第一話 アミスターいっきまーす!
新連載です。毎週日曜日に更新します。
「フロント・ダブルバイセップス!!」
俺様は壁一面に貼られた鏡の前でポーズを取った。両腕をいったん伸ばし、ぎゅっと肩で力こぶを作る。自分でもほれぼれとする上腕二頭筋だ。真位置にトレーニングを繰り返し、三日ごとに休む。筋肉は休ませなければ成長しないのだ。
さらに食生活も重要だ。炭水化物に緑黄色野菜に鳥のささ身やサバを食べている。脂肪のある食べ物は控えるのは当然だな。
ちなみに俺様はマウンテンゴリラの亜人だ。名前はアミスターという。16歳だ。
何? 亜人とはなんだって? それは俺様もわからない。学校で習ったが200年も昔にキノコ戦争なるものが起きたらしい。そのため人間の子供は恐怖のあまり亜人に変化したそうだ。
説明されても理解できないだって? そりゃそうだわな。何で恐怖で人が亜人になるのか意味不明だぜ。イデアル先生、ああ、俺の通っている司祭学校の女性だが、この人が言うには、キノコ戦争は地球全土を灼熱とキノコの毒が覆うものだったという。大人は現実に絶望し、心臓麻痺で死にまくったそうだ。逆に想像力豊かな子供たちが犬や猫、キノコや花、虫や魚といった亜人に変化し、キノコの冬を乗り越えたという話だ。
まあ、学校の話なんかどうでもいい。今はノースコミエンソで3番目の筋肉を持つ俺様の話をしよう。
ちなみに1番目はフエルテの兄貴で、2番目はヘンティル姐さんだ。このふたりの筋肉は素晴らしいぜ。特にフエルテ兄貴の筋肉は芸術さ。日に焼けた肌にくっきりと浮かぶ筋肉が最高なんだ。
ヘンティル姐さんの場合は、肌が白いのが難点だな。これは姉さんがベニテングダケの亜人なため、日焼けすると病気になってしまうからだ。そこのところが悩みだと嘆いていた。
「フロント・ラットスプレット!!」
今度は両腕を腰に当てる。この状態だと背中の筋肉を広げているのだ。わきの下の筋肉は広背筋といい、逆三角形の形を作っている。
俺様はマウンテンゴリラなので、日焼けせずとも肌が黒い。まあ腕や背中が毛で覆われているのが悩みだな。
う~ん、ほれぼれする筋肉だぜ。毎日スクワットやベンチプレスをした甲斐があるというものだ。
「……アミスター、ごはんよ」
ノックの音がした後、ドアが開いた。入ってきたのは俺様と血の繋がったアモルの兄貴だ。
背丈は男並みに高いが、黒い髪に三つ編みを一本腰まで伸びている。おっとりとした雰囲気で化粧っ気は薄いがそれなりの美人だ。赤い淵眼鏡をかけていた。
胸はメロン並みに大きく、身に付けているのは白い縦じまのセーターだ。腰は括れており、尻が大きい。子供をひとり産んでいるからだ。
なんだって? 兄貴ではなく、姉ではないかと?
騙されてはいけない。6年前はれっきとした男だったのだ。なぜか性転換して女性化してしまい、のちにフエルテ兄貴の子供を産んだ。ちなみに生まれたのはヒグマの亜人だ。名前はバリエンテという。これはフエルテ兄貴の父親がヒグマの亜人だったそうで、隔世遺伝というそうだ。現在4歳だが甥っ子はかわいいのでよく遊んでいる。
「もう早くしなさい。食堂ではコンシエルヘ叔父様たちが待っているのよ。いつまでも鏡の前で自分の姿に見惚れるのはやめなさい。ナルシストみたいだから」
アモル兄貴が注意した。俺様は無視する。その様子に兄貴は苛立っていた。
「アミスター、聞いているの。早くなさ……」
「うるせぇよ」
俺様は振り向きもせず、きっぱりと拒絶した。
「オカマ野郎が偉そうに俺様に指図するんじゃねぇよ。飯を食いたければお前だけ先に喰えよ。俺様はゆっくり自分の食べたいときに食べるからさ」
今度はサイド・チェストのポーズを取った。サイドは横で、チェストは胸だ。横の胸肉を見せつけるのである。
背後で兄貴のため息が聴こえた。そしてスタスタとやってきて、右手で俺様の顔を掴んだ!!
