一つの物語〜仲間編3〜(挿絵あり)
外の冷え込みが絶頂に達そうとする夕方
あれから何件かミッション指令が出たが、どれも僕…特務執政官が出るほどのものではなかった。
帰宅時間になり、僕たち三人は執務室を後にしたその時、通路を歩いていると進行方向に一人の人物がいるのを目にした。
「これはリュウイチ様、それにカイ様とお兄様、今お帰りですか?」
「ジュン、ご苦労様です私たちは帰宅です。あなたはまだですか?」
笑顔で話しかけてきた人物に笑顔のレイが答える。
ジュン・キリザト、レイとは双子の兄弟だ。見た目は一見女性に見えるくらい整っていて、レイと同じくいつも笑顔を絶やさないので、僕でさえ一瞬見間違えそうになるくらい似ている。
「ええ、都市や住民達の情報整理がまだ済んでいませんので…市政官は仕事が多くて困ったものです」
ジュンは三等市政官、主に都市や住民の保全に関する仕事をしている。
「遅くまでご苦労さん、整理終わったら次はユウに報告だろ?大変だな」
カイがため息混じりにジュンを労わる、確かにこの時間まで仕事とは大変そうだ。
「あ、リュウイチ隊長…それに皆さんも、お疲れ様です」
僕らの背後から聞き慣れた明るい声がしたので、そちらに目をやるとそこには、キラが居た。
「キラ、お疲れさんまだ帰ってなかったんだな」
僕がそう答えた相手はキラ・トリガ、一等粛正官であり、僕の部下でありサツキやユマリと同期である。主にイレギュラー…犯罪者やモンスターを粛清する仕事を行う。
「はい、ミッションを終えて今帰還したところです」
「これはキラ様、お勤めご苦労様です」
ジュンが笑顔でキラに声をかけるとキラも笑顔でジュンに対応する、この二人は結構繋がりが深い。キラが粛正…討伐や掃討を行いその事後処理をジュンが執り行っている。そんな繋がりなので本人たちもそれなりに面識もある。
「なんか悪いな、俺たちだけ先に退勤しちまって…」
カイが苦笑いを浮かべて二人に声をかけた、確かにこの状況は少々気がひける…
「いえ、そんな事はないです。実力の差ってやつですよ」
気まずそうにしている僕たちにキラは笑顔で返答した、ジュンもいつもの笑顔で頷いている。
「キラも相当な実力があるだろう、今は分隊長だけどやろうと思えばそれより上に行けるはずだ」
キラの実力は確かなものだ、ギガントモンスターや大物イレギュラーを一人で粛清できるくらいだからな。
「そんな…僕はそこまでは…リュウイチ隊長みたいに部隊を纏めながら戦闘するほどの役割りはできませんよ」
「ですが、この前のミッションでは一騎当千の勢いだったはずですよ。あなたのお力は確かなものです」
謙遜しているキラにジュンは確かな事実を突きつける、僕もジュンの発言に納得だ。
「キラの昇格は間近かもな、そうなったら今以上に戦力になってもらうからな」
少なくても、サツキよりは部隊を纏められそうだし、被害も最小限に抑えられるだろうからな。
「リュウイチ様のお墨付きですか、ご健闘をお祈りしてますよ、キラ様」
少し照れ気味のキラにレイは満面の笑みでエールを送った。
「は、はい、ご期待に添えられるよう頑張ります!」
皆んなの期待にキラはキリッとした顔で意気込む…その後ち…更に聞き慣れた声がした。
「あー!いたいた!!まだここに居たの?皆んなもう帰っちゃうよ?早くはやく!!」
サツキだ…本当にこいつはどれだけ元気が有り余ってるんだ?
「帰るもなにも、皆んな乗る物違うし一緒には帰れんだろ」
呆れ口調で返答するとサツキはため息をつきながら口を開く
「分かってないなぁ、こういうものは気持ちの問題なんだよ!みんなで帰る事に意味があるの!」
みんなで帰るとしたら側から見ればどっかのお偉方のお通りみたいに見えるだろうが、下手すれば暴走族のような集団にも見える…
「…とりあえず、帰るか。キラ、ジュン、またな」
「はい、お疲れ様でした」
「お疲れ様です、皆様」
僕はキラとジュンに声をかけ駐車場まで歩きだす。
「あ、何気にあたしの事無視してない?うう…こんなにも仲間思いのあたしなのにヒドイっ!」
「はいはい、いいから行くぞ」
……
……
……
駐車場前まで行くと、ユマリとみぃ姉が待っていた。ユマリは分かるけどなんでみぃ姉まで…あいつは車だろうに
「待たせたな、ユマリ…と、みぃ姉も」
「なんで私はオマケみたいな言い方な訳?」
僕の言葉に不満丸出しの顔で僕を睨む
「だっていつもは別々だろ?それにみぃ姉は車じゃないか」
「だから?」
…え、なんで僕が変な事言ってるみたいな感じなんだ?
