイセップス、バックラットスプレット、サイドトライセップス、アブドミナルアンドサイ、最後にモスト・マスキュラーで締めるのだ。
ボディビルの基本的ポーズの流れである。ちなみにボディビルの単語は司祭学校で初めて知ったよ。
夕食はパンにキノコが入ったコンソメスープ、ジャガイモが入ったオムレツなどを食べた。
食堂はアモルの兄貴だけでなく、コンシエルヘ叔父さんの家族も一緒だ。叔父さんはメリノ種羊の亜人で、奥さんは働き蜂の亜人である。基本的に料理は住み込みの使用人が作るが、アモル兄貴や奥さんの手伝うことがあった。確かにうちは司祭の家系だが上下関係は緩い。とはいえけじめは必要なため、使用人の子供たちは俺様たちに頭を下げている。一緒に遊ぶときはあるが、それでも主の家族とは気安く付き合うことはできないようだ。
以前子供のひとりがこっそりと俺様に蹴りを入れたりして嫌がらせをしたことがあったが、親がそいつをボコボコに殴り、床に頭を押し付けて親子ともども謝罪させたことがある。
だから俺様は孤独なのだ。両親は8年も前に病気で亡くなっている。親父は兄貴と同じく女の腐ったような人だったが、おふくろも親父が死んだ数か月後にげっそりやつれたのは驚きだった。おふくろは心から親父を愛していたんだなと思った。
残されたのはアモル兄貴だ。これが親父と同じく男か女かわからないやつだった。周りの連中は男なのに美しすぎると崇拝しているやつがいたが、俺様にはさっぱり意味が分からなかった。
男は「男でも構わない」といい、女は「女より美しいなんて屈辱だわ」と言われていた。
蠱惑的な魅力が素晴らしいとか、男だからこそ光るとか理解不能な議論に熱していたことは覚えている。はっきり言って俺様にとってどうでもいい話だ。
俺様にあるのは筋肉だけだ。同居しているフエルテの兄貴の鍛え上げられた鋼の身体に魂を鷲掴みにされたのである。司祭学校の図書館にはキノコ戦争以前の書籍が五万とあった。ボディビルに関する本はすぐに見つかり、俺様も筋肉を鍛え続けたのである。
屋敷にはベンチプレスの道具やダンベルがそろえられている。ラタ商会に特別に注文してあしらえたものだ。主にフエルテの兄貴が使用しているが、俺様も使っている。
「うふふ。美しいなぁ。マウンテンゴリラだけど俺様は美しい。磨き上げられた肉体ほど世の芸術品に勝るものはないな」
俺様は鏡を見ながらうっとりと自分の姿を眺めた。ぷちぷちと筋肉の爆ぜる音が聴こえてくるね。難点なのはゴリラだから毛に覆われている部分が多い。せっかくの筋肉がわかりずらいのだ。それに皮はまだ暑い。脂肪が残っているのである。血管が浮き出るまでバリバリにするのが俺様の夢だ。
ふと鏡を見ると、ドアが少し開いて影が見えた。
それは子熊だった。ふんわりとまるい全身像に、くりくりしたお目目がかわいい。白い短パンと腹巻を巻いたぬいぐるみのような愛らしさだ。
フエルテとアモルの兄貴たちの愛の結晶である。ヒグマの亜人で名前はバリエンテだ。フエルテ兄貴の父親がヒグマの亜人だったから、隔世遺伝でバリエンテが生まれたのである。
ちなみに兄貴の友人の司祭にも同じような人がいた。デンキウナギとグレート・ピレニーズの亜人の親から人間が生まれたのである。
バリエンテは今年で4歳だ。まだ分別のつかない子供で普段はアモル兄貴が面倒を見ているが、使用人にも育てられている。
俺様は甥に対して含むものはない。アモル兄貴とはつい身内なので甘えてしまうのである。
バリエンテはとことこと歩み寄ってきた。これが十数年後にはフエルテの兄貴を超えると思うと、感慨深くなるね。
「おじちゃん、なにをみているの?」
幼い甥は俺様の美しさが理解できないようだ。俺様はバリエンテに背を向け、バック・ラットスプレットを見せる。背中の筋肉を引っ張るので翼が生えているように見えるだろう。さあ、筋肉の天使が降臨したのだ、思う存分あがめるがいい!!
