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一つの物語  作者: 世界の一つ
一つの物語〜悪夢編〜
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悪夢・ユマリ編

「もう泣くな、そんなに嫌な事なら素直に嫌と言ってみろ、お前が本気でそう言っているなら僕も一緒に行ってそう話してやる」


泣きわめいていた幼い私にそう声をかけてくれたのは、我が家で知らない者はいない程の人物、リュウイチ・ナルミだった。


物心つく前から訓練を受けていた私は、彼と出会って以来段々とその訓練に対する不満と苦痛が大きくなり、そんな思いが爆発したように私は大泣きした事があった。

あの時の彼の優しい声と表情を私は今でも忘れていない


「大きくなったらゆまりをお嫁さんにしてくれる??」


「うーん、お嫁さんは難しいな」


「じゃあリュウ君の妻にしてくれる??」


「ユマリ、それは言い方を変えただけだぞ……」


「じゃあ私の夫になってくれる??」


「ユマリちゃん……?もしかしてわざと言ってるのかな?」


「じゃあ……暫くの間だけ家族に……お兄ちゃんでいてくれる??」


「……なんか引っかかる言い方だが、まあそれくらいなら良いか……ただし、お前の本当の兄さんに許可をとってからだぞ」


その時から私は彼を兄と慕い、現在も毎日のように彼の家に出入りしている。

二人分の食器を洗いながら彼との馴れ初めを思い出し、私の心の奥底から寂しさと怒りが込み上げて来るのを感じた。


「兄さん……」


[16日の悪夢]から数ヶ月経った今でも、兄さんを喪った心の傷は癒えていない。ミナトもきっと同じ気持ちなのか、私がここで洗い物をしている間たまに浴室からあの子の泣き声が聞こえてくる事がある。

ミツキやサツキは血の匂いを濃くして帰還してくる事が多くなっている事から、兄さんの喪失はかなりの人たちに影響を出しているみたい……当然その中に私も含まれている


そんな喪失感を紛らわす為と兄さんが大切にしてきたミナトの様子を見る為に家事をしにここへ来ている……こうしていると、兄さんが当然の様に帰ってくるような気持ちになる事があるけれど、一日が終わる間際にいつまで待っても彼が帰って来ないという現実に打ちのめされてしまう。


不愉快極まりない……私から兄さんを奪った奴らを決して許さない。

ミソラが関与していると思われるミッションに欠かさず出撃しているけれど、本人に遭遇する事はあれから一度もなかった……この世界のどこかで意気揚々としていると思うと、腸が煮えくり返る。


ミソラは必ず私が粛正する。何があっても必ず……!


「ユマリさん?」


ふと私を呼ぶ声の方に目を向けると、そこにはミナトが不思議そうに私を見つめていた。


「どうかしましたか?」


「……何でもないわ、ちょっと仕事の事を考えていただけ……ミナト、明日は私の代わりにサツキが夕飯作りに来るみたいよ。朝は私が作りに来るから」


「分かりました、いつもありがとうございます!」


純粋な眼差し、兄さんが大切にしてきた大事な妹……これ以上大切なものを奪われない様に私はイレギュラーを粛正し続ける。


最後のお皿を洗い終え、水を止めて冷えた両手をタオルで拭く。そしてエプロンをフックに掛けた後、私は玄関の方へと向かう途中でミナトの頭を軽く撫でる。ミナトはにっこりとした笑顔を私に向けた。


……私も兄さんにこうして撫でられた時はとても嬉しかった。兄と妹という関係だったのが少し残念だけれど、それでも兄さんと過ごせた日々は何にも変えられない大切な思い出……。


「じゃあ……またね」


「はい!今日もありがとうございました!おやすみなさい」


バタン……


……いつもの事だけれど、兄さんの家から出た途端、別世界に来たような感じになる……慣れきった実家や故郷から新居や異郷へ行くような、そんな感じ……


自宅のドアノブに手をかけ、いつものように兄さんの家に向き直る。


「おやすみなさい、兄さん……」









ーー翌日、ホーリーヘヴンーー



「ユマリ……また問い詰めに来たのですか?無駄な事だと思いますが」


ホーリーヘヴン内のとあるフロアへ訪れた私に声をかけてきたのはレイだった。


「レイ、あなたに用は無いわ。それとも奴らの代わりにあなたが答えてくれるのかしら?」


「……言ったはずです、私もアレについてはほとんど把握していません。それにあなたでも彼らに直接問いただす事もできませんよ、僕でさえ情報が入って来ないのですから」


私から兄さんを奪った一因の巨大兵器レギュレーション。

あれの現在位置と詳細についてマスターにお聞きしても不明だと仰っていた。それならと思い私はここへ足を運ばせたが、今みたいにレイが現れて現在調査中だと言われ追い返された。

でも、そんな返答では当然納得する事ができず押し通ろうとしたけれど、反逆行為になると警告された


「あなたに訊いても調査中と言うだけでしょう、そんなのもう聞き飽きたわ。良いからそこをどきなさい」


反逆行為、つまりホーリーヘヴンから除隊させられ下手をすればイレギュラーとみなされるという事……けれど、兄さんのかたきを討つためなら、そんなのもうどうでもいい。


「ユマリ、リュウイチ様の無念を晴らしたい気持ちは分かります。しかしこのままホーリーヘヴンを脱退しては返ってリュウイチ様がお嘆きになるでしょう。あの方なら言うはずです、選択を誤るなと」


「不愉快よ、私の前で兄さんを語らないで!」


「不愉快だろうと関係無い、このままではあなたを討たなければならなくなる!僕だってこれ以上大切なものを失いたくないのです!」


……っ


「……僕も現在上層部へ進言しています、しかし彼らは自分達の立場が危うくなる事を恐れ、僕にさえアレの詳細を話そうとしません」


「ホーリーヘヴン内で奴らが携わっていると露見してきているのに?」


「だからこそです、特務部隊まででしか噂されていなかったアレの存在が、今ではホーリーヘヴン全体に露見してきている。彼らはこのままベース内で問題を解決して、外には奪取されたという情報が行き渡らないようにしているのです」


気にくわない連中だと思っていたけれど、ここまで姑息だとは思わなかったわ……既に重大な犠牲者が出ているというのに……まさか!


