一つの物語〜一つの可能性編〜
ーー翌日、バーネル支部ーー
「……紅との対話は失敗、だがガラドなるイレギュラーの粛正は済んだのだな」
「はい、リュウイチさんが死亡を確認した後、僅かの間に遺体は消えてしまいましたが……」
ミッションを終え、帰還した僕たちはバーネル支部へ戻ってきた。今は先日起こった詳細報告をフュー厶にする為、支部長室へと訪れている。ライザが先日の不可思議な出来事を説明し、フュー厶はそれについて考えているのか、目を閉じて黙って聞いている。
「遺体が消えた、か……俄には信じられんな。リュウイチよ、お前はこの事をどう思う?」
「奴が消えた理由は恐らく、時空間魔法を発動させた何者かが転送したのだろう、何処へ転送したかは分からんが、発動した奴には何人か心当たりがある……が確証はないぞ?」
「……聞こう」
「先ずはここにいるレイやユマリの兄弟で、イレギュラー化したジュンという男、そしてもう一人は、ガラドやジュン達に指示を出しているであろう親玉だ。そして、今回ガラドやモンスター達にある力を与え、且つ致命傷を受けたガラドを一瞬操っていたのも、恐らくその親玉だ……と、僕は考えている」
しかしこれはあくまで予想の範囲……さあ、どうだろうな。
「なるほど……確率でいい、お前ならどれほどだと考えている?」
「ジュンが時空間魔法を発動させていた可能性は20%、親玉が関与している確率は80%だ」
僕の予想をフュー厶は黙って聞き、やがて口を開いた。
「分かった……ジュンという男については後ほど詳細情報を調べておこう、しかしお前の言う"親玉"について調べるのはあまりに情報が少なすぎる故、困難だろうな……皆ご苦労だった、次の指示があるまで部屋に戻って待機していろ」
「了解致しました!」
ライザの敬礼と同時に僕とユマリを除いた者たちが同じく敬礼をし、支部長室から次々と出ていく。
……僕も戻るか
「リュウイチ、一休みしたら再びここへ来い……一人でな」
皆んなが出ていくのを目にし、それに続いて部屋へ戻ろうとした時、フュー厶が僕を引き止めた。
……なんとなくどうしてかは分かる。特に断る理由もないし、まあ良いか。
「分かった」
僕はそう短く返事をして支部長室から出ていった。自動ドアが開いてすぐ、その目の前にはみぃ姉たちが待っていた。
「なんだ、先に戻っていたんじゃないのか?」
「待ってたら悪いのかしら?」
みぃ姉の質問に僕はいいや、と答え部屋へ向かって歩き出した。皆んなも僕の後に続いた。
「兄さん、部屋にもどったらマッサージしてあげましょうか?」
「いらん、僕はそれよりたこ焼きを食べたいからちょっと街の方まで出て行く」
「休まなくて良いの?そのたこ焼き屋さんって少し離れた所にあるんでしょう?」
ユマリのマッサージより、今は先ずたこ焼きからだ。みぃ姉の言う通り、ここから少し離れた場所にあるのだが、致し方ない。
「大丈夫だ、たこ焼き食べたら回復する。と言う訳で僕は少し街をぶらついて来るから、フュー厶や他のやつらにそう伝えておいてーー」
「私も行くわよ?」
え?
「兄さんが行くなら私も行く」
ええ?
