一つの物語〜仲間編〜
「自分の事、好きですか?」
彼女はいつもの微笑みを浮かべながら、真っ直ぐな瞳で俺を見つめている。純粋で優しさを感じさせるような瞳…俺はこの瞳で見つめられるのが苦手だ…
「リュウイチさんは自分の事が好きだと思っていますか?」
再び彼女は俺に語りかけてくる。その表情は変わらず明るい
「…自分を好きだなんて思った事も無いし、むしろ嫌いだ。そんなネガティブな事を聞きたくて質問してるいるのか?見た目の割にいい性格してるな」
今の俺に言える全ての思いと嫌味を込めて彼女に返答してやった。まったく…いつもこいつは痛い所を的確に突いてきやがる。
「あはは、ネガティブなリュウイチさんらしい答えですね」
嫌味を込めたのに全然気にもとめていない、それどころか正論で返してきやがった…しかしそれは不思議と嫌味には聞こえない、彼女のこういう部分も俺はどうにも嫌いになれなかった。
「私はリュウイチさんに自分を好きになってほしいと思ってます。私が好きになったリュウイチさん…そんなリュウイチさんを自分自身でも好きになってほしいんです。」
屈託の無い、純粋な笑顔で俺を見つめ続けて語りかけてくる…恥ずかしくなる事を平気で口にする…
苦手だ…でも、嫌いになれない…俺は彼女を…
「リュ……チ……あ……よ」
声…?…寒い…眠い…しかし段々声が大きく聞こえてきた…
「リュウイチ!朝よ、起きなさい」
聞き慣れた声、それが逆に眠気を誘った…が
「早く起きなさい!」
声の主を無視して束の間の眠りを優先しようとしたが、頬に鋭い痛みが走る…仕方ないので僕は眠気を抑え、声に反応する事にした
「んー……あぁ、お勤めご苦労さん…みぃ姉…」
ベットに寝ている僕を見下ろしている人物に僕はいつもの他愛もない労いの言葉をかけた。
「まったく、寝言を言うのはそれまでにしてさっさと着替えなさい。服、ここに置いておくから」
呆れた様に言いながら、手慣れた手つきでタンスから服を取り出し、ベットで横になっている僕の足元にそれを置いた人物。
ミツキ・アサギリ
それが彼女の名前だ。隣の家に住んでいて、ほぼ毎朝僕を起こしに来る。
僕から見ても彼女は容姿端麗で、僕程ではないがなかなか頭脳明晰であり、僕の3つ歳上の…まあ、姉的存在…だからみぃ姉と呼んでいる。
「朝ごはんもうできてるみたいだから、早く降りてきなさいよ。じゃあ、また後でベースでね」
綺麗な微笑みを浮かべながらみぃ姉は部屋から出て行った…本当に、毎朝よく来れるよな…あいつは。
僕は眠い目をこすり、置かれた服に着替えて一階のリビングへ足を運ぶ。
「おはようこざいます、お兄ちゃん!」
「おはよ〜、リュウ兄……」
リビングで朝食を食べながら二人は僕に声をかけるそいつらは、いつも元気な妹のミナトと、毎朝眠そうにしながら食べている弟のユキタカである。
「ああ…お、今日はサンドイッチか朝ごはんっぽいな…いつも悪いな、ユマリ」
僕は妹と弟に軽い相槌をうって台所で後片付けをしてる人物に声をかけた。
「おはよう、兄さん…好きでしてるから良いのよ」
物静かに返答してきたのは僕の家の向かいに住んでいる1つ歳下で幼馴染のユマリ・キリザト
ユマリもいつも朝ごはんを作りに来てくれている妹的存在だ。感情表現に乏しく、クールと言うか無口と言うか…
「もう終わるから手伝わなくていいわよ…兄さんはゆっくり食べてて」
と、自然に足が台所に行こうとしていた僕を制止し、またもや物静かに声をかけてくる。
ユマリの兄とは正反対と言っていいくらい表現に変化が無い、ちなみに僕だけを"兄さん"と呼んでいるのは、本人曰く『兄と呼びたいから』らしい、ユキタカや兄貴の事やユマリの実の兄でさえ名前で呼んでいる…決して僕の趣向ではないっ!
