龍臣編
生きていれば将来何になれたかな。
将来の夢といえば、一応俳優ではあったんだけど。
叶えられる人は一握りとされてる、職業だよな。
オレは生きていたら、一握りになれる器であったかは、今も気になる。
俳優になりたい切っ掛けは、忠臣や美衣との遊びだった。
二人でいつも、ごっこ遊びしたり、変身ヒーローの真似事したりしていたんだ。
それが楽しすぎて、二人といる時間を続けたい延長でもあった。
二人と遊ぶ時間をもっと増やしたいという子供心が、大きくなってもそのまま存在していた。
だから、美衣と忠臣が演劇部を選んでくれたとき、心から喜んだ。
喜びや、感動が永続的に続いたら、いいのにな。
「何でだよ……どうしてなんだよ! ウワアアアア!!」
寝たばこをした客が騒いで、柱に潰されている。
オレも狼狽えながら、必死に美衣を起こそうとしても、最早酸素が回らない。
起きるのが、気付くのがあまりにも遅すぎた!
ゆらりゆらりと煌めくオレンジと黄色、アアそれと何色だろう。兎に角沢山の暖色系を集めた色が、オレや美衣の周りに埋め尽くされてる。
落下パズルゲームだったら、次のブロックでゲームオーバーな瞬間。
それならせめて――せめて美衣が柱に潰されないように。痛い思いをしないように。
強く抱き締めた頃に美衣が目を覚まし、オレの意識が飛んだ。
塔の中にいるのだと気付いた。らせん階段の途中にいるんだと。
窓の外から見える景色は、夜で綺麗な地上の灯りが点描のように映し出される。
美衣に先に行くように頼んだ――。下りていた途中で、寝たばこをした奴が塔の頂上を目指して、通り過ぎようとしていた。
よく分からない感情が過ぎった、怒りでもあり悲しみでもあり悔しさでもあった。
こいつ、オレに少しも謝らないのか、オレや美衣はきっとこいつの所為でこんなところにいるのだというのに――! 涙が溢れそうだったけれど、堪えて睨み付けてやる。
「何なんだお前は! 退け、さっさと頂上へ行きたいんだ!」
「どうしてだ、お前のせいでッ! そんなことより、一発殴らせろ!」
「殴る? 身体も持たないお前が? 痛みも感じない俺を?」
「は――」
「ここはなぁ、天国に上る為の塔なんだよ! 誰でも頂上にさえ行ければ、天国にいくことが出来るんだ! 地獄なんてない、頂上に行く根気さえあれば誰でも天国へ行ける!」
「――お前みたいな、奴でも、か」
オレはそいつの首をひっつかんで、塔の窓まで追い込んだ。
「へぇ、身体は持たなくてもアンタを持てるくらいはできるみたいだ。
落としてやろうか、お前だけは頂上にのぼったらいけない」
「どうしてだ!? 誰にでも上る権利が――」
「いいや、ないね――なぜなら」
この瞬間、オレは生きていたら、素晴らしい俳優になれただろうな、と確信した。
男にはオレの笑みが、酷薄に見えただろう、怯えている。
「オレがこの塔の管理者に選ばれた、お前は挑戦者失格だよ」
そんな言葉を吐けば、男の足下がひび割れ、階段がタイミングよく崩れた。
階段が崩れた先には、とんでもない化け物が口をあけて待っているのが見える。
目だけ真っ赤に充血していて、口の中以外が真っ黒で見えない。けれど、確実に気持ち悪い生物だと本能で思った。
アア、嫌な予感するなぁと思っていたら、誰かがオレの手を引っ張っていた。
オレの腕を引っ張って、階段から持ち上げてくれたのは、祖父さんだった。
「大丈夫か」
「……祖父さん。やっぱり、アンタがいるってことは」
「上ってる最中にお前さんに出くわすとは、ついてないのう。さて、上るぞ、龍臣」
「……助けてくれたのは、有難う。でも、上れない」
「どうしてだ?」
「さっきみたいな奴も上るなら、阻止したい。これはオレのエゴだけども、誰も管理しねぇなら、オレが管理するんだ。身体があるなら、上りたくないやつだっているだろうし」
「そうか、なら此処を上ってる最中で気付いたことを一つだけお前に教えよう。この塔は、足下が崩れる時は、生還するか、塔の頂上へ向かう勇気がなくなったときだ。管理するからには、決して塔の頂上にいつか向かう勇気をなくしてはなるまいぞ」
「うん、わかった……祖父さん、死んでも面倒みてくれて、有難う」
「これも縁だろうなあ、それじゃあのう」
祖父さんを見送ったところから、オレの舞台は始まる。
演技を――ひたすらに塔に上りたいという演技をし続けながら、塔の管理をしなければ。
でなければ、悪人でさえ頂上にのぼる。
美衣が頂上でいつまでも待ってるってことなら、オレ、何年でも舞台で演じ続けられるよ。
さァ、拍手、お辞儀、幕が上がる――オレの、舞台が始まる。
窓辺にある、花束に気付く。花束を手に取って、華の匂いを嗅ぐまでに、華は崩れ落ち砂へと変化した。
美衣からの、手紙みたいだと、本能的に感じた――すまない、美衣。
お前がいる場所を、守りたいんだよ、いつまでも。