再開
今回は殆ど会話だけです。だけど結構ストーリー的に重要な話してるので、辛抱して最後まで読んでください。
「……コウ‼」
彼の姿をどれほど見たかっただろうか。
まだ一日しか経っていないというのに、生き別れた兄弟に再開したかのような気分だ。
フードの男が舌打ちをする。
「〈擬人化〉か……まぁいい」
フードの男はつばぜり合いになっていた刃を引き、後方に飛び退いた。
「お前ら、やれ。油断はするなよ」
茶髪の男と大柄な男がコウに迫り寄る。
明らかな敵意を向けながら。
ランチェスターの第二法則に例えるなら戦力差は九倍。
九倍の戦力差を覆す事なんてできるのだろうか。
大柄な男がコウの顔面を視界に定め、拳を振るう。
その瞬間、コウが呪文のように何かを呟いた。
「〈催眠術〉」
だが、男は拳を止めない。
その巨体から放たれる重い一撃は、岩すら砕きそうな勢いで強く殴った。
……茶髪の男の顔面を
「……え⁉ 」
肉を打ち付ける鈍い音と共に、素っ頓狂な声が発せられた。
殴られた茶髪の男は何が起こったのか理解できていない様子で「どうして……」と呟くが、それを無視して大柄な男は茶髪の男を殴り続けた。
それを見たフードの男は「ふんっ、」と鼻でわらい
「なるほど、〈催眠術〉か……使い魔らしい姑息な魔術だな。だが、これならどうだ〈錬成〉」
瞬間、コウは動くことができなくなった。
何故か。コウの身体に鎖が巻き付き、拘束したからだ。
「この鎖は! 」
「どうだ、動けないだろう。その鎖はお前の身体から魔力を吸って拘束を強める。これで終わりだ」
再びフードの男は日本刀を掲げ、コウの首を撥ねんと振り下ろす。
しかし
「〈物質の複製〉」
コウの頭が胴体と生き別れる事はなかった。
見るとフードの男は鎖に拘束され、動きを封じられている。
コウの身体に巻き付いていた鎖はいつの間にか消えている。
「この鎖は……まさか! 俺と同じ魔術が……」
フードの男は鎖を解こうと身体を捩るが、一向に解ける様子はない。
そんな様子をコウは一瞥すると
「少しコピーさせてもらいましたよ」
フードの男は驚愕の色を浮かべ
「コピーだと⁉ 魔術をコピーなど出来るはずが……それにお前、どうやって鎖を解いた⁉ 」
コウは無視してツバキの元へ駆け寄る。
そうしてツバキを拘束している鎖に触れる。すると鎖は砂の様に粉々に砕け散った。
「この傷では歩けないでしょう、捕まっていてください」
コウはツバキの背中と太股に腕を回し、抱え上げる。
「え、ちょっと待って! 」
ツバキの言葉も無視し、コウはツバキを抱えたまま走った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大柄な男は、何が起こっていたのかわからなかった。
気がついた時には目の前で茶髪の男が血だらけになっていた。
「おい、さっさとこの鎖を解け! 」
背後ではフードの男が鎖で拘束されていた。
状況が理解できない。
「さっきの女と使い魔は? 」
「逃げられたんだよ! まだそう遠くへは行っていないはずだ。さっさとこの鎖を解け、追うぞ! 」
大柄な男は鎖を解き、茶髪の男を起こしてコウたちを追った。
大通りに出て周囲を見渡す。
するとフードの男が「いたぞ」と指を指す。
その方向には女を抱えて走るワイン色のパーカーの男がいた。
「絶対に逃がすな」
人を一人抱えたままでは速く走ることは不可能だ。
追い詰めるのにあまり時間はかからないだろう。
実際、捕まえるまでに二分とかからなかった。
「手こずらせやがって」
だが、その二人の顔を見て気づく。
「な……! こいつら別人だ‼ 」
「なに‼ 」
そう、三人が捕まえたのはコウとツバキではなかったのだ。
では、何故この二人はこんなところで片方が片方を抱えたまま走っていたのだろうか。
「ちっ、嵌められた‼ 」
フードの男が苛立ちを隠しもせず近くにあったベンチを蹴りつける。
「どういうことですか? 」
人間は人を探すときに、服装の様な大雑把な特徴を目印にする。