「そうか、じゃあお言葉に甘えて…いただきますっ」
僕はユマリの厚意を素直に受け止め、朝食が置かれているテーブルを前に空いているイスに座りサンドイッチに手を伸ばす。
「ん…いい味だ…」
できの良いサンドイッチを口にし、感謝の意を込めて一言発言した。
「お粗末様…明日は何を食べたい?」
片付けを終えたユマリが僕の方を向いて歩きながら誰に言うでもなく質問してきた。
「ユマリさんの作る料理も良いですが、ミナトはお兄ちゃんの作ったハンバーグが食べたいです!」
「ハンバーグは朝食ではないだろ…オレは愛する人が作ったミートパイが食べたいなぁ…」
ユマリの質問に答えたミナトとユキタカだが…色々指摘したい点があって、僕は二人に呆れてため息をもらす。そんな二人を見たユマリが少し間を空けて僕に向き直った。
「…兄さん、何を食べたい?」
そう言うユマリは無表情で、おそらくミナト達の意見は受け流したのだろう。まあ二人の発言を無視したい気持ちは分かる、ユマリの質問にまともに答えてないしな…
「そうだな…明日は味噌汁が良いかな」
「了解」
僕のリクエストにすんなり答えたユマリ、そして僕たち二人の話を聞かずにまだ意見を交わし合っているミナトとユキタカ。一見おかしな状況だが、我が家ではこれが日常なのである。僕と…おそらくユマリもそんな日常に慣れて自然となっているのだ。
「やっぱりハンバーグが良いです!」
「やっぱりミートパイが良い!」
もうお前らは黙ってなさい…
「ごちそうさま、さてベースに行くか…ユキタカも早く準備しろよ。ミナトは家事の方頼むな」
「はい!」
「はいよ」
僕の声にミナトとユキタカは素直に反応したのを確認した後、ユマリの方に顔を向けるとユマリは食器を流しに置いてこちらに歩いて来ていた。
「ユマリ、僕はバイクの準備してくる。外で待っててくれ」
「バイクに乗ったら、兄さんに抱きつくわね」
…ユマリの時々言葉の選び方が少しおかしい事に僕は密かな悩みを抱えていた。
まあこれもいつもの事なのでそこまで意に介していないのだが、ユマリのためにもここは訂正しておくべきだろう
「…"抱きつく"じゃなくて"つかまる"だろ」
「冗談…」
僕の訂正にユマリは口元を少し緩ませながら答えた。
…答えたのだが、理解しているのかと言うと恐らく理解していないか受け流しているのだろう。
その証拠が僕に向けているほんの少し緩みのある表情だ。
「やれやれ…じゃあ、少し待ってろ」
少し呆れ口調で言葉を発して、僕は玄関の方に足を向けてバイクまで歩き出した。
ホーリーヘヴン
世界の秩序と平和を守るための世界規模の大組織、大施設…もう長いこと、僕はここで勤務している。
と言っても、僕は世界や秩序を守ろうとは微塵も思っていない、全ては"自分の居場所を確保する為"に勤めている。謂わば自分の信念のためにこの場所を利用していると言ってもいいだろう、だからミッションや命令も僕の意志で選ぶ事のできる"特務執政官"に就いた。
上の御偉方達の命令で動くなんて真っ平御免だからな。
「おはようございます、リュウイチ様、ユマリ様」
「ああ」
「どうも」
特務執政官、リュウイチ部隊隊長
これが僕の肩書き、大それた名称だが、ヘヴンを統括している"マスター"のみが指令できる私兵部隊の様な物…まあ側から聞けば凄い立ち位置なのだが、僕からしたら全て肩書きでしかない。
「じゃあ、また後でな、ユマリ」
「ええ」
ユマリとは執務室前で別れ、自分の席へと足を運んだ。僕は自分の執務室へ足を運ぶ
「よう、タイチョーさん!今日も寒いが、風邪なんてひいてないよな?」
僕の執務室に入ってすぐ、気さくに話しかけてくる聞き慣れた話方と声の方を向くと、イスに腰掛けている人物がいた。
「カイ、お前こそ鼻たらしてないのか?」
カイ・セト、僕の幼馴染兼ガードの一人、所謂ボディーガードを務めている。立場的に僕の方が上なのだが、私情でも長い付き合いなので敬語は使わせていない。
「はは、大丈夫みたいだな。ならヨシ!」
カイは僕ほどではないが、ベース内でもなかなか人気のある男、つまりイケメンであり性格も人望が高い気さくなやつだ。
「ごきげんようリュウイチ様。今日もユマリと出勤ですか?」
僕の次に執務室に入ってくるや、明るく丁寧な挨拶をしてきたのがレイ・キリザト。ユマリの兄だ。
丁寧な口調だが、キッチリした丁寧ではなくどこかのほほんとした丁寧である。こいつともカイと同じくらい長い付き合いで、もう一人の幼馴染兼ガードだ。
「お前の妹だ、少しは心配とかしたらどうなんだ?」
「お相手がリュウイチ様なので僕は安心していますよ、なんならご結婚されても構わないのですが」
僕の皮肉をやんわりとした口調で返すレイの表情は凄まじくにこやかだ。
