一つの物語〜不穏編5〜(挿絵あり)
登場人物
・リュウイチ
特務執政官、リュウイチ・ナルミ部隊隊長で"自分のため"を信念に戦う成年。戦闘時は基本、2本の剣と二丁の魔銃を使う戦闘スタイルだが、基本的に右手だけで剣を扱っている。冷静沈着で頭脳明快であり、戦場に行ってもその性格を活かし、的確な指示を出し的確な行動をとる。そのため部下や仲間達からあつい信頼を寄せられている。ミツキ達を始め、多くの女性に想いを寄せられているが、本人はそれを躱しており相手にもその気は無い事を断言している。
因みに女に興味がないという訳ではなく、むしろミツキの影響で実はボイン好きだが、本人はそれを押し留めている。
家族関係は兄が一人、弟と妹が一人ずついる
・ミツキ
幼馴染のリュウイチと同じ特務執政官でミツキ・アサギリ部隊隊長。リュウイチに惚れており、彼の実の妹にすら嫉妬や警戒心を抱くほど彼を想っている。
昔からリュウイチにくっついていたせいで、彼をボイン好きにさせた張本人。
しっかりしてるがここぞと言う時に詰めが甘い時があり、私生活でもどこか抜けている。容姿端麗、頭脳明快、長く綺麗なポニーテイルが特徴。その容姿と優しさからヘヴンの隊員達には人気が高い、しかし当の本人はリュウイチにしか興味が無い。ちなみに妹であるサツキに劣らないくらいの怪力を有しているが、それを使う事はあまりない。
アサギリ家に代々受け継がれているバーサーカーという能力を受け継いでいたが、リュウイチの決死の行動でその能力はほぼ封印された。
朧月の渓谷、吊り橋前
結局休んだ甲斐なく頭痛は悪化する一方だった、幸い腹部の痛みはだいぶ落ち着いて来たからそれで良しとしよう。
痛みが和らぐ訳ではないが、自然と手で頭を抑えてしまった。
「もう、頭痛が酷いなら早く言ってよ。分かってたらあんなにはしゃいだりしなかったのに……大丈夫?」
隣を歩いているみぃ姉が文句を混じえつつ、心配して僕の肩に優しく手を置いた
「ああ、なんとかな……みぃ姉もだいぶ落ち着いて来たみたいだな」
「ええ、ありがとう……色々ごめんなさい」
肩に触れていた手をゆっくり下ろしながら、みぃ姉は再び陳謝した。しかし完全に手を離さず、僕の袖口を軽くつまんで止まった。
「ねぇ……リュウイチ」
「ん?なんだ?」
「その……二人の時は……あの……」
……?
僕たちは吊り橋を渡り終え、そのまま渓谷の坂道へと差し掛かると、みぃ姉は言葉を詰まらせた。
「どうした?」
「……ふ、二人きりの時は私の事を名前でーー」
ぐっ!!
みぃ姉の発言を最後まで聞く前に突然激しい頭痛に襲われ、痛みのあまり足の力が抜けたように片膝をついてしまった。
「っ!?どうしたのリュウイチ!大丈夫!?」
みぃ姉が驚きと不安が混ざった表情を浮かべながら僕に駆け寄って来た。
僕はなんとか立ち上がろうとするが、頭痛と異様な気配により体に力が入らない
「リュウイチ、しっかりして!!一体何が……!」
ミツキの言う通りだ……一体これは何なんだっ!?
そんな事より……
「みぃ姉……こ、ここは危ない……とにかく移動しよう……っ!」
「わ、分かったわ!さあ、私につかまって……立てる?」
僕はみぃ姉に支えられて立ち上がり坂を登り始める
……異様な空気、異様な気配、それが僕達に近づいて来るのを感じる。それと同時に僕の中で何かがざわつき始めた、あまりの悪寒に鳥肌が立ち目眩まで起き始めた。
「……くそが、やっぱりたこ焼き食べてくれば良かったな……」
「またそんな事を……たこ焼きなら帰ったら私が奢ってあげるわよ!」
はは、男として女に奢られる訳にはいかないな……っと!
僕は異様な感覚と頭痛を抑え込み、足に力を振り絞る
「……っ!だ、大丈夫だ……一人で走れる、行くぞ!」
「あ、待って!」
あん……?!