そのため、細かな特徴は遠目では気がつかない。
「こいつらはあの使い魔に操られているんだ。〈催眠術〉で操って、男に女を抱えさせたんだよ。くそっ! ご丁寧にあの使い魔が着ていたのと同じ色のパーカーを、錬金術で精製して着せてやがる」
ワインレッドという派手な色のパーカー。男が女を抱えているという、街中では見ないような行動。
これだけの特徴が一致していれば顔を間近で見るまでは、別人だなんて疑いもしない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
魔術:その個体が持つ魔力を消費して、超常の現象を起こす力。
錬金術(錬成):魔術を経由して、あるモノから別のモノを作り出す技術。
催眠術:精神干渉術の一種。目を合わせた者を瞬時にトランス状態にし、短時間だけ対象の行動を支配することができる。
物質の複製:一度見たモノや触れたモノと、全く同じモノを作り出す事が出来る魔術。その物体に付与されている魔術も再現することが出来る。太古に失われた古来魔導の一つ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コウはツバキを抱えたまま、路地裏に逃げ込む。
上手く巻けたようで、追っ手は見当たらない。
「はふぅ、ここまで来れば大丈夫でしょう」
コウは周囲を警戒しながら告げた。
ひとしきり警戒し終えると、ショルダーバッグから緑色の液体が入った小瓶を取りだし、その中身を一気に飲み干す。
ショルダーバッグにはポケットが着いており、そのポケットには折りたたみ傘が差し込まれている。
コウは空になった小瓶をショルダーバッグに戻す。
コウはツバキの方を見ると
「怪我をしているのですね。大丈夫ですか? 」
ツバキは脚を強く蹴られ、右腕を切断されている。大丈夫な訳がない。
出血を止めるためにツバキはずっと切断された方の腕を強く握りしめ、圧迫していた。おかげで出血はそこまで酷くはない。
本来なら生きているのが不自然な量の血が流れていただろう。
「えぇ、ありがとう。助かったわコウ」
するとコウは眉をひそめる。
その大きな瞳から放たれる射抜かんばかりの強い眼光がツバキを捉える。
数秒の沈黙の後
「どうして、僕の名前を知っているのですか? 」
一瞬、ツバキの頭が真っ白になる。
すぐに冷静さを取り戻し、状況を整理する。
いや、整理などしなくてもツバキは咄嗟に理解していた。
(し、しまったぁぁああああ‼ 今は時間が戻っていて、この時期にはまだ私とコウは出会っていない。初対面の人が名前を知っていたら、当然警戒する。どうしよう、めっちゃ睨んでる)
コウはツバキの表情、視線、ボディランゲージの一つ一つまで観察しているようで、ツバキが指をピクリと動かすだけで目で追っている。
「理由次第では、ここで命を頂戴します」
(命? 明らかにそれは警戒しすぎだ。どうして名前だけでそこまで神経質になる必要がある? )
そこでツバキはコウが現れたときのフードの男の反応を思い出す。
コウが現れたとき、フードの男は「誰だ? 」とか「何処から出てきた」といった質問をコウにしなかった。正直、何処から出てきたのかはツバキが知りたいくらいだったが。
さらにフードの男は「使い魔らしい姑息な魔術だ」と言っていた。
(“使い魔”をどういう意味で発したのかはわからないが、あたかもコウの事を予め知っていたかのような口ぶりだった)
つまり、どういう関係があるかはわからないが、先程のように突然襲ってくる様な奴の中には、コウの事をある程度知っている者もいる。故にこちらが初対面なのにコウの名前を知っているという事で、神経質に警戒しているのだろう。
(状況はある程度掴めて来たけど、警戒されている事に変わりはない。どうすれば……)
考え込んでいるとコウが相変わらずの目力で
「答えられないのですか? 」
と尋ねる。
先程ツバキの命を救ったダガーで今度はツバキを脅かしている。
(まずい、コウに嘘は通用しない)
