嵐の前編・家族
ーー翌日、ホーリーヘヴン・執務室ーー
「リュウイチ様、レイさん達ががお見えになりました」
『通せ』
「皆様、どうぞお入り下さい」
パスコードで入室するのも楽だけど、僕はそれが何となく恐れ多いと思い、アンナさんにお取次ぎ願いをした後入室した。
「お疲れ様です、リュウイチ隊長!」
「ああ、わざわざ呼び出してすまないな」
リュウイチ隊長にそう気遣ってもらったが、僕は呼ばれる前からここへ来ようと思っていたので謙遜した。
「いえ、実はお呼びしてもらう前からここへ来る予定でしたので、お気遣いなく……と言うか、当然の様に来ようとして申し訳ないです」
「今更だな、まあ大目に見てやる」
ありがとうございます!僕は一礼した後いつもの席につき、レイさんもお馴染みの席についた。
リュウイチ隊長に呼ばれたのは僕とレイさんとユマリさん、珍しくミツキさんや他の人はおらず僕達四人だけだ。
話があると言われて来たのだけど……どんな内容だろう?
「兄さん、お茶入れる?」
「ああ、頼む……早速だがキラ、この先の戦闘は激化するであろう事は覚悟の上だな?」
ユマリさんがいつもの様にお茶を入れてくれている中、リュウイチ隊長は真剣な面持ちで僕に視線を向けた……もしかして
「はい、リュウガの因子を持ったイレギュラーやモンスターとの戦闘するんですから……それに紅やもしかすると……ユキタカさんとも……」
自分は無力だ、自分でユキタカさんと戦うかもしれない事を口にするだけで、ユキタカさんを説得できそうにない……情けないっ
「やはりキラもそう思っていたか……どうやら全員がユキタカの事を悟っているみたいだな」
「リュウイチ隊長ほど断言できる程ではありませんが、紅側に傾倒してる事は昨日の会話を聞いて何となく分かりました……」
「そうか、ジュンといい、ユキタカといい、お前たちにはかなりの負担をかけさせてしまい、悪いと思っている。ユキタカの兄として謝罪する、本当にすまない」
リュウイチ隊長はそう陳謝したが、僕は突然の事に慌ててしまった。
「良いのよ兄さん、ジュンの事はもう吹っ切れているから。謝罪するべきは私たちの方よ」
「そうですね、ユキタカさんはイレギュラーではなくあくまで迷いに迷っての行動でしょうから致し方ありません。一方ジュンは完全なイレギュラーとなり、完全に殺戮を楽しんでいる……身内として恥ずべき事です……申し訳ございません」
「そうですよリュウイチ隊長!ユキタカさんが紅に傾倒してしまってるのが分かっているのに、何も出来ないでいる……そんな自分が情けないです」
僕達よりリュウイチ隊長の方が負担を負っているように見える。ガード兼親友の家族を粛正しなければいけないという苦しみと、自分の身内が間違った方に向いているのが分かっていながら、何もできずただ見守る事しかできない苦痛……どちらもかなりハードな事で心労も大きいはず……
「……皆んな、気づかい感謝する……話を戻すぞ。ジュンの事なんだが、あいつの今までの動きについて調べてみた。現在判明されてる情報によると、一般市民を37人、ヘヴンの隊員を24人殺害している事が判明した」
「……キリザト家の恥さらしですね」
レイさんは冷静にそう指摘し、表情を曇らせた。
「それゆえ、やつは正式にイレギュラーレベル10と認定された。それにミソラも先の動乱でイレギュラーレベル10と認定された、つまり僕たちはハイレベルのイレギュラーを少なくとも二人を相手にしなくてはならないという事だ……恐らく無傷ではすまないなだろう」
「ついに最大レベルまで達してしまいましたか……ガラドやディランを粛正する事はできましたが、ジュン達にはいつも逃げられてしまった僕たちにも責任がありますね」
「そうだな。お前たちも知っての通り、各メディアではホーリーヘヴン内で二人もハイレベルイレギュラーを出してしまった事についてとり上げられている」
悪い噂ほどメディアは報道したがるからな……そういう部類の人たちには願ったり叶ったりのとくダネだろう……
「マスターはそれについて直々に返答を行っていて、どうにか抑えられているが、下手をすればその責務について問われるだろう」
「……不愉快ね、もしもマスターの権利が剥奪されてしまったら……」
「そうなってしまうと、賢者達が実権を持つことになるでしょうね……」
そう言うユマリさんとレイさんの表情は暗い、きっと僕も同じ表情をしているのかもしれない……僕たちがしっかりしないと……!