「なんだよ?こんな時に」
「ここで私が敵を引きつけるから、リュウイチは先に行って!お陰で体力も回復したし、万全な私が残った方がーー」
「却下だ!!!」
ミツキの発案に思わず大きな声で反論してしまった。
そんな僕を見て、ミツキは驚いた表情でくちをつむいだ。
「……お前を囮にするために体力を回復させた訳じゃない、いくら全快だと言ってもそれは僕の信義に反する!」
僕はミツキの手をとり駆け出す
「何があってもお前を置いて行きはしない、絶対にな!」
「……うん、分かったわ……!でも無理しないでね?」
そう言うミツキの表情は僅かに明るさを取り戻し、繋いだ僕の手を握り返して来た。そんなミツキと共に僕たちは坂道を一気に駆け上がる。
足を着く度、頭に痛みが響く……くそっ!
「はあ……はあ……ん?あれは……建物か?」
いくつもの坂道をなんとか乗り越え終えると見晴らしの良い高台に出た、そこにはいくつもの崖とそれらに吊り橋が張り巡らされている道があり、その先の向こうに僅かに確認できる建物が見えた。
「はあ……はあ……はあ……た、建物の……?……あ、本当だ……こんな所に誰か住んでるの?」
「だとしたら、結構な物好きだな……うっ!……と、とりあえずあそこを目指そう。恐らくカイ達もそこへ向かってるはずだ……多分アサクラたちもな」
本当に趣味の悪い奴がいたもんだな、こんな場所に建物を作るなんて……まあ、典型的と言えば典型的か……つっ!!
「チ……人気者は辛いな、一息つく間も与えないってか?」
「はあはあ……もう、まだ何かが追って来てるの?もうずっと走りっぱなしなのに……一体なんなのよ……リュウイチ、行けそう?」
「ああ……はあ、今度から頭痛薬を常備するか……また走るぞ」
僕たちは再び駆け出していくつもある吊り橋を渡り始める。
走る度にギシギシとロープが軋み、今にも切れそうな音と吊り橋の下にある闇、そして激しい頭痛と目眩で集中しないと体のバランスを失いそうだ
「うぅ……どうしてこんなに吊り橋があるのよ……りゅ、リュウイチ、大丈夫?落ちないでよ?」
「はいはい……僕の心配をしてないで自分の心配をしろ、足元がフラついるぞ」
悪状況の中、早急な行動と慎重な行動を要求されている為か、先を進んでいるミツキの足元は吊り橋の揺れもあっておぼつかない動きを見せていた
「だ、だってぇ!!……ね、ねえ、せめてまた手繋いで渡らない?!」
「はあ……はあ、そんな事したらそれこそ落ちるぞ、頑張って走れ……!」
ミツキの提案を拒否して、僕はただひたすらに走り続けた。下を見ると、一瞬僅かだが光を反射する何かが見えた……あの反射光とこの音……あれは川か?
そう思った時、再び強烈な頭痛に襲われた
「……っ!?リュウイチ!大丈夫?もう少しで建物に着くわ、頑張りましょう!」
「……あ、ああ、分かってる……!」
しかし、建物に近くに連れ僕の頭痛と嫌悪感がどんどん強くなっていた。でも今はカイ達と合流する事が優先だ。僕はなんとか立ち上がり再び走りだす。
最後の吊り橋……!あれを渡りきれば建物に着く、こんな状況だ、中が安全とは当然言い切れない、だがあそこに行けばカイ達と合流できるはず!
「はあ……!はあ……!はあ……!」
そうすれば少なくても、ミツキの安全は確保できる。
その後は……最悪僕だけ単独で行動すればミツキ達のお荷物にならずに済む!
しっかりしろリュウイチ!
ミツキを守るんだ!お前ならやれる!!
僕は自分を奮い立たせ、最後の吊り橋まで全力で走り続ける
数分後
もうどれくらい走ったかも分からない
いくつ吊り橋を渡ったのかも分からない
僕たちはひたすらに走り続け、ようやく最後の吊り橋前まで到着した。
「はあ……はあ……やったわ!さ、最後の吊り橋ねっ!……リュウイチ行きま……っ!?」
多数の意識、悲鳴、憎しみ、恐怖、記憶、そして大きな憎悪、それらが僕の頭の中に渦巻いている。まともに立っている事ができず、僕その場で膝をついた
「リュウイチ!?大丈夫!?しっかりして!」
少し先を行っていたミツキが駆け寄ってくる
「はあ……はあ……!まだ……まだ……!僕に構うな……行くぞっ!」
後先考えず……いや、考える事さえできなくなりつつある自分の意識を振り絞り、ロープを握りながら立ち上がり、戻ってきたミツキを先に歩かせ最後の吊り橋を渡り始める
先ほどまで僅かにしか聞こえなかった川の流れる音が今ははっきりと聞こえていた。
「……川の上流まで来たのか?……それとも単に川との距離が近いだけか……?」
そこまで言い終えるともう言葉を発する事ができないくらい疲弊してしまっていた……そして
「リュウイチ……?ねえ、リュウイチ!?」
僕は吊り橋を渡りきる一歩手前で再び崩れ落ちてしまった。
「リュウイチ!」
頭の中が騒つく……!これは……記憶…?いや、意識か……?頭に直接流れ込んでくるような……!
