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追憶  作者: クスクリ
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静かな入江

 俺の故郷に何でもない入江がある。故郷を離れていても瞼を閉じると何となく思い出す風景だ。波紋もたってないエメナルドに輝くその静かな入江は理想郷の佇まいを以って春夏秋冬、私を迎えてくれる。今回も帰郷してふとこの景色を見たくなり、親子三人で訪れた。


 どうして、こう懐かしく感じてしまうのか?夏の真っ盛り、眩い光に溢れるこの入江を目にした瞬間、今すぐ飛び込んでみたい衝動に駆られてしまう。

 ――そうや!俺は一度ここで泳いでみたいと思っていたのに果たせぬままだった。

 ここ猪町町は九十九島国立公園の北部を形成している。海に船を出すと名前も知らない未知の島に辿り着く。

 俺ががまだ小学生だった頃、毎年夏休みになると、大人たちが我々子供たちを漁船でどこかの島に海水浴に連れて行ってくれていた。大人たちも島がたくさん有り過ぎて一つ一つの名前なんて知らない。子供たちが興味津々に到着した島の名前を聞いてくると、うさぎ島とか馬島とか、即興で適当な名前を付けて応えてくれていた。俺の記憶に残る、適当に進んで到着したある島の入江にここが似ていたんではないか。


 俺はこの年、大病を患ってしまった。写真の俺はふっくらしているが、半年後の俺は体重が十数キロ落ちて顔がげっそりしてしまった。1月2月、冬だというのに喉が乾いて乾いて仕方がない。車の中に氷を入れた水筒を載せておき、外回りの最中にもがぶ飲みする。なくなったら、コンビニでミネラルウォーターを調達して水筒に補充する。小便も30分に一回だ。近くにトイレがないときは人目を忍んで立ち小便だ。


 事務所の冷蔵庫を開けて水をがぶ飲みする俺を見た事務員の渡辺が、「YMRさん、そんだけいつも喉が乾くっておかしいよ。もしかして糖尿病じゃないの?病院に行った方がいいよ」と心配してくれる。俺も気付いてはいたが、問題はどのタイミングで診察に行くかだ。この病気の恐ろしさは知っていた。下手すると一生インシュリン注射のうえ、食事制限。合併症を起こしたら右足切断に失明、腎臓透析だ。怖くない筈がない。


 この頃のYHTHGS店の営業は店長の西村、俺、丸小野、松尾、榎並の四人だ。年二回ほど賃料を払って近所のスーパーの駐車場で出張展示会を開いていた。

 4月の展示会、俺は左足の段端に傷をつくっていて痛くて堪らなかった。いつもは数日で傷は塞がって快方に向かうのだか、今回は中々その兆しがない。これが病気のせいだとは思わなかった。偉そうに、当時支店長だった高卒の平湯が視察に来た。


 そしてゴールデンウィークの1日・2日、俺ら家族は大阪城、堺の大仙陵、白浜の先の湯温泉、明日香村を巡る。二日の夜に高松に着き、五日まで滞在する予定だ。連休突入の4月30日の夜、行きは阪急フェリーを利用して一泊した。

 初めての大阪城、駐車の要領を得ず、遠くに停め過ぎて大阪城公園を抜けて城に辿り着くまで相当歩かされた。断端が傷のために腫れあがっていて、ソケットが義足に嵌まり難くなっていた。杖をついて歩き回れば、体重が掛かってより深く入り込み、少しは慣れてくるんじゃないかと痛みを堪えて懸命に歩いた。


 大仙陵を出て直ぐ、口渇防止のためコンビニでミネラルウォーターの二リットルペットボトルを購入する。阪和自動車道、俺ら家族は印南PAに停まって車中泊することにした。だが、30分に一度の尿意で熟睡できない。雨が降っていることを幸いに、スライドドアを開けて何度も放尿した。

 南紀白浜の名湯、先の湯でも断端を湯に浸けられないため、非常に窮屈な体勢での入浴を余儀なくされた。このときの先の湯、数分も浸かれないほど、とにかく熱かった。息子など熱いと逃げ出したくらいだから。

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