「はあ…姉妹だな」
「ん??」
「ん??」
僕の呟きに、姉妹揃って不思議そうな顔をした。こういうところはそっくりだよな、本当に
「まあいい…カイ、レイ、また明日な」
僕は天然姉妹を放置し、後ろにいたカイとレイに話しかけた。
「ええ、また明日。ユマリの事宜しくお願い致します」
「事故らないように気をつけて帰れよ。今日もお疲れさん!」
カイとレイは先に駐車場に入り帰宅していった、残るは僕とユマリとみぃ姉とサツキだ
「じゃあ、僕たちも行こう。サツキ、変に距離詰めたりするなよ」
「はいはーい♪」
僕達も駐車場に入り、それぞれ別れた。
「兄さん、抱きしめても良い?」
「ダメだ"つかまれ"」
「冗談…了解」
やれやれ…僕はバイクのエンジンを入れてユマリを乗せた、出入り口付近まで行くと、サツキのバイクとみぃ姉の車が停まっていた。
本当に一緒に帰るつもりなのか…
ーー数十分後ーー
「じゃあ、また明日ねりゅうくん、ユマリん!」
「リュウイチ、また明日ね。ユマリも」
家の前まで着くと、サツキはメットを外して、みぃ姉は窓を開けて僕たちに声をかけてきた。
いつもの事とはいえ、なんでここまでべったりなんだ…?あの二人は
「ああ、また明日な」
ユマリを降ろして僕もメットを外してそう答える。
「後でりゅうくんの部屋に行くね♪」
「コラ!」
「おい」
僕とみぃ姉が同時にツッコム
最後まで賑やかなやつだ
「兄さん、晩御飯作る?」
メットを外したユマリが僕を見つめる
「いや、今日はいい。作り置きのカレーがあるからな」
「そう…残念」
無表情のまま目を閉じて肩を下ろすユマリだが、いつも甘えてばかりはいかないからな。
「また今度頼む、まあ明日の朝も頼むんだけどな」
「気にしないで、好きでしてるんだもの」
目を開けて少し微笑みながらユマリはそう返事した
「そうか、助かる。じゃあまた明日な」
「ええ、おやすみなさい、兄さん」
自宅へ歩いて行くユマリの背中を僕は見送った。それに気づいたのかこちらを振り返り、ユマリは小さく手を振ってみせて自宅へ入って行った。
さて、帰るか
バイクをガレージに入れ、僕も自宅へ入って行った。
「ただいま」
「おかえりなさい!お兄ちゃん!!」
ミナトが玄関まで来ると元気な声で迎えてくれた。
「ユキタカは?」
「ユキタカお兄さんはまだ帰ってきてません」
へぇ、あいつまだ帰ってなかったのか、大抵いつも先に帰ってるのに。
「残業か?あいつから連絡は?」
「いえ、ありませんよ?」
「そうか…まあその内帰ってくるだろう」
そう言った後、靴を脱いでリビングへ足を運ぶ。
「ふぅ…暖かいな」
「ミナトが抱きついて温めてあげましょうか?」
目をキラキラさせて僕の顔を覗き込む…こいつも時々、変な言葉を選択する
「遠慮する、それより腹減ったろ?今カレーを温めてやる」
「はい!」
ミナトは嬉しそうに返事をした、僕はその笑みを見て自然と表情が和らいだ。
「よし待ってろ、兄さんがうまいカレーを…」
「ただいま!」
そう言い終える前、玄関の方からユキタカの声がした。なぜかその声に異様な元気を感じる。
「よう、遅かっ…」
「リュウ兄!!ミナト!!」
またも言い終える前にユキタカが声を挟む、なんだ?
「どうしたんですか?ユキタカ兄さん?」
「なんか変だぞ、いつもより」
少々皮肉を交えて質問する僕とミナト、そんな二人を見るユキタカの表情は、なんとなく薄ら笑いをして…まさか
「俺に、彼女ができた!!」
…やっぱりな
ユキタカをなだめ、とりあえず三人で夕飯を囲む。うむ、我ながらに美味い…僕はカレーにハチミツを少々入れる事で甘味を増したカレーに仕上げている。そのカレーをミナトも美味しそうに食べている。が、ユキタカはまだそれどころではないという感じに食べている。
「でさ、ヘヴンの近くに見晴らしの良い丘があるだろ?そこで二人きりになって…好きです、付き合って下さい…って言われちゃってさぁ!!」
間抜け面と言って良いくらい顔がふやけている。そんなに嬉しかったのかね、まあ考えてみれば昔からユキタカのそういう浮いた話は聞いた事がないな。
「ユキタカお兄さん、カレー冷めちゃいますよ?」
ミナトは話を聞いているのか流しているのか、冷静に指摘する。さすが僕の妹、食卓時の一番大切な事がなんなのかをよく分かっている。
「その話なら後で聞いてやる、とりあえず今はさっさと食え」
「リュウ兄も、ミナトも分からないかなぁ、この素晴らしさ!じゃあもう一回説明するぞ!」
アホだこいつ
食事を済ませ、僕が食器を片付けている間もユキタカは同じ事を何度も話してくる…仕方ない、そろそろ聞いてやるか。
「それで、ユキタカに……こんなアホに告白するボランティア精神の塊のやつはどこのどいつなんだ?」
「おお、その方は"聖人君子"という方なんですか!?」
ミナト、それはちょっと違うぞ。しかも何気にユキタカをバカにしてるし…
「エンジェール…ってやつだ」
はいはいはいはい…
「同じヘヴンに勤めてて、俺と同じ二等粛正官でサツキの知り合いらしい。名前はトモカ・ニシミヤ」
あいつ無駄に明るいし人懐っこいからなぁ、良い意味でも悪い意味でも顔が広いのは頷け…二等粛正官のニシミヤ…?
