信頼編2
「うん、異常無し!でも念の為大事をとって明日まで入院しましょう、その後は退院してもOKよ」
「ありがとうございます、イブキ先生!良かったな、トモカ!」
トモカちゃんの検診を終えたイブキがそう太鼓判を捺すと、ユキタカを含め、そこに居た全員が胸を撫で下ろした。トモカちゃんの現場復帰もそう遠くはないだろう。
「ありがとう、ユキタカ君。みんなもありがとう、心配かけてごめんなさい……でももう大丈夫だよ」
「また一緒に仕事できるのを楽しみにしてるぜ、トモカ!今はゆっくり休んで、英気を養ってくれ。待ってるぞ、なっ!リュウイチ!」
「ああ、そうだな」
「リュウイチさん、本当にありがとうございました!このご恩は一生忘れませんわ、一体どうやってお返しすれば……」
「よしてくれ、なんだかむず痒い……トモカちゃんが目を覚ました、今はそれだけで十分だろ?余計な事は考えなくて良い」
夫人の言葉に僕は少し突き放す感じに返したが、意に介していないようだ。大喜びと言った感じに目をキラキラさせている。それはトオル氏も同じだった、何も言わず頭を下げて礼をしてきた。困った夫婦だな。
「まあ、元気になって良かったな。僕はこれで失礼するよ、お大事に……またな」
「あっ!待ってよ、リュウイチ! トモカちゃんお大事にね!」
「は、はい!ありがとうございます!」
僕が部屋を出て行くと、何人か後を追ってきた。また大所帯か……まあ良いか……
「あ、あの!待って下さい!」
ん?
背後から呼び止められて足を止めると、そこにはアカリちゃんの姿があった。なんだろう?
「どうした?アカリちゃん」
「あの……その……」
そう口ごもり、周りを目だけを動かしてキョロキョロと見るアカリちゃん……
「……あ〜あたしたちは先にりゅうくんの執務室に戻ってるね、さ!みんな行こ行こ!」
「あ、ああ……そうだな、また後でなリュウイチ」
何かを察した様にサツキたちが揃って足早に去って行った。一人になったのは良いが……アカリちゃんは一体何を言おうとしてるんだ?
「……あの……私……ごめんなさい!あなたがどんな気持ちで私と接していたかも知らず、酷い事……何度も……それに、殴ったりもしてしまって……本当にごめんなさい」
「あぁ、その事か。確かミナトに聞いたんだよな?僕は気にしてないし僕が勝手にやった事だから、別に謝罪しなくても良い」
「どうして……どうしてあなたはそこまでしてくれたんですか?!あなたを傷つけて、あなたを愚弄して、それなのにどうしてそこまで優しくーー」
「言っておくが、優しくしたつもりはない。言ったろ?僕の勝手だと……強いて言うなら、アカリちゃんが元気でいてくれないと僕が嫌な思いをするからだ。それだけだよ」
僕はアカリちゃんの言葉を遮るようにそう返答した。
そうだ、今も昔も僕は僕のためにしか行動しない。トモカちゃんを目覚めさせたのも、アカリちゃんの怒りの捌け口になったのも、全て僕が平穏な日々を過ごせるようにしただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「そのために……そのためにあなたが傷ついても良いって言うんですか!?私の事だけじゃない、お姉ちゃんたちがあんな事になって一番傷ついていたのはあなたじゃないですか!それなのに……それなのに……あなたは……」
そこまで言うと、アカリちゃんは大粒の涙を瞳に溜め込んだ。今にも流れ出そうなその粒はアカリちゃんの瞳の中でうるうると揺れている。
「……それでも、傷ついていたのは僕だけじゃないだろう?アカリちゃんも十分に傷ついていたじゃないか……僕はただ、それ以上お前に傷ついてほしくなかったんだよ。断っておくが、アカリちゃんの為じゃない、僕が嫌な思いをしない為だ。その為なら僕はどんな事だって……っ!!」
突然アカリちゃんが駆け寄り僕の胸の中まで来ると、その一部に温かい何かが服越しに伝わって来た。おそらく涙だろう、容易に想像できた。
「くうぅ……それが……それがどんなに私を救っていたか……そしてその救いがなくなって私がどれだけ悲しかったか……!あなたという存在を喪って、どれだけ……私が……うぅ!」
……
「すまなかった」
今は泣くな……とは言えないな……この子を泣かせてあげることが今は救いなのかもしれない。僕は震えているアカリちゃんの肩に手を置いた。
「ううん……もう良いんです……こうして戻って来てくれて、私……本当に嬉しいから……あの……」
「ん?なんだ?」
「またあなたを……信じて良いですか?ううん、違う……あなたをこれからも信じて良いですか?」
アカリちゃんが顔をあげて僕をじっと見つめてきた。まっすぐな眼差しだな、こういう所もトモカちゃんにそっくりだ。曇りのない眼差し、この姉妹のこういう瞳にはどうも弱い……でも僕に出せる答えは
「誰のためでもなく、僕は僕のやり方で、僕なりに歩んで行く。それも昔も今も変わらない、としか言えないな」
「そうですか……そうですよね……あなたはそういう人です……良かった」
今ので納得できるのか、そういう所はサツキにも似てるな。信頼ってやつか?
