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追憶  作者: クスクリ
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35年目の兄弟喧嘩Ⅱ

 俺は35歳のときお客さんの紹介で結婚したが、考えてみるとそれまでの俺はとにかく出鱈目だった。社会的通念の欠片もなかった。反骨精神だと声高らかに叫んでみても、完全に俺の心は病んでいた。

 ――こんな俺はどうせ結婚もできやしねぇし一生独り者じゃ。他人に何と思われようと知ったことじゃねぇ。


 さすがに次男の結婚式は宥められてしぶしぶ出席したが、最後まで出たくないと親父に抵抗した。 あの頃の俺は人に後ろ指差されて当然の人間だったし、非難されるべき人間だった。会社の者の結婚式2人、高校の同級生の結婚式3人、そして三男の結婚式まで平気で欠席した。考えられない暴挙だ。


 三男の結婚の報告は親父から齎された。

『何で本人からでのうて親父から連絡してくるんや。“かわいがった弟”やったら、「兄貴にはすまんけど先に結婚するわ。俺の結婚式に出てくれんやろか」っち、直接出向いて来て頭下げるんが筋やねぇか』 と、心を病んでいた俺は自分勝手な妄想に囚われる。

 俺は親父に冷たく言い放った。

「哲が結婚しようが何しようが俺には関係ねぇ!賢二のときはしぶしぶ行ったばってん哲の結婚式にゃ絶対行かんで。親父もう会社に電話掛けて来んなよ(当時俺のアパートには電話を引いてなかった)」。

 ほんと、僻み根性丸出しだ。


 すまんやった。あんときの俺はどうかしとったんじゃ。頭が狂うとったんじゃと謝りたいところだが、三男夫婦には数年後の俺の結婚式のときちゃんと仕返しされた。 親父の説得に三男はあくまで出席しないと言い張ったが、このときの親父は強かった。

「親と兄貴なめとんのか?出らんならそんだけの覚悟せぇよ。親子の縁切ったるわ。二度と豬町の敷居跨ぐなよ」


 親父とお袋は俺の結婚を切望していた。不運にも障害者にしてしまった俺、罪悪感を感じていたのかもしれない。人並みの結婚さえできれば俺も常識ある人間になれると信じていたのだろう。俺が結婚する相手ができたと報告したときの親父とお袋の幸せそうな顔は忘れられない。だからこの慶事に異を唱える三男が許せなかったのだろう。


 でも、しっかりと三男の嫁だけは結婚式当日、具合が悪いと欠席した。間違いなく仮病だろうが、思い出しても今の俺には気にならない。そうまでせねばならないほど三男の嫁は俺を恨んでいたんだろう。だから、三男夫婦は死んでもMB車には乗らない。

 あるとき、実家に帰ったら新車の日産セフィーロが停まっていたし、数年後には新車のエルグランドが停まっていた。まだ頭がおかしかった俺は自分が三男夫婦にやった酷い仕打ちは棚に上げて逆恨みする。

「あの野郎、兄貴がMBなんによう、日産なんかによう平気で乗れるわ。そっちがそう出るならこっちにも考えがあるわ。見とれよ」

 それから十数年俺は三男夫婦を完全に無視した。あれだけかわいがっていた三男と俺は絶縁してしまった。

 今はっきりと言えること、それは俺を普通の常識ある人間にしてくれた嫁には感謝感激雨霰だ。


 4月2日木曜日の夜10時、次男から携帯に電話が掛かってきた。親父が入浴中脳梗塞で倒れたとの一報だった。今病院の集中治療室に入っていて三男が付き添っているとのこと。

 対馬に居る次男に連絡を入れてきたのは三男だ。そうか、俺に直接連絡するのを躊躇ったんやな。

 ――まぁ仕方ねぇか。

俺の胸中を一人残されたパーキンソン病のお袋のことが過ぎる。

次男は一足先に明日豬町に戻るとのこと。俺はどうしても仕事の都合で土曜日の夜しか戻れない。もどかしかったが、次男が親父の病状を報告してくれた。何とか喋れて手足も動くようになったそうだ。


 俺ら家族はスペースギヤで九州自動車道、西九州道とかっ飛んで帰った。土日祝祭日高速千円はありがたい。今日のために昨日やっと入手困難になっていたETCを取り付けた。 実家に到着したときは21時を過ぎていた。実家の敷地には次男のEKワゴンと三男のエルグランドが。

 ――しもうた。来とるんか。やり難いな。

 親父が倒れてニ日間、散歩に連れて行って貰ってないのだろう、愛犬の五郎が息子のちゃんを見て嬉しそうに吠える。家の中の連中は誰か来たのが分かっただろうに、パーキンソン病でよちよち歩きのお袋しか勝手口に迎えに出ない。


 俺は庭で煙草を一服し終わって徐に居間に入って行く。居間には親父の弟の本家の叔父夫婦、次男と三男が居て何やら話し合っていた風だった。俺は居間の入口のソファーに腰かけていた三男にわざとらしく声を掛ける。

「おう久し振りやのー」

 俺を見た次男が俺に有無も言わせず、「兄貴、お袋ばしばらく施設に入れるようにしたけ」

 俺はかちんときたが、もう30数年、大人しく自分の本性を隠してきた手前、平穏に、「そうか、どげな施設や?」

「そこにパンフレットがあるちゃ」となげやりな言い方をする次男。俺は弟ニ人に手持無沙汰に見られるのが嫌で、コピーされたパンフレットをぱらぱらと捲っていたが、除者にされているようで施設に関する何の案内事項も目に入ってこない。

 その内ニ人がそそくさと、「もう遅うなったけ俺たち帰るけん」と座を立つ。

 ――何かこいつら!俺が来てすぐ帰る?!

