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一つの物語  作者: 世界の一つ
一つの物語〜騒乱編〜
76/112

騒乱編3

「お姉ちゃん!」

「トモカ……!」


「幸い治癒術で内蔵の殆どは再生していましたが、それでも塞ぎきれていない箇所がありましたので緊急手術をし、傷口を縫合し、治癒術を再度施しました。出血量も最小限に抑えられていましたが、失血した分を輸血致しました」


「ありがとうございます……!あのイブキ先生、娘はいつ頃目覚めるのでしょうか?」


「それは何とも……私たちもそれを懸念しております……いつ意識を取り戻すのかは不明のままです」


……


ニシミヤ夫婦とアカリちゃんはイブキの説明を聞き僅かに安堵したが、再び表情を暗くした。


「大丈夫だよ、お姉ちゃんは絶対意識を取り戻すよ!お姉ちゃん、ちょっとのんびり屋さんなところがあるから」


アカリちゃんの空元気……いつもと違う笑顔……


「そ、そうね……きっとそうよね。トモカが目覚めるまで待ってましょう……皆でね」


虚構の笑顔……無理に押し出される言葉……


……僕はこんなものを作り出してしまったのか


「イブキ先生、トモカの事何卒宜しく御願い致します……!」


「可能な限り善処致します……リュウイチ君、あなたの怪我の具合も診察するから来なさい……それでは私は失礼致します」


僕は怪我なんてしていない。僕の衣服に付いている血液はトモカちゃんのものだ……恐らく話があるから後でイブキの医務室まで来いとの事だろう


「……りゅういちお兄ちゃん、早く行った方が良いよ。お姉ちゃんの事は私たちにお任せ下さい!」


余計気を遣わせてしまったな、後の見返りが怖そうだ。


「娘のために負ってしまった傷なら……」


「別に構わない、僕がどれだけ傷つこうがそれでもたりないくらいだ……失礼する」


トオルの言葉を遮るように僕は発言し、トモカちゃんの様子を横目で見て病室をあとにした。


……さて、イブキの医務室に行くか


「特務執政官のリュウイチだ、イブキの医務室に用があるのだが」


「少々お待ち下さい……確認致しました、どうぞお入り下さい」


受付で確認した後、今度は医務室へと入室した。


「いらっしゃい、さあジャケットとシャツを脱いで横になりなさい、傷の具合を確かめさせてもらうわ」


「イブキ……ここまでして嘘をつかなくても良いだろう」


僕の発言にイブキは何故かため息をついた……なんだ?


「やっぱり気づいていなかったのね……自分で確かめて見なさい、左腹部周辺に刺傷、左肩周辺に切り傷」


っ!

いつのまにこんな傷が……


「そんな傷がある事にも気づかないなんて、よっぽど重症のようね。外側の傷口は塞がっているけど、その反応を見ると、内部までは塞がっていないようね……さあ、分かったならおとなしく横になりなさい」


「(ごめんねお兄ちゃん……ちゃんと術をかけてあげられなかった……)」


ユリコちゃん?


「(リュウガとの戦闘をしながらじゃ微力の術しか施せなかったの……)」


ユリナも……お前たちが治癒術を施してくれていたのか、どおりで気づかない筈だ


「……っ!?私の治癒術が効かない!余程魔力の高い人を相手にしたようね……仕方ない、治癒術無しで切開および縫合します……少し痛いわよ、我慢しなさい……こっちの傷はね」


「肩の方が重傷なのか?」


「心的外傷の方よ。何があったかは分からないけれど、あなたがここまで余裕が無いなんてかなりの傷のようね。喋ると傷口に障るわよ、おとなしくしていなさい」


「いつから心療科に転身したんだ?……つっ!」


「だからおとなしくしてなさいって言ったでしょ……はい、じゃあ次は内部の縫合を開始します」


「……」


とりあえず、腹部の処置が終わるまで黙ってるか


「……今から言う事は独り言よ、あなたは喋らなくて良いわ」


……?


「私が以前ここであなたに話した事覚えてるかしら?あなたはこの世界には必要だ、自分自身も大事にしなさいって話よ……今回の件で私の仮説は証明されたわ、残念ながらね……」


……


「あなたは他者を思うが故に自身が傷つく事を厭わない(いとわない)……自分独りで重責を背負う困った頑固者……私からすればこの傷より心の傷の方が痛々しく感じるわ」


……


「……あなたは傷つき過ぎなのよ、身体だけではなく心もね……今回はそれが顕著に出ている」


そんな不幸そうな顔してたか?