「何回かサツキ姉といるところ見て俺のこと気になってたらしい、それで今日ミッションから帰還した時にサツキに呼び止められて、ニシミヤさんを紹介されたんだ」
夕方サツキが戻ったあとそんな事してたのか、恋のキューピッドもできるんだなあいつ
「で、その物好きなニシミヤ…さんと付き合う事になったわけか」
「そういう事!」
このアホを好きになる人ってどんなやつだ?そもそもこいつの何が良かったんだ?今度その辺りを調査する必要があるな
「なるほど!ユキタカお兄さんが羨ましいです、ミナトも早くその幸せを体感してみたいです!」
…なにっ!
「良いだろぉ!ミナトはどんな人がタイプなんだ?」
アホユキタカ!それ以上ミナトを刺激するな!
ユキタカの馬鹿げた質問にミナトは顔を赤らめながらモジモジしていた…まさか、本当にそんな奴がいるのか!?どこのどいつだ、純粋なミナトをかどわかした奴は!!
「ミナトは…お兄ちゃんみたいな人が好きです…だから今のうちに家事等をこなして家庭能力に磨きをかけなくてはいけないのです!」
…安心したと言えば良いのかどうなんだそれは…それはそれでちょっと問題があると言うか…なんだか素直に喜べないし安心もできない…モヤモヤする
「…まあ、ミナトは理想が高いな。僕くらいのレベルのやつなんて過去現在未来全ての時代に存在しないぞ」
とりあえずこの話を終わらせるために事実を突きつける。許せ妹よ…
「リュウ兄よくいつもそんなに自分を持ち上げられるよな…」
「うぅ…現実というものは辛く険しい道のりなんですね…」
はぁ…やれやれ
「それで、今日帰りが遅かったのはニシミヤと一緒に帰ってたからか?」
僕の何気ない質問にユキタカはまたアホ面に戻った。
「ま、まあな、偶然帰り道が一緒でさ、途中まで一緒に帰って来たんだ」
「ほお…じゃあ、明日は一緒に出勤か?」
僕の質問にユキタカは驚いたような反応をした
「い、いや、それは考えてなかった…リュウ兄、そうした方が良いのかな?」
僕に訊くな…しかもなんで同じ方向だと分かってるのに、そういう思考にたどり着かないんだ?
…こいつまさか
「おい、お前まさかその場の雰囲気と勢いで告白を了承したんじゃないだろうな?」
「そ、それは…嬉しかったっていうのもあるけど…」
僕の疑問に予想通りの反応をした。このガキ…
「交際するっていうのは他人の人生を半分背負う事でもある、二人が同じ道を歩いて行くって事だ。この意味分かるか?」
「わ、分かってるよ…彼女の気持ちをないがしろにするつもりは…ない。受け入れた以上責任持つさ!」
…責任ねぇ
「お前の言う責任とやらがどういう意味なのか知らないが、せいぜい相手を悲しませる事はするなよ」
「…お兄ちゃん?」
つい真面目な表情になっていたのだろう、ミナトが不穏な表情を浮かべて僕を見ている。ユキタカも同じだ、さっきまでのアホ面はすっかり消えて俯いたまま目を合わせようとしない。
「………」
何も言わないユキタカを目にし、僕は水道の蛇口を閉める。
「…風呂に入ってさっぱりしてこい、浮かれた気分が少しは落ち着くだろうからな」
「……ああ」
暗くそう呟くように返事をして、ユキタカは洗面所に歩いて行った。
「お兄ちゃん、ユキタカお兄さんはどうしたんでしょう…?」
ユキタカが見えなくなるまで見送っていたミナトが暗めな表情で僕の服の裾をつまんで質問してきた。
「さあな、アホだった自分を見つめ直して愕然としたのかもな」
…明日サツキとそのニシミヤってやつの話を聞いてみるか
全くあいつは…まあ、発展途上だから仕方ない事…かな
「お兄ちゃん!」
「なんだ?」
なにかを思いついたようにミナトが僕を見つめる
「一緒にお風呂入りましょう!」
「断る」
なにを言いだすんだこいつは、というかどうしてそんな案が思いつく?
「暗くなった時は一緒にお風呂に入る事で明るさを取り戻せると、サツキさんが言ってましたよ」
なんて事教えてるんだあのアホ…
「あいつの発言の九割五分はいい加減な事だから、真に受けたらダメだぞ」
「そうなんですか!?しかしなんとなく説得力があったのですが…」
悩むミナトを見て僕は思った
明日色んな話をしなきゃならないな、サツキと……