悪夢・カイ編
俺は今まで一体何をしようとしていたんだ?
復讐のため?友を守るため?
鏡に映った人物に問いかけるように疑問を投げかける……当然返答など返ってこないと分かっていながらも俺は自身に語りかけた。
"カイ君にとっては願ったり叶ったりじゃないのかしら?"
くっ!!
ミソラの放った言葉に激昴した自分、あの時は本当にそう思った。なのに今は……
「ハクさんが外でお待ちかねでしたよ、カイさん」
!?
出入口の方から声をかけられ俺はハッとしてその声の主の方に視線を向けると、そこにはレイがいた。
「レイ……悪い、ちょっとボーッとしちまってた」
「そうなるのも仕方ありません、大切な友が亡くなってしまったのですから。それとも、別の理由でお悩みになっているのですか?」
まさか、レイも知っているのか?俺たち一族の事を
「僕も人の事を言える立場ではありませんが、こういう時くらいは自分の気持ちに素直になっても良いと思いますよ。笑い、怒り、そして悲しむ、人はそれを繰り返して進化していく……と、あるお方が仰っていました。だからカイさんも、今より成長するためにも悲しんでも良いのではないでしょうか?」
進化の過程か、リュウイチが言いそうな言葉だな。
純粋な悲しみならともかく、俺の感じている悲しみはそれとは違う
違うと思う……
「俺にそんな資格はないかもしれない、俺はあいつをーー」
「"殺そうとしていた"でしょう?」
自分が言おうとしていた言葉を先に言われ俺は一瞬驚いた。それと同時に俺が予想していた通りだと気づき、冷静さを取り戻せた。
「やっぱお前も俺の素性を知っていたのか」
「リュウイチ様が暴走した時の災害で亡くなったコウガ家の生き残りで、あなたの本名がカイト・コウガである事くらいです」
それにしても、リュウイチならまだしもどうしてレイまで?
「結構詳しいじゃないか、しかしなぜお前がそれを?」
「僕も二千年前の者ですからね、少し調べた事があるだけですよ。情報源については……企業秘密です。さあ、それより早くハクさんのもとへ行かれた方が良いのではないですか?恋人を待たせてはいけませんよ」
「わ、分かったよ!でも、その事については今度ちゃんと説明してもらうぞ」
「ふふ、ではお先に失礼します」
そう言って去っていくレイの後ろ姿を見送った。
ったく、またうまくはぐらかされちまった
とりあえずハクのところに戻るか、リュウイチの執務室に戻ろう。
俺は移動しようと扉を開けたそのすぐ目の前にハクがいた。俺は咄嗟の事に足をとめる
「わっ!?ハ、ハクじゃないか!驚いたぞ……」
「ご、ごめんなさい!あの、大丈夫?」
「あ、ああ。こっちこそ心配かけてごめんな、俺は大丈夫だよ……わざわざ様子を見に来てくれたのか?」
「執務室から出ていく時のカイ君の表情が気になって……ごめん、余計なお世話だったよね」
「そ、そんな事ないさ!その……嬉しいよ」
俺がそう答えると、ハクは嬉しそうに笑う。
彼女の笑顔を見てると、なんか癒されるな
けど、アイツは帰ってこないという事実の苦痛は癒されない。この思いだけはしばらく俺の心を傷つけ続けるだろう
「あ、また暗くなった。リュウイチ君の事考えてるの?」
「え?ああ、まあな……そんな分かりやすい顔してるか?」
「もちろん分かるよ!だってリュウイチ君は一番の親友だったんでしょ?そんな大切な人を喪ったんだから、誰だって落ち込むと思う……まだ数ヶ月しか経ってない私でさえ悲しいんだから、カイ君はもっと辛いはずだし」
辛い、か
確かに気持ちは落ち込んでいるんだが、その辛さの正体が何なのか俺自身分かっていなかった。
「まあな。当然だけど、アイツがいなくなった事は今でも信じられないし、ミソラたちの事はすげぇ腹が立つ。ミソラ達の事を考えると自分の無力もあいあまって腸が煮えくりかえるくらいイラつく……けど」
「ねぇ、カイ君が今悩んでる事って二千年前の事と関係あるの?」
「え?」
思わぬ発言に俺は思わず呆気にとられた。
「ごめん、立ち聞きするつもりはなかったんだけど、二人の会話が少し聞こえて……」
「あぁ、そういう事か……まあ、な。昔アイツと色々あってさ、だから俺は本当にアイツの死を親友として悲しんで良いのかとか考えちまって」
「そっか……途切れ途切れに聞こえたからあまりよく分からないし、何かあったんだなって程度にしか理解してないんだけど……カイ君は素直に悲しんでも良いと思うよ」
素直に……
「だってさ、私が"一番の親友"って言ったら、カイ君は否定しなかったでしょ?それって心の奥底から思わないと咄嗟に受け入れられないし、疑問形になるんじゃないかな。少なくても私はそうだよ、リュウイチ君の事を大切な仲間だって思ってるけど、親友かと言われたら素直にそうだとは言えないもん」
心の底から?