「今のあなたにはいつもの余裕を感じない……だから自分が怪我をしている事にも気づかなかったんじゃないかしら?」


残念だな、それはユリナたちが……


「あなたのその不思議な剣に宿っている人たちが治癒術を施していた訳ではなく……ね」


「(貴方のためよ、悪く思わないでね)」


……さっきの会話を流していたのかよっ


「今のあなたが何を背負っているのかは大体想像はつくけれど、その背負っているものをあなたの仲間たちにも分散してもらいなさい。あの子たちならきっとあなたの支えになるはずよ……他人に頼むなんてあなたには難しいかもしれないけれど、せめて仲間たちの方から声をかけてくれた時くらい素直になりなさい。勿論、私にでも構わないのよ?」


「……今回の件は家族としての監督不行届だ、他人に背負わせるものでも分散させるものでもない……っつぅ!」


「はい、腹部の縫合は終わり。次は肩よ」


「こうしてお前に治療してもらってる事でも、十分支えになっている……一応感謝もしてるぞ」


「私としては、治療だけじゃなく普段からも力になりたいところだけど……そうしてくれる日を待っているわ」


もの好きなやつだな


「……気持ちはありがたいが、できない約束はしない主義なんだ」


「良いわよ、その時は私から聞き出すから……はい、肩の傷も縫合終わりました。服を着て良いわ、経過を確認したいから次は一週間後に来なさい……と言っても、あなたならまたすぐにここへ来るでしょうけど」


読心術が得意なのか?こいつは……そう思いながらふとイブキの顔を見ると、悲しげな表情で僕を見つめていた。再びここ(メディカルルーム)へ来る時は決して良いことではないと思っているのだろう……僕も同じ気持ちだ。


「ニシミヤさんのお見舞いに来る時もちゃんと受付を済ませてね、それと……なるべく無理をしないこと!これはドクター命令よ」


「はいはい……世話になったな、感謝する」


僕は振り向かず軽く手を振りながら返事をすると、イブキはため息混じりに「お大事に」と返してきた。

そのまま医務室から出てロビーへと移動すると、そこにはニシミヤ一家とみぃ姉とサツキ、それにユマリたちの姿があった……なんだ大所帯で


「あ、出てきた!リュウイチ!大丈夫?怪我の具合は?」


「イブキの治癒術が効かなかったから縫合処置を受けたよ。怪我自体は大した事なーー」

「あるわよ!治癒術が効かないってなによ!?縫合処置って!?」


「少し落ち着け、ユリナたちが傷口を塞いでくれたおかげで痛みは無い……恐らくトモカちゃんもそのせいで内蔵の傷口を塞ぎきれなかったんだろう」


「その効果はいつまで続くのでしょうか……?」


「そこまでは僕にも分からない。僕の治癒術でも最小限の治癒しかできなかったのは確かだ……それがいつまで続くかは、僕の傷口が塞がるまでなんとも言えない」


アカリちゃんたちに追い討ちをかけてしまうかもしれないが、一周まわって安心させられる可能性もあるので僕はそれだけは伝える事にした。


「兄さん、自分を実験体みたいに言わないで……」


「……リュウイチさん、お気遣い感謝致します。しかし、そちらの方の言う通りです。そこまで自分を蔑ろにしないでください」


「……今の僕にできる事はそれくらいだ、少しは役に立たせてくれ」


「りゅうくん……」


「トモカちゃんは?誰か付いておかないで良いのか?」


「はい、今日は私が面会時間終了まで……その前にリュウイチさんに改めてお礼を言いたいと思いまして……」


……


「よしてくれ、僕はトモカちゃんを救いきれなかったんだ。礼など言われる覚えはない」


「りゅういちお兄ちゃん……でも!」


「それでも礼を述べたいと言うのなら、あの子が目を覚ました時に言ってくれ!」


「っ!?」


……クソ!


