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墓荒らしの魔女と王子たち  作者: まめ僧
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墓荒らしの魔女とぬいぐるみ王子

エリス・クロウが生まれたのは小さな村だ。村の名前もエリスは知らない。外の人間相手に説明する必要がないからで、大陸最大の国コーネリウスに在りながら行商人すら立ち寄らない田舎なのだと言う言葉を、あの日国王軍が攻め入って来るまで額面通りに受け取っていた。十も満たない頃に村が無くなったのであまり多くは覚えていないが、エリスを可愛がってくれていたお姉さんと、近所に住んでいた男の子の事はよく覚えている。特にお姉さん。しっとりと艶やかな黒髪、黒曜石のような瞳を持つ彼女には子ども心に憧れたものだ。彼女のようになりたいと言うと村人はこぞって顔をしかめ、どうせ真似をするなら妹のマニラにしなさいと言われた覚えがあるが、妹のマニラは覚えていない。遊んでもらった事がないのだろう。

『つまり君は…ライラの一族なのか』

「そう言われている事を知ったのは村を出てからですが」

頷くと、エリスに抱えられて犬のぬいぐるみ、チャッピーは考え込むようなそぶりで顎に手を添えた。

『なるほど、君がライラの書を読める理由は分かった。…それにしても、他にも生き残りが居たと言うのは驚きだな』

「他?」

『嫌、深い意味はないんだ。忘れてくれ』

ぬいぐるみは緩く頭を振る。現在チャッピーの中にいる、コーネリウス王国第六王子ロウは齢、十五六と言った所か。生まれる前の事だろうに、さすが王子。感心しながら見ていると、それで、とぬいぐるみはエリスを見上げた。

『僕を元に戻す方法はあるんだよな?』

どうあっても話はそこに行きついてしまう。

エリスは頬を引きつらせると、視線を逸らした。

「た、多分」

『多分!?』

「おそらく…」

『もっと頼りなくなってどうする! 僕を見て言え!』

「すいません、悪気はなかったんです!」

怒りに任せて地団駄を踏んでいるようだが、宙ぶらりんの足は小刻みに上下するばかり。中身が王子になったと言うだけでこんなにもふてぶてしくなるものなのかと思いつつ、ふてぶてしくても可愛いチャッピーは腕を組むと、眠そうに垂れ下がった目を光らせた。

『戻して貰わなければ困る。僕はいつどこで殺されても不思議じゃない身だ。今すぐにでも国を出たい』

「あの」

『なんだ?』

「ロウ王子は第六王子ですよね? こう言っちゃ何ですが、命を狙われる程王位に近いとも思えないんですが…」

訊くと、ロウは溜息ひとつをまず返した。

『………五人の兄上は健常で、僕は随分年も離れている。ついてくる家臣もいなければ、準備だって出来ていない。誰が考えても王位に手が届くはずもない僕だが、エリス、こういう事は盤石を期すに限るんだ。かもしれないはあってはならない。手が届くはずのない王子でも反旗を翻すかもしれない。兄上の誰かを支持するかもしれない。この王位争奪戦で一番に摘んでおかなければいけないのは、どの兄にとってもまず僕だと言う事だ』

「そういうものですか」

『そういうものだ』

伝手を当たってくると、ルッツがロウの身体を抱えたまま消えたおかげで、城から逃げてきた王子がこの場にいるとは思えない程平和な街が広がっている。ロウは小さな首を巡らせて行きかう人々を見渡すと、肩をすくめた。

『それにしても、案外誰も気にしないものだな』

「何をですか?」

『ぬいぐるみが動いていても、だ』

「まあ、子どもでもないのにぬいぐるみを持って歩いている女なんて、普通は遠巻きですよ」

『そういうものか?』

「そういうものですよ。王都は色んな所から人が集まりますからね。見るからに危うき者には近づかないのが一番の防衛です」

『君はまさかそれを狙っているのか?』

「まさか。純粋にチャッピーが相棒だからです」

答えると、ロウはめまいを覚えたようにこめかみに手を添えた。

『……そうか』

「ロウ王子はライラの本の内容って知ってます?」

『魔術書じゃないのか』

「まあ魔術書に違いもないんですけれど、そもそも本当はライラが想い人へあてたただの恋文なんですよ」

『恋文? まさか』

「魔術は、ライラが愛する人といる為に編み出した方法でしかないんです。だからあれは魔術書でもあり、恋文でもある」

『じゃあ君の言葉を借りて言うのなら、世界にはライラの恋文が五十冊以上あると言う事か?』

「そうなりますねぇ」

正確に言うのであれば、確認されているだけで五十二冊。はるか昔にすでに燃やされたものもあると言う。反ライラを公言し、魔女たちが住む地を奪って建ったと言われるコーネリウス王国にこそ一冊しかないものの、南にあるアザト国の国王などはライラの書を好んで収集していると聞き及ぶ。未だに遺跡などから発掘される事もあり、エリスが持つ通り名、墓荒らしの魔女もそこからついたものだ。つまりは五十二冊など遥かに超えている訳である。

