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最初の頃は森の中の不便な暮らしやジェニーさんの突飛な言動に苦労したが段々ここでの生活にも馴染んできた。日の出とともに起床し朝食を食べ、森に薬草を取りに行ったり、肉を調達するため動物を狩ったりもした。最近はまっているのは野菜作りだ。ジェニーさんはそういうのは面倒だと言ってやらなかったが、私は少しでも食事のパターンを増やしたかったので木を少し切り倒して豆の栽培を始めた。
家事もこなしているとあっという間に時間が過ぎる。こんな場所での生活なので魔法はとても役に立った。そして、日が沈むころには寝る。
そんなことの繰り返しだ。
遊びたい盛りの年頃である私は、遊び相手もなく娯楽もなく、大した変化のない毎日に飽き飽きしてきていた。
今私は一人で留守番をしている。ジェニーさんは久しぶりに村へと物々交換(自給自足の村ではお金はほとんど使わない)に出掛けているためだ。
「ちょっと森に出掛けてみようかな」
退屈凌ぎに薬草採集にでも行ってこようかと考えた。以前は薬草の見分けなんてつかなくてどれも雑草にしか見えなかったけど最近は見分けがつくようになってきた。
初めての一人での森の探索だ。ジェニーさんの「一人では決して森をうろつくな」という言いつけを破り、好奇心と言いつけを破ったことによる妙な背徳感を覚えながら森の探索に乗り出した。
この後何が待ち受けているのかも知らずに。
森の西の方は行ったことがなかった為、そっちに行くことにした。うっそうとした森の中を野生の動物に注意しながら、注意深く進む。
「ん?」
何か周りの雰囲気がさっきまでと変わった気がする。と、向こうの茂みから何かの物音がした。
姿を現したのは大きさが3メートルはあるかという大きな白い狼。よく見ると、尻尾が九つにわかれている。こんな動物見たことない。というよりも最早動物の範疇を超えている。
「魔物……」
あまりの衝撃に固まってしまった。学のない私でも魔物――瘴気を撒き散らす悪しきもの――の存在ぐらいは知っている。その魔物のうつろな目が私を捉える。私は我に返ると一目散に逃げだそうとした。
が、それは叶わず一気に距離を縮められ、押さえつけられた。
「がはっ」
物凄い圧力がかかる。全身が痛い。その中でも足に一際大きな痛みが走る。恐る恐る足の方に視線をやる。
「ヒッ」
右足が太ももから食い千切られて大量の血を噴き出していた。地面には既に血だまりが出来ている。魔物は片足で私を押さえつけながらさっき食い千切った足を咀嚼している。
死ぬ――。私は後悔の念に駆られた。ジェニーさんは、戻ってきて私がいないことに気が付いたら、どんな顔をするのだろうか。やや常識にかける変わり者ではあったけれど、悪い人ではなかった。
ああ、私はなんてバカだったのか。今まで特に危険にさらされることもなく、変化のない日々を送ってきた。ある程度は魔法で自衛できるようになった。
しかし、それが何だというのか。前世も含めば私はそれなりの精神年齢にはなるが、しょせんは幼い子供。こんな小娘に何ができる。
今の私は、ただの弱者。ただの被捕食者。
いろんな感情がごちゃ混ぜになって涙があふれだす。涙にゆがんだ視界に魔物の顔が迫ってくるのが映る。一瞬のことなのにやけに長く感じる。
――生きたくはないか。
頭に直接声が響く。
――運命を変えたくはないか。
恐怖で頭がおかしくなったのだろうか。低く轟くような声が聞こえる。
私はまだ何も出来ていない、まだ、生きたい――。
この際何でもいい。藁にもすがる思いだ。
「生きたい」
かすれて声になったのか分からない。返事を聞き届けることなく、私は食われた。