13
今私は馬を追っている。もちろんただの馬ではなく、8本の足を持つ魔物だ。最初の頃、一度この馬を捕まえようとしたのだが、中々足が速くて追いつけじまいだった。
目が覚めると、私は二尾に進化していることに気が付いた。そのため力試しもかねて、リベンジしているのだ。思いのほか精晶石の効果が大きかったようだ。
一回りほど大きく成長した体で、みるみる追い縋り飛びかかれる距離まで接近する。
えいや、っと背後から飛びかかり首に噛み付く。
するといきなり口の中に激痛が走った。
「キャウン!」
思わず情けない声を上げてしまった。その弾みで地面に転がり落ちる。
追いまわされてたまった鬱憤を晴らそうとするかのように、馬が足を振り上げ私を踏みつぶそうとしているのが目に入り、慌てて距離を取る。形勢不利を悟った私はほうほうの体で逃げ出した。
口の傷の痛みに悶えていると、
「あは、あはははは」
不意に上の方から耳障りな笑い声が聞こえてきた。声の主を探してみると、予想通りに、あの鳥が木の枝の上で笑い転げていた。
「あ、あれはないだろ。よりにもよってスレイプニードルの鬣に噛み付くなんて。しかも何さ、あの情けない声」
うう、まさか鬣があんなに針みたく鋭いなんて思わなかったんだ。
「黙れアホ鳥。笑うな」
きっと睨み付けるものの、相手が木の上では手の出しようがない。今度木登りの練習でもしようかな、などと真剣に考える。
「アホっていう方が馬鹿なんだよ~」
アホ鳥からなんともアホな返答が返ってきた。
「大体僕にはちゃんとした名前が……」
そこでアホ鳥は可愛らしく首を傾げた。喋らなければ目の保養にもなって美味しそうなただの鳥なのにな。
「そういえば自己紹介してなかったよね。じゃあ、改めまして。僕はユージーン・トンプソン。
これからよろしく」
ただの魔物なはずなのに、なんだかやけに人間臭く感じた。
ともかく、相手が名乗ったんだから私も答えておくか。
「私は……」
そこで言葉に詰まる。甘利美緒?それともケール?どちらも前世の名前だが、今の私は魔物。どちらも違う気がする。
「どうせ名前なんてないだろ。うーん、そうだなー。じゃあ、今から君の名前はキアラだ」
少し考える素振りを見せてから、ユージーンはそう言った。
「もう。勝手に名前つけないでよね。……まあ、名前がないのも不便だし別にいいけどさ」
答えながら私はこれからの行動に考えを巡らせた。口がこうも傷だらけでは、満足に狩りもできない。
けがの状態がよくなるまでは草でも食べて我慢するしかないのか、と考えて私はげんなりとした。
一人で考え込んでいると思考がどんどん悪い方向に行ってしまう。
気持ちを切り替えるために、ユージーンに話しかけてみることにした。