悪夢・アカリ編
ーー数ヶ月前、ホーリーヘヴン・メディカルルームーー
お姉ちゃん、やっぱりまだ起きてないんだ……一体どうすれば目を覚ましてくれるの?
ミッションを終え、帰還してしばらくした後メディカルルームへ来た。
「……あの人、どうなったのかな?」
ミッション中に現れた巨大破壊兵器、レギュレーション。あの攻撃から捨て身で私やサツキ先輩達を守ってくれたあの人の行方が分からないまま、サツキ先輩に促されるまま私は帰還した。
"アカリは先にホーリーヘヴンへ帰還して!もしかしたらあそこも狙われるかもしれないから!行きなさい!!"
サツキ先輩のあんな表情初めて見た
いつもの明るさも余裕も感じなかったし、酷く動揺してるみたいだった
あれから数時間経つけど、ホーリーヘヴンに敵は攻めて来ない。あんな兵器があるならベースや街を簡単に攻め落とせるはず……私たちの杞憂だったのかな?それなら良いんだけど……
……
あの人の事も気になるしオフィスに戻ってみようかな
「アカリさん?入るわよ?」
そう思って退出しようと歩きだそうとした時、ノックの音とイブキ先生の声が聞こえた。
ガラガラ
「あっ先生、お疲れ様です」
「ニシミヤさんの様子はどう?」
「まだ眠ったままです……」
「そう……アカリさん、今から話す事はついさっき断定された事なんだけど、落ち着いて聞いてくれる?」
そう言うイブキ先生の表情はとても重々しい、決して良い報せじゃないって事はすぐに分かった。私は内心お姉ちゃんの事で何か悪い事が発覚したんじゃないかと心配しながら頷いた。
「レギュレーションが放たれた事はもう知ってるわね?その現場で捜索隊達が回収したDNAが現在行方不明になっているリュウイチ君のDNAと一致したの……」
「一致って……じゃあ、あの人は!?」
「ええ……非常に残念だけど、特務執政官リュウイチ・ナルミ君は死亡と断定されたわ……」
イブキ先生の放った言葉に、私は脱力感と大きな喪失感が一気に入り交じり、思考が停止したようにその場で立ち尽くす事しか出来なかった……
ーー
ーー
ーー
ーー現在、メディカルルームーー
今日もお姉ちゃん、起きてくれなかったな……
お姉ちゃんが昏睡状態になってから随分経ち、私がここへ通う事が毎日の日課となってしまっている。
こうしてメディカルルームに来るのはお姉ちゃんのお見舞いはもちろんだけど、実のところもう一つ別の理由がある……それは……
「おはよアカリ、今日も早いね」
「あ、おはようございます!サツキ先輩こそ早いですね。それに花束まで……いつもありがとうございます」
綺麗な花束を持って声をかけてきたのはサツキ先輩だった、表情は穏やかだけどやっぱりどこかいつもと違う。ほぼ間違いなくあの人の事が関係してるんだろうけど……
「良いのイイの、週に何度かしか来れないからこれくらいはしたいしさ」
「お姉ちゃんもきっと喜びます!……あのー最近すごく忙しそうですけど、お身体の方は大丈夫なんですか?」
カイさん達から聞いた話だと、一日に数十回はミッションに出撃してるらしい
イレギュラーの粛正、モンスターの討伐、それにあの事件から生き残った紅の残党の捕縛……一等粛正官であるサツキ先輩が出張るほどではないミッションにも出撃してるって聞いた事がある
「別に何ともないよ。みぃ姉が手伝ってくれる時もあるし、じっとしてる方が苦痛に感じるくらいだからね」
「そう……ですか……とにかく、気をつけて下さいね?サツキ先輩の実力はよく知ってますけど、無理だけはーー」
『サウス方面、第16地区でイレギュラー出現。各隊はーー』
「ごめん、アカリ。これ代わりに活けといてくれる?あたしはミッションに行ってくるから。心配してくれてありがとう、またね」
サツキ先輩はそう言うと走り去って行った。
やっぱりいつものサツキ先輩じゃない、私は少し不安になる。イブキ先生も、サツキ先輩が週に一度はメディカルルームで手当を受けてるって言ってたし……
もしかすると、それもあの人が関係してるのかもしれない
ミツキさんもユマリさんも、仕事に打ち込む事で平静を保っているのかも……正直私も、少なからずあの人が亡くなってしまったことにショックを受けてるし、私でさえこうなっているんだから、サツキ先輩達はもっと深い傷を負っているはず……
だからと言ってサツキ先輩たちにはその事を言えないでいる、私にはそんな資格無いもん……
……
あの人の弟さんは釈放こそされたけど、私が断った事もあり一度もここへは来てない。
もしかしたら私の居ない時に来てるのかもしれないけど、今となってはそれを咎めるつもりはないし、前に比べて嫌悪感は薄れていた。
私、どうしちゃったんだろう……
あの人が亡くなったと聞いた時の喪失感を感じたのは間違いない、憎むべきはずの人なのに一体どうして……
オフィスへと戻る間、私は思考を巡らせていた。
"どうした?アカリちゃん"
っ!!