「あの……もう一つだけ……あなたを……あなたの……その……」
ん?
「え、えっと……やっぱりなんでもありません……すみません急にこんな……お姉ちゃんの事とか、本当にありがとうございました!し、失礼します!」
そう言って涙で濡れたまぶたを拭きながらトモカちゃんの居る病室へ戻って行った。
何を言おうとしていたんだろう?
「(あの子も貴方並に素直じゃないわね)」
(なんだ?ユリナには分かるのか?と言うか、僕が素直じゃないってケンカ売ってるのか?お前は。)
「(ふふ、事実を言ってるだけよ。分からないならそれでも良いんじゃない、今はね。近い内にまたあの子の方から何かしらの行動はしてくるわ、これは黒華である私の予言よ。精々あの子を悲しませないように気をつけなさい)」
と、言われてもな……僕にはなんの事なのかさっぱり分からないし、何が正解なのか見当もつかない。
近い内、か……まあ、それまで待ってるか、なんの事か考えながらな。
「(今答えを教えても良いのだけれど、それじゃ少し不公平になるから教えてあげない)」
(そうかい、それにしてもユリナ、なんだか少し楽しそうだな。僕の反応を見て楽しんでないか?)
「(さあ、気のせいじゃない?)」
楽しんでるな
はぁ……とりあえず、アカリちゃんとの溝も少しは埋まったみたいで良かった。次はマスターの所か、一体どんなご要件なんだろう?
ーー数分後、マスタールームーー
「失礼致します。遅くなり申し訳ございません、お呼びにより参上致しました。少々連れがいます、重ねて申し訳ございません」
「やあ、リュウイチ君。大丈夫、君たちを待っていたよ。挨拶回りで忙しいのにすまないね」
事前に数名同行すると言っておいて良かった、まったくこいつらは少しは事の重大さというのを分かれよな。
「待ちくたびれたぞ、リュウイチ」
「レッカ!?なんであんたがここに!?あ、でも手錠はしてある……え!でもじゃあなんでぇ!?」
「落ち着きたまえ、サツキ君。レッカ君は私がここへ呼んだんだ、勿論リン君の監視下にある。心配しなくても大丈夫だよ」
「は、はあ……でもなんか納得できなぁい!」
「やかましいぞサツキ、少しは大人しくしてろ……それで、レッカを交えたお話しとはなんでしょうか?」
「はは、君は理解力が早いね。さて、ここへ来てもらったのは他でもない、今おかれているホーリーヘヴンの状況の事だ。その事で君に一つ重大な事を頼みたい……単刀直入に言おう、リュウイチ君には賢者として立候補してもらいたい」
……
マジか……
「えぇ!!リュウイチを賢者に!?賢者って言ったらマスターの次に権力がある重要人物じゃないですか!何故リュウイチを賢者に?!」
「昨今、賢者達が独自に開発指示を出していたレギュレーションの事が大問題になっていてね。私も認知していなかった事も大問題になり今の賢者達の支持率が大きく下落しているのだよ。最初はこのホーリーヘヴン内で済んでいたのだが、ある人物がマスコミにリークしてね、今じゃ世界的に注目が集まっている大事件になってしまったのだ」
マスコミにリークしたのは誰だ?賢者達に近い人物か?それとも……
「その負債を何とかしようと、今賢者達は躍起になって行動している。ホーリーヘヴンの中では既に彼らの指示を受けようなんて者達は少ない、よって次の賢者を決める為の選挙を行う事となったんだ。そこで、私はあのレギュレーションを二度も退かし、且つ犠牲者を最小限に抑える事に成功した君を……リュウイチ君を推薦しようと思っている」
「しかし、それだけで何故私を?賢者候補ならもっと他の者が適切ではないのですか?」
「勿論誰でも良いと言うわけでもない、君の言う通り他に適した者がいるかもしれない。しかし私が一番に信頼できて尚且つあの兵器を破壊できそうなのはリュウイチ君、君しか思いつかないのだよ」
おいおい……責任重大所の騒ぎではないぞ
困惑している僕を見て、マスターは笑みさえ浮かべている……なんなんだその余裕なお顔は!
「レイ君から話は聞いたんだろ?今彼には賢者候補を潰せと賢者達から司令を受けている。しかし私はそんなレイ君にこう指示を出した。賢者候補を推薦してくれとね」
「何故レイにそんな指示を?」
「カイ君、逆に質問しよう、彼はもっと良い上司を持つべきだと思わないかい?不等な命令を下されて困惑している彼を私は何度も見てきた。賢者達から離れられない事情があるのなら、いっそうのこと彼自身に上司を選択させてあげようと思ってね。矛盾した司令を受け、彼はどうするかな?」
「あいつの選択……見当もつきません……」
そう表情を暗くするカイ、確かにあいつがどんな選択をするかなんて、想像する事も難しい。普段から何を考えているか分からないやつだったからな、一体どうするんだろう?