いっ、いてぇ!! この野郎放せよ!!
ごめん、無理でした。今の兄貴は目が血走っている。本気で怒っている証拠だ。
この時の兄貴はしゃれにならないほどやばい。死んだおふくろは南にあるナトゥラレサ大陸出身のマウンテンゴリラの亜人で、兄貴は人間だ。おふくろのゴリラパワーを色濃く受け継いでいるのがアモル兄貴なのである。
「アミスター、私は言いましたよね? 夕ご飯だと。それに何? 年上に対してオカマ野郎ですって? 私はそれを否定しないけど、慎みなさい。身内はともかく他人の前でぽろっと口に出したらあなたの品格が疑われるわよ」
「うがぁぁぁ!! いだいいだいいだい!! わかったからはなじでぐれぇぇぇ!!」
俺様は両腕で兄貴の右腕を振りほどこうとしたよ。でもぴくりとも動かないんだ。兄貴は胸と尻が目立つが、フエルテ兄貴と同じく筋肉を鍛えている。腹筋はばっきばきに割れており、腕の肉はしぼうがほとんどない。薄皮一枚でバリバリでキレテいるのだ。
俺様が暴れていると兄貴は放してくれた。うう、まじ死ぬかと思ったぜ。
「……アミスター。あなたは私に対して甘えているわね。どれだけ罵っても血を分けた兄妹だから許してもらえると思っているのよ。でも親しき仲にも礼儀あり、家族だからと言って相手をないがしろにすれば、家族の凶手で命を落とすことがあるの。それを忘れちゃだめよ」
そういってくるっと背を向けて部屋を出て行った。実のところ先ほどのやり取りは毎日だ。毎回兄貴を罵っては返り討ちに遭う日々である。
実のところ、俺様は今のアモル兄貴が好きだ。昔は嫌いだった、なにせ男なのに女みたいに振舞うからである。周りには男女の弟だと馬鹿にされ、殴り返したものだ。逆に筋肉ムキムキのフエルテの兄貴に惚れたのは言うまでもない。
母親になったアモル兄貴は俺様に対して厳しくなった。さっきと同様俺様が逆らえば兄貴のアイアンクローを喰らうのが日課だ。
やはり俺様は甘えているのだろう。フエルテの兄貴はずっとアモル兄貴と一緒だ。アモル兄貴は司祭で、フエルテ兄貴は司祭の杖だからだ。
俺様が通う司祭学校はフエゴ教団が運営している。司祭と言っても本当の宗教じゃない。俺様たちが住むオルデン大陸というか、レスレクシオン共和国は文明レベルが著しく低い。掘っ立て小屋に糞尿は周りに垂れ流し、打製石器と磨製石器を扱う原始時代に近い文明だったそうだ。
さらに血縁を重要視し、よそ者を徹底的に嫌う排他的な空気に支配されていたという。
それをフエゴ教団が一掃したのだ。生産性の向上に、公衆衛生の徹底。因習の完全破壊を行ったのである。
司祭は様々な知識を持つ専門家だ。うちは火薬を扱っており、屋敷には火気厳禁の部屋が多い。静電気は敵だ。
俺様は食堂へ向かう。そういえばもうじき学校が始まるな。今の季節は4月だ。同年代の生徒を集め、一緒に教育する。司祭の場合は学校の授業も重要だが、専門知識は実家で学ぶ。
司祭の杖は才能のある人間には専用のトレーニングを実施させる。俺様はどちらでもない。
どうせならフエルテ兄貴のように筋肉のスキルがいいな。筋肉の振動で風を起こし、敵を倒す姿はかっこいいの一言だ。
アモル兄貴曰く、あなたはフエルテに憧れている、あの人になりたいと思っている。その思い込みは大切だ、司祭の杖には思い込みの力が大切なのだと教えてくれた。
俺様は四六時中、アモル兄貴に逆らっちゃあいない。一日に夕食を取る前の日課だ。
「アミスター、早くなさい!」
兄貴に呼ばれて、俺様は慌てて食堂へ走るのだった。
アミスターはマッスルアドベンチャーのヒロイン? アモルの弟です。
実際はブラッドメイデンが初登場でしたが、マッスルにも加筆しました。
まさか彼が主役になるとは夢にも思いませんでしたね。
これからもよろしくお願いします。
題名は機動戦士ガンダムのアムロの台詞です。