ふとあの人の声を思い出し胸が詰まる
あれ、私 なんで?
エレベーターのボタンを見ると、30階のボタンを押してしまっていた事に気づいた。どうして……?
あの時の日常が染み付いちゃってるのかな?
でもそこへ行ってもあの人は居ないし二度と戻らない
そう、二度と……
ピピ! ピピ!
不意にSPDの通知音が鳴り響き我にかえる
誰だろうと画面を確認すると、連絡相手に少し驚いてしまった。
「も、もしもし……ミナト……さん?」
『はい……その……お、お久しぶりです……今大丈夫ですか?』
「は、はい。大丈夫です……お元気ですか?」
ドギマギしながら対応する……我ながらなんだか情けない……
『はい……えっと、今日ご連絡した理由はですね……わ、私もトモカさんのお見舞いに行きたいなと思ってこうしてご連絡させて頂きました』
「お姉ちゃんのお見舞いに?」
一瞬ドキッとしたけど、すぐに平静さを取り戻す事ができた。
『その……お兄ちゃんが亡くなったと知って、ショックでしばらくおうちから出れなかったんですけど、このままじゃダメだなって思い、お兄ちゃんが毎日通っていたトモカさんのお見舞いに行こうかなと思いまして……ダメですか?』
「……どうぞ、私に断る理由はありませんから」
『あ、ありがとうございます!じゃあ明日のお昼過ぎにお伺いします』
「分かりました、こちらこそありがとうございます……じゃあ、また明日……お待ちしてます」
ピッ
通話を終え、一息つく
ミナトさんとはもう何ヶ月も会っていない、前はあれだけ普通に何度も会っていたのに今はすごく緊張してる。
エレベーターが開き、その階に降りた私は無意識にあの人のオフィスがあった場所へと足を運んじゃっていた。体に染み付いちゃったみたい……
しかし当然ながらその場所は封鎖され、アンナさんも誰も居ない
私はそこで歩みを止め、しばらく目の前に写っている光景に目をやる。
"アカリちゃん"
私を呼ぶその声はとても心地よかった
その人にかまって欲しくて何度もイタズラして、注意されて反省して、そしたら優しい表情で私の頭を撫でてくれた……その優しさはもう感じる事はできない
サツキ先輩達があんな風になっちゃった気持ちが何となく分かる気がする
でも、それでもお姉ちゃんをあんな目にあわせたのはあの人の弟さんで、そんな人を擁護したのはあの人
私は今でも許せていないところもある
そのはずなのに、どうしてこんなに胸が痛いの……?