コウは読心術並の洞察力で他人の嘘を見抜く事が出来る。こうしている間にもツバキのあらゆる仕草からツバキの思考を読もうとしている。
(待てよ……嘘が通じないのなら、逆に自分の身に起こったことを素直に話しても信じてもらえる可能性が高い! )
ツバキは一つ深呼吸をし、コウの目を見て告げる。
「私は未来から来た。未来で私とあなたは友達だった。そうしてあるとき世界が消滅した。私はあなたからこれを渡されたわ」
そう言ってツバキは首に下げていた勾玉のペンダントを取りだし、見せた。
それを見た途端、コウの目が驚愕に開かれる。
「それは……間違いない。賢者の石‼ 」
「賢者の石……? 」
するとコウも首に下げている勾玉を見せる。
そしてツバキの目を見つめ
「やっと見つけました。神の財産」
ガレットディーラーとは一体何なのかツバキにはわからない。
そして賢者の石がどのような物なのかも。
「ようやく、この戦争を終わらせる希望が見えてきました」
何はともあれ、コウに信じてもらう事はできた。
だが、疑問は残っているままだ。
「コウ、ガレットディーラーとは何? このペンダントにはどんな意味があるの? 」
コウはどう説明すれば良いのか考えているようで、少し困ったような表情をしていた。
「神の財産というのは……」
コウが説明しようと口を開く。
しかし、その瞬間、彼は身体を大きく横転させ、地面に背を叩きつけられる。
「……え? 」
コウを背後から背負い投げした影が現れ、そのままその影はコウを逆十字に固める。
「……っ‼ もう追っ手が⁉ 」
ツバキはコウをの間接を極めている影を視認する。
「水野! 」
ツバキの専属執事、水野だった。
「お嬢様、ご無事ですか……お嬢様腕が⁉ よくもお嬢様を‼ 」
水野はツバキの右腕がない事に気づく。
するとコウを絞める手をさらに強めた。
完全に勘違いだが、このままではコウの腕が曲がってはいけない方向へとへし折れそうだ。
「水野、やめなさい! 彼は私の命の恩人よ」
水野の動きがピタリと止まる。
水野がこちらの顔を伺っている。
ツバキは水野の目をじっと見つめたまま
「その手を放しなさい」
すぐさま水野はコウから飛びのいた。
「申し訳ありませんお嬢様。学校は終わっている時間なのに連絡がなかったのでスマホのGPSで探していたら、見慣れぬ男がお嬢様を抱えてこの路地裏に駆け込む姿が見えたので、身代金目当ての誘拐かと……」
ツバキはため息を一つ吐き
「連絡をしなかったのは私の落ち度ね。それよりもコウ、大丈夫? 」
コウは水野に捕まれていた腕を押さえながら立ち上がる。
「はい、大丈夫です。僕はたいしたことありませんが、あなたの腕は重傷です。すぐに傷を手当しなければ」
水野が思い出した様にハッとなる。
「そうでしたお嬢様、早く病院に行かないと! 」
片腕を切断されているのだ、当然病院に行くのが適切である。
だが……
「その必要はありません」
口を挟んだのはコウだった。
コウはツバキの前まで歩み寄り、視線を合わせるためにしゃがんだ。
そして切断されたツバキの腕の断面に右手で触れると
「〈物質の複製〉」
するとどうだろう。切断された腕の断面からにょきにょきと骨が生え、さらに周囲を肉が覆い、指が現れ、爪が生成され、ツバキの腕は切断される前の姿へと戻っていた。
ツバキと水野は言葉を失う。
目の前で起こった出来事に脳がキャパオーバーしているのだ。
これまでありえないような出来事を何度も目撃したツバキだが、目の前で腕が生える現象には絶句を禁じ得ない。
「あと、脚も治しておきますね」
コウはツバキの左脚に触れる。
するとツバキの左脚はボコボコと不快な音を立てはじめる。
数秒後その音はおさまると同時に脚の痛みが消えていた。
試しに腕や脚を曲げたり伸ばしたりするが、問題なく動いた。
「コウ、これは……⁉ 」
「これは魔術というものです」
「魔術……」
さっきのフードの男も言っていた。
この世には魔術という存在があり、そしてそれを使う者達がいる。
