忠臣編
眠っている間の夢の記憶って、夢の中では理不尽な出来事も絶対的なのだと思う。
たとえ、それまでに幾つも記憶が沢山あったとして、夢での記憶が嘘だとしても、夢に出てきた役割を与えられれば、それは絶対的になるのだと。
それはさながら、劇のようだと、僕は思った。
昔、兄さんとよく一緒に劇を見に行った。
兄さんは俳優志望の人で、僕は脚本家志望だったから、二人で熱く劇について語った。
だけど僕らは、永遠なんてものがないことを思い知る。
兄さんは、僕らのお姫様である幼馴染みの美衣さんと、夏休みの合宿で火事にあい、なくなった――兄さんの遺体は、美衣さんを守る騎士のようだったと消防隊員の誰かが、噂していた。
今、僕は塔の螺旋状である階段を只管に登っている。
自分によく似た男の手を握って。ぼんやりと、何でいい年してこんな男と手を握って、階段を上っているんだ、子供じゃあるまいし。
手を離そうとした瞬間に、逆に力強く握られた。
「上りたくない時に、手を離せ。それ以外で手を離せば、訳も分からず階段が崩れる」
よく分からない塔のルールだ。
ただただ、階段の外には見慣れない街をビルから眺めたような景色があった。
男はぽつりぽつりと言葉を発する。
「お前は、やりたいことはあるか?」
「ないよ」
「ない? どうして」
「だって、僕は夢も希望も持ってませんから」
それなりに夢や希望を持って生きていた、けれどいつからだろう、その全てを荷物のように置いて生きるのが当たり前になったのが。
荷物はいつしか誰かにかっ攫われてもしょうがないくらいには、今は思い出せない。何故か記憶に靄がかかる。
かつんかつんと階段を上りながら、僕は男に語りかける。
「貴方はあるんですか?」
「やりたいことをする為に塔に上っているんだよ」
「へぇ、こうして僕を塔に上らせるのが貴方のやりたいことですか」
「そう、オレは選択を待っているんだ。塔を上るか、上らないか」
「そこに理由はないんですか? 何故塔を上らせるのか、という」
「それは言えないルールだ」
「馬鹿馬鹿しい」
「――家族はいないのか、守りたい家族」
「いましたよ。とても大事で自慢の兄。兄はね――、あれ?」
「兄がどうしたって?」
振り返った男の顔は、成る程、僕にそっくりなのではなく「双子の兄」にそっくりなのだと思った。
「貴方、兄さんでしょう? 成る程、三途の川ではないんですね、僕は死にかけているのでしょう?」
「答えられない」
「兄さん、もし此処が三途の川代わりなら僕は上れない。階段を下ります……」
眠っている夢の記憶って、夢の中では理不尽な出来事も絶対的なのだと思う。
たとえ、それまでに幾つも記憶が沢山あったとして、夢での記憶が嘘だとしても、夢に出てきた役割を与えられれば、それは絶対的になるのだと。
ただ、夢だと気付いた瞬間、夢を見ている人は無敵になり、夢を操れる――。
今、僕は死の瀬戸際を夢で演じているのだと思う。
兄さんが判りやすく、死の案内人という役割を見せつけて演じているのだろう。
もっと判りやすく早めに演じてくれたらいいのに。
「階段を無事に下りる行為ができる保証はないぞ、もしかしたら此処から飛び降りなければ、出られないかもしれない」
「もし不正解であれば、僕は貴方と共に此処で塔の案内人とやらを演じましょう」
ふっと笑いかければ、兄さんは、ふいに手を離した。
手を離した瞬間、足下から階段が崩れ、クラッカーや拍手、銀テープまで飛び出して僕が落ちるのを祝福していったんだ。
手を伸ばして瞬けば、そこには年老いた母親と父親が、悲しげに僕の名を叫んだ。
嗚呼、そうか。
僕は、酒を飲んだ後、風呂に入ったまま寝ぼけて、あわや死ぬところだったのだ、と思い出した。
昨日は兄さん達の命日で、思い出しては悔し泣きし、やけ酒していたんだった。
兄さんと美衣さんには、二度と会えないのだと。
でも、――それは違うんだね、二人はきっと僕を見守っている。
何故、死の瀬戸際に見たのが塔だったかは判らない。
でも、偶に僕は外を見れば、薄らとでかい塔があるのを目視できるようになった。
塔の窓を望遠鏡から覗けば、兄さんが色んな人を塔から追い出そうとしているのが判るようになり。偶に兄さんと目が遭うと、兄さんはほんのりと微苦笑していた。
ご老人にだけ優しくするのが見えた瞬間、僕は天国という存在を信じた。
「兄さん、その舞台だけはやめて、頂上にのぼったほうがいいよ」
人の面倒まで気負う兄さんに、悲しくなりながらも、ほんのりと呆れた。
短編で一気に載せるのと迷いましたが、此方にて。
最初長編で書いていた物が纏まらなくて、気晴らしに短編で組み立て直して、アップしてみました。
なので、また同じ名前の人物が出る可能性が高いですが、どうかご容赦を。
最後まで読んでくださり、有難う御座いました。
また別の作品でお会いしましょう。