「まさか、アレの存在が明るみに出る前にリュウガを粛正してリュウガと兄さんが血縁である事を公表して、自分達の地位を向上させようとしているんじゃ!?」


「……少し落ち着きなさい。あなたはあの日以来冷静さ失っている、それが命とりになる事もあるんです。そんな事ではリュウイチ様に顔向けできませんよ」


……不愉快だわ、兄さんの犠牲が正当化されようとしているのに何もできないなんて……!


「……レギュレーションを未だに見つけられないのは何故?あれだけ巨大な兵器なら目立って仕方ない筈でしょう」


「おそらくステルス機能があるのでしょう、あれだけのエネルギーを貯蓄しているのに、直前まで全くセンサーに反応しなかったのですから」


レイは兵器の機能さえ把握していないみたいね。それほど内密にするという事は、やはり連中にとってかなりの痛手になる事実という事かしら……これを逆手にとれば連中を上層部から引きずり落とす事もできるかもしれない。だったら、もしもの時の決定打になる可能性も……


『警報、サウス方面第67地区にてレベル8の時空間異常を探知、更にその近くでイレギュラー及び武装集団の目撃情報有り、各隊は出撃待機せよ。繰り返すーー』


レベル8のイレギュラー及び武装集団?もしかしたら紅の残党かもしれない


「どうやらお話しはまた今度という事になりそうですね、あなたの事ですから出撃するのでしょう?」


「……あなたこそ、また出撃しないのかしら?最近滅多に出撃していないみたいだけれど」


兄さんがいなくなってからガードの任を解かれて特務執政官の部隊に配属されたが、レイの出撃回数は激減しているらしい。本部で待機しデスクワークをしていると、同じくガードの任を解かれたカイが以前そう言っていた。


「最近気づいたのですが、僕はどうやらデスクワークの方がしょうに合っているみたいで……現場への出撃はあなた達にお任せしますよ、"特務執政官ユマリ部隊隊長''……様」


「……そう」


いつもの気味悪い笑顔に戻ったレイを一蹴して出撃準備に入った。

できればすぐにでも出撃したいけれど、今出たら完全な八つ当たりになってしまう可能性がある……私たちはその域を超えてしまってはならない、兄さんの目指していた"平穏な日々"を実現できなくなる。


……ミツキやサツキは今じゃそのギリギリのラインに至っている、あの子たちが踏み越えない様に私が抑止力にならないと……


"僕たちは殺人鬼と言われてもおかしくない次元で戦っている、信念無き戦いは正にそれだ"




兄さん……





「ゆまりは……ゆまりはもう訓練したくない!大好きな人を殺すなんてイヤだよぉ!!」


「もう泣くな、そんなに嫌な事なら素直に嫌と言ってみろ、お前が本気でそう言っているなら僕も一緒に行ってそう話してやる」


「……良いの?リュウ君殺されるかもしれないんだよ……?」


「大丈夫だ。それにしてもユマリは他の子達とは違ってしっかりした判断ができるんだな。信念が無い暴力はただの愚行だ、でもユマリはちゃんと筋が通ってる戦いをしようとしているみたいだし」


「……難しくて分からないよ」


「ふふ、悪かったな……簡単に言うと、ユマリは目的も無く暴力を振るわないって事だ。かなり偉い事だぞ」


「……ゆまりは今のままで良いの?」


「勿論だ。でもこれだけは覚えておけ、今まで頑張ってきた訓練は決して無意味なんかじゃない。僕がもしも選択を誤った時や誰か大切な人が間違った事をしたら、その訓練を活かして相手を止める事ができるんだ。だから無意味じゃないしユマリのしてきた事は間違ってないと思うぞ」


「本当に!?本当に本当にゆまりは悪い子じゃない??」


「ああ、僕からしたらお前は良い子だ。物事を識別できる女は嫌いじゃない」


「じゃあ、大きくなったらゆまりをーー」







……


兄さん、私なりに考えて出した答えがこれよ。

あの子たちを殺人鬼にさせないよう努める……これが今の私がやろうとしている事……リュウ君はそんな私を褒めてくれる?



……こんな事さえ聞くことができなくなってしまった事が辛くてたまらない


私も一歩間違えばただの復讐鬼に成り下がってしまう、そんなギリギリの立場だけれど……兄さんは私を許してくれるかな?


……



……



……またお話ししたいよ……リュウ君……



一歩歩く毎に涙が零れ落ちてしまう私が行き着く先は、果たして愛する人のもとに行けるだろうか……
















再び現れた武装集団、あたしは怒りを込めて拳を振るう。


きっとあなたは許してくれないだろう……でも、立ち止まったままではいられない。あなたが好きだから……


あなたのかたきをとる事、それが今のあたしの最終目標……あなたを愛しているから


そんな想いを抱きながら、あたしはかつて愛する人を殺した紅たちと対決する



次回、一つの物語〜邂逅・サツキ編〜



彼は死んじゃったのに


なんであんたが生きてるの……!?






次回投稿予定日12月31日



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