「特にこの国では、ライラは悪魔に身をやつした魔女だと言われてますが…、ライラの書にこういう一節があるんですよ。


天使のかたちは知りもしないの 羽が黒か白かも

そこで愛をささやくのなら 何でも構わないわ


愛する人が悪魔だろうと天使だろうと、ライラは構わなかったんです。愛を感じられたらそれで良かったんです。そのために魔術を編み出したんです。彼女にとってはたったそれだけの事が、彼女は悪魔と契ったと人に言われ、魔女と言う人種を作り出した」

ロウはエリスを見上げる。淡々と口を動かす彼女はまっすぐと視線を前に向けたまま、緑色の瞳を細めた。

「人の目を気にしたって、望むようには見てくれないんです。じゃあ気にせずに、己が見える世界を生きようとする魔女や魔術師は悪で、彼ら殺される時は、見える世界が違うと言う理由だけで殺されます。本当に怖いのはどっちなんでしょうね」

ライラの一族とひとくくりに言われているが、ライラの血を引いている者など一人もいない。彼女の書を読み魔女に足を踏み入れた者を、またその血筋を総称してそう呼ぶようになった。要は異端者と言う意味だ。コーネリウス王国は魔女たちが住む土地を奪って建国したとされている。そして僅かに生き残り、息を潜めるようにして生きていたライラの一族を村ごと打ち払った。

ロウは息を潜めるようにして訊ねる。人の身であったら、さぞ冷たい息が漏れた事だろう。

『恨んでいるか? 国王を…、国を』

「…恨んでない…と言えば嘘になるかもしれません。父と母を亡くした事実は変わりませんし…。だけれどわたしは近所の男の子と森でかくれんぼをしていたのもあって、実は何も見ていないんです。村の人たちが襲われる所も、両親の遺体も。だから村が無くなったと言うのもいまいちピンと来なくて。……まあ、そう思って一度行ったとき、廃墟しかなかったので諦めはついているんですけれど」

『男の子とかくれんぼ?』

「そうです。近所に住む、ものすごーーーーーーく意地悪な男の子…。でもどうしてだかあの日だけ一緒に遊んだんですよね。森でかくれんぼしようって手を引かれて…」

「ロウ様」

「わ!?」

後ろからかかった声にエリスが身体を揺らす。振り返ると、にこにこと微笑むルッツが立っていた。オレンジの陽を浴びて、金色の髪が濃く見える。彼の両手に自身の身体がない事を見たぬいぐるみは遅れて小さな身体を震わせた。

『ルッツ! 僕の身体をどうしたんだ!?』

「持って移動するのは的になりますので、とりあえず預けて来ました」

『あずけ…!? 誰にだ!』

「伝手ですよ。大変不本意ながら旧知の仲の男です。金さえ積めば安心な奴ですのでご安心下さい。そもそも今回、城を抜けたあとは彼に任せる手はずにしていたんですよ」

『任せるって…、信用できるのか? その男は』

「こういう時は、人を信用する奴より金を信じる奴の方が使えますよ、ロウ様。…もっともいつでも金次第で裏切られると言う不安は尽きませんが」

のんきに笑うルッツだが、とても笑う気になれない。ロウは怪訝な声を上げた。

『…冗談だよな? ルッツ』

「本当の本気です。ですがまあ人を信じる奴は感情で動くところを、金を信じる奴は損得で動きますからね。行動の予測がつきやすいと言う話です」

あっけらかんと言って、ルッツの瞳がエリスへと移った。碧い瞳にエリスが映ると、彼は愉快気に弧を描いた。

「と、言う訳でロウ様が元に戻らないとおっしゃる以上、貴方も一緒に来てもらう事になりますが構いませんね? エリス嬢」

「そう…ですね。わたしとしても、王子様にチャッピーを預けた状態ですし…」

「それはそれは。チャッピーが貴方の大切な相棒で良かったです。ノーの場合は強硬策を取らざる得ませんので、私の拳が火を噴くことになるところでした」

フンッと言う掛け声と共にルッツの拳が突き出される。エリスは血の気が引いた。先ほどから思っていたのだが、この男、見た目と言動のギャップが激しすぎる。天使を絵で描いたならこんな風になるであろう男は俗っぽい笑みを浮かべながら斜め後ろの小道を親指で示した。

「なら行きましょうか。ロウ様、エリス嬢。……奴隷王子がお待ちですよ」

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