そしてその事がツバキを長い間悩ませていた疑問を解消する。
「コウ、あなた人間じゃないわね」
コウは平静を装ってはいるが、少しドキリとしたのだろう。一瞬呼吸が乱れた。
「えっと……確かに魔術を使える者は“魔術師”と呼ばれて人間とは区別されますけど」
適当にはぐらかそうという魂胆らしい。ツバキにはわかるのだ、彼の本当の姿が。
「私、“人”と放してると発作が起こるのよ。だけどあなたと話していてもなんともない」
対人恐怖症。ツバキは自分の容姿が他の人に嫌悪感を引き起こしていると思い込んでしまう。実際には嫌悪感など微塵も抱かれていなくとも、ツバキは他人の目が怖いのである。
コウは少し悩んだ様子を見せた後。
「対人恐怖症ということですか? 」
「そうよ」
(コウは心理学に詳しい。だからこそ気づくだろう)
「ですが、対人恐怖症というのは“人”が怖い訳ではなく、自分の存在が周りに迷惑をかける事を極度に気にする症状なので、別に相手が人間だろうとそうでなかろうと、知能が人間並でコミュニケーションが取れる相手なら関係ないのでは? 」
(かかった! )
「それはまるで、自分は人間じゃないけど関係ないって言っているように聞こえるけど? 」
コウが唇を噛み締める。
だが、さほど同様した訳ではないようですぐに言葉を紡ぐ。
「僕は魔術師ですから。だけど魔術を使える人間相手でも対人恐怖症は関係ないですよね」
上手く誤魔化されてしまった。
しかし、これでも十分だ。
本来ツバキは鎌かけや誘導尋問が得意な方ではない。ツバキの武器はその洞察力にある。
「コウ、あなたバッグの中に折りたたみ傘を入れてたわね? 」
「ええ? ああ、入れてますよ。今日は午後から雨が降りますから」
その時、辺りでポツポツと雨が降る音が響く。
ツバキ達のいる路地裏は雨がほとんど遮られているため、濡れる心配はないだろう。
「天気予報では快晴。降水確率は10%未満。この天気予報を見て、雨が降るなんて誰が思うのかしら? 」
コウは数秒の沈黙の後
「何が言いたいのですか? 」
ツバキは口の端を吊り上げる。
「湿気や水分に敏感な生き物は基本的に、乾燥した地域にルーツを持つ生き物が多い」
その時コウはブルッと身震いをする。
雨に当たったのだろうか。いや、ここは完全に雨を遮られている。
「今の身震い。汗をかくことに慣れていないの? 身体が濡れるのが気になって気になってしょうがないのね」
「っ!……どうしてそう思うのですか? 」
コウの額に汗が溜まっているのがここからでもわかる。
ツバキはコウの質問を無視して話しを続けた。
「日本にも生息していて、乾燥した地域にルーツを持っていて、発汗のない生き物といえば……」
コウが唾を飲み込むのが見えた。
「猫かしら」
「……何か根拠でもあるんですか? 」
ツバキは深呼吸し、一気に肺へと空気を運んだ。
「私が抱えていた黒猫は、あなたが現れた時には既にいなかった。それは偶然かもしれない。だけどこのペンダントをつけていたのは偶然じゃないでしょ? 」
ツバキは勾玉のペンダントを指差す。
「このペンダントはおそらく世界に一つか二つしかない。だからあなたは私の話しを信じた。このペンダントを見た瞬間に。そしてそれと全く同じペンダントをあの黒猫もつけていた」
未来でコウがツバキにこのペンダントを渡した理由をやっとツバキは理解した。
コウがツバキの事を神の財産と呼んでいた。
コウはツバキを見つけたら、このペンダントを渡すと決めていたのだろう。
そして世界が終わったあの日にツバキが過去へと戻ってコウに再開する事を知っていた。
再開したときに過去の自分がすぐにわかるように、この世に限られた数しかないものを渡した。
「あなたの本当の姿はあの黒猫で、今の姿は人間になりすましているだけ。そうでしょう? 」
コウは深いため息をつく。
諦めたというよりは呆れたという方が近い反応だ。
「あなたの考えはあまりにぶっ飛び過ぎている。とてもまともな思考をしているとは思えない……ですが、全て事実です」
1~3話まで修正しました