どうして忘れることができようか?~黒い石の話~
前話の続きになります。
つらいことがあったとき、記憶にフタをして「忘れた」ことにする場合があります。しかし、それは消え去ったわけではありません。だからこそ「黒い石」は未だに消えません。
あの高校を卒業した18の春からかなりの時間が経っていますが、未だにその存在を知らしめるような出来事がたびたび起こり、もう両親は兄のためにしか生きられないんだと割り切って距離を置くことにしています。
消えていかない存在にずっと苦しんでいます。恨みをもったまま生きることが良いとは思っていませんが、どうにもスッキリしないのです。
おやつを兄に横取りされた上に殴られても「許してあげなさい。意地悪言わないの!」と怒られた幼少時代。
自転車を勝手に持ち出されて、私が出かけられなくなったり、さらにはその際に自転車を壊されても「そんなことで怒らないの!」と叱られた小学生時代。
「お兄ちゃんが私立高校に行っていてお金がかかるから、公立高校に行って。」とお金のことばかり言われて励ましてすらもらえなかった高校受験。
合格通知を手にしたのに無視された上に卒業旅行に行くことも、自動車学校に行くことも許されなかった18の春。
やっと自動車学校に入校させてもらえたと思ったら、「お兄ちゃんみたいにお金をかけずに卒業してね」と言われた入校当日。
翔兵が一歳になったばかり、璃子がお腹にいることが判明した頃、私が体調を崩し、夫は出張で不在のときに助けを求めても「お兄ちゃんの家のゴタゴタが心配だから無理」と断られた育児期間。
我が家がワンオペ育児の状態であるのに、兄の子供を預かるたびに巻き込まれ、文句を言ったら「こちらだって大変なんだから、そんな険しいカオせんといて」と逆ギレされたこと。
まだまだ「私、悪くないんですけど」と言いたくなることは多々あって、私はいつまで兄の踏み台にされなくてはいけないんだろうと未だに思っています。
この「黒い石」についてカウンセラーに話したことがあります。そのとき「日向さんのお母さんは、日向さんに依存していますね。」と言われ、ストンと腹に落ちたときの感触は未だに忘れられません。




