邂逅・サツキ編2
「あれ、ユリナちゃん?どうしてホーリーヘヴンに?」
「ミツキに頼んで連れてきてもらったのよ、マスターと直接対談するために」
マスターと対談?わざわざここまで来るって事は、相当大事な事なんだろうけど……
「という訳だから、私たちはマスタールームに向かうけど、あなたも来る?」
そう言って、あたしを誘ってくれたみぃ姉の表情は相変わらず無表情だ……りゅうくんがいなくなってから、あたしと同じくみぃ姉も全く笑わなくなった。ミナトちゃんに対しても、今では愛想笑いしかできない……ごめんね、ミナトちゃん、りゅうくん……
「簡単に言うけど、マスターから許可もらってるの?いくら特務だからって、りゅうくんみたいにすんなり出入りできないでしょ?」
「その心配は無いわ、私の方から昨日お願いして30分間だけお時間を頂いたのよ」
と、そう言うユリナちゃん。無線も使えないはずなのにどうやってと一瞬思ったけど、ユリナちゃんが自分の頭を指さしたのを見てすぐに分かった。
「黒華の力……まだ能力は使えるんだね」
「ええ、あの人の力を糧にして使用せず、私が持っている力で発動できるみたい。立ち話じゃなくて歩きながら行きましょう、あなたも行くのでしょう?」
うっ……バレたか……心の中を読み取ったんだ
「(少し違うわ、少し先の未来を見たのよ。ごめんなさいね)」
「えっと〜……確か千里眼だっけ?ホント相変わらずユリナちゃんは器用だなぁ」
「これで不気味がらないなんて、あの人並ね……おおらかと言うか、楽観的と言うか……」
「散々リュウイチとの対話を見てきたんだもの、私達は耐性がついたのかもしれないわね……さあ、ここがマスタールームに繋がってるエレベーターよ」
大型で厳重なエレベーターの前に到着し、みぃ姉は無表情のままボタンを押して、エレベーターに入るよう促した。
あたしとユリナちゃんは黙ってスタスタとエレベーターに入り込むと、みぃ姉は端末に認証コードを入力しエレベーターを起動させる。
「……でもよくマスターに了解を得られたね、普通だったら一週間とかそれぐらい待たないといけないんじゃない?」
「ある情報と引き換えに交渉したのよ。そしたらすんなり了承して頂けたわ」
ある情報?なんだろう?
あたしは知ってる?と言った感じにみぃ姉の方を見たけど、あっさり首を横に振られしまった。
ん〜……まあいいか。
「こ、ここがマスタールーム……なんだ。他とは別世界って感じだね」
「ええ、ここの辺りにある植物はマスターのご趣味らしいわ、ご自分で御手入れなさってるそうよ」
へぇ……確かにこの雰囲気なんか落ち着くかもしれない。昔みぃ姉には内緒でりゅうくんとこういう場所で秘密基地を作ったりして遊んでたっけ……懐かしい……
「……どうかしたの?サツキ?」
「なんでもない」と一言みぃ姉に言って返事をした。ユリナちゃんは分かっているらしく、事を荒立てないように黙っててくれた。ありがと、ユリナちゃん
「まあいいわ……ユリナ、この中にマスターがいらっしゃるわ、私たちはここで待っているからあなただけでーー」
「その必要はないよ、君達も入って来るといい」
っ!?マスターの声がした後、大型で頑丈そうな大型扉が開き、あたし達の入室をお許し下さった。
「申し訳ございません、図々しくも私とサツキまでお招き頂いて……感謝いたします」
「構わないさ、多く友が来てくれるのは喜ばしい事だからね。先日もお伝えてしていたが、こちらも安全の為、ガードのリン君も同席させて頂く……さて、早速だがユリナ殿、お久しゅう。その後お身体の方はいかがですか?」
「皆の心遣いのお陰でとても快適に過ごせています。改めまして、私たち姉妹を保護して頂き心より感謝致します……お話しをする前に、もう一度確認させて下さい。ヤナミ家の情報を提供したら私とユリコをホーリーヘヴンの隊員として入隊をお許し下さるのでしょうか?」
ほ、ホーリーヘヴンに入隊!?ユリナちゃんたちが!?
「ええ、それは約束しましょう。しかし一般公開されていない情報が条件です、そちらもお約束をお守り頂けるなら幸いです。如何かな?」
「無論でございます……なんなりとお訊き下さいませ。答えられる範囲でお答え致します」
「感謝します……それでは単刀直入にお聞する、あなた方ヤナミ家の者たちも、ナルミ家を排除する為に立ち上がったのですかな?」
ヤナミ家の出生は確か忌むべき災厄から一族を守るために結束した一族だったけ?