 ここでニ人を見送りに出ないといけないんだろうが、俺はすぐには立ち上がらなかった。叔父夫婦も勝手口に立った。ここでようやく俺は重い腰を上げる。次男はもう勝手口を潜っていた。

 俺は問い掛けるように、「お袋ば老人ホームちゃ何や!」

 俺のこの一言に外に出ていた次男が再び勝手口に顔を出した。

「今頃来てから何話ば蒸し返しよっか。わぁが(お前)何かしたか?何もしとらんくせによぉ!」

 途端、俺の脳裏に次男との最後の兄弟喧嘩のときのあの憎たらしい顔が蘇る。

 ――馬鹿やなぁ。とうとう俺を切れさせやがった。赤の他人殴って顔面血だらけにすれば、警察に傷害で被害者出されて留置場行きやが、兄弟やったら親戚の手前、恥ずかしゅうてできんやろ。そいにお前は校長じゃ、喧嘩する度胸てろあるんか!


「おぅ何か貴さん(貴様)!お袋ば姥捨て山に捨てられて黙っとれ言うんか!おらこっち来いや。殺したるわ」

 目一杯ドスを利かせて大声張り上げた。周りの空気が凍りつく。普段は温厚な俺の突然の豹変に嫁、息子、叔父夫婦が唖然として案山子のように突っ立つ。こういうときの俺は障害者のくせにほんと迫力あるんやろうな。そんな俺に三男が完全にビビって必死に抱きついて止める。

「兄ちゃん止めてくれ!止めてくれ!」

「退けや。お前も殺したるぞ。役所居れんごとしたるぞ」

「兄ちゃん抑えてくれや!頼むけん!」

 次男も負けずに、「俺が今度の件は時間のねぇ(無い)中、お袋のこと思うて懸命にやったんじゃ。わぁがに文句言われる筋合いはねぇわ」

「何がお袋のためか?寝言は寝て言えや。姥捨て山に捨てるぐらい誰でもできるわ。お前ぇ、俺がずっと大人しゅうしとったもんで嘗めとんな。俺がお袋小倉に連れて帰ったる」

「できるもんならやってみぃや」

「貴さんほんとに殺したるわ。おら退けや」

 俺は三男を払う右腕に力を込め、身体が若干離れる。台所のシンクを左手で掴んで次男に一歩近づいた。やばいと三男が改めて俺を押し戻す。

「兄ちゃん堪えてくれ!堪えてくれや!」

「何が堪えてくれじゃ。てめえも同罪じゃ」

 次男に向けて、「お前ぇ、俺が車買うて貰うたっち大人しゅうしとればつけ上がりやがってよぉ」

「車が何か関係あるんか。俺ん娘が車買ったこつなんか関係なかろうもん」

「関係あるんじゃ。兄貴ば嘗めんなよ」

「今さら施設のこと言われたっちゃわぁが(お前)ば除いて話し合うてもう決まったことじゃ。蒸し返すなちゃ」

「話し合うて決まったこと?お前馬鹿か?今日の朝も俺に電話して来たろうが。そんとき老人ホームんこと俺に何か言うたか?何も言わんやったろうがちゃ、ぁあ」


 三男は俺を懸命に押し返しながら次男に視線を向けて、「そいは兄ちゃんの言う通りじゃ」

 途端、次男は急に態度を変える。がばっと床に両手を付着いて、俺の予想だにしない、土下座の態勢を取った。

「兄貴ご免、謝る。確かに俺が悪かった。許してくれ!」

 ――俺は我が目を疑う。身長も185を超えていて、あのプライドん高ぇ次男が俺に土下座!信じられんな。人生初めての経験じゃ。

 次男は同じ言葉を繰り返しながら何度も何度も俺に向って頭を下げる。

「実は俺、黙って決めたけん兄貴が怖かったんや。やけん兄貴が帰って来てすぐ帰ろうとしたんや。ばって分かってくれや。親父が倒れてお袋ば見れんごとなった今、こうするしかなかったんや」

 三男も、「兄ちゃん、賢ちゃん頑張ったんや。分かってくれって」


 俺は留飲が下がりつつあった。俺も今はこうするのが一番良いと分かってはいるが、老人ホームという言葉に言いようもない抵抗を感じる。

「おう、ほいでもこの家にゃ誰も居らんごとなるんじゃ。俺は長男として親父にこん家ば幽霊屋敷にはせんでくれって頼まれとんじゃ」

 次男は土下座態勢のまま、「兄貴、そいは分かっとる。俺がときどき帰って来て草も刈る。お袋がホームに居るんは親父が帰ってくるまでの少しの間だけなんじゃ」

 少し落ち着いた俺から三男がようやく力を抜いて、「兄ちゃん分かってくれ…」

 俺は落ちついた。

「もうええちゃ。離れてええちゃ。何もせん」

 三男が離れると大テーブルに右手を着いて弟二人に呼び掛けた。

「分かったけんそげん急いで帰るな。居間に戻れや」


 俺には数十年ぶりに弟たちに対して威厳が戻っていた。両親が危急のとき長男が軟弱だったら救いようがない。コタツで縁側に三男と次男、廊下側に俺が向かい合って座った。本家の叔父夫婦はソファーに腰を下ろしていた。

 まず、俺が口火を切る。

「さっき親父にこの家ば幽霊屋敷にせんでくれって頼まれとるっち言うたばってん、俺親父に隠しとることがあるんよ。実を言うともう家買うてしもうたんじゃ」

「ほんとや兄貴」と次男。

「あぁばって俺金ねぇけんボロボロの中古住宅じゃ。いつでも捨てられるちゃ」 

 次男が煙草を喫い始めた。俺は煙草の本数を制限していたが、俺もつられて喫いたくなった。

「灰皿上に置いてくれや」

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