ミツキが僕の名前を呼びながら近寄って来た。
しかし僕はその気遣いに応える事ができなくなっていた
これは……まるで自分だけ意識の暴風の中にいるみたいで、いくつもの声や意識が頭の中をかき回し、僕の体の自由を許さなかった
「リュウイチ!リュウイチ!!どうしよう……!どうしよう……!どうしたらいいの……!」
うずくまるようにしゃがみ込んでいる僕の背中にミツキの手の温もりが感じた。顔を見る事ができないが、酷く狼狽している。
「……ううん……ダメ、落ち着くのよミツキ!私がしっかっりしなくちゃ……!リュウイチを守らなきゃっ!」
僕の背中をさすっていたミツキの手のひらが離れたと思ったら、すぐに僕を覆い尽くすように抱きしめてきた。
ぐっ……ミツキ……
くそっ!なんなんだこの感覚は……!
急いでこの場を離れなくては、こいつまで道連れにしてしまう……!
フフ……
っ!?
……おいおい!
なんだ今の気配!?
他とは比べものにならないくらいの恐怖に満ちた意識が一瞬感じられた
しかし引き続き意思の暴風が僕の中で暴れ出す。
っ!!
それと同時に後方から大きな憎悪が迫り来るのを感じた
「……くっ!み、ミツキ……!お前だけでも急いでここから離れろっ!何かがすぐそこまで来てる……!」
「何言ってるのよ!!あなたも一緒に行くのよ!さあ、私に掴まって!二人で早くここから移動するわよ!」
ミツキは僕の肩を抱えるように支えたが、意識の暴風により思うように体が動かず歩く事さえできなかった
……このままだと、いよいよこいつもヤバイ……!
……吊り橋を渡りきるまでもう少し……
やむをえん……!
考えてる暇もない!
僕は刹那に力を振り絞り、ミツキを吊り橋の向こうへ突き飛ばした
「きゃっ!?」
ミツキが橋の向こうに到達した事を確認した僕は、剣を振り上げ吊り橋の縄を剣圧で斬り裂いた
それと同時に足元が崩れ始める
ミツキが手を伸ばしたがそれは空を掴んだ
僕は吊り橋とともに崖を落ちていくさなか、ミツキに向かって思いっきり声を張り上げた
「行けっ!!走れぇ!!」
「リュウイチィ!!」
ミツキの驚愕した顔がどんどん小さくなっていく…
うぅっ!!……大きな憎悪らしきものは、落ちて行く僕の方へ向かってくる
……よし、それでいい
僕は尚も渦巻く意思の暴風に苛まれる
「いや……いやぁーーーーー!!!」
ミツキの悲痛の様な声が響き渡る
大きな憎悪は僕の方へ真っ直ぐ来ている…よかった、これであいつは……襲われずに……す……む……
憎悪が……
近づくに……
つれ……
僕の意識も……
遠のいて……
い……
く……
僕は……
ゆっくり……
目を……
とじ………
意識を失ったリュウイチはそのまま冷たい川へ沈んでいく
激流に身を委ねるようにリュウイチは漆黒の色に染まった冷水に流されていった。
そんな彼の背後から水流より早く憎悪の塊が迫る。
その塊は憎しみに満ちた表情でリュウイチを飲み込もうとしていた……
"……お姉ちゃん……"
ミツキ
どうして……?
どうして彼はあんな事したの……?
差し伸べた手で彼の手を掴めなかった……
私に力が無かったから……?
私にもっと力があれば、彼と二人で辿り着く事ができたの……?
彼を傷つける力はあるのに……
彼を守る力は無いの……?
私は……彼を守りたいのに……
私は彼と一緒にいたいのに……
彼と同じ時間を過ごしたいのに……
彼の時間を奪う事はできるのに……
なんでなの……?
なんでよ……
そんな力欲しくないよ……
「……一つの物語〜悲劇編〜……」
私が欲しいのは……
彼を失わない力……
……私は諦めたくない
絶対に……
私は……諦めない……!