「これはまだ非公式だが、今朝早くマスターとマザーであるユウ、それと僕を入れて三人でそれについて話し合ったんだが、ミソラとジュンを粛正する代表者……専任者を決める事になった。誰を選ぶかは僕に一任されている、とりあえず最初にジュンを粛正する専任者の仮決めをしようと思い、お前達を呼び出した」
「なるほど、それ故のこのメンバーという訳ですか」
レイさんの発言にリュウイチ隊長は「そうだ」と返答し頷いた。ジュンを粛正するにあたっての代表者……か、どうしよう……
「私個人の意見を言わせてもらうと、ジュンよりミソラを粛正したい。あいつはリュウガを盲信している節がある……恐らくこちらの専門用語で例えるとミソラはリュウガのガードでしょう?だったら私は兄さんのガードとして、ミソラを粛正したい……そうさせてほしい」
ユマリさんにしては少し珍しく、いつもより多く発言している……きっとガード同士何か共鳴する部分があるのかもしれない。
「……いいだろう、ではミソラ粛正専任者の一員としてユマリを推薦しておく、あくまで仮決めだからミソラについてはいずれまた改めて決める……いいな?」
「了解」
僕はどうしよう……ユマリさんと同じく、個人的な意見を言うなら僕はジュンを粛正するため務めたい……
「僕はキリザト家代表として、ジュンの粛正を行わせて頂きたいです。我儘を言って申し訳ございません」
「分かった、レイはジュンの粛正者として動いてもらう……キラ、お前はどうする?」
僕は……レイさんよりずっと浅い関係者だ、ここででしゃばってしまって良いのだろうか?
「レイさんが代表者を務める事になるのなら、キリザト家ではない、僕は……」
「そうでもないですよ、キラさん」
……え?
「……キラ、実はお前を呼んだのは他にも理由があるからだ。ジュンの事について詳細情報を調査した結果、お前はここにいるレイたちの遠い血縁者である事が判明した」
そ、そんな……!?
「い、一体どういう事ですか?!僕はそんな事まったく……!」
「それについては僕から説明しましょう……申し訳ありません、今までひた隠しにしてしまって……ジュンと戦う上で余計な感情が先立ってはあなたの命が危うくなると思い黙っていたのですが……ここまでジュンが絡んでしまったとなると、それが露見する事になるのはもはや時間の問題でしょう」
僕がレイさん達……キリザト家の血縁……そんな、まさか……!
「……キラさんは僕たちの父上のご弟様の奥様のご妹様の息子さんなのです。訳あって表立って言い伝える事ができなかったのですが……この様な状況になっては致し方ありません。改めて申し訳ございませんでした」
レイさんが深々と頭を下げたので、反射的に僕はそれを阻止しようと体が動いてしまった……僕がキリザト家の親族となると、ジュンとも……!?
「キラ、お前の思っている通りだ。お前もジュンの血縁者でもある……だからこそあえてこのメンバーのみに集まってもらった。その事実を知った上で、改めてジュンと戦う事ができるか、お前に問う……あいつを粛正できるか?」
……
僕はなにも答えることができなかった、言葉を失いただその事実が頭の中で巡り周り、思考が追いつかない……
「……それは、本当に事実なんですか?」
「そうだ、僕もユウたちと調査し同じ結果に至った。その情報は意図的に隠蔽されていた形跡があった、レイの言う事は事実だろう」
……リュウイチ隊長も真剣な眼差しで僕の目を真っ直ぐ見ている……本当の事なんだろう……
「……キラ、無理に決断する必要はない。今日はその事実を告げるためにも集めた、正直専任者を決めるのはそのついでみたいなものだ……重要なのはキラ、お前が事実を受けきれるかどうかだ」
リュウイチ隊長……
レイさんもユマリさんも、リュウイチ隊長と似たような眼差しをしている……まるで家族を心配するような……そう思えるくらい、どことなく優しさを感じる。
……家族、か……まだ実感はわかないけど、本能と言うか感覚と言うか、なんとなく納得はできる。
ジュンも、僕の家族……その家族を僕は……
「……まだ少し迷いはあります。仲間だと思っていた人がイレギュラー化し、さらにそのイレギュラーは僕の家族であった……でもレイさんに一任させるつもりも、全てを押し付けて一切を任せるつもりもありません、それは今でも変わらない思いです。でも……家族を粛正できるかと問われたら僕は決めかねます、まだそこまでの覚悟を持てないです……それでも、僕は選びます、ジュンと戦う事を!家族なら尚更放ってはおけない!」
「そうか、ではお前もジュンの粛正メンバーに配属する。改めて決断できたらまた僕の所に来い、それまでは仮決めとする」
はい!と返事をして僕はお守りのネックレスを握りしめる。気持ちを強くもて、同じ親族であるレイさんだって決断してるんだ、僕も彼の親族として決意しなければ……迷ってる時間はないんだ……
「キラ、家族と戦うのは確かに難しい、万感の思いが溢れ出て、攻撃に躊躇いと迷いが出る。だが、向こうはそんな事お構い無しで殺しにかかってくるだろう、僕もユキタカと戦いたくて戦うんじゃない……僕は家族として、上司として、仲間としてあいつと戦う。るキラ、お前にここまで決意しろとは言わない、ただ、どんな選択をしようと、後悔だけはするんじゃないぞ。絶対にな」