そう、こいつは妹のユマリとは違いいつも笑顔で、無表情のユマリとは正反対の雰囲気を出している。長い付き合いの僕から言わせても同じ遺伝子を持っているとは思えない明るい表情である。
…まあ、同じ遺伝子だと思う所もちょくちょくあるのだが、普段の表情を見ているとそれを忘れさせる。
「話が飛躍し過ぎだ…それに結婚なんて軽く言って良いような単語ではないぞ」
「それほど信用しているという事ですよ、その時は心から祝福致しますよ」
こういう所だ…言葉の選び方がどこかおかしいのがキリザト一家なのだろうが、僕としては困りものだ
「祝福の必要はない、僕よりカイを応援してやれ」
「俺?!い、いや、俺はいいよ…!」
僕の受け流しのマトになったカイは慌てふためいて立ち上がった
実はこいつ、女の話になると極度に緊張をするのだ。
イケメンでモテはするが、そのクセが災いして上手く関係を築けない可哀相な性格をしている。と思いつつもそのクセを利用して楽しんでいるのが僕たちの楽しみでもある。
「遠慮するな、なんなら相手との間を取り持ってやるぞ?」
「よ、余計なお世話だ!…ったく、お前らは」
カイは呆れてふてくされて自分の席に座った。
からかいがいのある奴だ、レイも満足そうな笑みを浮かべている…いや、あいつはいつも笑顔か
「おや、いつもこの時間になると来る人がまだ来ませんね?」
「そう言えばそうだな、ミッションか?」
カイとレイが僕の顔を覗き込むように見る、多分あいつの事だろうが僕の知り得る事ではない。だが…
「来ないって事はそうなんじゃないか?あいつが意図的に来ないとしたら、ろくでもない事を考えてるかミッションかのどっちかだろう」
ミッションか…あいつなら大丈夫だろうが、違う意味で不安になる時がある。まあ、後でマスターに訊いてみるか…
『イースト方面、ランドル地区にてレベル1の時空間異常とモンスターの影を探知、各隊は出撃待機せよ。繰り返す…』
そう思った時、全体警報が発令された。
…レベル1か、最低限の時空間魔法を使えるくらいの輩が出没したって事か…まあ、それくらいなら僕らが出張る必要はないだろうな。
ピーピー
今度はデスクの上にあるモニターから呼び出し音が鳴る。
「はい、こちらリュウイチ」
「おはよう、リュウイチ君、私だ」
モニターから聴こえてくる優しさに満ち溢れたような声はマスターだった、世界各地にあるヘヴンを統べる実質世界の統治者だ。
「おはようございます、マスター。どの様な御用件でしょうか?」
ちなみに今現在僕が敬語を使う唯一の人物である
「警報は聞いたね?ランドル方面には今サツキ君に出撃令を出しているんだ。大丈夫だとは思うがもしもの事があるかもしれない、リュウイチ君、援護に向かってくれないか?」
来ないと思ってたらあいつが行ってたのか、サツキなら大丈夫だと思うんだが…
「サツキならわざわざ僕が出るまでもないでしょう、ご心配なさるのは分かりますが、他の奴に行かせても良いのでは?」
レベル1なら特務の僕がでる必要はないと思い、少し反論してみる。
「もっともだね、サツキ君じゃないなら他の誰かでもよいと思うけれど、サツキ君だからあえて君にお願いしたいのだよ」
少々薄ら笑い口調で言うマスター、なんでサツキのお守りなんてしなきゃいけないんだ。やれやれ…この人は本当に…
「…はぁ、了解、出撃します」
「ふふ、ありがとう。宜しく頼むよ」
通信を切って僕は立ち上がった、まあ時空間魔法なんてそう簡単に扱える代物じゃないし、少々気になっているのが正直な気持ちだ。
「時空間魔法…レベルは低いが相応の手練れプラスモンスターか、ちょっと気になるな」
立ち上がった僕を見てそう言うカイ、どうやらカイも同じ事を考えていたようだ。
「実際見てみたら分かる事でしょう、リュウイチ様」
「ああ、手短に済ませよう。行くぞ、二人とも」
レイの言う事も一理ある、さっさと確認してさっさと終わらせよう。カイとレイを率いて、僕たちは執務室を出た。
ヘヴンで活動するものは全員ナノマシンを体内に注入される。隊員たちのバイタルチェックをする為のもので、このお陰でセンサー探索が可能になる。
そしてもう一つ、超小型イヤホン無線、出撃時やミッション遂行中にこの無線が役に立つ、壊れる事もないしイヤホンを少し押し込む事で応答する事ができる優れものだ。
『ミッションコード確認、司令者マスター。ミッション指揮官名をお願い致します』
全体通信でナビゲーターの声が聞こえる。
「指揮官名、リュウイチ・ナルミだ。同行者はカイ・セト、レイ・キリザト」
『確認致しました、ミッションスタート』
「了解、リュウイチ・ナルミ出撃する」
三人とも各々の相棒のバイクを走らせヘヴンを後にする