「ぱぱのほうが、すごいよ」
……やはり父親は偉大だな。俺様もフエルテ兄貴と比べられるのは嫌いじゃないぜ。むしろ英雄の筋肉を超えたなんて言われたら、兄貴を侮辱されたとキレるね。前にそれで一般信者を殴ったら、アモル兄貴に一晩正座を強要されたっけ。おっと兄貴も俺様の正面に一緒に正座をしたよ。弟の不始末は兄の不始末。罰を受けるのも一緒ってな。ただの理不尽な鬼じゃないのだよ。アモル兄貴はね。
「……バリエンテ。お前は将来どうしたい? パパと同じような肉体を身に付けたいと思うか?」
それなら俺様はお前の手助けをすることはやぶさかではないぞ。甥が望むなら俺様はトレーニングの時間を削っていもいいくらいだ。未来の英雄のために手を加えることに何の躊躇があるものか。
「やだ! ぱぱのからだ、きもちわるい!」
ぷちん。
切れたね。マジで切れた。このガキ言うに事欠いてフエルテ兄貴の肉体が気持ち悪いだと? それは筋肉の美しさを奇人も理解してないからじゃないのか。よぉし、俺様がたっぷりと堪能させてやろう。
「ふん! フロントダブルバイセップス!!」
「ん?」
「ふふん! フロント・ラットスプレット!!」
「んん?」
「ふんふんふん!! サイドチェスト!!」
「んんん~~~!?」
俺様はバリエンテに近づいた。俺様の影がバリエンテをすっぽりと飲み込む。小さな首を上に向けたバリエンテの目に怯えの色が見えたが、まあいい。俺様の肉体を見せつければ先ほどの考えは変わるに違いない。
「極めはモスト・マスキュラー!!」
「え~~~ん!!」
バリエンテは泣き出した。両手に目を当てて涙を流している。なぜだ。俺様は筋肉の美しさを見せつけただけなのに。
「お前は何をやっとるんだ!!」
部屋に二本足の羊が乱入した。黒い執事の服を着ている。コンシエルヘ叔父さんだ。司祭でもあるが執事でもあるスーパー叔父さんである。顔の肌は羊のように真っ黒だが、怒りで真っ赤なのは分かった。
「またバリエンテを泣かしたな! この子にはまだ筋肉など理解できないと、なぜわからないんだ! お前だって筋肉に魅了されたのは10歳の頃で、自分の意思で鍛え始めただろうが!!」
コンシエルヘ叔父さんの言う通りだ。俺様は誰かに勧められて身体を鍛えたわけじゃない。フエルテ兄貴の輝く宝石のような筋肉に心を奪われたのだ。時間が止まった感覚であった。
それを俺様が人に押し付けるなんて間違っているよな。他人に自分の主張を押し付けた挙句、反論されて切れるとか最低な行為だぜ。ごめんなバリエンテ。俺様は自分勝手だったよ。
「ごめんよ叔父さん。今度はいきなりじゃなく、日を改めてショーを行うことにするよ」
「いや、お前全然理解していないだろうが!」
なぜか叔父さんはお冠だ。俺様は左耳を引っ張られ、部屋から引きずり出された。まるで狂犬病にかかった野良犬を殺処分するために、無理やり連行する如くだ。
俺様はアモル兄貴の前に引き出され、コンシエルヘ叔父さんが説明した。
兄貴の目の瞳孔が小さくなると、一歩ずつ歩み出す姿は世界を炎に包み、命あるものを蹂躙する巨人と連想したのだった。
あー、明日の学校は早起きできるだろうか。いや、一晩寝ないで過ごすのもあり
題名の由来はTBSのバラエティー番組学校へ行こうです。