「カイ君とリュウイチ君はずっと前から色んな思い出を作ってきたんでしょ?ならそれは否定しちゃいけないよ。良い意味でも悪い意味でも二人の絆なんだから」
思い出?
"いいか!絶対に生き延びてーーしろ!カイ、頼んだぞ!"
"生き延びてお守りしろ!"
っ!?
"カイ、あなたは死んではいけない!リュウイチ様を必ずお守りするのよ!あなたならできるわ!!"
父上、母上……
"親友と思っているのは僕だけかもしれないがな"
リュウ……イチ……!
「は、ははは。こんな簡単な事どうして分からなかったんだ…俺が馬鹿だった」
「カイ君はバカじゃないよ、ほんの少しだけ気が動転してただけ。一番の親友がいなくなったんだもん、仕方ないよ」
「でも俺は!俺はアイツを殺そうとしていた!父上や母上たちの遺した言葉さえ改ざんして!俺は……俺は……」
足に力が入らなくなり、俺はその場でへたれこんでしまった。
俺ってこんなにひ弱だったのか?そう思うくらい力が入らない。
「カイ君がどんな思いをしてリュウイチ君のそばにいたのかは想像するだけしかできないけど、ほんの少しでもリュウイチ君が死んで良かったと思った?リュウイチ君が死んで安心できた?」
ハクの問いかけに、俺は首を横に振る。
縦に頷く理由が無い
そう、頷く理由はいつの間にか消えていた。
ずっと復讐しようと思っていたのは事実だ、しかしアイツを親友だと思っていたのもまた事実だ。
しかしその気持ちを表に出して良いのか、俺には分からない……
「俺は……悲しんで良いのか?友を喪ったと悔やんでも良いのか?」
「うん、良いんだよ。カイ君はリュウイチ君の親友だもん、それに仲間でもあるんだし、リュウイチ君の死を悔やんだり悲しく思っても良いんだよ」
"お前が御母堂達の事を思うのなら、いつでも殺れば良い。だがそれまでは仲間としてリュウガ打倒に力をかしてくれ"
アイツは最初から俺を親友として見ていてくれた。
アイツは俺のために死を覚悟していた。
アイツは昔から、俺を信頼してくれていた。
それなのに、俺はそんな気持ちを踏みにじってアイツを殺そうとまでしていた。
それなのに!
「俺は!俺はアイツのために泣いていいのか!?」
「カイ君……うん、いっぱい泣いて良いよ。私も……カイ君と同じ気持ちだから……うっうぅ!!」
俺を包み込むように抱いてくれているハクの声は震えている……俺も同じだ。
目の奥が熱い
酷い虚無感や喪失感を感じる
溢れ出る涙
リュウイチと過ごしてきた記憶、思い出
リュウイチと築き上げてきた絆、そして……
二人で過ごしてきた証し……
それを俺は、否定しようとしていたのかもしれない。
アイツを親友と認めないでいる方が楽だから、自分が誤った記憶を構築した事を責められたくなかったから
でも、今は違う!
俺はアイツを親友として親しんでいた……いや、今でも親しんでいる。
リュウイチは
俺の親友だ
それは決して否定してはならない事実、忘れてはいけない親友と過ごしてきた日々を!
「リュウイチ君……なんで死んじゃったの……!?もっとカイ君達と一緒にみんなで過ごしていたかったのに……!!」
気づくと俺はハクを抱きしめ返していた
リュウイチ、仇は必ずとる!!