「はい。正確にはリュウガが自身の力を知ったヤナミ家の者たちを口封じする為に殺戮を始めたのが原因です。それが全てリュウガの独断だったと知ったのは、既にヤナミ家がほぼ壊滅してしまった後の事でした」
「つまり、ナルミ家全体がヤナミ家を潰そうとした訳ではないということですかな?」
「その通りです。リュウイチを初めとする多くのナルミ家の方々はリュウガの行動に頭を痛め、どう責任をつけるべきか困りあぐねていました。しかしそれも虚しく、リュウガの一派はヤナミ家をほぼ壊滅状態にし、私を含めた黒華の能力を所持していた者たちは生贄となりその殺戮をなんとか抑え込むことに成功したのです」
歴史がねじ曲げられてる!表向きではナルミ家からの殺戮を抑える為にヤナミが黒華で対抗したってことになってるのに、真実はほぼリュウガの独断による殺戮だったなんて……
「リュウイチ君を含め、他のナルミ家がヤナミ家を壊滅させようとしていないと分かったのは何故ですか?」
「私自身最初はナルミ家全体が私たちの一族を破壊に至らしめるものと思っていましたが、リュウイチの助力により精神体へ昇華したと同時に本当の史実を知るに至りました。おそらくリュウイチと共鳴した事によるものが大きな要因だと思っています」
「彼の記憶がユリナ殿に流れ込んだという事か……」
偽りの歴史を語り継がれるなんて、りゅうくんは内心すっごく怒ってただろうな……昔から人の築いてきた歴史が大好きだって言ってたし
「ユリナ殿、現存するヤナミ家の屋敷等は他にあるのですか?」
「大きな施設ならここで確認できる場所以外ありません。でも、ヤナミ家が関わっていたとされる二千年前の施設が一箇所だけあります。その所在は私も詳しくは認知しておりません。それについては次期ナルミ家当主を継承する筈だったリュウイチが把握していたはずですが……」
そのりゅうくんはもう……
「……彼以外に把握している方はおられないだろうか?」
「二千年前の事なので彼以外は……もしかしたら、ナルミ家の現当主が何かご存知かもしれません、しかしナルミ家の本家がどこにあるかは私の口からは……」
「そう言えば、彼と幼馴染の私たちも本家の事は聞いた事ないわ……マスター、ナルミ家と深い繋がりがあったのなら何かご存知ありませんか?」
みぃ姉がマスターにそう伺うと、マスターは難しい顔をして首を横に振った。マスターでさえ本家の場所は知らないみたいだ……
「ふむ……ミナト君やユキタカ君も現在の家以外の事は知らされていないようだし……リュウガの側についたアキト君の所在は未だ不明のままだ……手詰まりか……」
「……っ!?この気配は!マスター!お下がりください!!」
えっ!?
「俺をお呼びですかな?マスター」
この声は……!
「アキト!!貴様、一体どういうつもりだ!?ここへ現れたからには覚悟はできているのだろうな!?」
「相変わらずデカい声だなぁ……でも良いタイミングだっただろう?俺の持っている情報を知りたがっていたみたいだしな……っと!」
ガシッ!!
ググググ……!!
「お前も相変わらずの馬鹿力だな、サツキ。だがまだまだだな」
くっ!
あたしはアキトが現れてすぐ拳を振るったがあっさりと受け止められてしまった。それだけじゃない、あたしの拳を痛いほど握り返している……!
「リン様!ここは私たちが!急いでマスターを安全な場所へーー」
「その必要はねぇよミツキ、俺はマスターをどうこうしようと思ってここへ来た訳じゃねぇし、リュウガの命でここへ来た訳でもねぇからな」
「そんな言葉、誰が信じるか!!」
「……噂通り、気性が荒くなってるな、アサギリ姉妹……リュウイチがいなくなったせいか?」
っ!!
裏切り者のあんたに、あたし達の何が分かる!!
「アキト、動くと死ぬわよ」
ユリナちゃんがそう言うと、魔力で作られた刃がいくつもアキトの周りを囲っていた……い、いつの間に……
「確かにあなたからは殺気を感じない、でも念の為打てるては打たせてもらうわ……さあ、あなたの持っている情報を早く話しなさい」
「こ、怖ぇ女たちだな……はいはい」
……
「りゅうくんの口癖のマネしないでくれる……」
「ったく、とことん怖ぇなぁ……少しくらい良いじゃねぇか、あいつと俺は兄弟なんだぜ?」
「いいから早く話しなさい」
魔力の刃がアキトの首元に近づいた……ナイス、ユリナちゃん
「やれやれ……本来ナルミ家の本家の場所は口外禁止にされていてな、限られた者にしか所在地を明かす事はできないんだが、特例として許可が出たんで俺はそれを伝えにきたんだ」
「なに!?リュウガの手先になった貴様が何故その任を!?」
「んー強いて言うなら信頼されてるから、かな?まあそんな細かい事は気にすんな……あ、リン!お前も他にばらすんじゃねぇぞ!?そんな事になったら俺がどやされるんだからな」
「い、言いふらす訳がなかろう!この愚か者め!!」
……これコント?