「……すまない、僕はもう一度トモカちゃんの様子を確認しておきたい……良いか?」


「……はい、お気兼ねなく……お願い致します!」


僕はニシミヤ一家の反応を確認し、トモカちゃんの居る病室へと歩き出した。


「わ、私も……!」


「一人で行く」


ミツキが同行を申し出たが、それを断った……今は一人で行きたい気分だったからだ。


イブキの言う通りだな、今の僕に余裕はない。あの時のトラウマが重なってしまったのかもしれないな


ICUに入ると部屋の奥にベッドが見えた、そこで眠っているように目を閉じたままのトモカちゃんが横になっている。


僕はそんなトモカちゃんの手に触れ、治癒術を発動させた。


……やはり目を覚ますには至らない……しかしそれでも僕は治癒術を施すことをやめず、そのまま発動し続ける。気休め程度にしかならないかもしれないが、この子を目の前にすると何もせずにはいられなかったからだ。


「……ユキタカも守れず、トモカちゃんも守れず、アカリちゃん達にあんな顔をさせてしまい、すっかり自信を無くしてしまったよ……ヒメカ」


目の前にいるのはヒメカのはずがない、それなのに僕は自然とその名前を口にしていた。


……


……


ヒメカ……僕に何ができるだろうか……?



イブキには頑固者と言われたが、僕は間違った事をしているつもりはない。ユキタカたちを救えなかったのは僕の監督不行届……そして油断していたから……僕の責任だと言われるのが普通だと思っている。


「君ならどう思う……ヒメカ……二人を救えなかっただけじゃない、アカリちゃん達にまであんな顔をさせてしまった……あいつらには笑顔でいてほしかっただけなのに……それだけなのに……!」


っ!?


コンコン……ガチャ


「りゅういちお兄ちゃん?入るよ??」


「もう入って来てるじゃないか……なんだ?」


「えへへ……サツキ先輩たちが心配してましたよ!もう5分近くでてこないから……」


そんなに経っていたのか……少し長居し過ぎたようだ


「悪いな、つい時間を忘れてしまった。すぐ出ていくよ。アカリちゃん、ユキタカを責めないでやってくれ。あの時のあいつはほぼ錯乱状態だった。僕を超える……僕を殺すために冷静さを完全に失っていたんだ、殺意が剥き出しになるくらい……だから」


「……大丈夫だよ、私はりゅういちお兄ちゃんたちを責めるつもりなんてこれっぽっちもないもん!ユキタカお兄ちゃんはお姉ちゃんにべったりし過ぎてたんだよ!だから少しは離れるべきなのです!うんうん!」


そう言うアカリちゃんの表情は明るかった。しかしいつもの笑顔ではない、やはりどこか無理をしている様に見える。


「お姉ちゃんが起きないからって、ユキタカお兄ちゃんを引っ張ってでも連れ戻そう!ねっ!りゅういちお兄ちゃん!!」


「……そうだな、とっとと連れ戻そう……アカリちゃん」


「ん?」


「……本当にすまない」


「もう謝るの禁止!さっ行こいこ!」


必死に虚構の笑顔を作りだし、僕の手を引いて扉の向こうへと歩み始めた。

……せめてこの温もりを絶やさないよう努めよう、僕にできる範囲で……僕にできることを何でもやろう


この子たちが笑顔でいられるよう……僕が安心して日常を過ごせるために


「サツキ先輩、連れて来ましたよ!」


「ありがと、アカリ!もぉ〜りゅうくん!あたしたちを待たせるなんてひど〜い!男の子は女の子を待たせちゃいけないんだよぉ?!分かってるぅ??」


「はいはい……ニシミヤご夫妻、長居してしまってすまなかった。良ければ今後もトモカちゃんの見舞いに行きたいのだが……宜しいか?」


「勿論です、宜しく御願い致します」


「リュウイチさんも、お身体をお大事になさってくださいね」


「感謝する。僕はこれから執務室に戻るから、もしトモカちゃんに変化があったら連絡してくれ 」


僕はニシミヤ一家にそう伝え、執務室へと歩き出す。ミツキたちも僕のあとを追うように付いてきた。


「リュウイチ、これからどうする……?」


エレベーターに乗ると、ミツキが声をかけてきた。僕はボタンを押しながら返答する


「とりあえずマスターから指示があるまで待機する。紅をイレギュラーとみなすか、それとも今まで通りの対応をするか」


「リュウガたちと手を組んだならやっぱイレギュラーになっちゃうのかな……?」


「ヘヴンの隊員に危害を加えたのはユキタカだけだった。あのレッカとか呼ばれてるやつはキドたちの援護を妨害こそしたが、直接的な危害は加えていない。だから微妙なところだな……それにあいつは何となく迷ってるみたいだったし」