どうしてこんなに……
誰か教えてよ……
ーー翌日、ホーリーヘヴンーー
「アカリ、今日は確かミナトさんがお見えになるのよね?」
「うん、そのはずだけど……」
私とお母さんとお父さんは、お姉ちゃんの病室に来てミナトさんが来るのを待っている。私はできれば会いたくないんだけど、逃げてはダメだと自分に言い聞かせてその場に何とかとどまることができている状態だ……
そして
コンコン
ノック音がしてほんの僅かに体がビクッとなりそのドアの向こうの人物にお母さんが返事をした。
ガラガラ……
「失礼します……皆さんおはようございます」
「あら、ミツキさんまでおいで頂きありがとうございます。お身体の方は大丈夫ですか?なんだか無理をなされているようですが……」
「私たちなら大丈夫です、ご心配頂きありがとうございます。実はミナトちゃんともう一人お会いして頂きたい人がいるんです」
「え?もう一人?」
入室して来たのはミツキさんとサツキ先輩だった、そして、その後ろには
「っ!? あなたは!!」
「お、お久しぶりです、お義母さんお義父さん……それにアカリちゃんも」
二人の後ろにはあの人の弟さんの姿があった。前に見た時よりやつれていて頬がこけている様に見える。
「い、今更こうしてここへ来てしまった事と、あなた方御家族にあまりにも残酷な仕打ちをしてしまい、申し訳ございませんでした!深くお詫びいたします!」
「ユキタカさん……」
お姉ちゃんを殺そうとしていた事が分かったあの時、私はこの人にずっと怒りを感じていた。そしてそんな人を庇うあの人に深い憎しみを抱き続けてた。けど今ではこの人に対し怒りや憎しみと言うよりも哀れみを感じる
守りたいもののために道を誤り、多くのものを失ってしまった哀れな人……と。
「例え許して頂かなくても、せめて皆さんに謝罪だけでもしたいと思い、こうして二人に無理を言って同行させてもらいました。本当に申し訳ございません」
深々と頭を下げたまま弟さんはその場で両膝をついて私たちに土下座をして陳謝した。
その行為を見て、お母さんと私は言葉を失いただ床に頭をつけている弟さんを見る事しかできない。そしてお父さんはそんな弟さんに近寄り、声をかけた
「どうか、お顔をお上げ下さい……お話はリュウイチさんやアカリから聞いております。この度は娘のトモカの為にここへお越しくださりありがとうございます。少なくとも私はあなたが来て下さった事を本当に嬉しく思っております」
お父さん……?
「ユキタカさん、主人の言う通りですわ……私もあなたがここへいらして頂いた事がとても嬉しい……トモカもきっと喜んでいます」
「お義父さん……お義母さん……」
「ユキタカさん、今日だけではなく、またいつでも来てください……お願い致します」
「はい……はい!!ありがとうございます!本当に!ありがとうございます……!うぅっ!トモカ……!ごめん……トモカぁ!!」
なんだろう……
胸が苦しい、胸が締め付けられる
この人を見ていると、あの人の姿や声が鮮明に思い出される
なんで?
「……あのサツキ先輩、ミナトさんは……?」
「ミナトちゃんはここへ来る途中でお花を買いたいからって、下の売店に立ち寄ったから、もうそろそろ来るんじゃないかな」
その発言でまた胸が締め付けられるような感覚に襲われ、胸がズキズキと痛み、落ち着きが無くなってくる
「少し遅いわね、連絡した方が良いかしら?」
「お花選ぶのに迷ってるのかな?そういうところりゅうくんに似てるし」
ドクン!
「確かにそうね、リュウイチもファミレスとかのメニュー選ぶのに時間かけてたし」
ドクン!
「やめて!!あの人の名前を口にしないで!!」
「っ!?」
胸の痛みに限界を感じたと同時に私はそう怒鳴り声をあげていた
「あ、アカリ?」
「止めてよ……あんな人の名前なんか口にしないでよ!思い出すだけでも頭がごちゃごちゃになるのに……!なんで私があんな人のせいでこんなに混乱しなきゃいけないの!?なんであんな人のために悩まなきゃいけないの!?」
「アカリ、落ち着きなさい……!」
「お父さん達もだよ!なんであんな人の事を許せるの!?お姉ちゃんをこんな目にあわせたのに……それにあの人はこの人を庇うような事してたんだよ!?この人がお姉ちゃんを殺そうとしてた事も知ってたのにそれをずっと黙ってて、私たちの前に平然とした態度で毎日現れて……毎日毎日……!」
言葉が止まらない……!
「お姉ちゃんじゃなくて……あの人が傷つけば良かったのよ!!」
「アカリ!!」
「今更死んでも遅いよ!こんな思いするくらいなら最初からあんな人いなければ良かった、関わらなきゃ良かった!……あんな人、死んで当然ーー」
パチン!!
そこまで言いかけると頬に激痛が走り、カーッと熱くなった。一瞬何が起こったのか分からなかったけど、目の前にいる人を見て瞬時に理解した
「ミナト……さん……」