リン様とアキトってこんな仲良かったんだ……
「アキト」
「いっ!わ、分かったよ……んで、その場所なんだが、お前らにとってはトラウマもんの場所になっちまったかもしれないな、西地区の31534ポイントの近くだ」
っ!?
あ、あんな場所に!?でもあの辺りはほとんどさら地で小さな町があっただけのはず、あそこにりゅうくんの本家があったなんて……
「……レギュレーションが召喚されたのはそれが理由だったのね、ナルミ家の本家を吹き飛ばすために!」
「正確にはそれ"も"だな、あの時ホーリーヘヴンと紅の戦力を大幅に削ぐためにもレギュレーションを召喚したんだ。ナルミ家とホーリーヘヴンと紅、一石二鳥じゃなくて三鳥ってな」
「ふざけるな!!あんたたちのせいでりゅうくんは……!!」
りゅうくんは……りゅうくんは……くっ!!
「……でもミソラは本家の場所を正確に把握していなかったみたいでな、本家の末端を破壊しただけで打ち損じた。可哀想にあの後リュウガからこっぴどく叱られてたぜ。紅は一人しか討てなかったし、レギュレーションは損傷を受けちまうしで、俺がドン引きするくらいミソラは罰を受けてた。まあ!俺にとってはどうでもいいって感じだったんだけどな、正直に言っちまうとさ!へへ!」
「もしかして、私があのとき感じた時空の歪みは……」
ユリナちゃんがそう言うと、アキトは頷いて見せた。
「時空を少し歪ませて、目の錯覚を利用する天然のミラージュバリアーらしいぜ?だから外側からはさら地にしか見えないんだとさ、空間も少し歪んでるからそこに行っても触れたりすることもできないらしい。じいさんもすげぇ事考えるよなぁ」
「それはナルミ家の御当主が発案したものなのかい?」
「ええ、みんなからは変わり者と呼ばれてるけど、何となく納得できるでしょう?なんせ俺やリュウイチの祖父だからな」
あ、それを知ったら何もかも納得できちゃった……なるほどね。
みぃ姉もその口らしくウンウンと頷いている。
「入る時はどうすれば良いの?」
「時空間魔法を使えるものが、時空間を微調整したり複雑に張り巡らされている時空間シールドを丁寧にかつ慎重に解除するんだとさ、少しでも加減を間違えると強力なシールドが展開されて侵入者を排除するシステムが作動するらしい。噂では死体は遺らないらしいぜ、綺麗さっぱり遺体が蒸発するらしい」
……すごい厳重なんだ、でもなんとなく分かるかも。りゅうくんがトラップとか作る時にそういうのを作りそう。
「その時空間魔法の加減はどのくらいかきまっているみたいね。今アキトの思考から読み取ってるから少し待って……アキト、少しでもおかしなマネしたら……ただではすまないわよ」
「たくっ、勝手に人の思考さぐるなっての!……サツキ、ミツキ、お前達ふたりはあそこにいけるか?」
……正直考えるだけでも胸が押しつぶされそうになる。あの時見た大量の鮮血とりゅうくんの遺体の一部……うっ!!
「ごほっ!ごほ!……ハアハア」
「サツキ……!大丈夫?無理しない方がいいわよ、現地に行ったらもっと……」
「だ、大丈夫だから……みぃ姉も無理しないでね」
少し吐き気に襲われてしまったあたしをみぃ姉が優しく背中を撫でてくれた。あたしはそんなみぃ姉の手を握り頷いて見せた。
「……まあ、大丈夫そうだな。精々頑張れよ!んじゃ、確かに伝えたぜ?またな!!」
っ!
くっ逃げられた……でも、アキトって時空間魔法使えたっけ?しかもかなり強力っぽいけど……
「ともかくも、本家の場所は分かった。あとはそこに赴いてヤナミ家が関係していたとされる施設の手がかりをつかみに行くんだ。ユリナ殿、ミツキ君、それにサツキ君とユマリ君とカイ君とキラ君に出向いてもらおうかな?」
「はっ!了解致しました!」
「感謝致します、ホーリーヘヴン隊員としての最初の任務を必ずや成功させてみせます……あの人のためにも!」
「……カイ君たちにはあたしから伝えておくよ、また、明日任務でね」
……もっと違う形でりゅうくんの本家に行きたかったな……りゅうくん。




