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追憶  作者: クスクリ
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2009年ゴールデンウイーク始末記Ⅲ

 実は親父はゴールデンウイーク前に退院して初めての定期検診に行って、肺に影があると医者に言われていた。親父は肺癌を覚悟し兄弟三人に電話してきた。三男の哲美には電話が通じず、次男の賢二は絶句して何も慰めの言葉を掛けられなかったそうだ。

 俺にも掛かってきた。夕方6時くらいだったか、嫌な予感とともに電話を取った。

「どげんしたな。また具合が悪うなったんな?」

「実は病院で肺に影があるって言われたんや」

「肺に影っていうたら肺癌しかないやないか」

「ああそうや」

「何!去年は悪性リンパ腫で今年は脳梗塞、そして今度は肺癌や」

「俺もついとらん。今度こそあの世から迎えが来とるばい」

「俺に慰めの言葉はねぇ。どうしようもねぇ」

「分かっとる。もう覚悟は決めとる」


 俺は会社の者に聞かれないようにショールームの端に移動する。

「ばって物は考えようや。親父は79年生きたやないか。俺はその年まで生きれるかどうか分からん。糖尿で苦労しとるしな。案外早うあの世で親父と再会できるかもしれんぜ」と俺は戯言をほざく。

 親父は自嘲気味に笑って、「確かに長う生き過ぎたかもしれんな。同級生のほとんどはもう死んでしもうとるけんな」

「ばってまだ肺癌っち決まった訳じゃなかろうもん」

「まぁまだ精密検査が残っとるばって」

「そげん落ち込まんでよかって。連休にゃ猪町帰って愚痴たっぷり効いてやるけん」


 夜8時頃、哲美が実家にやってきた。俺としては丁重に出迎える。

「よう来たな。まぁ座れや」

 哲美はこの前と同じように庭に面したサッシ側に座り、俺が対面に座る。親父は哲美の左隣に陣取った。もう土産の飛騨ソバが次男用の一個しか残ってなかったので、嫁は予備用に選んでいた橡餅を哲美に土産に渡した。

「親父が色々話してぇことがあるごたるけん聞いてやれや」

 親父は今の思いを懸命に三男にぶつけていた。俺は話を二人に任せて適当に口を挟んだり相槌を打つ。結局、2時間くらいの滞在だったが、俺が居て哲美が居て、兄弟二人が実家に揃って居たという事実が親父にはよほど嬉しかったようだ。こんなことはもう彼此れ十数年ぶりになるだろうから。


 実を言うと、俺と哲美が親父の前で揃って居たのはついこの前にもあった。親父が倒れて3日目だったか、佐世保総合病院で偶然出会って一緒に親父を見舞った。親父を二人で懸命に元気づけた。後で親父に聞いて分かったのだが、本人には全く記憶がなかったそうだ。俺らの前でいつも気丈な親父が泣いたりしておかしいなとは思っていたが。

 哲美が暇乞いをして立ちあがったとき、親父は満足そうに、「今日は思いのたけ全部話したけんすっきりしたぞ」と顔を綻ばせる。


 親父とお袋も三男を見送りに勝手口から外に出たが、俺は二人きりで話したかったので、外は冷えるからと早々に両親を家の中に誘う。三男のエルグランドは玄関前のスペースに停まっていた。勝手口から家を半周移動する。

「ところでよ、親父が見舞いにきた幸夫叔父貴たちば追い返したこと知っとるか?」と俺は話を切り出す。

「ああ知っとる。病院に見舞うたとき親父自身から聞いた。まさかとは思うとったばってん…」

 哲美の言葉が幸夫叔父貴の辛さを推し量って途切れる。

「おめぇ役所に入るとき相当世話になったんやないんか」

「うん、公私とも相当世話になった」

「宝泉寺温泉の別荘にも夫婦で何度も招待してもろうた」

「そいと、幸太郎が嘆きよったぞ。合併で役職が下がるってな。ほんとか?」

「ああ2階級下がってしまう。そいでも30代の若い職員は本庁に呼ばれることもあろうばってん、50代とかはこのまま猪町で終わることになるやろ」

「今度の合併は事実上の猪町吸収やねぇか。幸太郎がこん前、役所に行ったついでにお前訪ねたばってん会えんやったって言いよったぞ」

「俺今市長に付いて回りよるけん忙しゅうてね。中々役所にじっと居れんのよ」

「中野の婆さんが言よったぞ。吉井町と小佐々町の職員が将来ば悲観して自殺したってよ」

「何、そげん噂が飛び回りよるとね」

「本当やろもん」

「事実やけど合併が原因じゃないって」

「まぁええわ。俺には関係ねぇこつやけんの」

 哲美が車に乗り込む。俺は運転席窓越しに、「ほんなら、嫁さんによろしう言うとってくれや。できたらまた盆に出て来るわ」

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