「……兄さん、レッカを特別視してない?」


ユマリの発言に二人とも僕を疑問視した、その表情はどことなく嫉妬のようにも見える……


「特別視をしているつもりはない、ただ何となくそう見えただけだ。お前たちはそうみえなかったのか?」


「むぅ……言われてみたら確かにレッカっていう人は本部に来た時もユキタカ君や大男をひたすら止めてたっけ……」


「ちょっと気に入らないけど、言われてみればあの人からは殺気や敵意を感じなかったわね……」


紅の中ではそれなりの人格者なのかもしれないな。


「まあ、だからと言ってあいつが紅である事には変わりはない。十中八九リュウガに利用されているだけだろうが、マスターは敵として認定なさるだろう」


ポン

『30階です』


「……ん?」


「リュウイチ、どうしたの……あら?」


エレベーターから降りて僕の執務室近くまで行くと、そこにはアキトと同じ特殊執政官のリンが立っていた……なんの用だ?


「む……リュウイチか、遅いぞ」


「なんだ、お前と会う約束なぞした覚えはないが?」


「あ、リュウイチ隊長!ご苦労さまです、あの……マスターが執務室にお見えになっておられます」


「マスターが!?」

「マスターがぁ!?」


姉妹揃って同じ反応するとは、流石だな


「だからリンがここに居るのか、誰かの兄よりきちんと仕事してるな」


「ふん、褒め言葉として受け取っておこう……それよりさっさと執務室へ入れ、マスターをお待たせするな」


はいはい……


リンの前を通り過ぎ自分の執務室へと入って行くと、確かにそこにはマスターがいた。

わざわざここまでいらっしゃるなんて一体どんな用件だ?


「やあ、リュウイチ君。トモカ君の容態はどうだい?」


「手術は成功しましたが、まだ意識は回復していません。それと、指示に反し離席してしまい申し訳ございません」


「構わないさ、君ならきっとトモカ君の様子を見に行くと思っていたからね」


「ありがとうございます……それで、ここまで来るとは一体どういうことですか?」


「それなんだが……君は以前、紅に対し可能性を信じたいと言っていたね?今のこの状況でも、君は彼らを信じているのかい?」


紅とリュウガたちの締結、ユキタカの暴走……普通なら誰しもが敵だと判断するだろう。


しかし、それでも僕は


「はい、紅はもとよりユキタカの事も信じています。しかし今回の騒動の発端は私の家族が関与し、その上私の独断で紅たちを野放しにしていた事が原因である事に相違ありません。どんな処罰も甘んじて受ける所存です」


「……分かった、では引き続き紅とリュウガに関しての全権をリュウイチ君に任せる。君を信頼した上での勅命だ、故にリュウイチ君が失態を犯してしまったとしても、それは私の責任とする……君が納得するまで、存分にやりたまえ」


っ!?


「しかし、それではあなたの立場が!」


「今この状況下で君を失う訳にはいかないのだよ、私の代わりをできるのは君だけだと思っているし、私はそう信じてる……君にとってはかなりの重責だとは思うがね」


僕がマスターの代わりになるだと……?僕にそんな資格ある訳が無い


「そんな事、私が了承するはずがないでしょう!」


一体あなたは何を考えているんだ?


「恐らくだけれど、そう思っているのは私だけではないも思うよ……少々重荷になってしまうかもしれないけれど、君の事を信頼しての考えだ。頭に入れておいてくれ。そして私が信頼している君が信じるものを私も信じよう、ユキタカ君たちの事をどうか宜しく頼むよ」


……信頼か……


今の僕にとって、それほど痛い言葉はない……









マスター

「一つの物語小話劇場、久しぶりだね。それにしてもリュウイチ君、なぜ呼んでくれないんだ?私だってこうしてお話しに参加したいのだよ?」


リュウイチ

「あなたにはお仕事があるでしょう、また勝手に出てきて……サボりですか?」


マスター

「そんな事はないさ、前にも言ったけれどここでの職務を全うする為に来ているのだよ。だから気兼ねなく誘ってくれて構わないからね」


リュウイチ

「そんなにここが好きなのか?この人は……次回一つの物語〜騒乱編4〜。余程ここがお好きみたいですね」


マスター

「その通りだよ……うむ、やはり落ち着くな」


リュウイチ

「……サボりだな……」





次回更新予定日11月4日

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