「あたしも〜!ここのたこ焼き食べてみたいし、アカリにもお土産選ばなきゃいけないし♪」
タフデビルめ
「だそうですよリュウイチ様、僕とキラさんはここで残って休憩がてら情報集めでもしてます。どうぞごゆっくりしてきてください」
「何か分かったら連絡致します、リュウイチ隊長、皆さんもお気をつけて!」
やれやれ、一人でゆっくりしたかったんだが、そうもいかなくなったな。まあいい、フュー厶にも呼ばれてるし、軽く食した後すぐにここへ戻って来るか。
「仕方ない、時間がおしいからさっさと出かけよう。でも僕は土産の買い物には付き合わないぞ、たこ焼きを食べたらすぐに戻る。いいな?」
「は〜い♪」
「ええ」
「分かったわ」
「と言うわけだ、すまないがあとは頼む」
僕はキラとレイに後を任せ、みぃ姉たちとたこ焼きを食べに街へくり出す事になった。
ーーバーネル・ザベルシティーー
へぇ、この辺りは変わりないんだな。店は同じだけど、雰囲気は前より明るくなった感じがする。
僕は懐かしさと、変わらなぬ街並みとそこに住む住民たちの変わりように少し感心した。フュー厶のやつは上手いこと職務を全うしているようだな。
「あ!あれじゃない、たこ焼き屋さん!早く行こいこ!!♪」
ここへ来るまでずっと腕組をしていたサツキが僕の腕を引っ張り、小走りでたこ焼き屋らしき店に向かう。
限られた時間が少ない為、みぃ姉とユマリは土産屋に行くと言ってとても残念そうな顔をしながら別行動をとることにした。
悪いな二人とも、僕の中ではたこ焼きが第一だからな。時間も掛けてられないし、仕方なく別行動をしているのだ。
「すみませぇん!たこ焼き4パックください!♪」
「いらっしゃいませ!4パックですね、少々お待ください」
さて、ここのたこ焼きはどうかな?
……ふむ、少々焼き加減が甘いな、タコの大きさは申し分ないんだが
「お待たせ致しました、1200ベルになります……1200ベルちょうどお預かりします。レシートのお返しです、ありがとうございました!」
ふむ、店員の対応は中々良かったな。問題はたこ焼きの味だが……僕はサツキに自分の分の代金を渡して買いに行ってもらい、渡されたばかりの1パックを取り出し早速食べ始める。
…………
…………
まあまあだな。
「ん〜美味しいけど、ベースのたこ焼きの方が美味しいね」
「そうだな、ここのは少しパリッと感が足りない。少しとろとろし過ぎてる感があるが、食べられないと言う程ではないな」
「あっははは、やっぱたこ焼きに関して相当厳しいね♪」
サツキはま1パックを食べてるが、僕は二つ目のパックを開封する。
「ねぇ、りゅうくん?」
「なんだ?」
「みぃ姉にキスされたの?」
なっ!?
ゴックン……!ゴホッ!ゴホッ!
こいつなんで分かったんだ?!
「……なんの事だ?」
「隠し事禁止ぃ!ねぇ、どうなの?」
……
「……ああ、そうだ。振り向いたら……その……突然……」
「やっぱり?りゅうくんにキスするなんてそう簡単にはできないもんね〜……これで二回目かぁ、あたしと同点になっちゃったから……もう一度しないと、ね?♪」
何をナチュラルにアホな事を言ってるんだこいつは……しかも本人の目の前で!
「するな!僕にはその気がないと何度も言ってるし分かってるだろう?と言うかなんでみぃ姉がキスした事が分かったんだよ……」
「みぃ姉分かりやすいから♪ あの日、鼻歌歌ったり無理に晩御飯作るの手伝いに来たりとか、色々ね!だからもしかして……っと思ってさ♪」
なるほどな、確かにみぃ姉は良いことがあれば気持ちがどストレートに出るからな。
「でも、僕は……」
「分かってる、すぐに謝ったんでしょ……お互いに。りゅうくんにはその気が無い事も、みぃ姉はちゃんと理解してるけど、膨らんだ想いが抑えられなかったって感じでしちゃったんだろうねぇ」
まるで自分の事の様に言うサツキ、さすがに姉妹だな。けど僕の事まで分かるとは……伊達に幼馴染みをやってないって事か。
「じゃあ、あたし達もキスしようか♪」
「そこまで分かっていながら"じゃあ"になる理由が分からん!する訳ないだろうが!」
「だって今同点なんだよぉ?今の内に優勢になっておかないと、だから早くはやくぅ!♪」
ダメだこりゃ、この状態になるとこいつは何を言っても止めようとしない。だからと言ってこいつの望みを叶えてやろうとも思わない……どうする僕!