「私には大体の見当はつくよ、恐らく……」
プープー!
そこまで言うと呼び鈴のブザーが鳴った。僕たち以外に誰を呼んだんだ?
「あぁ、君か。待っていたよ、入ってくれたまえ」
「失礼致します、マスター……おや、リュウイチ様これはごきげんよう。あなた方もここへいらしてたのですね」
来訪者は今噂されていたレイだった、いつもの笑顔でいつもの明るい具合に話かけてきた。
こいつの選択か……
「レイ君、今日で期日だ。前に言っておいた宿題の答えは出たかい?」
「ええ、私なりに考えた結果、次の賢者候補は……リュウイチ様を推薦致します。熟考した結果です」
レイ、お前まで!
「なるほど、では賢者達からの司令はどうする?候補者を潰すように言われているのだろう?」
「私の主はリュウイチ様です。賢者達の司令は二の次ですよ、勿論命令違反なので処罰も受けるつもりです」
レイ……
「……そうか、処分は覚悟の上という事だね……レッカ君、さっきの話しは本当に信じて良いのかい?」
「はい、リュウイチが賢者として立候補した暁には、私たちが総出を挙げてバックアップいたします」
「私たちって……?」
「彼女はね、信頼を得る為に紅の全名簿と所在地を私に明かして、リュウイチ君を全力でバックアップすると約束してくれたんだ」
紅の!?総数数千人以上のやつらが一丸となって僕のバックアップをするって言うのか?そんな事が……!
「おい、お前達。何故そこまでして僕を推薦するんだ?話がどんどん進んでいるが、僕はこの話を受けるとは一言も言ってないぞ」
「紅の全メンバーに通達したところ、私が信じた者なら自分達も全力で協力すると言ってくれた。リュウイチ、私が信頼しているのはお前だ。お前ならこの世界を正しい道へと導いてくれると信じている。どうか選挙に立候補してくれ」
レッカ……
「レッカの言葉に同感する形になるのが少し不愉快だけれど、兄さんを信じられるのは本当よ。それに、私たちキリザト家を直属の配下にしている賢者が兄さんになったらどれだけ嬉しい事か……」
ユマリまで……
「リュウイチ様、僕はどんな処分も受ける覚悟です。あなたを推薦するのは、あなたが相応の御仁だからです。賢者になるべきなのはあなたしかいない、そう断言しても良い」
レイ、僕にそんな資格は……
「(いいえ、資格ならあるわ。人生に絶望していた私達を貴方は救い出してくれた。それだけじゃない、貴方のお陰で人生に希望すら見いだせたのよ?他の誰でもない貴方のお陰で……)」
ユリナ
「(……ユリコも同じ気持ちだよ……)」
ユリコちゃん
「僕は……」
「リュウイチ、責任重大だけど、あなただけに背負わせるつもりは毛頭無いわ。私たちも全力であなたをサポートする!私達にできることは何でもするから、私はリュウイチが賢者になる事には賛成するわ……もちろん、辞退しても気持ちは変わらないからね!リュウイチの思う通りにやりなさい」
ミツキ……僕の思う通りに、か
「リュウイチ君が賢者になっても執政官の任を解くつもりはない。両方兼任しても構わないよ、君の好きなようにすればいい。マスターである私が許す」
執政官兼賢者になるということか……
「待ってくださいマスター、リュウイチが決断する前に言っておきたい事があります……マスター、リュウイチが賢者になっても俺を……俺とレイをリュウイチのガードとして働かせてくれませんか?分不相応かもしれませんが、今度こそリュウイチの親友として、そしてガードとしてリュウイチを守りたいんです!お願い致します!」
カイ、お前……
「酷なこと言うが、君達はリュウイチ君のガードとして一度失敗している。そのレッテルを貼られても尚、君たちはガードを務められるのかい?」
「覚悟はあります!」
「必ずや成し遂げてみせます」
「……よかろう、マスター権限により君たちをリュウイチ君のガードに任命する。善処したまえ」
「はっ!ありがとうございます! ……つーわけだお前がどう転んでも俺とレイはお前の味方だぜ、頼りないかもしれねぇけど、俺たちは本気だからな。それだけでも頭の片隅にでも入れておいてくれ、リュウイチ!」
カイ、レイ、お前たちの気持ちは嬉しいんだが……だが……
「待って」
そう隔てるようにして言ったのはサツキだった。
「あたしはりゅうくんを賢者に推薦するのは反対です」
誰もが驚いたであろうサツキのそんな言葉に、一同は文字通り驚愕している。皆んなが困惑している中、サツキは何を思っているのだろう?
サツキ
「一つの物語小話劇場、どおも、サツキちゃんで〜す……」
リュウイチ
「元気ないな、いつものアホ元気はどこに行った?」
サツキ
「だってぇ!なんか不愉快じゃん!みんなしてりゅうくんをさぁ!!」
リュウイチ
「ん?」
サツキ
「もおいい!次回、一つの物語〜信頼編3〜!あぁムカつく!」
リュウイチ
「なんでそんな怒ってんの??」