ルームシェア
ふと思いついた短編(という名の書き散らし)です。
そんでもって、書いてみたら怖くなかった……すみません。
ルームシェアをはじめた、と友人は言った。
「ルームシェア? あの部屋で?」
「うん」
思わず“あの部屋”と言ってしまったが、他意はない。
友人の借りている部屋は、マンションの1Kだったからだ。
以前友人の部屋へ遊びに行った時、天井が高めな造りのせいか空間が広くて居心地がいいな……と思ったものだ。
だが部屋の設計設備自体はどこにでもある、ありふれた単身用だった。
そんなワンルームで、はたして二人暮らしは可能なのだろうか。
私は専用の個室が欲しい性格だ。2LDK以下の部屋でルームシェアはまず考えられない。
思わずそう言いそうになった時、友人がどこかははにかむような表情を見せ、しきりに指を組み替えていることに気付いた。
ああ、ルームシェアと言ったけれど、同棲なんだな。
私はそう思いなおし、率直すぎる感想を飲み込んだ。
「で、どう。ルームシェアってどんな感じ? 上手くいきそう?」
「うーん……まだ始めたばっかりだから、なんとも」
友人はまた指を組み替えて、そう言った。
それからしばらくして、また友人と会った。
「なんか、ルームシェアって、思ってたのと違うもんだね」
友人がぽつりとこぼした。
気の合う者同士でも、ルームシェアを始めると喧嘩してしまうと聞く。
友人の顔から以前のはにかみは霧散していた。
逆に口をとがらせる様に、私は水を向けた。
「まあ、そうだよね。もしかして喧嘩しちゃったとか?」
「喧嘩はしないけど、私ばっかり家事やるのとか、たまに疲れるな~って思っちゃって」
友人の答えは、私が予想したいたよりも呑気で鷹揚だった。
「うわ、一人で家事やってるの、偉いね! 私だったら相手が部屋散らかしておいて片づけなかったら、めっちゃ怒るけど」
私は自分が散らかすのは気にならないが、他人が散らかすのは許せないタイプだ。
思わず強くなった語気に、友人は慌てたように手を振った。
「ううん、散らかしはしないよ。ただ何でも全部私がやるのが、仕事帰りとかだと疲れるんだよね」
あと、食費が馬鹿にならないと友人は嘆いた。
一人分も二人分も大差ないと思っていたら、大違いだった、と。
私は同棲というより、ヒモが転がり込んできただけなのでは……、と訝った。
「その辺り、相談できないような人なの?」
友人は不満ありげだが、どうにも歯切れが悪い。
共同生活のルール作りができない相手なら、いっそのことルームシェア(という名の同棲)を解消したらどうか。
もしかしたら、踏み込み過ぎなのかもしれない。
でも見たこともないかの同居人より、私としては友人の方がはるかに心配だし、親身に考えてしまう。
友人は私の忠告に腹を立てることもなく、うんうんと頷きながら聞いていた。
でも、どこか生返事だった。
その様子からきっとルームシェアは解消しないだろうな、と思い、私もそれ以上のおせっかいは控えた。
そうしてそのまま、その日はお開きとなった。
友人の部屋を訪れることになったのは、偶然だった。
普段旅行にも出向かないような場所へ出張に行った私は、ご当地土産を買い込んできた。
足の速い物もあったので、食費増加を嘆いていた友人に差し入れようと思い立ったのだ。
案の定、連絡すれば友人は喜んでくれて、お互いの休日に都合をつけ、友人宅を訪れることにした。
そして当日、遊びに行けば、当然の流れで「ちょっと上がってお茶していってよ」と引き留められた。
「でも、ルームシェアしている人は? 出かけてるの?」
なにせ1Kの部屋だ。私が上がりこめば必然顔を合わせることになる。
私は友人の同棲相手に会うことになるかもしれない……と分かっていて訪れている。
それでも、相手の都合もあるだろう。
友人には、その辺りを忖度している気配がなかった。
「ああ、大丈夫。それよりも上がって上がって」
重ねて誘われれば、断るのも気が引ける。
私はお言葉に甘え、お邪魔することにした。
友人の部屋は、狭い玄関からすぐに廊下兼キッチンのスペースにつながり、その先に居室がある。
私が靴を脱ぎ廊下へ上がると、友人と体を交わしてすれ違った。
「私、お茶入れて持っていくから、先に座ってて」
友人がコンロに薬缶をかけながら、言った。
私は言われるがままに廊下を抜け、居室に入った時、つま先に何かが当たった。
かちゃん、とたった音に驚いてとっさに目をやれば、床に食器の乗った盆が置かれていた。
私のつま先が盆の縁を踏んでいて、慌てて足をどかした。
米粒のこびりついた茶碗や、干からびたネギが張り付いた汁椀。
それらが雑然と盆の上に置かれている。
食べ終えた食器をそのまま放置しているのか?
友人の部屋は、私の来訪予告があったからか、きれいに整頓されている。
それなのに食器一式が片づけられていない様子は、どこか不審だった。
「ねえ、ここにある食器―――」
そっちに片してもいい?
そう言おうとして、私の言葉は途切れた。
盆を取り上げるためにしゃがんで、私は初めて気づいた。
盆の脇に姿見が立てかけられていた。
しゃがむことで鏡に映り込んだ私の姿の向こうに、もう一人分の影が映った。
一瞬、私はそれを友人の姿かと思った。
しかし。
「あ、ごめん。私が片づけるから、そのままにしておいて」
友人の声は、背後のキッチン兼廊下から聞こえてきた。
もう一度姿見を覗きこめば、確かに私ともう一人の人影が映る。
部屋を見回しても、ここには私しかいないのに。
しかも、外光が差し込む明るい部屋なのに、私の顔ははっきりと映っているのに、もう一人の人影は漠として男か女も判然としない。
思わず私はそれが何なのか見極めようと、目を凝らした。
次の瞬間、男か女かもわからない影ははっきりと揺らいだ。
それは来訪者に対する、会釈だった。