「ふぅ……お待たせ、兄さん……と、サツキも」
ユマリ!丁度いいところに戻って来たじゃないか!
「おかえりのキスはしてくれないの?」
……少しでもお前に希望を持った僕が愚かだった!
「ぶ〜タイムアップかぁ……あ、そうだ!」
何やら良からぬ事を思いついたようにサツキの表情は明るくなった。
「お待たせー!お土産選ぶのに結構時間かかっちゃって……ん?サツキ、何か良いことでもあったの?それともそんなにそのたこ焼き美味しかった?」
「えへへぇ、まあねぇ♪ あ、まだもう一パックあるからみぃ姉も一緒に食べよ!」
両手に買い物袋を持っていたみぃ姉に、恐らく重かったのであろう荷物を椅子に置かせて、半ば無理やり自分の隣に座らせ、たこ焼きを推し進めた。
……僕も食べたかったな……
まあいいか、仕方ない自分のだけで我慢しよう。僕は二パック目のたこ焼きを口に頬張り、パクパクと食べていく。
「はい、ご馳走様……まあまあだったが、良い体力補給になった」
「本当に食べるの早いわね、こっちは二人がかりで食べてもまだもう少し残ってるのに……って、そんな目して見ないでよ、これは私のじゃないんだから……」
気付かぬ間に、僕はサツキたちの分の残りのたこ焼きを羨ましそうに見てしまっていたらしい……いかんいんかん、見ないようにしなくては……いっそうの事もう一パック買って来るか?
「かっわいい、りゅうくん♪ じゃあ特別に最後の一個あげるよ!」
なに!??
……はっ!
いや、ダメだ!既に僕の分の爪楊枝じは捨ててしまった、ここでサツキの分を食べてしまうと、関節キスになってしまう!予備の爪楊枝じもみぃ姉が使っているため、それを使うこともできない!いやしかし……!!
「はいっ!♪」
パクッ!
「んぐっ!?」
葛藤を続けていた僕に、サツキが素早い動きで最後のたこ焼きを僕の口の中へと押し込んできた。
僕は反射的に口を開けてしまい、モグモグとそのたこ焼きやを味わってしまった……不覚……!
しかし……
やはりまあまあだが……まあまあ美味い……
「にひひぃ、りゅうくんとの関節キス、ゲットだぜぇ♪」
くっそお!僕の性質を上手く使った不意打ち……不覚にもやつの策にハマってしまった!
「コラコラ!変なこと言わないの!て言うかやり方が卑怯よ!」
「そんな事ないもん!作戦勝ちってやつだも〜ん♪」
みぃ姉の注意を聞こうとしないサツキ。
その作戦とやらに上手く乗せられてしまった僕……なんて事だ……
……もう戻ろう……このままでは惨めに感じてしまう……
「……さあ、用が済んだのならもう帰るぞ」
みんなの返答を聞かず、僕は立ち上がりユマリとみぃ姉の荷物を半分ずつ持ち、スタスタと歩き出す。
「……優しい」
「……優しい」
「やかましい!さっさと来い!」
ーーバーネル支部・客室内ーー
やはりバイクに乗り慣れてしまうと、交通機関を使う事に新鮮さを感じるな。
ここの隊員たちに送り迎えをすると申し出があったのが、僕たちはそれを断った。まあ、断ったのは僕でみんなはそれに納得しただけなのだが
自分たちの娯楽のために、他の隊員たちの手を煩わせたくなかったからだ。
……一息ついたし、そろそろ行くか。
僕はフュー厶のいる支部長室まで向かい歩き出す。
その間、ここの隊員たちに出会う度、敬礼や挨拶をされ続けた……やはり何だか敬礼で挨拶されるのは苦手だ。規律がしっかりしているのは良いことなのだが、僕向きの場所ではないな……
そう思いつつ、僕はフュー厶のいる部屋の前まで到着した。近くにいる受付員に話しかけ、入室許可をもらう。