「はい……!リュウイチ隊長、ありがとうございます!レイさんも、自分も辛いはずなのに、曖昧な返事しかできなくてすみません」
レイさんはいつもの爽やかな眼差しにもどっていた。
「もしお手伝い頂けるなら共に頑張りましょう……仲間として、家族として……ねっ?」
家族……
「……リュウイチ隊長、僕もレイさんと共にジュンを討ちます。でもレイさん達より硬い覚悟だとは正直まだ言いきれません……だけど……僕も戦いたい……家族と仲間と……自分のために!」
「……ありがとうございます、キラ……とても心強いです」
「改めてよろしくね……キラ」
レイさんたちと顔を見合わせ合い、僕は二人に力強く頷いた。
「良い家族だな、普通ならもう少し戸惑うところだが、思っていたより早く完全に受け入れられそうじゃないか」
「……それ以上に信じられないような事態に直面しているので、あはは……あ、でも、リュウイチ隊長の事は信じています!これまで教えてもらった事や、共に歩んできた日々は間違いないものですから!」
「……そうか」
そう返答するリュウイチ隊長の表情はどこか曇りがかかっているように見えた。パッと見普段と変わらず平然としててニヒルな表情なんだけど……
「話は纏まったな、ジュンについての話に戻るんだが、以前再会した時にヤツの義足を見ただろ?あれは普通の義足ではなかった。これまでの情報を照らし合わせてみたら、あの義足は特殊な鉱石を素材にして作られたものだったようだ」
「特殊な鉱石?」
「あれはキリザト家が特許を握っているエレメント鉱石だということが判明した。レイやユマリなら聞いた事くらいはあるだろう?」
「話だけなら……でも、実物を見たことはないわ」
「僕は何度かその精製方法を見たことがあります、しかしあれは二千年前の技法で精製されて扱える鉱石のはず……まさか」
レイさんがそこまで言うとハットしたような様子だ……二千年前の技法……あっ!
「そうだ、恐らくそれはリュウガが絡んでると思われる。二千年前にはユマリやジュンはいなかった、ユマリの様に存在だけは知っていてもおかしくはないが、あいつがエレメント鉱石を扱える訳がない」
確かに、仮に技法を知っていたとしてもそれを精製できるとは限らない。キリザト家の古の技術を追求したのなら話は別だけど……
「あれを扱うには相当な魔力と技術を行使しないと精製できない代物です、二千年前の者ではないジュンがその鉱石を加工できるとは思えない。二千年前の人物であるリュウガがなぜその技術知っているのかは定かではないですが、絡んでいるというのは間違いないでしょう」
「確か、あの鉱石は精製し加工すると魔力の循環と効率が上がるとか……だからジュンはあそこまで強化されていたのね」
「プラス、リュウガの因子によるパワーアップ……並大抵の者では敵わないはずだ。僕の推測だが、ジュンはあの加工された鉱石をそのまま体に一体化させているのだろう、循環効率を底上げする為にな」
鉱石……キリザト家の技法……もしかして!
僕はとっさに自分の胸元に光る鉱石に目をやる。
もしかすると、これもエレメント鉱石……なのかな?
「……キラ、あなたの予想通りですよ。その鉱石も紛うことなきエレメント鉱石です、しかし鉱石はこのように加工し、装飾品として扱うか魔銃や剣に融合させないと、あの鉱石特有の毒に侵されるはず、直接身体に接合するなんて、よほどのバカがする事……もしかすると、それもリュウガが関わっているのか……?」
「おそらくそうだろうな。鉱石から毒性のみを抽出したり、効果を軽減または打ち消す事なんてリュウガにとってはなんという事はない。それに鉱石の性質を知っているのなら、そのメリットの部分だけを更に強化する事も可能なはずだ」
……そんな、どれだけ反則的な能力なんだ……!
そんなものが普及化されたら、下手をすれば僕たち一等粛正官ですら敵わないかもしれない……っ!
「だから三等市政官であるジュンが一等粛正官を殺害できたのですね!」
「あくまで予想の範囲だが、それなら合点がいく……キラの言う通り、一等粛正官をあいつ一人で殲滅できた理由はそういう事だろう。キラの首飾りでキラ並の力を行使する事ができるのなら、片足丸々をエレメント鉱石の義足にしているジュンの力は……相当な威力だろうな」
この鉱石は僕の家系で代々受け継いできた物……これにそんな性能があったなんて、今まで知らなかった。
「でも、再会した時キラが深手を負わせたのなら、まだなんとか鉱石を所持しているキラの方が一枚上手のはず……」
「あのままの状態ならそうだろうが……もしもその左半身をまた丸ごとエレメント鉱石で加工された物で補おうとしているとしたら……?」
……絶望的だ……どれだけ強くなって復活するか分かったものじゃない……!
「キラ、レイ、お前たちがもしも専任となったら必ず複数で対処しろ。単体での戦闘はなるべく避けて、致し方ない場合でも生き延びる事を優先しろ、可能なら戦線離脱しても構わない」
「了解致しました」
「了解です……」
戦況は好ましくない状態だ……でもだからと言って仲間たちを死なせたくないし、負けるわけにはいかない……!これ以上失っちゃいけないんだ!
当然家族も……ジュン、君は本当にもう戻れないのか……?僕は……どうすればいいんだ……
次回【嵐の前編・親友】
9月20日掲載