「待っていたぞ、リュウイチ。わざわざすまないな」
「僕一人を呼び出すって事は相応の事なんだろう?まあ、大体の検討はついているさ」
フュー厶は、僕を近くの席に座るよう促し、遠慮なく見るからに高級そうなソファに座る。
「話というのは他でもない、紅の事だ」
……
「なぜ捕縛しなかった?奴らのしている事は明らかな違法行為だ。我を負かしたお前なら、奴らが例え多数であっても、お前一人でも制圧出来たはずだ」
「……自分と重なって見えたんだ」
「なに?」
「奴らの思想は確かに違法だし、僕たちホーリーヘヴンの隊員なら、奴らを捕縛するべきだし止めるべきだ。けど、それ以上に僕は奴らの考えに賛同できる部分があった……確かに僕達でさえ裁ききれないイレギュラーもいる。事実、僕はそいつらを独断で粛正しようとさえ思った事もある……」
「……そうか、お前はその一部分に強く同調してしまったという事か」
フュー厶は自分で入れたコーヒーを僕の分も入れ、差し出し、自分の分のコーヒーを一口飲み、そう短く発言した。
「同調……とは少し違うな。ゼンたちと対話する前から僕は奴らのやろうとしてることを"理解"していた。仮に僕が紅に属していたら、間違いなくホーリーヘヴンと対立していたし、個人的粛正を繰り返していただろう。だから、僕は僕なりの可能性を信じててみたくなったんだ」
「可能性?」
「……今後、奴らと共存していけるかどうかという可能性に」
僕がそこまで言うと、フュー厶は手に持っていカップを置き、僕を見つめる。
「そんな事はほぼ不可能だろう、奴らはなにものにも縛られず、奴らの言う人々の"願い"を叶えていこうとしている。我らにできない事をしている……我らと道を違えている……ましてや違法行為を行っているのだぞ、そんな者達と共存など……」
「出来ないかもしれない。でも"かもしれない"だ……不可能とは言いきれない」
「……」
「だから……可能性をお互いに与えてみた。この先何度も衝突するかもしれない、しかしそれでも僕は可能性を信じる……それでも紅が大きく僕たちに敵対してきた時は僕がケジメをつける。それ相応の責任をな……だからーー」
「良いだろう。一度とは言え、我を負かした男だ。我もお前の言う可能性を信じてみよう。だが忘れるな、その責任をとると言っても、自らの命を絶つことなぞ許さんぞ。それ以外の責任をとれ……良いな?」
「いいだろう、僕なりの責任のとりかたをする」
僕はそう言うとほんの僅かにフュー厶が口元を緩めた。僕もそれにつられ、少しだけ表情を和らげた。
……可能性か、まさか僕がそんなものを信じるようになるとは……けど、その可能性は僕だけにリスクが降りかかる訳ではない。他の奴らにも負荷を与えてしまうものだ……大きな賭けだが、僕はどうしてもその可能性を信じたい
…………
可能性か
ふふ……僕も甘いな……
ユマリ
「兄さん、フュー厶とそんなに仲がいいの?」
リュウイチ
「はい?」
ユマリ
「一つの物語小話劇場……それで、さっきの質問なのだけれど……」
リュウイチ
「別に仲良くないが……何故だ?」
ユマリ
「じゃあ、婚約しようとしてるの?あんなに穏やかに兄さんが話しかけるなんて私以外いないはずなのだけれど?」
リュウイチ
「え、決めつけ?ひ、一つの物語〜疑惑編〜……ユマリ、目が怖いぞ」
ユマリ
「どうなの……?」
リュウイチ
「だから、そんな事意識してないっての!」
次回掲載日8月26日




